黒鍵
ガル・アーナム
翌朝
昨日は疲れからか一度、解散という流れになった。
セラフィーナの新たな依頼は『ある人物を探し出して殺す』という物騒なものだ。
今回の依頼の詳しい情報は今日セラフィーナの屋敷に赴いて聞くことになっている。
スレイドは体の痛みを感じながらもようやくベッドから起き上がり、身支度を整えて宿を出た。
宿の外にはもうミライがいた。
相変わらずのセイフク姿だったが、今日は髪型が違う。
ウェーブのかかったブラウンの髪を高い位置で結ったポニーテールだった。
森林の間から差し込む太陽の光を浴びつつ、背筋を伸ばすようなストレッチをしている。
「いつも思うけど、朝早いよな」
「あんたが遅いのよ」
「悪かったな」
言ってスレイドはミライの隣に立って、両手を腰に当てて背を伸ばす。
するとやはり上半身に痛みが走った。
「うちの家系はおじいちゃんの代から早起きなのよ。寝坊なんて一回もしたことないわ」
「そりゃ凄いな」
「あんたも見習いなさい。おじいちゃんはね、天下無双の地上最強ヤンキーだったんだから。強さってのは朝起きてから"二度寝したい"っていう弱い心を打ち破ってから始まる……これ、おじいちゃんの格言ね」
「や、やんきー?」
「あんた、ヤンキーも知らないの?これだから田舎もんは」
「悪かったな、田舎もんで」
他愛もない会話の中でスレイドはふと洞窟での出来事を思い出す。
"強さ"といえば、カルガラ・クロウとの戦いで妙な力を発揮したような気がした。
あれは一体なんだったのだろうか?
そしてもう一つ、スレイドにはどうしても悩むべきことがあった。
「なんで騎士が悪いことをするんだろうか……?」
「いきなりどうしたのよ」
ミライには昨日のうちに洞窟であった出来事の話はある程度してあった。
当初、ブレア・ブレガーと名乗った少女がセラフィーナ・スペルシスだということ。
コルクス・ビッグバーンが十二騎士カルガラ・クロウであり、人を殺して皮を剥ぐという奇行をおこなっていること。
洞窟の地下でカルガラ・クロウと戦闘になったことなどだ。
「騎士は弱い者を助けるためにいるんだろ。なのになぜ弱い者を苦しめるようなことをするんだ?」
「まぁ警察官とかでも犯罪を犯すヤツとかいるからね」
「ケイサツカン……?」
「こっちで言うところの騎士みたいなもん。みんな最初は誰かを守りたくて騎士になるんだろうけど、途中で色々と現実を突きつけられて性格ひん曲がっちゃうのかもね」
スレイドは眉を顰める。
前の町でもドレッド・マークスという騎士が無実の人間に罪を着せるという事件があった。
歳月が流れると同時に様々な経験を経て悪に染まる……。
それならば、いっそのこと騎士になんてならないほうがいいのだろうか?
「なんにせよ生きて戻れたんだからよかったじゃない。あたしはてっきり"強い魔物"ってやつにやられたのかと思ったわよ」
「そういえば、そんな魔物はいなかった気がするな……」
「でも強い騎士が洞窟まで追い込んだって言ってたわよね。"追い込んだ"ってことは最深部にいるんじゃないの?」
「最深部には石の門があっただけだ。他には何もな無かった……あ、そういえばこれを見つけたんだった」
スレイドはズボンのポケットに手を入れて"何か"を取り出す。
それは最深部、石門のあたりに落ちていた"古びた眼鏡"だ。
「なんなの、その汚い眼鏡……」
ミライが言いかけた瞬間、背後に気配を感じた。
スレイドが振り向くと同時にミライの悲鳴が周囲に響き渡る。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
そこにいたのは老人騎士のアーヴァンだった。
相変わらずの痩せ細った体型で鎧がずれ落ちそうになり、それを時より直す。
頭部は白髪の薄毛、皺しわのよった顔には覇気は感じられず、まばたきの度に目を擦っていた。
例の如くミライのお尻をスカートの上から撫でている。
「何すんじゃボケェェェ!!」
ミライは振り向きざまにアーヴァンの頭部へと渾身のエルボーを当てる。
それによって頭部は勢いよく地面へと激突して首が曲がった。
「また出たわねセクハラジジイ!!今度こそ成敗してやるわ!!」
「うーむ、やはりダメか……」
ミライの威勢に全く触れることなく、アーヴァンは悲しげに立ち上がり虚空を見上げる。
「やはりセラフィーナ様に会えたら思い出せるかもしれない……」
「残念ながら、セラフィーナ様はあんたが思ってるような人じゃないわよ」
「それはどういう意味だ?」
「セラフィーナ様ってのは、あたしよりも若い女の子よ」
「そんなわけあるか!!絶対にセラフィーナ様はナイスバディでナイスヒップなんだ!!」
スレイドとミライはため息混じりに顔を見合わせる。
