慶事
ご本家から帰ってきた大殿さま光時さまの表情は、この上なく明るかった。用件を聞いたご本家の殿は、
「いや、存外読み解くのに時間がかかったのう。気づかんのかと思うておったわ。」
とお笑いになり、二つの道をお示しくださった。無論今後の亀井家の在り方を示す道である。
一つは今まで通りご本家の家臣として忠誠に励みながら、土岐様に交誼を通じる道、これは奏子姫のご身分によるものだから、奏子姫が土岐様の奥方宛にお礼の書状を出し、光時さまが届けるのがよかろうという。
もう一つはご本家に関わりなく直接土岐様に亀井家が臣下の礼を示す道である。これは簑島の領主となった秀時さまが、元の亀井家から独立して当主となったという体裁にして、秀時さまがお礼とともにご挨拶に伺うという形になる。
何でご本家がこんな面倒くさいことをご教授くださるかと言えば、まだ父祖の代に起こった戦乱の再来を恐れているからだ。「寄らば大樹の陰」と言う。ご大家の土岐様とのつながりを持っておくのは重要なのだ。いかに奏子姫が畠山様のご養女であっても、万一のときに遠方におわす畠山様が頼りになるかどうかは、その時になってみないとわからない。人脈はあって損はないのだ。土岐様も畠山様との関係を保つうえで、奏子姫の存在は無視できないからこそ、こんな回りくどい方法を取ったのであろうという。
「どちらにしても奏子姫あってのつながりじゃ。大切にせい。」
とのことであった。お二人は亀井の家が経済的に豊かになっただけではなく、一廉の武家として出世したようで、たいそう晴れがましくもうれしかったのである。
「姫君は光時のもとに御降嫁されたのじゃろう。わしが出向くのは不自然というものじゃ。」
話を聞くと秀時さまはそれだけ言い置いて簑島へ戻って行かれた。そうなればいよいよ姫さまを説得してお礼状を書いていただかねばなるまい、ということになった。
光時さまは例によって卯木さまにまず相談した。あれだけ姫さまを怖がらせた奴がからむ話である。卯木さまは難色を示した。
「姫さまは、あの者をたいそう嫌っておいでになります。あの数珠も見るのも嫌だとおっしゃるほどで。とてもお礼など書かれるはずもございません。強いてと仰せならば、手(筆跡)の似ている茜に代筆させてはどうでしょう。手紙の相手方は姫さまの手をご存じありますまい。」
なるほど妙案であった。茜どのは八条どのや光時さまと文案を練られて、雅趣があるけれど、あまり上から目線にならないように文章を考えて見ず知らずの方へのお礼状をしたためた。
「え、千代さまがご懐妊?」
聞き返したら、おっ母さまもはるもあきれたような顔をした。
「なんじゃ、お前しょっちゅう光時さまの所へ出入りしておるのに、気づいておらなんだのか。」
「わっち、弥太兄さまにもちゃんと言ったよ。またわっちの言うことなんか聞いてもいなかったんでしょう、もう!」
「え? いつそんなこと言ったんだよ。」
「お正月。」
うーん、そういえばなんだか千代さまがおめでたいとか何とか、言われたような気がする。その時、拙は、正月はみんなめでたいものなのに何言ってんだ、くらいに聞き流していたのだ。
「たわけ、おなごのおめでたと言ったら、腹にややこができたということじゃ。そのくらいおぼえとけ。」
久しぶりにおっ母さまに叱り飛ばされた。おっ母さまが言うには、おなかが大きくなると帯を締める位置を変えて、ややこが苦しくないようにするらしい。そうか、お正月に光時さまのところで、なんだか千代さまがいつもと違うような気がしたのは、着物が晴れ着になっただけでなく、着方が違っていたんだ。
ご懐妊の話が我が家で話題になったのは、明後日が戌の日で、千代さまのご実家から腹帯の祝を持ってこられるという話を聞いたからだ。ハラオビとは何か、とおっ母さまに聞くと、ややこがおなかの中で大きくなってくると、重みでおなごの体が転びやすくなってしまうらしい。下手におなかを下にして転んだらえらいことだから、突き出たおなかを支えるために晒し木綿を巻くのだそうな。その晒し木綿は元気な子が生まれるよう、神社でお祓いをしてもらって、おなごの実家から懐妊祝いの贈り物とするのがならわしだという。戌の日にその祝いをするのは、犬のお産は難産がないからという縁起かつぎらしい。
光時さまも父親になるのかと思うと、ますます責任重大だなと思う。大滝の領主にもなられることだし、なんだか土岐様にもご挨拶されるようだし、急に偉い人になってしまわれたようだ。拙が親父どのについて別当の仕事を一つずつ憶えさせられているように、今は光時さまも大殿様にくっついて領主見習いをしているところなのだ。これから何年かは亀井の家は正念場だなあ、と思った。
光時さまのところへ顔を出して、腹帯祝いで何かお手伝いすることはないか、と聞いてみたら、
「あれはおなご同士の祝い事らしいからな。わしも母上や千代に任せっぱなしじゃ。どれ、聞いてみてやろう。」
と、母屋に行かれて、大奥様に尋ねられた。
「母上、弥太が腹帯祝いで何ぞ御用はないかと、聞きに来たのですが。」
「ご苦労じゃな、弥太どの。まあ、そうじゃな。みつどのには手伝うてもらうので、特に何と言うほどのことはないわえ。あれは懐妊にかこつけて母親が娘の様子伺いをする場なのでな。われらは客人をもてなすだけよ。」
大奥様はのんびりした調子でおっしゃった。そうか、拙のような下々の者は、嫁入り先が近くならば里帰りをしてお産をするが、武家の奥様を七里も先の実家まで帰すことは難しい。お産はおなごにとって命のかかる大事ゆえ、実の母親に気をもませぬよう、来ていただくわけだ。そういえばおまきさまも同じことをなさったはずなのに、拙はよく憶えていない。要はおのこにとってはその程度のことらしい。
「いつごろ生まれるっていうのは、確かわかるんですよね?」
「水無月ごろと言うておった。」
「暑い頃ですね。」
「ああ。それまでに父上と、土岐様のお城まで言って来ねばならん。」
種山城までは木曽の大川を渡って、十里あまりの道のりだそうな。聞くところによると、土岐様ご本人は、ご自分の居城と都にある館を行ったり来たりされているらしく、行ったからといって間違いなく会えるというわけではないらしい。その辺は調べさせている、と光時さまは言った。
もうじき田植えの準備も始まる。




