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私の大切な人は魔術の師匠  作者: 佐伯 怜
第一部 前半
100/116

100.昼食と本屋



私たちが中に入ると、直ぐに給仕か従者のような壮年の男性が出迎えてくれた。


「ようこそいらっしゃいました」

「こんにちは。プリンシピウムです」

「プリンシピウム様。お席へご案内いたします」


出迎えてくれた男性について行き、私たちは奥まった場所にある個室に通された。


「お荷物や外套があれば、こちらをお使いください」


最初に通されたのは少し狭めの部屋で、服をかけるハンガーや荷物をおける机がある。


私は外套を脱いで、カルメに預けた。カルメはそれをハンガーにかけてくれた。




私とルクスは更に奥の部屋に入った。


その部屋は、協会の食堂よりは狭いが、二人でご飯を食べるには充分な広さがあった。


席やクロス、食器などはきちんと分けられていて、今日の変装している階位に合わせた色になっていた。


私たちはそれぞれに従業員に椅子を引いてもらい、席に着いた。


「それでは頂きましょう」

「頂きます」


早速、給仕によって出された一品目は、見たことのない青緑や青、緑といった系統の色とりどりの野菜を、花びらのように盛りつけてある前菜だった。ソースは橙色だ。


「季節の野菜のサラダ。オレンジソースがけで御座います」


給仕の説明を聞いて、私はサラダを食べてみた。


さっぱりとしたソースではあるが、甘みもあって、塩気もある。それが野菜とよく合っている。


「緑海老のスープで御座います」


次に出されたのは緑色のスープだ。


一口、食べてみると、海らしい香りがふわりと広がり、魚のような旨味がぎゅっと詰まっていて、しっかりとした味が感じられた。緑トマトっぽい味もしている。


「大海老のステーキ。レモンソースがけで御座います」


大海老は先程の緑海老と似た味だった。レモンソースがしっかりとしたステーキの味をさっぱりさせて軽くしてくれている。


「レモンの蜂蜜漬けのシャーベットで御座います」


レモンのさっぱりとした風味は残したまま、甘い蜂蜜の味がしている。


これは良いな。お茶に入れても良さそうだ。


「黄七面鳥のクリーム煮で御座います」


白みがかった黄色のお肉が、白いソースで煮込んである。

身体が温まるような、ほっとする味で、ソースをパンにつけても美味しい。


「チョコレートケーキで御座います」


最後にお茶と共に出されたのは、チョコレートのケーキだった。


まったりとした甘さが、さっぱりとした風味のお茶とよく合っている。


チョコレートは少し苦みもあるので、大人っぽい味だ。




食事を終えて、食後のお茶もゆっくりと頂いたところで、私たちはカルメたちと合流して、お店を出た。


席を立つ前に、ルクスがまたあの謎のカードを、店員に渡していたので、あれでお会計をしていたのだろう。


うん、仕組みが気になるな。


レストランを出た後はそのまま、リグト・フ・ダンの中を見て回った。


王都に本店があるお店の支店であったり、他領地から来たお店だったりするので、色々な国中の品物が売っていた。見て回るだけでも楽しい。




その後は、大通りを少し外れたところにある、大きな本屋に向かった。


ルクスがよく訪れているお店のようで、店主も慣れた様子でにこやかに出迎えてくれた。


マギシアの街は、魔術の中心地と言われるだけあって、本屋の品揃えも大半が魔術に関係する書籍だった。


三階建ての建物の二階までがお店のようで、その六、七割は魔術関係の本だ。


まぁ、医薬学、法学、工学といった分野を跨ぐものもある。


残りの三、四割は料理本だったり、小説だったりして、王国案内書というものもあった。




ルクスは手早く、魔術関係の本が並ぶ区画を見回って、それから店主に新しい本はあるか、と尋ねていた。


「最近、出版されたものですと、世界等級外魔術1223年度版がありますが、ルクス様には不要でしょうな」

「そうですね」

「そう言えば、ナラリスの調理と食材の魔術研究はお読みになりましたか?」

「えぇ。あそこまで地道に、緻密に分析をしているのは、素晴らしいことです」

「そうですね。ただ、感覚派の料理人たちからは、賛同を得られませんでしたがね」

「そうでしょうね。感覚派が何となくでしていることを、分析して理論立てようとする試みですからね」


ルクスと店主が何やら盛り上がっている。もしやこの店主は、ルクスと同類なのだろうか。


そんなことを考えながら、私は本棚を眺める。


色々と知らない本が多いな。けれど、魔術書の区画に行くと、ちらほらと見たことがある本がある。


知っている本を見つけられると、何だか嬉しくなるな。


それにしても、知らない本が多い。魔術書の区画であっても、だ。


ルクスはこれらの本も全て読んでしまったのだろうか。




「オデット様?何か、気になる本がありましたか?」

「ううん。ルクスは全部読んだの?」

「いえ、全部は読んでいませんね。ですが、読まずとも、中身が分かる本もありますから」

「ん?」


読まなくとも、中身が分かる、とはどういうことだろうか。


私が首を傾げていると、ルクスは一冊の本を手に取った。


題名は『詠唱魔術教本』。


目次を見ると、基礎魔術、回復魔術、結界魔術、身体強化魔術、というように、項目が並んでいた。


その中身は、火、土、風、水、というように更に細分化されていて、試しに火の魔術の頁を見てみると、下級の球、壁、中級の槍、上級の刃、嵐、というように、それぞれの詠唱が書かれていた。


