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私の大切な人は魔術の師匠  作者: 佐伯 怜
第一部 前半
96/116

96.成分分析と祝福と呪い



「あ、外に出る前に、結界を張っておけば良かった?」

「っ!」


私の呟きに、ルクスは驚いてこちらを見る。その視線に首を傾げると、ルクスは大きく溜息を吐いた。


「はぁー。そうでした。雨の所為で失念しておりました。一旦、戻りましょう」

「うん」


私たちは一度、屋内に戻って、それぞれに結界を発動させた。


屋内であれば、まだ集中することはできるのだ。




再び外に出て、今度こそ、採取をする。


ルクスに渡された手袋をして、小瓶に雨を溜める。


瓶がいっぱいになったら、蓋をして、ルクスに渡す。


ルクスはそれを鞄に仕舞っていた。手袋も外して返却する。



屋内に戻って、結界を解除し、ルクスの研究室に向かった。いつもの四人だけで、実験室に入る。


「こちらの薬液に、雨を一滴入れて下さい」


私はルクスに渡された小さな匙を使って、薄茶色の薬液が入った瓶に、雨を一滴入れる。


すると、薬液は、表面の一割くらいが赤色、残り九割くらいは黒色、というように分離した。どちらも薄く透明な色だが、層になっている。


「雨には色々な種類があります。これは雨に含まれる魔術の種類が変化しているからですね。この薬液はその魔術に反応して、分離するものです。赤色が歓喜の雨、黒色が疲労の雨を指します。今回は歓喜一割、疲労九割で、疲労の雨という判定になります」

「へぇ」

「それでは、歓喜の部分を、更に詳しく分析してみましょう。こちらの歓喜の雨用の薬液で更に詳しく分離できます。こちらの薬液に、もう一度雨を一滴入れて頂けますか?」

「うん」


ルクスが取り出した薄い赤色の液体に、私は雨を一滴垂らした。


すると、同じ幅で五層に分かれた。


赤みのある紫、紫みのある赤、完全なる赤、茶色みのある赤、赤みのある茶色だ。


「色の通り、上から階位が高くなっています。上から生誕の祝福、婚姻の祝福、成長の祝福、努力の祝福、出会いの祝福となります」

「それは何?」

「魔術の雨に含まれる魔術は、火球や水球のような魔術ではなく、祝福や呪いと呼ばれるものです。それぞれの雨に含まれる祝福と呪いは分かっていますので、それを上から当てはめていくだけなのです。祝福と呪いについては、また魔術理論の授業で解説いたしますね」

「うん」

「それでは、疲労の雨の成分分析をしましょう。今度はこちらの疲労用の薬液に一滴、雨を入れて下さい」

「うん」


ルクスが取り出した薄く黒い液体に、私はまた一滴入れる。今回も直ぐに六層に分かれた。


「こちらも一番上の完全なる茶色から、成功の祝福、、成功の呪い、失敗の祝福、失敗の呪い、怠惰の祝福、未完成の呪いですね。割合は、3、2、2、1、1、1でしょうか」

「うん」

「これで雨の成分分析は終わりです。如何ですか?」

「うーん。祝福や呪いが分からないと、よく分からない」

「そうですね。それでは今日の午後に、祝福と呪いについてお話ししましょう」

「うん!」


私が少し不満そうというか、不完全燃焼な気持ちでいるのが分かったのか、ルクスはそう言ってくれた。




片付けをしてルクスの執務室に戻ると、少しだけだが、書類が溜まっていた。


私は応接用の長椅子で待機することになり、その間にルクスはささっと仕事を片付けることになった。


小会議室は結界が頑丈な場所ではないらしいからね。



「本日は詩歌をお教えいたします」

「詩歌…………」


うーん、芸術的な教養の中でも、一番難しく感じているものだ。


「いきなり作ってみる、というのは難しいと思いますので、まずはどのようなものがあるかを知りましょう」

「うん」


カルメに渡された詩集は、以前に読んだものよりも、数段、難解な、というより、意味が分からないというレベルのものだった。


比喩表現ばかりで理解が難しい上に、王国や国王を称えたり、賛美したりしているので、余計に何が言いたいのかが分からなかったのだ。


大雑把に意味を理解してから、細かな表現を紙に書きとめる。



カルメは作るとか言っていたけれど、自分がこんな詩を書けるようになる姿が全く想像できない。


詩集をぱらぱらと読み進めて、私は気に入った表現を紙に書き留めた。


でも全体の雰囲気としては、以前に読んだものの方が好みだったな。


詩集を読み終えて、覚書に書き留めるのも終わったところで、昼食の時間になった。


眠気がある所為で、いつもよりも味がぼんやりと感じられたが、ブラカの味つけは基本的に濃いめなので、問題ない。




昼食を終えた後は、ルクスの研究室に籠って、魔術の講義だ。


実験室に四人で入って、ルクスは魔術理論の本を、私は紙とペンとインクを用意する。


「それでは午前中にお話ししました祝福と呪いについてです」

「うん」

「まずは祝福と呪いがどういうものか、ということを大まかにお話しします」

「うん」

「祝福と呪いは、大きく二種類に分けられます。生物が発するものと、魔力を持つものが保有するものです。生物が発する祝福や呪いは、簡単に言うと感情に魔力が乗ったものになります。それが良いものか悪いものかによって、祝福か呪いかに分けています。ですので、その基準は人によって様々であり、呪いだからといって、絶対的に悪いものだとは言えません。良し悪しを、祝福か呪いかを判断しているのは、それを受けた者です」

