血将のグロムランド・オルバ(3)
広野に爆風と共に咲き乱れる"青き水の花"は空中にいたセラフィーナを優しく浮かせ、ゆっくりと赤い水の上へと着地させた。
彼女が放った"巨大な水の球"の着弾地点では数十秒もの間、水刃による斬撃が続く。
これによってグロムランド・オルバの姿も見えない。
いまだ終わらぬ斬撃を数メートルほど離れて見つめるセラフィーナ。
「これで終わったか」
そう呟いた瞬間、水刃の斬撃が繰り返される中から"細い土の棒"が猛スピードで伸びてくる。
あまりに不意な出来事にセラフィーナは反応できず、腹部に"土の棒"が直撃した。
「が、がはぁ……」
すぐに"土の棒"は崩れ去る。
セラフィーナは持った杖を地面につくことで、かろうじて上体を起こしていられた。
見ると水の斬撃は消え、かわりに"土の防壁"がドーム状に展開されている。
それが崩れ去ると、中から無傷のグロムランド・オルバが出現した。
「やれやれ、危ないところだったね」
言って、コートについたホコリを振り払い、シルクハットを丁寧になおした。
それを見て唖然とするセラフィーナ。
まさか自分と同じ連続魔法のスキルを持っていたのか?
それともユニークスキルか何かなのだろうか?
様々な思考が繰り返される中、グロムランド・オルバは口を開く。
「最初に言っておくが私は連続魔法のスキルは習得していない。まぁ習得していたとしても、この程度の攻防では使わんがね」
「そんな……どうやって……?」
「君と同じさ。"血水"で意表を突き、その後の魔法発動をカモフラージュする。剣士の彼が吹き飛ぶ前にはもう土の防壁の詠唱は完成していた。第七級魔法以降に必ず現れる魔法陣……君には見えなかっただろ?だって"血水"が地を覆っているからね」
「まさか"詠唱固定"?」
「魔法使いなら知っておくべき技術だ。先に詠唱を済ませておいて時間差で魔法を発動する」
「だけど、発動させる魔法の順番を変えられるわけが……」
「まぁ順番操作は高等技術だね。さすがに私でも第七、第八級魔法までしか順番は変えられない。連続発動できる魔法も二つまでだ。十二騎士の中には全ての階級の魔法詠唱を済ませた後に順番を自由に操作して連続発動するなんて者もいるが……あれは例外だろう」
セラフィーナは全身から力が抜ける感覚に襲われた。
あまりにも次元が違いすぎる。
つまり、この男は今の戦闘で第七、第八級魔法しか使っていなかった。
それで十分、事足りるほどの戦闘だったのだ。
こちらは第四級魔法を魔法鉱石で出力を上げて攻撃したのにも関わらず、相手は無傷。
復讐のために様々な魔法技術を学び、修練してきたが全く及びもしない。
愕然とする彼女に、ゆっくりと歩み近づくグロムランド・オルバ。
「これでお別れのようだね、セラフィーナ君」
言って、セラフィーナの前に立つ。
そして手を伸ばして無抵抗の彼女の首を掴んで持ち上げた。
……ここで初めてセラフィーナはグロムランド・オルバの左手の特徴を知る。
"焼け爛れて膨らんだ左手"
その感触が首元から伝わった。
だが、そんなことはもうどうだっていい。
姉の仇を討てずにここで死ぬのだ。
恩師の握る手には徐々に力が入り、喉元は潰されていく。
「が、が、がぁ……」
次第に意識が遠のく。
涙が頬を伝う。
ここまでか。
そう思われた……
その瞬間、なぜかグロムランド・オルバは手を離して勢いよく後方へとバックステップしていた。
見ると、お互いの間には戦闘不能になったはずのスレイドがおり、ショートソードをグロムランド・オルバの腕へ目掛けて振り下ろしていたのだ。
間一髪のところ、反応したグロムランド・オルバはセラフィーナの首を締めていた手を離して後退。
その跳躍は数メートルもの距離を移動する。
跳躍中、空中にいるグロムランド・オルバは腕伸ばして手をスレイドの方へと向け、人差し指を親指で軽く弾く。
目にも止まらぬ速さで飛ぶ水滴の大きさは、おおよそ5ミリ。
だがスレイドの"赤き眼光"は水滴を最も簡単に捉える。
剣を斜め下に構え、そこから一瞬の斬撃。
剣線だけが美しい円を描き、水滴を縦に真っ二つに斬った。
「秘剣・刃現……"返し影月"」
割れた水滴は器を失ったことで強大な魔力が解き放たれ、轟音と共に這うようにして地面をVの字に抉る。
その中心にいるスレイドはショートソードを回転させながら左手に持った鞘に収めた。
そして左腰に構えると、右手をグリップに添えた。
スレイドの"赤き眼光"は無機質に標的を睨む。
グロムランド・オルバは数メートル後方に着地し、この戦闘で初めて顔を顰めた。
「ありえん……」
見立てでは肋骨の数本は折れている。
さらに胸部圧迫による肺挫傷。
呼吸困難は必然であるが、気配を感じさせないほどのスピードで移動していたのが不気味だ。
なによりも、この青年は剣で魔法を斬った。
魔法は直撃すれば必ず効果が発動し、当たった物には確実にダメージが入る。
だがスレイドという青年が持っている剣にはヒビすら入っていない。
「いや、過去にできた人間はいたんだ。憎き赤い瞳……"あの男"を思い出すね」
グロムランド・オルバは焼け爛れた左手を握り締める。
その握力によって出血し、未だ地面に満たされている赤い水の上にポタポタと落ちた。
セラフィーナが連れてきた魔力を持たない謎の青年。
思慮深い彼女が何も考えずに人選するわけがない。
スレイドという人物には"何か"があるのだ。
「自らを過信していたのは私の方だったようだね。君は確かスレイドとか言ったか……ここで確実に殺しておくべきだな。でなければ後々、後悔するだろう」
グロムランド・オルバはゆっくりと深呼吸して呟くように言った。
「"魔導覚醒"」
時が止まったかのように吹いていた風が完全に止んだ。
そして暗雲が覆う荒野にありえぬ現象が起こる。
音も無く"赤い雪"が降り始めた。