その姿を目を細めつつ、じっと見ていたアーヴァンは2人が言っていることが本当であることを何となく悟った。
「あ、ありえん……ワシは……ワシは……あっ……思い出した」
「は?」
「あまりのショックで思い出した」
そう言ってアーヴァンは上半身に身につけていた鎧を脱ぎ捨てると、お腹周りに巻かれた包帯のようなものを解き始める。
そして胸の辺りにあった"黒色の鍵"が地面に落ちた。
アーヴァンは"黒色の鍵"を拾うとミライへと差し出す。
「ワシの使命を思い出させてくれた者に渡すように頼まれてる」
「え……いらない」
「それは困る。これはワシの生涯をかけた大使命なのだ」
「なにそれ、めっちゃ重み感じるんだけど」
「この鍵は重くはない」
「あたしは、あんたの大使命の重さの話をしてんのよ」
「とにかく受け取ってくれ」
ミライは渋々、アーヴァンから黒色の鍵を受け取った。
その鍵をまじまじと見ながら"なにこれ、全然可愛くないんだけど"と小声で呟いていたがアーヴァンには聞こえていない。
「では、ワシはこれで失礼する」
「ちょっと待ちなさい。これって誰から渡すように言われてたのよ」
「それは……それは……えーと、"ナイスバディでナイスヒップなお方だ"」
それだけ言ってアーヴァンは再び鎧を羽織って立ち去ろうとした。
だが、ハッと気づいたように引き返してきて、スレイドの前に立つ。
そしてスレイドが持っていた"古びた眼鏡"を強引に奪い取ると、
「これはワシのだ」
と眼鏡を掛けてその場から去っていった。
呆気にとられて身動きができないスレイドだったがミライは苦笑いを浮かべていた。
「あれはどっかに頭打って記憶障害にでもなったのね」
「記憶……障害……」
「正直、こんな汚くて可愛くもない鍵なんていらないけど、セクハラジジイの使命とやらに免じて持っておいてあげましょうか」
こうしてセクハラ老人のアーヴァンはミライに"謎の黒色の鍵"を託した。
なぜ黒色の鍵がミライの手に渡ったのか……2人はまだ知る由もない。
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**年前
ある日の昼下がり。
男は中庭で1人、剣の稽古をしていた。
銀の鎧を軋ませ、白いマントを揺らして剣舞を踊る。
時折、吹く風で散って花々の花びらを軽やかに切断していく。
「綺麗な剣技ですね」
不意に声をかけられた。
それはとても美しい女性の声だ。
剣舞を止めて振り向くと、そこにいたのは自分が会えるはずもない存在。
男はすぐに片膝を着き、頭を下げる。
自分如き者が視界に入れていいお方ではない。
「顔を上げて」
「は、はい」
男が顔を恐る恐る上げると、そこには見たこともないほど綺麗な女性がいた。
「あなたはとても強いと聞いています」
「い、いえ、私はそれほどでもありません」
「謙遜を……なんでも**騎士の候補だとか」
「はい。名誉なことです」
男は再び頭を下げる。
嬉しさ、恥ずかしさで顔が赤くなっていると自覚していた。
それを隠したかったのだ。
しかし女性はこの後、ありえないことを口にする。
「あなたにお願いがあります」
「なんでしょうか?」
「**騎士の選抜試合を辞退して下さい」
「そ、それは、どういう意味でしょう?」
「そのかわりに、これを」
女性は手のひらにのせた"黒い鍵"を男に見せた。
「これを渡してほしい人がいます。その人はいつかあなたの前に現れます。その人は私にとってとても大事な人です。なので必ず、この鍵を渡して欲しい」
「この鍵は一体なんなのです……?」
「これは***の鍵です」
「な、なんと……それを……この私に預けると……!?」
「はい」
男は息を呑み、そして"ありえない"と思った。
それは**しか持ち得ないと言われる鍵だ。
つまり***に入れるのは**だけということ。
たかだか騎士風情が持っていい代物ではない。
確か男の記憶では***の鍵は世界に"3本"しかないはずだ。
「ですが、あなたはこの使命をいつか忘れる」
「忘れる……?私は決して忘れません!!これほどの重大使命を忘れるなんて!!」
「いえ、あなたは必ず忘れます。でも、もしその使命を思い出させてくれた人物がいたとするなら、その人にこの鍵を渡しなさい」
「それが、**様の大事な人……」
「そうです」
女性は笑顔で男に鍵を手渡した。
黒色の鍵を受け取った男の手が震える。
男は鍵を手にした瞬間、決してこの使命を忘れまいと誓った。
**年後、男は派遣先のとある村を守るために魔物と戦って勝利を収める。
しかし、その戦いは魔法鉱石が多くある洞窟内部までにわたり、男は最深部の石の扉から吹き出していたドス黒い瘴気に触れて記憶障害となった。