私が読んだことのある『詠唱魔術総覧』とは全く違っていて、この本には解説もなく、唯々、詠唱の言葉が並んでいるだけだった。


「これだけ?」

「はい。これは一般的な魔術の教科書で、等級重視で書かれています。ですから、現象の説明や工夫による効果の変化、魔力操作による応用などについては、触れられていません」

「ふーん」

「世の中にはこのような本もあります。ですから、全ての本を読もうとせずとも良いのです。寧ろ、本や他人から得る情報はよく精査しなければなりません。相手に嘘を吐くつもりがなくとも、その言葉が真実ではない、ということもありますし、真実だけを全て伝えることが良いということでもありません」

「うん」

「古くからの言い伝えに、言葉には魔術が宿るから、言葉の扱いには注意しなければならない、というものがあります。特にこれは魔術師の間では信じられていることですね。詠唱を扱い、魔術を扱うからこそ、情報である言葉には気を付けないといけません、ということですね」

「うん、分かった」


ルクスは私に渡す本をきちんと選んでくれていたのだろう。


今まで読んできた本はどれも分かりやすく、丁寧に解説がされていて、ただ知識を押し付けるだけのような本はなかった。


うん、やっぱりルクスは凄いな。


ルクスは店主と少しお喋りをして、結局何も買わずに、店を出た。


欲しい本がなかったのだろうか。それとも、ただ見に来ただけなのだろうか。


そんなことを考えつつ、私はルクスに手を引かれながら、大通りを歩いた。




通りに屋台が増えて来たところで、ルクスは足を止めた。


「オデット様。あちらを飲んでみませんか?」


ルクスが指し示した先にあるのは、甘く香ばしい香りをさせている屋台だった。


「すみません。小さめの物を五つ、ください」

「ルクス様!」


五つ、と言ったルクスを、ウブラとリグネウス、カルメが慌てて制止するが、ルクスはそれに構わず、全員分の飲み物を買った。


カルメたちがこの飲み物を苦手としている訳ではなく、ルクスに買ってもらうのが申し訳ない、ということのようだ。


ルクスは今度は、カードではなく、硬貨を取り出して、支払っている。


確かに、屋台には金庫のような物はないから、カードは使えないのだろう。


数枚のお釣りをもらって、それを財布に仕舞う。


そんなルクスを見て、カルメたちはそれぞれに財布を取り出して、ルクスに支払おうとするが、ルクスは受け取らず、微笑んで首を横に振った。


「ルクス、ありがとう」


私がお礼を告げて、飲み物を受け取ると、皆も同じようにルクスにお礼を告げて、おずおずと飲み物を受け取っていた。


屋台の前で少しわたわたしてしまったが、私たちはその場を離れて、近くのベンチに座った。




カップにはほかほかと湯気を立てている白茶色の飲み物が入っている。


寒い屋外で飲むには、それが良いのだろう。


紙製のカップなので、手にもその温かさが伝わって来て、どこかほっとする。


熱々だった飲み物が少し冷めて、その代わりに手が温まり、ちょうど良い温度になったところで、私は一口、飲んでみた。


「ん!チョコレート!」

「ふふふ。どうですか?」

「美味しい。」

「良かったです。あれは、大通りチョコレート専門店を出しているお店の屋台なのです。このココアは屋台限定なので、ここでしか飲めません」


ほう。これはココア、というのか。

温かくて、甘くて、香ばしいチョコレートの味の、美味しい飲み物だ。

うん、屋台限定だったとは。覚えておこう。




ココアを飲み終えた私たちは、カップをウブラに捨てて来てもらい、再び道を歩き出した。


次にルクスが立ち寄ったのは、怪しげな、暗い雰囲気のお店だった。


中も薄暗く、そんな雰囲気の店の奥からは、妙に明るい表情のおじさんが出て来た。


「これはこれは、ルクス様。ようこそいらっしゃいました。可愛いお嬢様も、ようこそ」

「こんにちは」

「…………こんにちは」


ルクスの真似をして、私も戸惑いつつ、挨拶をする。


このおじさん、私に目線を合わせるようにしゃがんでくれるのは嬉しいのだが、何だかにこにこし過ぎていて、逆に怖く感じる。


ルクスの穏やかな微笑みとは違っていて、威圧感というか、腹黒さというか、何か怖いような感じがある。


私は思わず、握ったままのルクスの手にぎゅっと力を込めてしまった。


ルクスは大丈夫だというように、優しく握り返してくれた。



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