交際
「ふふん、土岐様もなかなか洒落たことをなさるのう。」
大殿さまと光時さま、親父どの、藤垣様はじめ古参の方々、末席になぜか拙も呼んでもらっての評定の席である。皆の前には、折敷(お盆のような台)に載せた水晶の数珠と、錦の袋が置いてある。錦の布に織り出された模様が、土岐様の家紋だというのだ。つまり、送り主はあの乱破者の隠居ではなく、実は土岐様なのだとわかったのだ。
「まさか乱破者を介しての贈り物とは。」
「だが、そのやり方で正しゅうござるぞ。もしも乱破者が直に姫さまのお住まいに忍び込みでもしたら、光時さまが黙っておられますまい。」
「さよう。我ら亀井の者の怒りを買わぬように、かといって使者を立てるほど大げさではなく、土岐様なりに交誼を結ぼうとなされたのでは。」
年長の皆さまのご意見を聞いていた光時さまが、目の色を変える。
「ということは、あの蜘蛛の十郎兵衛とかいう隠居は、土岐様の命を受けて、ついでに姫を呼びつけたのでございますか。」
「まあ、そういうことじゃな。まさか、西の種山城まで呼びつけるわけにはいくまい。ご本家には内々に書状の一つも行っていたのであろう。」
土岐様というのが美濃の国の守護であることを、拙は初めて教えられた。土岐様は美濃だけでなく他の国の守護も兼任していらっしゃるお偉い方で、お住まいは木曽の大川を渡ったはるか西にある、種山城である。美濃の国は東西に長いのだ。
大殿さまがおっしゃるには、今まで亀井家は所領も小さく、貧乏で、ご本家にくっついたおまけのようなものだった。それが今や簑島を所領に加え、幕府管領の畠山さまのご養女たる奏子姫様をお迎えしている、立派な武家の頭領の一つとして認められたというわけなのだ。だから土岐様としてももはや亀井家を無視することはできない。姫さまのところにやってきた水晶の数珠は、その交際の手始めということらしい。
「まずは、わしがご本家へ行って、殿に伺ってまいることになりそうじゃの。光時、供をせい。」
梅見だ、桜だとせわしない都の春とは違って、田舎の春は野山の木々の緑や、小さな花などで愛でるものらしい。日に日に白や黄色の小花が咲いては散る。田の縁には桃色の花が咲く。なぜかこれを「れんげ」と言うらしい。本物の蓮華は両手を広げたくらい大きな花で、いかにも極楽浄土に咲きそうな豪華な花だけれど、このれんげは小さくて、似ているのは桃色の花の色くらいだ。
あたたかくなって毎日の散歩がとても楽しい。やっとわたしの穏やかな日常が戻ってきた。
先日、そでの甥が米の俵を一つ、余分に持ってきてくれた。わたしの持参金だった領地からたくさんの米がとれたので、余裕ができたからだという。去年の秋、食べる米が足らないという、生まれて初めての事態に驚いたわが身には、とてもうれしくありがたい。昨日は散歩の時に、そでに教えてもらって食べられる草というものを摘んできた。「つくし」というもので、最初は花のつぼみかと思ったほどの細い丸い頭をしている。草はなかなか見分けがつかないわたしでも、この形は見分けがつく。たくさん取れて私もそでもうれしかった。夕餉のおまわり(おかず)になって出てきたときはなんだか自分の手柄のような気がした。
そんなある日、我が家に物売りが来た。村の人のような感じの男女の二人連れである。わたしのことを聞いてきたらしく、おなごの方がぼそぼそとしゃべる声が聞こえてきた。男は背に、箱を背負っている。
「土雛を買うてもらえぬか。」
という。「つちびな」とは何かと卯木が聞くと、土で作った人形だという。人形はわかるが、土で作るというのがよくわからない。とりあえず見せてもらうことにした。
「まあ、なんと、かわいらしい。」
