君の進む道
早朝にミディアランの町を出発したスレイドとセラフィーナ。
一頭の馬に2人で跨り、陽で熱せられる大地の上を猛スピードで駆けた。
セラフィーナが前で手綱を握り、後ろにスレイドが乗る。
向かう先は荒野の中にある休憩小屋。
目的は盗賊に攫われたミライとエレノアを救い出すことだ。
昼を目前にした頃合い、2人はようやく休憩小屋らしき場所に辿り着く。
警戒をかねて小屋から数十メートル離れた地点で馬を降りた。
先行するのはセラフィーナ。
大きな三角帽子、ブルーのロングヘアでドネージュ魔導騎士学院のブレザーとスカート。
マント型のローブを羽織り、大きな杖を持つ。
その後方には左手にショートソードを持ったスレイドが続く。
前を歩くセラフィーナが言った。
「何か変だ」
「何が変なんだ?」
「あの小屋の中から凄まじい魔力を感じる」
スレイドは息を呑んだ。
もしかすれば宝石加工店の前で出会った"盗賊の男たち"はかなりの手練れの可能性がある。
休憩小屋までの距離が10メートルを切ったあたりから、2人の武器を持つ手に力が入った。
不意に小屋の扉がゆっくりと開いた。
出てきた人物は1人の女性を両手に抱えている。
その姿を見たセラフィーナは立ち止まり、そして震えた。
小屋から出てきた人物は"黒いシルクハット"と"黒いロングコート"の初老の男。
スレイドも見覚えのある人物、医者の"グロムランド・オルバ"だった。
「おやおや、これは奇遇だ」
「グロムランド卿……」
「久しぶりだね。セラフィーナ君」
言って、グロムランド・オルバは抱えていた女性を優しく地面に下ろして寝かせる。
女性は"北条ミライ"で間違いない。
ミライは気を失っているのか目を閉じたままだ。
突然のことに動揺しているのかセラフィーナは一歩も動けずにいた。
構わず、グロムランド・オルバがゆっくりと歩み寄る。
「セラフィーナ君、学院のみんなが心配してたよ。いきなり退学届を出すなんて」
「……」
「実はね、まだ退学届は受理されてないんだ。私が学院長に言って君の退学を待ってもらっている」
セラフィーナは何も言わない。
ただ体を震わせているだけだ。
ずっと気丈に振舞っていた彼女だが、今は立っているだけで精一杯に見える。
「お姉さんのことは残念だったね。だが君には君の進む道がある。さぁ、私と一緒に学院に戻ろう。またやり直せる。すぐに元通りさ」
優しく、猫を撫でるような声。
グロムランド・オルバは手を差し伸べる。
彼との距離はもう5メートルほどしかない。
セラフィーナは涙している。
本当にこの男が姉を殺したのか?
ミライの推理は外れているのではないか?
自分は学院に戻るべきなのか?
そんな様々な葛藤と戦っていた。
彼女の背中から、それを感じ取った。
だがスレイドはグロムランド・オルバの一つ一つの言葉に眉を顰めた。
彼の言葉は確かに優しくはあるが、どこか無機質だ。
それ以上に自分には同じ記憶がある。
村から出る時、おじさんから"戻ろう"、"やり直そう"と言われた。
あれは決してスレイドのために言ったのではない。
理由は不明だがスレイドを村に閉じ込めることが目的だったのだ。
この男にも"何らかの目的"がある。
そう思った瞬間、体は自然に動いた。
スレイドは震えるセラフィーナの前に立つと、歩み寄るグロムランド・オルバに鋭い眼光を向ける。
「君は確か……昨日、会った青年か。君には関係の無い話だ。そこをどいてもらおう」
「それはできない」
「なに?」
「セラフィーナの姉を殺したのはアンタなんだろ?」
あまりにも強引で、これ以上ないほどの断定表現だった。
しかしグロムランド・オルバは一切、顔色を変えなかった。
そのまま静かに口を開く。
「そうだ。私が殺した」
無表情で無感情な発言。
なによりも嘘偽りがないことにスレイドは驚く。
「嘘を……つかないのか?」
「私は嘘が嫌いだ。聞かれたことには素直に答えるよ」
「なぜセラフィーナの姉を殺したんだ?」
「君たちには絶対に理解できない。なにせ君たちは"彼女"と会ったことがないのだからね」
彼が言う"彼女"というのはセラフィーナの姉のことでは無い。
それは『君たち』という言葉でわかった。
「そんなことはもうどうだっていい。私は……あなたを絶対に許さない」
感情が昂ったセラフィーナの静かな声。
彼女の凄まじい殺気は前に立つスレイドにも伝わってきた。
「それが君の進む道のようだね」
「姉様の仇だ。あなたを殺す」
「そうか。君はとても優秀な人材だと思ったが、致し方ない。まぁ君の変わりは見つけてあるから、ここで殺してしまっても問題はないね」
「なんだと?」
その瞬間、空気が変わった。
あれだけ暑さを放っていた太陽に雲が覆い被さり、冷んやりとした風が吹き始めた。
正面、5メートルほど先にいるグロムランド・オルバから異様なオーラが赤い雷撃と共に迸る。
雷撃は火花を散らし、鼓動を打つかのようにリズミカルに轟音を響かせた。
「いい機会だ。君の最後の授業ということで、この私……十二騎士、第八騎士団総団長・"血将のグロムランド・オルバ"の最大魔力をお見せしよう」
スレイドは驚愕した。
この男はカルガラ・クロウと同じ十二騎士だったのだ。
だが、そんな事実を受け入れるよりもグロムランド・オルバから放たれている大量の魔力が2人を後退させる。
視認できるほど濃度が高い魔力はグロムランド・オルバの立っている地面に無数の亀裂を入れた。
割れた大地から"赤い水"が湧き出てくると、その上に不規則な並びで大量の文字が浮かび上がらせる。
それがグロムランド・オルバの"魔法陣"であることに気づくまで数秒の時間が掛かった。