「へぇ」


本人の捉え方で決まるのか。適当に思えてしまうのだが、他者からの判別では駄目なのだろうか。


「例えば、とある事業で成功し続けている人がいるとして、周囲はその人に成功の祝福があるのだろうと思い、更にそう思うことによって祝福が強まります。ですが、本人が失敗できない呪いなのだと思っていると、それは呪いになります。つまり、祝福と呪いは表裏一体なのです」

「呪いは人に害があるから、呪いじゃないの?」

「そうですね。その害がある、というのは呪いを受けている人が害だと思っているということが重要になります。例えば、本人がそのことを全く気にしていなければ、気付いていなければ、どれだけ呪いをかけようとも、それは届かないのです」

「確かに」

「ですので、ここで重要なのは、認識と感情です。感情が動く際には、少なからず魔力も動きます。これは魔力圧が代表的な例です。自分が何かを認識し、それに感情が動く。その時に魔力が乗り、それが他者や自分自身に向けられることによって、祝福や呪いになるのです」

「祝福や呪いで動く魔力は少ないの?」

「はい。10000分の1にも満たない程度です。しかし、感情が強まったり、大勢の人間に祝福や呪いを向けられたりすれば、それは無視できない量になります」

「うん」

「これは自然な感情の動きによって起こるものでもありますが、大抵は意図的に感情に魔力を込めて、他者に向けたものが祝福や呪いとなります」

「意図的に?」


祝福や呪いは、勝手に発されてしまうのではなく、そうしたいと思って、使うものなのか。


自分の意思で他人を呪ったり、祝福したりできるってこと?


「はい。特に呪いの場合には強い感情を抱く者が多いです。誰かを恨んだり憎んだり、ですね」

「呪われたらどうなる?」

「段階的に症状が現れます。寒気、倦怠感、手足の痺れ、と段階を経ていき、段々と身体が動かしにくくなり、昏睡、衰弱死、というところまで至ります」

「死ぬの?」

「はい。しかし、そう簡単に呪い殺すことはできません。衰弱死するまでには十年ほどかかります。十年もの間、同じ感情を持ち続ける、ということは中々に難しいです。更に相手の状態を悪化させるには、より強い感情と魔力が必要になりますから、呪う方も魔力や気力が不足することがほとんどです」


そうなのか。良かった。


そのくらいの感情がないと人を呪い殺せないのであれば、呪殺にはそれほど警戒しなくて良い、ということだな。


「魔力をきちんと制御していても、祝福や呪いが生まれるの?」

「はい。祝福や呪いになる魔力が少量です。それをかけた本人も気付いていなかった、ということはよくあります。例えば、結婚パーティーに参加して、新郎新婦に、おめでとうございます、という祝福の言葉をかける。それだけでも、軽い祝福が発生してしまいます。祝福をかけられた側も、何だか気分が良い、という程度の反応しか感じられません。誰かに褒められたり、感謝されたりして、嬉しくなる。こういった当然の感情の動きであっても、祝福の効果であることがあります」

「そうではない場合もある?」

「はい。例えば、今、私がオデット様に何の脈絡もなく、おめでとうございます、と言っても、何も起こらないですよね?」

「うん」

「これは祝福する気持ちがないからです。祝福や呪いは感情が乗った魔力ですから。そして…………オデット様はお勉強をよく頑張っていらっしゃいます。とても素晴らしいことです」

「あ、ありがとう」


唐突に褒められた私は、何だか、照れ臭くなってしまい、視線を下げる。


「いえ。このように祝福を込めることもできます」

「うん」

「逆に嫌味のような言葉は嬉しいという感情ではなく、嫌な気持ちになると思います。言葉通りではなく、その裏に込められた負の感情を呪いとして、受け取ってしまうからですね」

「へぇ」

「よって、魔力量が特に多い者たちは、他人に不用意に祝福や呪いをかけないように、感情の制御も重要となります」


その言葉に、私はルクスがまさにそうなのだと納得した。



ルクスはあまり自分の心を動かすことが、感情を揺らすことが得意でないように思っていたからだ。


それは最初からそうだったのではなく、そうなるように努力した結果だったのだ。



「魔力量が多くなくとも、魔力制御を学んでいなければ、感情の赴くままに、祝福や呪いを発してしまう人もいます。しかし現状、魔術を生業にしない人たちにとってはきちんとした魔力制御も縁遠いものになってしまっています。そういった人たちは祝福や呪いを撒き散らすので、傍迷惑なのですが」


ルクスの嫌そうな口ぶりに私は苦笑した。


確かに撒き散らす、という程度にまでなると、迷惑どころの話ではないだろう。



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