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私の大切な人は魔術の師匠  作者: 佐伯 怜
第一部 前半
99/116

99.休日と文具



「オデット様。先程の障壁はどのように操作しましたか?」

「全てを通す障壁を想像してから、あの毒だけを通さないようにした」

「なるほど」


私の説明に頷いたルクスは、詠唱をして障壁を出現させた。


私は毒を水に溶かして、ルクスの前に置く。ルクスはその瓶を下から上に通した。


うん、きちんと溶かした量と同量の毒が、障壁の上に載っているな。


「できました!」

「うん」


満面の笑みを浮かべて喜ぶルクスは、少年のようなあどけなさ、そして可愛らしさがあった。


「他のものでもやりましょう!」

「うん」


そこから私たちは、毒だけでなく、薬として使われている物も含めて、ルクスの研究室にある全ての物を通したり、通さなかったりする障壁を作った。



その過程で、例えば、三種類の薬品を入れて、そのうちの二種類だけを取り出すような障壁も作った。


薬品を組み合わせても使えるということが判明してからは、その種類は更に増えた。



また組み合わせると、別物になってしまう薬品もあったので、その別物を取り出す障壁や、分離させて取り出す障壁も作ることになった。


別物になってしまった薬品については、一々覚える必要があったが、分離させて取り出す場合は、そのまま片方だけを通す障壁で良かった。つまり、分離させるという魔術は使っていないのだ。




今、研究室にある薬品に対応する障壁を、一通り作ったところで、夕食の時間になった。


私とルクスは疲れ果てていたが、何だか、妙な達成感というか、満足感が心を満たしていた。




その日はぐっすりと眠って、翌朝にはすっきりと目覚めることができた。


カルメが持って来てくれた服を見て、私はふと気づく。



ローブがない。今日はセヴェの日なのか。


今日は何をしようか。ルクスに昨日の続きがあるのか、聞いてみようかな。



そんなことを考えながら、朝食を終えた私たちは、談話室でお茶を頂く。


ジュネは別行動をするようで、既に退出している。


「ルクス、今日はどうする?」

「オデット様、一緒にコレティオの店に、行きませんか?」

「うん、行く!」

「ふふふ。それではお支度が終わりましたら、私の執務室にお出で下さい」

「分かった」


私は部屋に戻って、外出着に着替えた。最初に外出した時と同じ服だ。

ディグセもそれに合わせて、変装させた。


そう言えば、コレティオの店に行く、ということは、紙とインクを選びに行くのかな。

ならば、一応、あのペンを持っておこう。


執務室に行くと、既にルクスが待っていてくれた。


「それでは出発しましょうか。オデット様、以前に転移した家まで、私たちを転移させて頂けますか?」

「うん、任せて」


私はあの小さな家を思い出して、皆を転移させた。

人数が多いから、消費魔力量も多くなったが、問題ない範囲だ。



「オデット様。お手をどうぞ」

「うん」


ルクスと手を繋いで、私は家の外に出た。そこには相変わらず、色と音の洪水が広がっていた。


協会内での代わり映えのない景色に慣れていると、まず動いている物が多過ぎて、酔ってしまいそうになる。


ルクスが繋いでくれている手をしっかりと繋いで、私は石畳を見ながら歩いた。


酔わないように、あまり周囲を見ずに歩いていたのだが、やはり気になることは多い。




あれこれと気になることを聞きたい気持ちを抑えて、私はコレティオの店まで向かった。


十字の大通りを右に曲がって、少し歩いたところにある、ひっそりとした二階建ての店。


扉を開けて中に入ると、背後でカランと高めのベルの音がする。


「おはようございます」

「おはようございます、ルクス様。ようこそいらっしゃいました。オデット様もようこそ」

「おはよう」


カウンターにいたコレティオは、前回と変わらず優し気な柔らかな表情をした男性だった。


濃い青緑の髪と、髪よりは緑みが強い青緑の目。その目には優しい色が宿っている。


「本日は、紙とインク、でしたな」

「はい。以前に購入したペンに合う物をお願いします」

「あぁ、あの魔石のペンですな。分かりました。奥の個室にどうぞ。幾つか、お持ちします」

「ありがとうございます」


私たちはそのまま、奥の個室、と呼ばれた部屋に通された。


前回、付与を施す時に使った作業部屋とは違い、きちんとした応接室のようだ。



ソファとテーブル、書き物机と椅子がある。


私は書き物机に着いて、カルメにあのペンを出してもらった。


その間に、コレティオがインク瓶と紙束を持って来てくれた。


インク瓶には商品名や階位、色などが書かれた札が付けられている。紙も同様だ。


「これらが今、うちにある物の中で、そちらのペンに合うと思われるものです」


沢山あるのだな、と思っていたのだが、これでも選別してくれているらしい。

それではお店にはどれほど沢山の種類のインクと紙があるのだろう。


「それでは私は表におりますので、何かあればお呼びください」

「ありがとうございます」

「ありがとう」


インク瓶と紙束を前に、私はここからどうすれば良いのだろうと、隣に座るルクスを窺う。


「オデット様。こちらにある物は全て、階位や魔術的な相性は問題ありません。ですので、後はお好みによって決めて下さい。但し、例えば、こちらのインクであれば、この札に書かれているように、こちらの紙の方が良い、ということもあります」

