運命交差(2)
ミディアラン
西地区
スレイドとミライは町の中央に位置する橋を渡って西地区へと入る。
東地区とはうって変わって涼しげな西地区。
さらに、はずれとなると砂の中にも草木がそれなりに生えている。
明らかに東地区とは見た目が異なり、砂漠の中のオアシスといった印象だ。
エレノアの花屋はすぐに見つかった。
家屋が密集して立ち並ぶ場所を抜けると、一軒だけ彩りを感じさせる平家がある。
家の前には様々な花が売られており、数人のお客がいた。
ちょうど接客していたのは薄いグリーンのボブヘアで白のブラウス、カーキ色の長いスカートとエプロンを身に付けた女性、エレノアだった。
「エレノアさーん」
そう言ってミライが手を振ると、気づいたエレノアは満面の笑みで何度か頭を下げた。
「どうも、来て下さったんですね!」
「もちろんでしょ」
「すいません、他のお客さん対応がありまして……ちょっと待っててください」
「大丈夫よ」
エレノアは数人いるお客の対応へと向かう。
その間、スレイドとミライは店の前に並べられた花を見ていた。
するとミライが声を上げる。
「あっ!これ"アザミ"じゃん」
「アザミ?」
「これ、あたしの好きな花なの」
細長い花弁が細かく無数に伸びた花で、確かに綺麗ではあったが蕾や葉っぱには棘があるように見える。
「この花の花言葉が好きなんだよね」
「ふーん」
スレイドは興味無く返事をする。
武器に興味がないミライと同じで、スレイドは特に花には興味はない。
村にいた時も様々な花を見たが、ほとんど名前すら知らない。
子供の頃に母(今となっては偽であるが)から教わったが記憶になかった。
「だけど……どこかで聞いた気がするな……」
スレイドの最近の記憶の中に、"アザミ"という言葉があり不意に思い出された。
しかし、この花の名前を"聞いたのか"、"見たのか"を明確には思い出せない。
思考していると、接客を終えたエレノアがやってきた。
「申し訳ありません。お待たせいたしました」
「大丈夫よ。それにしても昨日はあたしがいて運が良かったわね」
「その節はありがとうございました。この指輪は婚約者に贈ろうと思っていたものなので助かりました」
笑顔のエレノアは身につけたエプロンのポケットに手を当てながら答えた。
恐らくエプロンのポケットの中に指輪があるのだろう。
「女の人が婚約者に指輪をあげるの?普通、逆じゃない?」
「へ?いえいえ、普通は男女ともに指輪は用意して交換しあうものですが……」
ミライは"ああ、この世界ではそうなんだ"と小声で呟く。
怪しまれないようにか、間髪入れずに話題を変えた。
「それにしても素敵ですね!婚約なんて!」
「はい!それも、お相手は貴族の方でして……騎士様なんです。偶然、魔物に襲われているところを助けて頂いて。それから仲良くなりまして」
「わぁ、夢のような話じゃないですか!」
「そうなんですよ!私って昔から運が悪くて災難に見舞われることが多かったんです。でもまさか私なんかが、あのような勇敢でかっこいい方と結婚なんて」
「いつ、ご結婚を?」
「彼は第二騎士団に所属しておりまして、今は遠征中なんです。遠征先から手紙が届いて、『もうすぐ帰える、この戦いが終わったら結婚しよう』って書いてあったんです」
体を揺らして嬉しさを表現するエレノア。
よほどこの結婚が嬉しいのだろう。
これにはスレイドも笑みを浮かべた。
「それはよかったですね」
そう答えつつ、ミライに同意を求めるようにして隣を見るスレイド。
しかし、なぜかミライの表情は曇っていた。
「どうしたんだよ」
「いや、"この戦いが終わったら結婚しよう"なんて言って、実際に結婚したヤツ見たことないっていうか……」
「え?」
「え?」
スレイドとエレノアの声が重なった。
すぐにミライが発言のフォローをしようとした時、店の奥から年配の女性が顔を出した。
「エレノア、そろそろ配達に行ってきて」
「わかったわ、お母さん」
そう答えるエレノアは両手が塞がるほどの荷物を母親から渡される。
中には数多くの種類の花が入っていた。
「ごめんなさい。私、ちょっと出かけてきます。昨日のお礼ですが、どれでもお好きな花を持っていって下さい」