こういう物に目がない八条が声を上げる。銭の大きさくらいの丸い頭に、巻紙より一回り太い胴体、男雛の方は烏帽子をかぶったように、女雛の方は髪を垂らしているように形が作られている。全体に灰色で、目鼻や着物の模様は絵を描くように描いているらしい。御所では紙で作った人形を見たことがあったが、これはずしりと重い。
「皿や茶椀を作る材料でできているのでございまする。」
とそでが言った。なるほど、触った感じが食器に似ている。重さも皿と同じ材料なら納得だ。その材料というのが、ここいらの山を掘って出る、特別な土なのだということだった。だから土雛というわけだ。
「おやまあ、どうしましょう、これは。」
と、茜があわてた。見れば指先に赤や緑の色がついている。
「すまん、これはうわぐすりの上に絵の具で描いてあるから、水気があると落ちるんじゃあ。」
男の声に、わたしは思わず耳をふさいだ。茜がバタバタと立って手を洗いに行く。卯木が
「声が大きい!」
と叱る。騒然となって、わたしはしばらくうずくまった。
「すまんの。 わしがつい声を出して。」
男が謝っている。わたしは少したって落ち着くと、土雛を一対、買うことにした。箱の中を見せてもらうと、一つだけ男雛の胴体が黒いものがあった。絵の具が塗っているのではない。もともとが黒いのだ。
「どうしてこれだけは黒いの。」
と尋ねると、そういううわぐすりをかけたからだと女が答えた。
「全部、これなら色を塗らなくていいのに。」
と言ったら。黒だけはあるのだが、他の色はないのだと言った。
「どうして? 絵の具は赤も緑もあるのでしょう。」
「これは、焼くと黒くなるくすりをぬってから焼くので。他の色になるくすりもあるけれど、きれいな赤や緑はないんで。」
普通の絵の具を塗って焼いてもその色にはならないのだ、といった。黒になるくすりも、もとは黒くはない、焼くと黒くなる、とおなごはぽつりぽつり説明した。へえ、そうなのか、とわたしはびっくりした。
黒の男雛と対になる女雛を合わせて買った。男がそでに米で払ってもらえないか、と交渉している。そでが升で米を計って、男の持っていた布の袋に入れてやっていた。
「今の時期には人形が売れるんで。米で買ってもらえるんで、助かりまする。」
と女が言った。雛の節句の時期なのである。ふだんは皿茶わん湯飲みなどを作っており、商人に買い取ってもらうのだそうだ。ただ商人は、自分の商いが思わしくなければ遠くへも出るので、いつも決まった時期に来てくれるわけではない。そうなると、時には食べ物を買う銭がないこともある。人形はそういう時に自分たちで売り歩くのに役立つという。
「職人も食っていくのは大変じゃな。」
とそでが労う。わたしは興味深く聞いた。こういうのを世渡りというのだろう。すると、八条が突然声を上げた。
「ご覧くだされ、姫さま。これならば似合いの女雛になりましょうぞ。」
見ると、着物の端切れを女雛の人形の胴体に巻いて、こより紐で結んである。まるで着物を着ているようだ。黒い胴体の男雛と並べると、絵の具で描いただけの雛よりも見栄えがして、いい感じだ。
「まあ、かわいい。」
「これならば姫さまのお部屋に飾っても、よろしゅうございましょう。」
八条は得意顔だ。売りにきた二人も目をみはっている。着物担当の八条ならでは作品だ。
「あの、あの…、こういう布切れはどこで?」
物売りのおなごが、思いつめた顔つきで尋ねる。
「これか? 姫さまは身の丈がお小さいゆえ、着物を仕立てるとき反物が余るのじゃ。それをこの人形に合わせて切ったものじゃ。」
「ありがとうございまする。よいことを教えていただいて。」
物売りの二人は何度もお辞儀をして帰って行った。
人形は違い棚に飾られた。