「うん」

「まずはこちらの紙を使って、インクを選びましょう。こちらの紙は基本的にどのインクとも、ある程度相性が良いですから」

「うん」


私はルクスが渡してくれた紙を目の前に置いて、八つほどあるインクを端から試し書きすることにした。



一つ目は黒色のインクだ。純粋な黒は一番、書き物には適しているかもしれない。普通の色だ。


次は少し薄い黒。うーん、もう少し濃い方がいいかな。


次は一番、濃い黒。うん、これが良いかも。


他には少し茶色みがある黒、赤みがある黒、赤茶色、茶色、赤色。


これらはあまり興味を惹かれないな。



「これがいい」

「イェット・ブラカですね。それではそちらのインクを使って、紙を選びましょう」

「うん」


ルクスが目の前に紙束を置いてくれた。


真っ白な紙、白銀っぽい紙、少し黄みのある紙、という色だけでなく、厚さにも種類がある。

さらさら、ざらざら、つるつる、と手触りも違う。

更に乾きやすいとか、滲みやすいとか、そういった違いもあるようだ。


「これがいい」

「ウィテハ・シヴァレのノマレですね。ふふふ」

「ルクス?」

「私とお揃いなのです」

「お揃い」


そう言えばそうだった。


ルクスは以前、この紙をよく使っていると言っていた。


自分が良いと思った物が、大切な人とお揃いだった、というのは何だか嬉しいな。


私は単純に、一番黒色が綺麗で、滲まなくて、さらさらで書きやすいと思っただけなのだが。


うん、嬉しい。


「それではこちらを購入しましょう」

「ありがとう」


私がお礼を言うと、ルクスは嬉しそうな笑みを浮かべた。


買ってもらう私よりも、嬉しそうな表情をしているルクスに、私は首を傾げる。


何故だろう。まぁ楽しそうなので、良いか。


私たちは個室を出て、コレティオが待っているカウンターに向かった。


「決まりました。イェット・ブラカを二つ、ウィテハ・シヴァレのノマレを300枚、お願いします」

「畏まりました。明日までに協会にお届けいたします」

「ありがとうございます」


ルクスは上着の内ポケットから、一枚のカードを取り出した。


コレティオはそれを受け取って、後ろの金庫のような箱の扉につけられたカードケースのような部分に差し込む。



金庫を開けると中にはお金が入っていた。必要な金額を取り出して、お釣りを入れて、金庫を閉じて、カードを抜き取る。



その様子を私はまじまじと見つめてしまう。前回は、何か、カードを使っているな、ということしか分からなかった。


だが、今回はその様子をじっくりと見ることができたので、後でルクスに聞いてみよう。




私たちは店を出て、元来た道を歩いていた。


大きな通りに出たところで、ルクスが突然、立ち止まった。


「ルクス?」

「オデット様。本日はこちらで昼食を食べましょう」

「ここは?」

「ここはリグト・フ・ダンというお店です。この建物の内部には色々なお店が入っています。今日はその中のレストラン、スナリグトで昼食を頂きましょう」

「うん」


私はルクスに言われるがまま、連れられるがままに、建物に入った。


入口には従者のような男性が立っていた。お店の門番か従業員だろうか。


彼は私たちが近付くと、ドアを開けてくれた。



中に入ると、天井にはきらきらと輝く、豪華な灯りがあった。


王城にもこういう灯りがあったな。協会の応接間にもある。


ルクスに聞いてみると、それはシャンデリアというらしい。


普通の灯りとどのように違うのか、その名前で呼ばれる基準は何なのか、と色々疑問が浮かんだが、今は昼食だ。


上を見上げていた私は、目の前に視線を戻した。中には綺麗な服を着た人たちがちらほらと居た。


このお店の周辺と店内は、人混みというほどの人はおらず、落ち着いた雰囲気だ。




一階の通りに面した位置にカフェがあって、そこではお茶やお菓子を頂きながら、談笑や休憩ができるようだ。


他には季節によって、売る物が変化する区画があった。今も、何かのお祭りに使うような装飾が売られている。



そんな売り場を通り過ぎて階段を上がると、二階にも幾つかのお店が並んでいた。しかし、中の様子までは見えない。


そんな雰囲気の中でも、更に静かで大人っぽい空気感が漂うお店に入る。



お読み頂いている皆様、いつも、ありがとうございます。

先日、2026年4月29日(水)に、この作品が累計6,000pvを達成しました。

誠にありがとうございます。大変嬉しく思います。

活動報告と、番外編を投稿しましたので、宜しければご覧ください。

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