98.障壁の実験
カルメから渡された一冊目の本は『魔術理論1』だ。
昨日、ルクスが見せてくれた、雨の種類や成分、感情との相対表が載っている本だ。
昨日は読まなかった、それ以外の部分を読む。
魔術理論の基本的な事項が纏められている本のようだ。
魔術理論は範囲が広く、研究の内容も様々で、実践に繋がるような戦術の話から、詠唱による消費魔力量についての話までと、皆が色々と自由に研究していることがよくわかる。
一冊目をさらりと読み終えて、私は二冊目を手に取った。
二冊目も『魔術理論2』だ。内容は一冊目の続きのようで、こちらもさらりと読み終えることができた。
休憩のためにルクスの執務室に戻ると、まだ仕事が終わっていないようだった。
それでも、かなりの高さに積み上げられていた書類は、大分減っている。
これは今日の後半は無理そうかな、と思いながら、お茶とお菓子を頂く。
その間もルクスは仕事を続けていて、何とか、頑張っているようだった。
だが、無理せず、落ち着いて丁寧に仕事をして欲しい。
私が心配そうな目をしてしまっていると、ジュネがルクスに声をかけた。
「ルクス様」
「………………わかりました」
ジュネの声に、ルクスは漸く、諦めがついたようで、文字を書く手を止めて、席を立った。
こちらに来て休憩を始めた二人に、私はほっと安堵の息を吐いた。
まぁ、ルクスが休憩をしないと、ジュネたちも休憩できないからね。
「ルクス。お仕事、終わらない?」
「はい。申し訳ございません。オデット様の授業をしたかったのですが………………」
「うん。えっと、本とかある?」
「はい。カルメに幾つか預けていますから、そちらをお読みください」
「分かった。ルクスもお仕事、頑張って」
「はい。午後までには必ず」
休憩を終えた私たちはそれぞれ机に向かった。
一冊目の題名は『現代医学基礎』。
本自体は少し薄めだ。生物、動物、人間の身体の構造が図と共に、解説してある。
基本的には悪い部分を特定して、その部分を取り除いて、程度に合わせた回復魔術をかければ良いみたい。ただ、血液や全身が悪い場合には、状態異常回復か、継続的な回復魔法が必要になる。
しかし、金銭的な理由から、それをするのが難しいことが多いようで、そのために医学よりも薬学が発達しているそうだ。
要は魔術をかけてもらえるほどのお金がない人たちが、何とか症状を抑えるため、らしい。
だから、この本はそれほど分厚くないのか。
どのような病気があって、その場合はどこを取り除いて、どの程度の回復魔術をかければ良いのかが書いてあるくらいだ。
さらりと一冊目を読み終えて、次の本を手に取る。
二冊目は『医学症例集』。
先程の本よりも具体的に色々と病気について書かれている。この時はこうして、こうなった、ということが。
それも大半が、貴族やお金持ちの話だ。平民の症例はあまりない。あとは魔術師の患者も多い。
やっぱり、魔術師もお金持ちに贔屓されることが多いからかな。
こちらの本もそれほど分厚くなく、さらりと読み終えてしまった。
三冊目の本は『薬学基礎』。これは魔術薬学を先に勉強していたので、結構簡単に、すらすらと読むことができた。
魔術薬学は魔術を中心に考えられていたが、こちらは薬や病気を中心に書かれている。
どんな薬草があって、どんな効果があって、どのように使うのか。
一つひとつ詳しく書かれているのを読んでいくと、以前に読んだ植物図鑑に書かれているものも多いということに気付いた。
こうして三冊の本を読み終えて、午前中の勉強は終わった。
執務室に戻るとルクスはしっかりと仕事を終わらせていたようで、既に午後の魔術の授業が楽しみだという表情になっている。
昼食を終えた私たちはいつも通りに、ルクスの研究室に籠り、実験室の机の前に並んで座る。
「午前中にお読み頂いた本の中で、何か気になることはありましたか?」
「気になること、というか、思い付いたことがある」
「何でしょう」
「色んな結界を作りたい」
「色んな結界、ですか?」
「うん」
首を傾げるルクスに、私は思い付いていることを詳しく説明した。
ルクスはそれに頷いて、ひっそりと目を輝かせた。
「確かにそれは面白そうですね。それができるようになれば、医薬学にも大きく貢献できるかもしれません。やってみましょう」
「うん」
「まずは結界ではなく、障壁から試してみましょう」
「うん」
私はルクスが用意してくれた瓶に蓋をするように、障壁を発動させた。
「ただの水をいれてみますね」
ルクスが魔術で水を出し、それを障壁を通して、下の瓶に入れようとする。しかし、水は防がれた。
「魔力を含まない水は?」
私が問いかけると、ルクスは直ぐに棚から、瓶に入った水を持って来てくれた。
素早く魔力で満たして、魔力を抜いて、完全なる透明な水を作る。それを障壁を通すように瓶に入れようとするが、やはり防がれる。
