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私の大切な人は魔術の師匠  作者: 佐伯 怜
第一部 前半
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97.祝福と呪いと雨上がり


「ここまでが、生物が発する祝福と呪いについてです。それでは、魔力を持つものが保有する祝福と呪いについて、ご説明しますね」

「うん」

「魔力を持つもの、とは人工的に作成した完全なる透明な水や魔石以外の全てのものを指します。土であれ、空気であれ、植物や動物であれ、魔力を持つものは、祝福と呪いを保有しています。先程、生物が放つ祝福や呪いは、感情に魔力が乗ったもの、だと申し上げましたが、それでは魔力を持つものが保有する祝福や呪いとは、何であるか、お分かりになりますか?」


ルクスの質問に、私は静かに考え込む。



感情に魔力が加わると、祝福や呪いとなる。

どんな祝福や呪いとなるかは、感情の種類による。

そして、魔力はその感情に力を与えている。



魔力を持つものが保有する祝福や呪い。


先程の要件から考えると、感情と魔力が必要で、魔力はある。だが、空気や土に感情はない。


それでは感情の代わりとなるもの、或いは感情と見做せるものが、あるということだろうか。



それは何だろう。感情とは何だろう。



うーん、人間であれば、周囲や他人との差異や変化といった情報から、感情が生まれるような気がしている。


あ、そうか。周囲と自分が別の魔力を持っている、という差異であれば、空気や土にも当てはまるのではないだろうか。



つまり、あちらの空気は温かくて、こちらの空気は冷たい、というような差異は、あちらとこちらの魔力が別物であるということを意味するのだ。


その違いが祝福や呪いの違いではないだろうか。


「うん。差異だね。違いがあるからこそ、祝福や呪いも変化して、差異があることが分かる。差異があることが分かって初めて、私たちは祝福や呪いを判別できる」

「その通りです。素晴らしいですね。例えば、この建物の内部の空気と、外の空気は成分が違います。違うからこそ、そこに含まれる祝福や呪いが違うことも分かりますし、逆に祝福や呪いが違っていれば、空気が違うことも分かります」

「うん」

「魔力を持つものが保有する祝福や呪いは、人間が勝手に判別し、区分したものでしかありません。人間が感知できない、観測できないものがあったとしても、気付けないので、無いも同然なのです。そして、気付けている、判別できる部分を、祝福と呪いと名付けて、分類しています」

「結局、その祝福と呪いそのものの仕組みや成分は、神の領域なんだね?」

「はい。火球と水球の違いは分かっても、術式の仕組みが分からないのと同じです」


うん。椅子は何故、椅子なのか。という感じだな。


椅子だと名付けたのも、定義しているのも、私たち人間であって、椅子が自分でそうしたわけではないのだ。


だから、この椅子がいつから椅子になっていたのか、どうすれば椅子でなくなるのか、ということは神の領域なのだろう。


私たちは目に見えている、この目の前の椅子を見て、判断するしかないのだ。



うん、何だか、哲学的な話になってきた気がする。魔術的な神の領域の話って、何故か、そうなるんだよね。



「話を戻しますと、雨にも祝福や呪いが含まれています。雨には、魔術的な作業の煙や粉塵が含まれ、それが差異となって、魔術的な要素を持ち、祝福や呪いを持つ、魔術の雨となります。勿論、ただの空気や雨にも祝福や呪いは含まれます。ですがそれは、先程の呪いと同様に、気付けない程度です。魔術の雨は、それ以上の影響が出てしまう魔術量の祝福や呪いが含まれているのです」

「うん」

「そして魔術的な作業とは、何か、ということですが、これは夜の宴会で焚かれている篝火の煙に例えると分かりやすいかと思います。篝火は魔術で作られた炎です。そこに宴会の内容によって、出会いの祝福や成功の祝福といった感情が乗った魔力が含まれた煙になるのです。篝火の近くでどのような祝福や呪いが発生しているかによって、煙の種類が変わり、それによって形成される雲や雨も変わるということですね」

「ふーん。近くで発生している感情が煙に移って、それが雨になる?」

「はい」


それは煙の種類の判別が難しそうだな。

だって、宴会などであれば、色々な人がいて、皆がそれぞれに感情を抱いているのだから。


それが煙に移って、雨になるのであれば、雨の成分も同じくらいに複雑なのではないだろうか。


「雨やその成分の種類は多いの?」

「通常は色々な成分が打ち消し合って、魔術的な効果を持たない通常の雨になります。魔術の雨になるのは、どれかが突出している時や、似たような成分が集まった時ですね。例えば、とある村で結婚パーティーや生誕を祝う宴が続いた後に、そこだけ歓喜の雨が降る、という感じです」


