悲しみの雨の中で
雷が鳴り響く荒野。
セラフィーナは重い足取りで倒れる1人の男の元へと向かう。
一歩一歩、進むごとにドネージュ魔導騎士学院であった出来事を思い出す。
緊張感の中、姉と一緒に入学して勉学に励み、時が進むと学院内では姉妹揃っての才女と呼ばれるようになった。
だが、持て囃されたのは"姉"だけ。
姉は社交的で誰に対しても優しく、さらに容姿端麗で男子からの人気もあった。
セラフィーナはその真逆。
常に人との関わりを避け、学院では孤立していたため、誰1人として近づく生徒はいなかった。
容姿は姉と瓜二つで最初こそ男子から話しかけられたが、ぶっきらぼうな対応を続けていくうちに次第に皆は離れていった。
それでもセラフィーナを気にかけてくれる人間も中にはいた。
1人は姉。
そして、もう1人が"目の前で倒れている人物"だ。
「グロムランド・オルバ……」
「今日は……随分と客が多いね……」
乱れた白髪、黒のロングコートを羽織る初老の男。
血を吐き、不自然に胸元が潰れており、医学的知識が無くても彼に死が迫っていることはわかった。
セラフィーナは大きな杖をグロムランド・オルバへと向けるが、その手は震えていた。
「なぜ……なぜ、姉様を殺した……?」
「……」
「なぜ殺したのかと聞いている!!」
「君は勘違いをしているね」
「なんだと?」
「確かに彼女を殺したのは私だ。だが、それは彼女が望んだことだった」
「姉様が望んだ……?姉様が自分から死を望むなんてありえない!!」
「死を望んだわけではない。彼女は我々の"崇高なる目的"のために自ら志願したのだ」
「崇高な目的だと?それは王女の病気に関係することなのか?」
「君は知らない方がいい……」
セラフィーナの杖を握る手には力が入った。
その凄まじい殺気は死を目前にしたグロムランド・オルバにも伝わる。
「彼女たちが志願したことで、私は国民の全てがこの崇高なる目的を望むものだと思えた。頭で は理解できていなかったとしても、心では皆が求めているのだと。だからここまで続けてきたのだ……だが、それは思い上がりだったのだろう……君や、あの剣士を見て気づかされた」
「彼女たち……って、まさか……」
「だから言っただろう。君は勘違いをしていると」
それは死んだ成績上位の女子生徒たちのこと。
彼女たちは全員が"王女派"であったのだ。
「君は何も知らずに生きるといい。ここで私を殺して姉の仇を討って終わるのだ……そしてまた学院に戻って勉学に励め……君は私が見てきた生徒の中でも特に優秀だ。必ず騎士団に入り、皆の役に立てる」
「私は……私は……」
「今の君なら一人でも大丈夫だ……この私、十二騎士である血将のグロムランド・オルバが保証する……」
雨が降り始めた。
杖を構えて佇むセラフィーナの長い青髪を濡らしていく。
「なぜ私をそんなに特別扱いするのですか」
「君は私に似てるからね……愛想がなく、不器用で、気にかけてくれる者も少ない。だから、これは私からの最後の教えだ……」
「……」
「セラフィーナ君、もっと笑いなさい」
「先生……」
抑えられぬ感情が涙になって流れ落ちる。
もはや杖に魔力を込める力は湧かない。
グロムランド・オルバは静かに笑みを溢す。
それはセラフィーナが初めて見る恩師の笑顔であった。
「私も……あなた様がいる場所へ……むか……」
言葉は途切れた。
完全に息が止まる。
グロムランド・オルバの死を見届けたセラフィーナは荒野を濡らす雨の中、ただ泣き続けた。
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黒い雲が広がる荒野を歩く二つの影。
ボサボサの長い黒髪に銀色が混ざった男。
拳法着の上に羽織ったレザーボアジャケットの両ポケットに手を入れて、ゆっくりと歩く。
第二騎士団総団長のガウ・ロンだ。
隣には明るいオレンジ色の髪の男の子。
こちらも拳法着を着用している。
「それにしても、あのルーキー、あんなに弱いのに十二騎士と戦うなんて。命知らずなんですかね」
男の子は皮肉混じりに言った。
その言葉にガウ・ロンは笑みを浮かべながら反応する。
「"ココ"は戦いのことになると手厳しいな。俺は期待したいけどねぇ。好きなんだよ、ああいう熱い男が」
「よくわかりませんね。騎士を目指している人たちの中でも、もっと強い方々はいるでしょう。特にドネージュ家のご子息とか」
「ああ……アイツか」
なぜかガウ・ロンはため息混じりに頭を掻く。
明らかに嫌そうな顔をしている。
構わず、ココと呼ばれた男の子は続けた。
「確か最近、竜王六宝剣に選ばれたとか。将来有望、間違いなく十二騎士候補でしょう」
「そうだが……俺は好きじゃないな」
「どうしてです?」
「なんだろうなぁ、アイツからは全く熱を感じないのさ。戦いどころか、この世界に興味がないような……そんな印象を受ける」
「よくわかりませんね」
「そういえば……」
「なんです?」
「さっきのルーキー、騎士になりたいと言う前に何と言ってた?どこかに辿り着くとかなんとか」
「えーと、『黒竜の息吹に辿り着きたい』でしたっけ?」
「まさか……あの場所のことを言っているのか?」
ココは眉を顰めた。
いつも情報収集を任されている自分が全く知らぬ場所だ。
そんな名前の地名や町、ダンジョンなど聞いたことがない。
「どこのことを言っているのですか?」
「恐らくだが、この国の"宝物庫"だ」
「宝物庫?初耳ですね、そんな場所があるなんて」
「あそこには王族かエルダーしか入れないからな。存在を知ってる人間も数少ない。俺でも場所を知らん」
「そこに何があるというのですか?」
「多くは貴重なアーティファクトだ。だが遠目でさっきのルーキーの剣技を見て思い出した」
ガウ・ロンは言って高揚する。
自然に口角が上がった。
そして右拳の甲へと視線を落とす。
そこにはジャケットから少しだけ見える火傷の跡があった。
「宝物庫には二十年前に"あの男"が使った『世界最強の剣』が封印されている」
もし先ほどのルーキーが目指す場所が国の宝物庫だとして、辿り着く目的が、"あの男"が使った剣を手に入れることだとするならば……
ガウ・ロンは震えた。
何かとんでもないことが起こる気がした。
退屈な日々が一気に吹き飛ぶような出来事が起こるかもしれない。
そんな期待感を胸にガウ・ロンは降り始めた雨の中、自らの屋敷へと戻った。




