血将のグロムランド・オルバ
暗雲が空に広がる荒野。
音も無く降り始める赤い雪。
この地域ではありえない出来事だった。
正面にはグロムランド・オルバ。
異様なオーラを放ち、身につけた黒のシルクハットと黒のロングコートが靡く。
それが高濃度の魔力であることはわかるが、先ほどとは違って"冷気"を帯びていた。
"赤眼"のスレイドは鞘に収められたショートソードを左腰に構えつつ警戒心を強める。
グロムランド・オルバとの距離は10メートルにも満たなかった。
後方で膝をつくセラフィーナが震える声で言った。
「"魔導覚醒"は基本の四大属性を上位属性へと変換するスキルだ。あんなものを発動されては、もうどうにもならない……」
"魔導覚醒"はカルガラ・クロウも使った。
風の魔法が【豪雷】へと押し上げられ、攻撃力が格段に増していたのだ。
あの時はスレイド自身がアンチマジック状態にあり、魔法に対して無敵だった。
しかし、なぜか今は違う。
現状、スレイドには魔法攻撃はすべて通る。
この状況において魔導覚醒状態のグロムランド・オルバには勝てるはずかない。
セラフィーナの愕然として思考は停止する。
だが、そこに目の前で剣を構えるスレイドが口を開く。
「この命を最後まで燃やし尽くして、俺は君を必ず守る」
この言葉にセラフィーナの鼓動は高鳴った。
スレイドの背中が頼もしく見える。
彼はまだ諦めてはいない。
アンチマジックがあろうとなかろうと戦う気でいるのだ。
スレイドが前方へと体重を落とす。
そこから一気に踏み込もうとした瞬間のこと。
地を覆っていた赤い水が勢いよくグロムランド・オルバのもとへと逆流し始める。
赤い水はグロムランド・オルバを包み込むと竜巻を起こした。
突然の出来事にスレイドは踏み止まった。
「一体、何が起こるんだ?」
天まで貫く赤い水の竜巻は徐々に動きが鈍くなり、最後は一瞬にして全て凍る。
そして衝撃波と共に粉々に砕け散った。
「なんだ……あれは……」
スレイドは息を呑む。
立っていたのは"真っ赤な氷の鎧"を身に纏ったグロムランド・オルバ。
氷の鎧は重厚そうでありながら、鍛え上げられた体を締め上げるほどフィットしている。
右手には彼の身長を超えるほどの長さの"赤氷のランス"。
左手には"赤氷の大盾"を持っていた。
「"氷結の血将騎士''」
まさに血色の騎士だった。
赤い氷の鎧を纏ったグロムランド・オルバはゆっくりと前進し始める。
「この鎧こそが我が二つ名、"血将"たる所以。この姿で戦うのは二十年ぶりだ。光栄に思いたまえ……私は全力で君を殺す」
呼吸ができなくなるほどの凄まじい圧迫感。
血将騎士との距離が縮まるほどスレイドの鼓動はどんどん早くなる。
死が近づく。
そんな感覚だった。
だがスレイドは勢いよく地面を蹴って踏み出す。
自ら目の前に迫る"死"に飛び込んだのだ。
「我が鎧を見て怖気付くどころか、向かってくるとは……敵ながら尊敬に値する」
言って、グロムランド・オルバは右足を前へと出して地面を踏み締める。
そして右手に持った巨大な赤氷のランスをスレイド目掛けて突き出した。
スレイドはランスが当たる寸前で体をかがめて回避。
そのままショートソードを少しだけ抜剣して柄頭をランスの中央部分に当てて即座に納剣。
グロムランド・オルバはランスの重さによって大きく仰け反り、隙を晒した。
「この一撃で決める!!」
スレイドは右腕の筋肉を軋ませ、無理やりショートソードを高速で引き抜く。
衝撃で剣と鞘に亀裂が入るが、構わず振り抜こうとした。
狙いは首元。
兜と鎧の隙間へ、小さな針穴に一瞬で糸を通すほどの精密な斬撃をおこなう。
だが首元到達寸前、グロムランド・オルバは大盾でショートソードを防ぐ。
鉄と氷がぶつかり、鈍い音を響かせた。
「か、硬い……!!」
"水滴"とは訳が違う。
氷の大盾は簡単にスレイドの斬撃を止めていた。
グロムランド・オルバは大盾を横へ振って、ショートソードを弾き飛ばす。
今度はスレイドが無防備になる。
胸元がガラ空きだった。
そこに体勢を立て直したグロムランド・オルバは一歩踏み込んでランスを突き出す。
スレイドは無理やり体を捻って回避するも、巨大なランスは左脇腹を掠めて出血させた。
「まだだ!!」
言って、さらに前へ出ようとするスレイド。
しかし、すぐに背中に"何か"の痛みを感じる。
それは複数、"鋭利な何か"が突き刺さった感覚だ。