なるほど。打ち消し合うなら、効果のない雨も多いのか。


「疲労と歓喜の他には、どんな雨がある?」

「有名なもので言えば、懐古ですね。後はそれぞれの成分に合わせて、呼び方があります。例えば、成功の祝福と失敗の祝福、成功の呪いと失敗の呪い、この四つが主成分となっている雨は、顛末の雨、と呼ばれます。このような組み合わせはかなり多いですし、時代や国によって、呼び方が異なります。ここにある一覧は覚えなくとも良いですよ。その都度、知っていけば大丈夫です」


そしてルクスは、魔術理論の本にある三つの魔術の雨の成分表を見せてくれた。それぞれ10個の主成分が書かれている。


この中で幾つかが合わさった雨が降ると、その成分から名付けられたり、元々ある名前で呼ばれたりするそうだ。


大抵は色々な成分が満遍なく入っているので、顛末の雨や悲愴の雨ではなく、疲労、歓喜、懐古のどれかになるらしい。


「魔術的な作業は、魔術を使うことってことだよね?」

「はい。魔術には残滓があります。これが煙や粉塵になります。ですが、魔術自体に、祝福や呪いはありません。ですので、その時の周囲の感情が移ったり、何に使用したのかで決まったりします」

「ふーん」

「ここに書かれている成功の祝福や失敗の呪い、といったものには、大体の感情が割り当てられています。割り当てられているのは、主だった感情や分かりやすい感情ですので、実際にはもっと多種多様な状態ですね」

「うわー」


本には成功の祝福は幸福感、成功の呪いは責任感…………等々、祝福と呪いと感情の相対表が書かれていた。


これはとても一回で覚えきれる量ではないな。覚書の紙も一枚では足りないかもしれない。


でも、覚えたいので、書き留めておこう。偶に見たくなるかもしれないし。


私は時間をかけて、主な雨の成分、祝福と呪いと感情の相対表を書き写した。


うん、疲れたな。


「そう言えば、真名を呼ぶ時に、祝福や呪いになるのも、感情が乗っているから?」

「はい。真名は、その人の存在そのものを表しています。それに向けて、感情を込めて祝福や呪いを発するということは、効果的なのです。対象がはっきりしていて、祝福や呪いの向かう先が定まっているからですね。逆に例えば、あの時財布を盗られたあの人を呪う、というのは難しいです。対象がはっきりしていないからですね。強い感情があれば、小さな効果の呪いが届くことはありますが。魔術で言うところの、無詠唱と詠唱の違い、という感じです」

「なるほど」


ルクスと話をしながら、魔術理論の本を読んでいると、段々と眠気が収まって来た。


ルクスとの話に夢中になっていたから、という理由もあるだろうが、恐らく雨が弱まって来たからなのだろう。


予測通りに16時を過ぎた頃、ルクスはカーテンをちらりと開けて、外を確認した。


「やんでいますね」


ルクスはカーテンを大きく開けた。窓の外には、どんよりとした雨雲の切れ間から、夕日が射し込んでいた。夕焼けに染まった空も見える。


「もう、魔術具はいらない?」

「はい、もう大丈夫ですよ」


私たちはカネラ、と唱えて、魔術具を外した。


そう言えば、この魔術具のブローチは、ルクスと色違いで同じ形、細工のものだ。


もしかして、ルクスの物なのかな。


そう思って、私はルクスにブローチを返した。


「この魔術具、私でも作れる?」

「はい。これは魔石に結界魔術を付与して、同質化と固定、保護をすれば、簡単にできます」

「その細工もルクスが?」

「いえ、これは元からです」

「元から?」

「はい。台座として売っているものを購入しました。私が作ったのは、魔石の部分だけですね」

「へぇ」


でも、その細工を選んだのは、ルクスなんだよね?


ルクスはこういう感じが好みなのかな。


うーん、貴族っぽい。まぁでも、服に合わせるなら、このくらいの細工があった方がいいのか。


内心でそんなことを考えて、一人納得している私を、ルクスは不思議そうに見ていた。




その日は昼間の間、ずっと感じていた眠気のお陰か、ぐっすりと眠ることができた。


そして翌朝の執務室には、いつも以上に大量の書類が積み上がっていた。


やはり雨の後は、大変なのだな。


私はげんなりしているルクスたちを励ましてから、小会議室に入った。



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