「障壁や結界の魔術は物理攻撃も魔術攻撃も防ぎます。ですから、魔力の有無ではないということですね」
「でも、結界の中でも呼吸はできるから、空気は通しているはず。でも、風の魔術攻撃は防げる。どうして?」
「魔術攻撃ではなく、ただの風を送ってみます」
ルクスは障壁の上に手を翳して、風の魔術を発動させた。
「通りません」
「何で?」
「分かりません」
「うーん、空気の塊は通る?」
「やってみます…………通りませんね」
空気は通るけれど、魔術の風や空気にすると通らない。
「魔力は?」
「通りません」
「だよね」
魔力の有無が関係なく、魔術も物理も防げるのであれば、障壁が魔力を通すことはないだろう。
うーん、分からん。どうすればいいのだろうか。
「魔力だけを通す障壁、作ってみる」
「魔力だけを通す障壁、できるんですか?」
「分からない」
分からないのに作ってみる、とはどういうことだろうと、ルクスに不思議そうな表情をされたが、私だって分からないのだ。ただ、取り敢えず作ってみようと思っただけで。
今回は新しい試みだし、想像しているものを確かに具現化させるために、私はきちんと詠唱をした。
「我は世界に求める。我を守る盾を。バレリエ」
うん。見た目には差異はないな。
「ルクス」
「はい…………通りました、え?えぇ!?」
おぉ、ルクスが珍しく大きな声を出している。それに感情が前面に出ているのも珍しい。
「何かできた」
「いやいや、オデット様。何かできた、じゃないですよ!どうやったんですか?」
「魔力だけを防ぐような想像をして、きちんと詠唱をした」
「それだけ、ですか?…………いえ、やってみます」
ルクスも同じように障壁を出現させた。私はそれに魔力を通してみる。
「うん、通るよ」
「凄いです!」
「ルクス。これは水とか、魔術攻撃は通る?」
「…………水は通りませんね。魔術攻撃は、オデット様、水か風を当ててみてください」
「うん」
私はルクスの障壁に向かって、風の球を飛ばした。
すると、球はかなり勢いを失ったが、ルクスの前髪をふわりと揺らした。
「通った?」
「恐らく、魔力操作された部分だけ、魔力に付随した部分だけ通って、それ以外は阻まれたのだと思います」
「魔力と一緒だと通る?」
「はい」
ルクスは目を輝かせて、障壁を観察しているが、私にはいつもと変わらない障壁にしか見えない。
「魔術としては同じ?」
「はい。残滓も通常の障壁と同じです」
そうなのか。では発見ではないのかな。どちらかと言えば、応用、ということだろうか。
いや、それよりも、本来のやりたかったことをやろう。
「ルクス、何か薬はある?」
「はい。何がいいですか?」
「毒がいい」
「おぉ、いきなりいきますね…………まぁ、本来の目的はそちらでしたし、試してみましょう」
「うん」
ルクスは棚から、小瓶を取り出してくれた。
毒、あるんだ。と少し思ってしまったのだが、使い方次第では薬になるのかもしれない、と納得させた。
「こちらは身体を麻痺させる毒です。手術などの時に用います」
「それを水に溶かしてみて」
「はい」
ルクスは小瓶の中身を、小さな匙で掬った。そして別の瓶を水で満たして、麻痺毒を溶かした。
「我は世界に求める。我を守る盾を。バレリエ」
しっかりと想像して、きちんと詠唱をして、私は障壁を発動させた。それを瓶の下から上に掬い上げるように通す。
「できた?」
「………………」
障壁は瓶も水も、すり抜けて、溶けていた毒だけを通さずに、掬い上げている。
障壁の上には、先程溶かした毒が、先程と変わらないような粉の状態で載っている。
ルクスは無言で、というより、唖然としてしまっている。
私は障壁をそのまま、操作して、紙の上に、粉末をさらさらと移した。
「ルクス。これが同じ物か、調べてほしい」
「分かりました」
ルクスは棚から別の薬品を取り出した。
水薬のようで、それを紙の上の毒に一滴、ぽたりと垂らす。
すると、毒は見る間に、色を変えていった。
「同じ物、ですね」
驚きながら、呟くルクスを見て、私は首を傾げる。
「ルクス、どうかな?」
「…………素晴らしいです!オデット様、この障壁は、他の毒にはどのような反応をするのでしょう」
「多分、すり抜ける。あの毒だけを通さないようにしたから」
「なるほど。それではオデット様。これから私が知る限りの全ての薬品をお教えいたします」
「え」
「それで、その薬品のみを掬い上げる障壁を作りましょう!」
「う、うん。えっと、ルクスもね」
「はい!」
私一人で全てを把握するのは大変過ぎる。ということで、ルクスも巻き込んでみたのだが、ルクスは嬉々として頷いている。
うーん、大丈夫なのだろうか。
まぁ実験は成功したのだし、後は実際に役立つものにしなければ。
活動報告を投稿しました。
内容はちょっとした、今月の振り返りと、来月の予告です。
宜しければ、ご覧ください。




