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西の院の姫君  作者: 竹宮 潤
盗人

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捕り物

この章は暴力表現が含まれています。動物虐待に当たる内容もあります。

あらかじめお断りさせていただきます。

 乙次郎どのと佐久衛門どのの話によれば、捕り物は早朝に決行された。簑島の別当のところと、「鬼の岩屋」近くの農家、それにたまたま空いていた温泉宿の一軒と、三か所に分かれて前日から準備していた捕り方は、秀時さま光時さまをはじめ十二人である。

 岩屋は奥行きが十分あるのと人が立って歩ける高さがあるので、昔から旅人の一夜の宿や破落戸ごろつきどもの根城、あるいは金がないけれど温泉には入りたい貧乏人などに利用されてきた。つまりは管理する者がいない空き家と同じようなもので使いたい者が勝手に入って使うことができた場所なのである。だからこそ簑島の別当の所には岩屋の絵図面が保管されており、こういう場合に備えられていた。

 秀時さまは大殿と相談して乱破らっぱ者(忍者)を雇い、岩屋の盗賊どもの様子を探らせた。下手に自分たちで見張るより、こういうことに慣れているプロに頼む方が失敗がないのである。ほんの二日で乱破らっぱ者は岩屋にいる者は7人で、昼でも夜でも岩屋の入口に一人見張りがいることを突き止めてきた。

 作戦はこうだ。見張りは岩屋の入口の脇で仮小屋を作っており、夜になれば火を焚く。夜明け間近の見張りが眠くなったころにまず見張りをつかまえ、次に焚火を岩屋の前まで動かして、そこに生木をぶち込んで盛大に煙を立て、岩屋の中に送り込む。煙にいぶされて外へ出てきた者どもを、順に弓で射倒すのである。うち漏らした場合に備えて、腕に覚えがある者は刀を抜いて待ち構える、という寸法だ。

 この作戦はだいたいうまくいった。盗賊どもを6人までは捕まえたのだ。うち3人は矢が急所に当たってかなり重症になった。だが、最後に出てきた盗賊のかしらと思しき奴が厄介であった。知恵の回る奴で、盗品の古着を引き裂いたもので鼻と口を覆い、子分どもが出ていっては捕らえられる様子を見ていたらしい。しかもそいつは賢い犬を飼っていた。自分の出る前にまずその犬を放したのである。

 煙は高い所からたまっていくので、犬は煙にまかれておらず元気だった。犬はまず勢いよく走って出てきて、なんと入口の焚火を飛び越したのだ。煙を出すための焚火なので、炎が上がっていなかったのである。思いがけない出来事に待ち構えていた弓隊は狙いがはずれ、刀を構えていた者たちも一瞬足が出遅れた。誰も犬が出てくるなどということは思ってもみなかったからである。

 犬は弓隊の一人に跳びかかって引き倒すと、そのまま喉笛に咬みつこうとした。近くにいた乙二郎殿が小刀をつけて、事なきを得たのである。小刀は犬の背にささり、犬は小さく悲鳴を上げて跳びすさった。だがその一瞬のすきに、盗賊の頭は逃げ出してしまったのだ。

「黒耳、来いっ!」

 盗賊の頭が走りながら呼ぶと、犬は傷から血を流しながら、飼い主の後を追って走り出した。逃げたのは温泉場の方向である。

 さいわい秀時さまも光時さまも、近くまで馬で来ていたので、すぐさま追いかけることができた。しかし温泉場を通り過ぎれば山道で、馬で行くのは難しい。後の者たちは馬を自分たちの宿においてきたので、追ってくるにしても時間がかかるだろう。

(このまま山道を逃げさせてしまえば、西の院にたどり着いてしまう。姫を怖がらせることはできぬ。)

 夜明けが近づいていた。光時さまは、道にぽつりぽつり血が落ちていることに気づいた。光時さまはひらめいて、秀時さまに小声で策を話された。秀時さまはうなずくと、自慢の弓をひきしぼった。手ごたえがあり、「キャンッ!」と悲鳴が上がった。

「!!!」

 倒れていたのは盗賊の頭の方だった。ふりむいて犬が狙われていると気づいたのだろう。とっさに犬をかばって身を投げ出したのだった。矢は盗賊の背の、左の肩の下から胸を貫いていた。

 犬は盗賊の体の下から自分で這い出すと、鼻を鳴らしてすわりこんだ。犬は悲しげに盗賊の顔をなめていたが、もう盗賊の目は犬を愛でることはなかった。犬は、先ほどの小刀による傷だけで矢傷はなく、悲鳴は盗賊がとびだしてきたときに激しくぶつかったせいだろうと思われた。

 秀時さまと光時さまは突然の出来事に声も出ず、しばらく呆然としていたそうである。我に返って馬を下り、盗賊に近づいたら犬は激しくお二人に吠えかかったが、すぐ山の中へ走り去ってしまったという。

さて、頭が死んでしまったので、奴らがどこでどれだけ罪を重ねたものか、全部は明らかにできなかった。残りの者どものうち人を殺めたものは死罪、ほかは市場の近くでさらしものにされたあと、土器かわらけ作りどもに下げ渡され、粘土掘りの重労働にこき使われることになった。岩屋に残っていた盗品や銭は、できるだけ元の持ち主に返され、少し残った分は殺された人々の供養にと簑島にあるお寺に収めた。

 あの犬は一番古くからいる子分より前から、頭が連れていたということがわかった。子犬の時から育てたらしく、まるで言葉が通じているかのように、頭の命令に従ったそうである。さすがに犬の罪は問えないので、そのまま放免ということになったそうだ。

 亀井の家はお正月の後半がほぼこの捕り物と後始末でいっぱいになってしまった。先だっての狩りと、この捕り物で、お館周辺は戦の後のように殺伐とした空気になっていた。歳末はよい正月が来るつもりだったのに、とんだ血なまぐさい正月になってしまった。事はみな簑島の領内で起こったこととはいえ、めでたかった気分がすっかり帳消しである。

 もっとも山吹山で新しい姫さまの家の普請が始まったので、拙は眉をひそめてばかりもいられなかった。大工は棟梁以下主だった者には、最初から最後まで請け負うとして前金がまとめて払われているが、その日によって仕事は増えたり減ったりするので、手伝いに雇われる近郷の百姓などには、働いた分だけ銭を出さねばならぬ。拙は毎日普請場に顔を出して、その日仕事をしている者を調べるのが日課になった。日銭の勘定をして、この分も年貢米を銭にするとき足しといてもらわなきゃ、と考えた。



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