邂逅の刻
グロムランド・オルバは仰向けのまま倒れる。
空は相変わらず黒い雲に覆われており、雷鳴が轟き始めていた。
足音が聞こえる。
ゆっくりではあるが力強い。
その一歩一歩を踏み締める音が近づくほどに心臓の鼓動も早くなった。
体は動かせない。
感覚から察するに全身の骨がところどころ折れている。
その箇所があまりにも多く、痛みも大きいため、どこの骨が折れているのか想像できなかった。
足音が止まる。
そこには鋭い眼光で見下す男がいた。
"第二騎士団総団長ガウ・ロン"だ。
魔力を一切持たず、鍛え上げられた肉体と類稀なるバトルセンスだけで十二騎士の中で"第二位"という位置に君臨する化け物
彼の持つスキル、"闘気操作"と"アンチマジック"は魔法を完全に無力化し、"獄拳"という武術は、その拳で相手の身体を破壊する。
彼の前では、この国で最強と言われる魔法使い、第三騎士団総団長の大賢者ディザイアですらも赤子同然と言われていた。
それでも……
グロムランド・オルバには使命がある。
最後の力を振り絞って右腕を動かす。
この距離ならば魔法も通るのではないか、という淡い期待だった。
震える手、親指で人差し指を弾こうとする。
しかし、その前にガウ・ロンが手首を掴んで握りしめた。
響くのは枝を折るような鈍い音。
グロムランド・オルバの手首の骨が折れる音だ。
「まだ、そんな威勢が残っているのか。まぁ、そうでなくては十二騎士は務まらんよな」
「ぐ、ぐ、ぐ……」
あまりの激痛に奥歯を噛み締めた。
だが、ここからさらに地獄が始まる。
ガウ・ロンは右拳をグロムランド・オルバの胸元に当てた。
そして拳にどんどん体重をかけていく。
「貴様に聞きたいことがある。誠実に答えるこだ。でないと貴様の心臓が地面と口づけすることになるぞ」
肋骨数本にヒビが入った。
さらにメリメリという音を立てる。
「一度しか聞かん。王女派のトップは誰だ?」
「……」
後方で固唾を飲んで見守るセラフィーナの目が見開かれた。
まさかグロムランド・オルバが全ての元凶ではないのか?
ガウ・ロンは続けた。
「俺たちの中にいるのは、なんとなくわかってる。十二騎士の中で、俺とエルダーを除く上位四人のうちの誰かだろ?」
「私は……知らない……」
拳が胸に少しづつ食い込む。
肋骨がゆっくりと折れていった。
「がは……」
「もしかしてヴォルケンのクソ野郎か?あいつも何年か前に、この北部で何やらコソコソやってたから怪しいと思ってるんだがな」
「本当に……知らない……私たちは手紙でしかやり取りしないのだ……」
さらに拳に力を入れた。
肋骨は完全に折れて肺に触る。
「そういえば、お前は嘘が嫌いだったな」
「がが……ぐあ……」
「あともう一つ、"彼女の遺体"はどこにある?」
「私は……知らない……何も知らない……」
ガウ・ロンはため息混じりに拳を引いた。
そして無言のまま振り向き、歩みを進める。
向かう先はスレイドとセラフィーナがいる場所だ。
グロムランド・オルバは凄まじい痛みの中、血を吐きながら言った。
「"あの男"さえ……"あの男"さえいなければ……こんなことにはならなかったのだ!」
悲痛を含んだ叫びは空気を切り裂く。
しかし、その刃物のような声はガウ・ロンには届かなかった。
ガウ・ロンは立ち止まるとスレイドとセラフィーナへと鋭い視線を送る。
倒れるスレイドは上半身だけを起こし、セラフィーナはかろうじて立っているような状況だった。
そんな2人はガウ・ロンという男から放たれる凄まじい"圧"によって動けなかった。
「次は貴様らの番だ。何の目的でヤツと戦っていた?」
少しだけ間があった。
意を決して口を開いたのはセラフィーナだった。
「グロムランド・オルバに姉様を殺された。その復讐のために戦っていたんだ」
「なるほど。それにしても、よく"血将"に辿り着いたな。ヤツの用心深さは十二騎士の中でも有名だ」
「優れた賢者を味方にできた。"彼女"のおかげで私はここにいる」
「ほう。ずいぶんと優秀な賢者だ。是非、俺の騎士団に欲しいね」
「無理よ。彼女は私が見つけた」
「それは残念。まぁ、ともかく……ヤツに復讐したければ急いだほうがいい。恐らく長くはない」
「いいの?」
「いいも何も、俺がやりたい事は終わった。あとは好きにしたらいい」
その言葉を聞いたセラフィーナは杖を地面につきながら、重い足取りでグロムランド・オルバがいる場所へと向かった。
ガウ・ロンは倒れるスレイドへと視線を移動させる。
スレイドは上半身を起こしているが、今にも意識を失いそうなほどダメージを受けていた。
「それで、お前は?」
「俺は彼女の依頼で戦っていた」
「そんなものは見れば大体わかる。俺が聞きたいのはお前が戦う理由だ。ただの依頼で命を賭けて十二騎士と戦うということは何か目的があるからだろ?」
「俺はただ、"黒竜の息吹"に辿り着きたくて……勇者エルダーのような騎士になりたくて村を出てきたんだ……だけど……」
「なんだ?」
「なぜ騎士が人を苦しめる?なぜこんなことを……騎士は弱い者を守るためにいるんじゃないのか?」
「言わんとしていることはわかるさ。だが外部の人間がどれだけ文句を言っても何も変わらん。気に食わないなら、ここまで上がってこい。そして自分の目で内部を見て、自分で変えることだな」
「自分で変える?」
「騎士になりたいんだろ?それなら、なってみせろ。できないなら吠えるな。見苦しい」
「俺は……」
「枠は二つ空いた。恐らく近いうちに十二騎士選抜試合があるだろう。もし、それまでに騎士になれたら俺はお前の名を聞こう」
言って、ガウ・ロンは歩き出した。
人差し指を少しだけ動かし、遠くで見ていた男の子を呼んだ。
男の子に預けていたレザーボアジャケットを受け取って羽織る。
「戦うと腹が減るな。さっさと屋敷に戻るぞ」
「師匠が戦ってた時間は7秒だけでしたけどね」
「そんなに長く動いていたのか……やはり雑魚とばかり戦っていると腕が鈍るな」
そんな会話をしつつ2人は荒野の先へと消えていった。
スレイドはそれを見届けると緊張感によって、かろうじて保たれていた意識が途切れた。




