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西の院の姫君  作者: 竹宮 潤
盗人

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初春

 年が改まった。御所にいた時のようにあれこれの行事があるわけでもない、気楽で静かな正月である。

 歳末に、亀井のお館に出かけた数日後、狩りの獲物のおすそ分けと言ってカモという鳥と、都で食べたような白い餅がいくつか一緒に届けられた。餅は歳神さまへのお供え物にするもので、すぐには食べないのだそうだ。ささやかながら歳神さまを迎える飾り物をし、餅を供えて今年の息災を皆で祈った。お正月らしいことはそれだけである。

 鳥は汁物をこしらえてもらって食べた。体が温まってとてもおいしい。寒空の下、大殿様をはじめとして皆さまが狩りに出られたと聞いたときは、わたしを気遣ってくださったのだとばかり思っていたが、このおいしいお汁のためにというならうなずけた。この冬一番のごちそうだと思う。一度には食べきれないので、余った肉は味噌につけておくが、それでも残る分はご近所におすそ分けした。

 味噌につけておいたカモの肉は、魚のように串にさして焼いて食べた。

「これ、前に食べたことがあるような気がする。」

と言ったら、

「はい、御所の台盤所でも同じようなものを作りまする。」

と茜が答えた。そうなんだ。御所でいつ食べたのかははっきり覚えていないが、あのころは食べることなどどうでもよかったからだろう。しかし、弓矢を使って狩りをしないことにはカモは手に入らない。野山にいる鳥は野菜や芋のように畑に作るものではないのだ。いただき物に感謝である。

 正月の六日に、そでの甥が年始の挨拶に来た。手土産に百合根というものをもらう。

「まあ、これは甘みがあって、おいしいのですよ。姫様もきっと気に入ってくださいます。」

 茜はにこにこ顔だ。わたしはいつものように光時さまがおいでになる時の先触れかと思ったのだけれど、聞いてみたら

「光時さまは今、急ぎのお仕事があり、しばらくお運びにはなれないかもしれない。」

という。西のほうに増えた領地のほうで困りごとがあって、出かけておいでになるのだという。残念だけれど、そういう事情なら仕方がない。その代わり、今月のうちに大滝では新しい私たちの家を建て始めることになったという話を聞かされた。ここと同じように竹薮に囲まれた土地をならし、木材を買い集めて運び込み、いよいよ匠たちが仕事を始めたという。光時さまのお住まいに近いところへ移り住めるなら、とてもうれしい。

「家はいつできるの。」

と聞いたら、早くても今年の秋だという。壁を塗って乾かすのに何か月かかかるのだそうだ。御所の板塀の修繕のように、三日ほどでできるものだと思っていたわたしは、少しがっかりした。

 お使いが帰った後は、少し笛の修練をした。初春のお祝いの曲を何度かおさらいして、秋にお世話になった白山神社に奉納しようというのである。御所では兄上様のなさる神事にあわせて奉納の演奏をしていたので、前々から神社にその旨お願いしておいたのだ。明日がその約束の日なのである。

 朝から春らしい着物を着て、皆で白山神社に行った。神主どのにあいさつをして、神殿にあがらせてもらい、短い祝詞を上げてもらってから演奏を始めることになった。神殿は狭いけれど屋内なので、市女笠も被服かつぎもなしであるが、神前に向かって演奏するので、誰にも顔は見られない。ついてきた卯木たちは、祭りの時にわたしがすわった勾欄のある縁のところに座っている。

 御所でも演奏していた初春の神事のお祝いの曲を三曲、演奏した。合いの手になる鼓などがないので、自分一人で間を取りながら演奏をする。今年も良き年でありますように、と心を込めた。演奏が終わって神前に向かって私がお辞儀をしたら、後ろからわぁっと歓声が上がった。手を叩く音も聞こえてきて、振り返ったわたしはびっくりした。いつの間にか境内には大勢の村の人たちがいた。

「おひめさま、おれが呼んできたんだよ。おひめさまが神社で笛を吹いてるって。」

 祭りの時に笛を吹いていた子どもだった。

「みんな、正月でうちにいたから、喜んで聞きに来てくれたよ。」

 集まっていた人たちを、わたしは見渡した。みなにこにこしている。わたしを笛を聞くために、それだけにこんなに大勢の人が、わざわざここまで来てくださったというの? 信じられなかった。

「皆の衆、姫さまは今日は都で新年の神事に使われておる曲を、奉納してくださったのじゃ。これでおしまいじゃよ。さあ、姫さまが困っておられる。皆帰ってくだされ。」

 神主が声を上げた。いつもなら耳をふさぐところだが、あんまりびっくりしていて、それも忘れていた。殿方の大声に頭の中は悲鳴を上げていたのに。

「皆様、お聞きくださってありがとうございまする。姫様に代わってお礼もう上げまする。」

 わたしの代わりに卯木がお礼を言った。ありがたかった。卯木だけではない、神楽の笛を一緒に演奏したあの子どもにも、その子の呼びかけに応えて聞きに来てくれた村の人にも、皆にお礼が言いたかった。わたしは皆の方に向き直った。

「ぁ…あ、ありがとうございまする。」

ふるえる声が出た。そのままわたしは村の人たちにお辞儀した。わぁっと声があがった。

「おひめさまがこっちを向いた!」

 誰か、子どもの叫ぶ声が聞こえたように思った。みんなが手を叩いている音がする。顔を上げたいが、身体がふるえて、うまく動くことができない。頭の上から卯木たちの足音が聞こえてくる。

「姫さま、ようがまんなさいました。ささ、こちらへ。」

 みなで抱え上げるようにして私を起こし、わたしはふらふらしながら社殿を下りた。


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