血将のグロムランド・オルバ(2)
雲に覆われた荒野には冷たい風が吹き、空気は赤く染まる。
全てはグロムランド・オルバが放つ高濃度の魔力と割れた大地から湧き出でる赤い水の影響だろう。
お互いは10メートルほど離れている。
魔法使い同士の戦いであれば、得意属性にもよるが適正な戦闘距離と言っていい。
赤い水の流れはセラフィーナの足元まで辿り着き、微かにブーツを濡らす。
「この前の対人戦では感情的になりすぎた……今回は冷静にいく」
セラフィーナは自分に言い聞かせるようにして呟いた。
そして左手に持った大きな杖を構え、右手を後ろ腰の方へと移動させる。
腰に身につけていたポーチから"何か"を取り出して握ると勢いよく前へと投げた。
空中で散らばったのは、細かく砕かれた"魔法鉱石"だ。
「我を照らせ……"灯火"」
セラフィーナは、たった一言だけの単純な詠唱を口にする。
【火の第八級魔法・灯火】は複写可能な魔導書で、読んで理論さえ頭に入れれば誰でも簡単に扱える下級魔法だ。
"灯火"は普通に唱えるだけなら小さな光の玉が浮遊して暗がりを照らすだけの魔法だが、複数の魔法鉱石にぶつけて出力を上げると、その効果は変貌する。
細かい魔法鉱石の一つに"灯火"が当たると、ドン!という音がした。
さらにそれが連鎖し、重なり合って連続した炸裂音を上げて視界を遮るほどの爆発を起こす。
半径7、8メートルもの範囲が爆煙に包まれ、完全にセラフィーナの姿は見えなくなった。
「ほう、教えた通りできているね。それだけでなく自分の体に流れる魔力を操作し、魔法後の残り香に紛れて魔力感知のスキルを無効化しているのか。これでは位置を特定できないね」
グロムランド・オルバは感嘆した。
彼女も貴族ではあるが、他の貴族とは考え方がまるで違う。
というのも、"冒険者"と"貴族"では魔法戦の意味合いが全く異なるのだ。
冒険者は討伐、依頼達成目的のための手段。
その反面、貴族は紳士淑女の嗜みといった程度。
貴族において魔法戦は一種のスポーツであり、戦いというよりも『勝ち負けにこだわらず、相手を尊重し、褒め称えて、友情を育む』という考えのもとでおこなわれている。
もちろん剣術に関しても同様だ。
ドネージュ魔導騎士学院では、そんな腐ったゴミのような考え方を捨てるところから始める。
"魔法戦とは、相手の行動を読み切り、素早く戦略を組み立てて、迅速に敵を殺す"
これが最も重要な思考と教えるのだ。
といっても、ほとんどの貴族はそんな野蛮な考え方を受け入れられないのが実情である。
だが、セラフィーナは他の貴族とは違っていた。
最初こそ戸惑っていたが魔法戦闘における理論を説くと、すぐに理解して自分の得意属性を考え、それに合うスキル構成を組み立て始めた。
だから彼女は学院内でも常に"秀才"と呼ばれる位置にいた。
「格上との戦いは意表を突くことが大事だからね。しかし惜しいな……これほどの人材を殺さねばならんとは」
ため息混じりに呟く。
言ってすぐに、正面の爆煙を切り裂くようにして"大きな蒼い水の刃"がグロムランド・オルバ目掛け迫る。
それは8つ連なり、すべてが高魔力で生成されていた。
「第六級魔法・水刃……いや、もっと上のレベルか。しかも"連続魔法"のスキルも習得済みとは」
通常、魔法は連発できない。
一つの魔法を放って完結させた後は、もう一度、魔力を練る時間が必要だ。
しかし"連続魔法"のスキルはその時間を短縮する。
「だが、この程度では私は切り裂けないね」
グロムランド・オルバは握り拳を掲げた。
そして、勢いよく拳を開くと無数の水滴がセラフィーナの"蒼い刃"に当たり爆散させる。
お互いの水は空へと舞い上がり、広範囲に雨を降らせた。
同時にセラフィーナが作り出した正面の爆煙も衝撃で吹き飛び視界が開ける。
しかし、そこにはセラフィーナがいなかった。
数秒の思考。
気づくと雨が空中で止まり振動している。
そして、雨は重力に逆らって急速に上空へ向かって逆転していく。
眉を顰めるグロムランド・オルバ。
ハッとして、見上げると大量の魔法鉱石が目の前まで飛来していた。
雨の逆転に気を取られて全く気づかなかった。
一瞬の隙。
その先、数メートルもの上空で大きな杖を構えるセラフィーナ。
体の周りには青い魔法陣が雷撃と火花を散らして展開している。
杖の先端には先ほど降った雨が収束していき、"巨大な水の球"を作り出した。
「グロムランド・オルバ……姉様の仇だ、これを受け取れぇ!!」
そう叫んで、セラフィーナは上空で杖を勢いよく振った。
巨大な水の球は轟音と共に射出され猛スピードでグロムランド・オルバまで迫る。
再び、拳を掲げるが魔法の再発動は間に合わなかった。
着弾直前で巨大な水の球は飛来していた魔法鉱石をすべて飲み込む。
すると一瞬だけ光を放ち、そこから広がって爆風と共に無数の水の斬撃がグロムランド・オルバを包み込んだ。
それはまさに"蒼い花"が開花と同時に咲き乱れたようで、とても美しかった。




