血将のグロムランド・オルバ(1)
荒野を包む暗雲、冷えた風が頬を撫でる。
正面、5メートルほど前に立つ"グロムランド・オルバ"が佇む。
彼が体から放たれている凄まじい魔力は視認できるほど濃度が高く、空間すらも歪めているようだった。
火花を散らす赤い雷撃が地面を抉り、亀裂を入れる。
そこから流れ出る"赤い水"が大地に広がり始めると不規則な文字列の魔法陣が展開された。
スレイドとセラフィーナは視線をグロムランド・オルバから逸らすことなく距離を取る。
「気をつけろ。グロムランド卿は水魔法のエキスパートだ」
その言葉にスレイドは息を飲みつつもセラフィーナよりも前に出た。
自分には魔法を無効化する能力があるようだ。
ここは前衛で戦うのが最善策だろう。
弓使いのジーナと組んでわかったが、自分が前に出て敵を怯ませて後衛にトドメを刺してもらうという動きが最も効率がいい。
特に今回の場合は相手が魔法使い。
スレイドが前に出て魔法を無効化しつつ戦い、隙を見てセラフィーナが援護するという戦法を取るのがいいと考えた。
「俺が前に出るから、援護を頼む」
「わかった」
もちろんセラフィーナも同じ考えだった。
スレイドはカルガラ・クロウ戦で高レベルの魔法攻撃を完全に無効化していた。
敵が魔法使いならスレイドの持つ能力は無敵だと言っていい。
スレイドは地面を踏み締め、ショートソードを腰に構えてグリップに右手を軽く添えた。
割れた大地から湧き出でる赤い水がスレイドの足元へ迫り、やがて履いている皮のブーツまで覆う。
それを後ろで見ていたセラフィーナは眉を顰めた。
何か"妙な違和感"を覚えたのだ。
「おかしい……」
グロムランド・オルバが佇む場所から流れ出る赤い水からは強い魔力を感じる。
つまり、川のように流れてくる赤い水は魔法によって生成された水であることは確実なのだ。
彼女が、その"妙な違和感"に気づくまで数秒。
ハッとした時には、もうスレイドは先手を取るために踏み出していた。
「やめろ、スレイド!!」
セラフィーナは叫ぶが、スレイドは止まらずに一気に踏み込む。
間合いに入ると左手に持ったショートソードを逆手で振った。
ショートソードの鞘が向かうのはグロムランド・オルバの顔面だ。
「正々堂々、正面からとはね。嫌いじゃないが、些か自分を過信しすぎではないかね」
言って、グロムランド・オルバは親指で人差し指を軽く弾く。
瞬間、ドン!という鈍い音が荒野に鳴り響いた。
「がはぁ……」
胸に"何か"が当たった感覚があるが、それがあまりにも小さすぎて見えなかった。
そのままスレイドはセラフィーナの後方まで吹き飛ばされて地面を何度も転る。
ようやく止まったものの、あまりの胸の痛みに立ち上がることができず意識も遠のいた。
すぐにセラフィーナは振り返って倒れるスレイドを見る。
あれは恐らく"ただの水滴"だ。
魔法と呼べるほどの代物ではないが、魔力を使った攻撃で間違いない。
「なぜだ……スレイドには魔法が効かないはず……」
そう呟くように言う。
そんな彼女を見たグロムランド・オルバは呆れた様子で口を開いた。
「彼に何を期待していたのかはわからないが、正直に言って拍子抜けだね。第八級魔法以下の、ごく少量の魔力をぶつけただけで戦闘不能になるなど……」
「そんな……バカな……」
「彼の体の中に魔力を感じないところを見ると、恐らく魔力を持っていない特異体質なのだろう。それはそれで少し興味はあるが今はどうでもいい。さて、君はどう抗ってくれるのかな?」
グロムランド・オルバから放たれる異様な殺気はセラフィーナに臨戦体勢を取らせる。
持った大きな杖を前に突き出し、いつでも詠唱を始められる準備を整えた。
なぜスレイドに魔法攻撃が通ったのかはわからないが、今は考えている暇はない。
こうしてセラフィーナは自分の師匠と一対一で戦うことを余儀なくされるのだった。




