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西の院の姫君  作者: 竹宮 潤
盗人

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正月

この「盗賊」の章には残酷な描写が含まれています。ご承知おきください。

 新しい年になった。兄が家を出たせいで、親父殿の年始回りに全部ついて歩かなければならないはめになった。元旦に大殿様のお館で、皆が一堂に会して新年のあいさつをするのだから、そこに出るだけでいいのかと思っていたら、そこから二日間かけて、主だった御家来衆の家を一軒一軒回らされた。去年までは兄がくっついていたらしいが、拙は気にもしていなかったのだ。

 大殿様のお館ではもちろん酒肴が出るが、御家来衆の家でも一軒ごとに座敷に上がりこんでお茶のご接待にあずからねばならない。くたびれ果ててしまって、うちに帰っても正月の御馳走を味わうどころではなかった。

 これはおっか様とはるも同じで、大殿様のお館と光時さまのお住まいとで、台所方を務めていた。暮れに買ってもらった反物で新しく仕立ててもらった着物を着ているものの、二人ともけっこう忙しそうだ。のんきに遊びまわっているのは末っ子のたえだけである。

 四日、今日からはあいさつ回りには出ないと聞かされて、やれうれしやと思ったら、今度は格下の御家来衆がわが家へあいさつに来られる。おっか様もなぜかきょうはうちにいるなと思ったが、今度はわが家でお接待をするのだ。うちには御家来衆だけではなく、大滝の荘の主だった百姓衆も顔を出す。うちが亀井の家の別当だからである。

「あけましておめでとうございまする、惣兵衛殿。今年もどうぞよろしゅうにお願い申し上げまする。」

「いや、おめでとうござる。こちらこそよろしく御頼み申しますぞ、申吉どの。いやぁ去年は息子殿の嫁取りもして、めでたい続きですのう。」

「何を申されるか。惣兵衛殿の所も弥平殿が簑島の別当になられたのじゃろう。大出世ではござらぬか。」

「わははは。」

「わははは。」

 挨拶はみな親父殿に任せて、拙は座っているだけなのだが、この数日間で亀井の家中のほぼ全員の顔と名前、家族関係や家格などの情報がどっと詰め込まれて、頭の中が破裂しそうだ。お客にはおっか様が煎茶と干し柿を出すが、拙には白湯だけだ。

「おまえはお客様でもご亭主でもないじゃろう。」

「えーっ、でも大滝の別当の後継ぎだろ。」

「まだ、おまえは見習いじゃ。半人前は白湯で十分。」

 まだ短い正月の日がだいぶ傾いて、最後のお客が帰った後、おっか様に客が食べずに帰った干し柿を一つもらって、やっと放免になった。さて、明日になったら忘れないうちに挨拶まわりでわかったことの覚書メモを作っておかなければなるまい。そうだ、光時さまにも改めて新年のごあいさつにいかなきゃな。あれ、西の院にも行った方がいいのかな?

 とりあえず、今のうちにと思って、光時さまの住まいに出かけた。

「まあ、弥太どの。今日は何か? 新年のご挨拶には一昨日おいでになったではありませんか。」

「あ、はぁ。今日はちょっと…。」

 もごもごと千代さまに言い訳をして、光時さまの居間の方に回る。千代さまも新しい晴れ着を着て、いつもとは少し感じが違って見えた。

 あれ、いつもは玄関からじゃなく、直に光時さまの居間の縁側から声をかけて上がっていたのに、なんで廊下から来たんだろう、とふいに気がついた。そして、挨拶回りでどの家も玄関から入っていたものだから、くせになってしまったのだと気づいてあわてた。うわ、半人前だと言われている身なのに、やってしまった。恥ずかしい。

 とはいえ、もう上がり込んでしまったからには出直すわけにもいかない。仕方なく廊下の障子越しに声をかける。

「光時さま、弥太です。」

「おう、入ってくれ。」

 中に入ると、もう三人も先客がいた。光時さま付きの若党全員だ。あれ、今日はもう新年会なのかな?

「耳が早いのう、弥太。誰から聞いた?」

「は? 何をですか。」

 聞き返したら、口を開いた彦十郎どののほうが、目をぱちぱちさせた。

「弥太のことだ、何も知らずに遊びに来たんだろ?」

佐久衛門どのがにやりとした。今度は拙が目をぱちぱちさせる。何か、拙の知らないことがあったようだ。

「すみません、その通りです。何かあったんでしょうか。」

頭をかいて下手に出ると、皆が光時さまの方を見た。

「いいさ、別に内緒にすることじゃない。兄上から捕り物の加勢をしろと言われたんだ。」

「捕り物というと、盗賊ですか?」

 光時さまがうなずいた。年末最後の簑島の川湊の市があった晩、店を出している商人の家2軒に盗賊が入ったというのだ。どちらも市での売り上げをごっそり取られたという。家人が寝ようとしている時間を狙って、片や子どもを、もう一方はあるじの老母を人質にとって刀をつきつけ、銭を出すようにと迫ったのだ。人質2人は翌朝、北の集落のはずれの神社で喉を突かれて死んでいるのが見つかったという。

「簑島の北東のはずれは、秋に行った温泉に続いているが、その手前に鬼の岩屋と呼ばれているところがあるんだ。盗賊どもはそこを根城にしているらしい。少し前に西の方から流れてきた奴らが何人か居ついているという話は聞いていたんだが、まさか盗賊だったとはな。」

 光時さまは話しながら少し興奮しているようだった。武士さむらいというのはそういうものなんだろう。年末の狩りのときにも思ったが、獲物を追い立てるときに恐れというものがない。まあ、鹿や猪は言葉の通じない畜生だから、ためらいなく殺してしまえると言えばそれまでだが、人である盗賊相手にも、皆さま同じように感じるらしい。

 拙は逆に話を聞くだけで縮み上がった。人質が殺されていたくだりではちびりそうになったくらいだ。これは拙が仲間入りできる話ではない。光時さまはわざと拙を仲間はずれにしてくれていたのだ。

「明日の朝五つに、お館で捕り物の評定がある。たかが盗賊とはいえ、刀を持ち人を殺めるやつらじゃ。根こそぎ退治してくれようぞ。」

 光時さま始め、皆意気を上げている。拙は早々に家に逃げ帰ることにした。そうだ、明日は朝のうちに、西の院へ新年の挨拶に行くことにしよう。そうすれば恐ろしい盗賊退治の評定などに付き合わされずに済む。


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