「がはぁ……」
痛みで顔を歪ませるが背後は確認できない。
さらにグロムランド・オルバは持った氷のランスを再び水へと変換して地面に落とす。
"赤い水溜り"ができた。
そして地面をドン!と勢いよく踏むと、赤い水溜りから無数の"氷の長剣"が出現して正面にいる
スレイドへ向かって伸びる。
致命傷にならないものの、スレイドは頬、首筋、肩、脇腹、太ももが傷つけてられて出血した。
氷の長剣が水に戻った瞬間、グロムランド・オルバは怯んだスレイド目掛けて大盾を押し当て吹き飛ばす。
衝撃で数メートル吹き飛ばされたスレイドは地面を何度も転がった。
「くそ……一体、何か起こった……?」
うつ伏せに倒れるスレイドは最後の力を振り絞って上体を起こし、グロムランド・オルバの方を見た。
ここで初めて、先ほどの攻防によって自分が背中に何を受けたのかわかった。
氷の長剣攻撃によっての出た血が空中で停滞している。
そこからスレイドの血液はグロムランド・オルバの周囲へと集まり、5つの"鋭利な氷の結晶剣"を作った。
それを見たスレイドは言葉を失う。
「元々、これは対多人数戦闘用の戦術でね。この魔法は相手の血液を凍らさせて武器を作り、そのまま相手の体内へと返す。さらに流血させ、同じ攻撃を続けていく。相手が死ぬまで永続的にね」
全身から力が抜ける感覚に襲われた。
あまりにもレベルが違いすぎる。
彼が使用したのは"敵の血を利用して武器を生成し、攻撃する魔法"だった。
「ここまでよく頑張ったよ。だが、それもここまでだ。自分の流した血で死ぬといい」
周囲を等間隔で浮遊する氷の結晶剣の全てがスレイドの方を向く。
氷の結晶剣が射出される寸前……
グロムランド・オルバは震えるような声を出した。
「な、なぜだ……なぜ、お前が……ここにいる!?」
スレイドは眉を顰める。
一体、誰に向かって言っているのか?
自分でもセラフィーナでもない。
遠くから圧のある男の声がした。
「なぜ?なぜって、ここは俺の領地だぞ……グロムランド・オルバ」
"その人物"は徐々に近づきセラフィーナを越し、スレイドの目の前を通り過ぎる。
隣にはぶかぶかの拳法着を身につけた男の子がいた。
2人はスレイドとセラフィーナに目もくれずに歩き、グロムランド・オルバの7、8メートルほど前で止まる。
"その人物"は、40代ほどで上着が黒、ズボンが白の拳法着にレザーボアジャケットを羽織る。
ボサボサした髪は長く、後ろで結っているが、特徴的なのはその色だ。
全ての光を吸収しそうなほどの黒色だが、その中に半分ほど銀色が混ざっている。
整った顔立ちは堀が深く、目は猛獣のごとく鋭い。
一見して、他の人間とは全く別次元の様相であった。
グロムランド・オルバは何故か一歩退く。
目の前の人物を極度に恐れているように見えた。
「お前は遠征中のはずだろう……なぜ、これほど早く帰ってくるのだ!?」
「早く終わったから早く帰って来た……というのもあるが、"シュナイザー"から『北で問題発生』と知らせがきたんでね」
「どうして黒騎士の名が出る!?」
「その様子じゃ、何も知らんようだな」
「なんのことだ……?」
「カルガラ・クロウの"命のトーテム"が壊れた」
「なんだと!?」
「お前らが何を企んで北にいるのかは知らんが、俺の領地で好き勝手に暴れやがって。これほどの愚行、見逃すわけにはいかんな」
言って、"その人物"は着ていたレザージャケットを脱いで隣に立つ男の子に渡す。
露わになったのはノースリーブの黒い拳法着と筋骨隆々とした両腕。
逆三角形に作り上げられた上半身は美しさを感じさせる。
気になるのは右手首から右肩にいたるまで渦巻くようにある火傷の跡
「待て、私はお前とやり合う気は……」
「今さら何を言ってる。俺の"闘気"はもう暴れたくてウズウズしてるんだ。さて……十二騎士と戦うのは選抜試合以来だな」
"その人物"から放たれる圧力が増す。
グロムランド・オルバの恐怖心は赤い氷の鎧の上からでもはっきりと伝わってきた。
男は一歩前に出る。
「死んでも文句言うなよ。この俺、"獄拳のガウ・ロン"は手加減できんぞ」
この名を聞いた瞬間、スレイドは思い出す。
エレノアの母が言っていた人物だ。
北部の全てを領土とするロン家の当主。
この男こそ、勇者エルダーと唯一、互角に戦えるという最強の十二騎士。
第二騎士団総団長のガウ・ロン卿だった。