「え、ええ」
「それでは失礼します」
頭を下げて駆け出すように店を離れるエレノアに母親がさらに声を掛けた。
「今、"人攫い"が流行ってるから気をつけるんだよ!」
「私は大丈夫だよ!」
苦笑いしながらエレノアは東地区の方へ向かって配達に出かけて行った。
ミライは首を傾げる。
見送るエレノアの母親の言葉が気になったのだ。
「"人攫い"ってなんです?」
「最近、この辺の町や村で若い女の子がいなくなるって、冒険者や行商人の間で噂になってるのよ」
「なにそれ……怖……」
「でも、よくこの北方で犯罪なんてするもんだよ。この地域は"ロン家"の領土なのに」
「ロン家って?」
「北にいるのにロン家を知らないの?」
「全くわからないです」
「ロン家の当主は十二騎士の一人で、第二騎士団総団長の"ガウ・ロン卿"だよ。噂によれば十二騎士の中で唯一、勇者エルダーと互角に戦えるとか。だから、この地域で犯罪なんて命知らずとしか言いようがないね」
この話にスレイドは胸の高鳴りを感じた。
十二騎士の中でも知っているのは勇者エルダーだけで他の騎士の話はあまり聞くことはない。
まさか魔王を討伐したと言われるエルダーと互角に戦える人間が存在したことに驚いた。
「今は遠征に行ってるけど、エレノアの婚約者がくれた手紙の内容からして、もうすぐ帰ってくるんじゃないかしら」
「それなら……もしかしたら会えるのかな?」
「どうだろうねぇ。ずっと北にいる私でも見たことないから」
そう言いつつ笑いながら店の中へと戻っていくエレノアの母親。
話を聞くに、まず会えそうにもない人物であることは確かだった。
しかし、それでもなぜかスレイドは期待していた。
もし会うことさえできれば、ロン家の当主という"ガウ・ロン卿"は確実にスレイドの抱いている騎士に対してのイメージを払拭しうる人物だろう。
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どんなに荷物が重くても、エレノアの足取りは軽かった。
スレイドとミライに婚約の件を話したことで、より現実味を感じられたのだ。
鼻歌まじりに東地区へと渡るため橋を歩く。
そしてちょうど中央に差し掛かった時だった。
前に抱えるように両手に持っていた荷物に、ドンと何かがぶつかった。
エレノアは衝撃で後方へと尻もちをつく。
かろうじて持っていた荷物には影響が無かった。
胸を撫で下ろしてから正面を見ると同じく尻もちをついた男の子がいた。
その男の子は"明るいオレンジ色のボサボサ髪"で上下どちらも"ぶかぶかの白い拳法着"を着ていた。
男の子は焦った様子ですぐに立ち上がる。
「ごめんね!お姉ちゃん!」
「え、ええ」
「まずい、まずい、急がないと師匠に怒られちゃうよぉー!」
そう叫びながら橋の上に散らばった食材をかき集めて去って行った。
エレノアはハッとした。
なにか、とても嫌な予感がしたのだ。
すぐにエプロンのポケットに手を当てると、そこには"あるはずの膨らみ"が無い。
手を入れて確かめてみるが、やはり中には指輪は無かった。
辺りを探してみると光る物が見える。
再び一息ついて安堵するが、その瞬間……歩いていた通行人が指輪を蹴ってしまう。
無情にも指輪は橋の上を転がっていき、ついには流れる川の中へ吸い込まれるようにして落ちていった。
「そ、そんな……」
エレノアはただ静かに流れる川を見つめた。
どこにも指輪の影はない。
「なんでこんなに運が悪いの……」
一言だけ呟いて立ち上がった。
まだ自分には仕事が残っている。
涙ながらにエレノアは配達先に花を届けた。
時はすでに夕刻。
東地区からの帰り道だった。
とぼとぼと力なく歩くエレノアの表情は暗い。
何度、思い返しても、後悔しても時間を戻してやり直すことはできない。
「諦めるしかないよね……」
言いつつ、エレノアはふと両サイドに並んだ露天商の一つに目をやると、すぐに足を止めた。
そこにある"たった一つの商品"に目が釘付けになったのだ。
「わぁ、すごく……綺麗……」
それはどんな人間であっても虜にしそうなほど美しい、小さなワインレッドの宝石だった。




