101.薬屋と濾過
「何か、珍しい物や素材は入りましたか?」
「えぇ。中央大陸の聖女が作成したという傷薬。最果ての森でこの季節にしか入手できない薬草。北東領の北部で討伐された魔獣の素材。このくらいですね」
「全て、見せて頂けますか?」
「えぇ、はい。良いですよ。まずは傷薬。こちらです」
「…………これは結構です」
「左様で。それでは薬草を」
「…………青トルノ、ファルト草、ファノゲの花、ですね。これらも結構です」
「いやはや、流石ですな。それでは、魔獣の素材をどうぞ」
「こ、これは、コトノ鳥、ですか?」
「えぇ、そうです。羽、爪、嘴、魔石、血液。中々のものでしょう?」
「えぇ、素晴らしいです!こちらは全て頂きます」
「それはそれは。お買い上げありがとうございます」
妙に元気で明るい店主が、薄暗い怪しい雰囲気のお店で、ルクスに怪しげな物を売っている。
その様子に私は不安を覚えてしまう。しかも、最後のは全部、買っているし。
私が心配と胡乱さの混じった目でルクスを見上げると、彼はこちらを見て、輝くような笑みを浮かべた。
「オデット様。昨日の続きができますよ!コトノ鳥の爪、嘴、血液には、特殊な薬効があるのです」
「羽は?」
「燃やした煙を吸い込むと、幻覚を見ることができます」
「その煙も、昨日の続き、する?」
「はい!」
「…………分かった」
うん、これは駄目だな。止められない。
それに昨日、全ての薬品を教える、と言っていたし、私もそれに頷いたのだし、仕方ない。
そうしてルクスは、コトノ鳥という魔獣の素材を全て購入していた。
カードで支払っていたので、そのお値段は分からないが、カルメたちが頬を引き攣らせていたので、高価なのだろう。
うん、できれば知らないままでいたいな。
私たちは怪しげなお店を出た。
空は夕日の色に染まり始めている。
もう、こんな時間になっていたのか。
私たちは転移用の小さな家に戻り、協会の転移の間に転移した。
そのまま、食堂でジュネたちと合流して、夕食を食べた。
食後のお茶の時間には、ジュネとお互いに、今日は何をしていたのか、という話をした。
ジュネは友人たちと、遊んで?一緒に過ごして?いたようだ。
私が、ルクスが購入した魔獣の素材の話をすると、彼も引いたような表情をしたので、私は直ぐに話を変えることにした。
「代金を支払う時に使っている、あのカードは何?」
「あぁ。それは金庫の魔術鍵ですね」
「金庫の魔術鍵?」
「はい。扉に付いているカードケースに鍵となるカードを差し込むことによって、その鍵に対応した中身が金庫に現れます。そこにお金を入れておきます」
「鍵に対応した中身が現れるって、どういう仕組み?」
「金庫の魔術鍵には、転移の魔術陣が刻まれています。金庫の方にあるカードケースにも、魔術陣の一部が刻まれています。鍵であるカードを、カードケースに差し込むことで、魔術陣が完成し、少量の魔力を消費して、金庫の中身がその金庫に転移して来るのです。そして、鍵を抜くと、中身は元の場所に戻るようになっています」
「戻るんだ」
「オデット様。金庫の仕組みはまた詳しくご説明いたしますよ。いずれ、オデット様の金庫も必要になるでしょうから」
ジュネの説明を引き継いだルクスは、そう言った。
私の金庫か。確かに将来、自分でお金を稼ぐようになれば、金庫も必要になるだろう。ということは、まだまだ先の話だろうな。
そうしてセヴェの日は穏やかに終わりを迎えたのだった。
翌日、いつも通りに身支度と朝食を終えた私は、小会議室に入ろうとしたところを、ルクスに呼び止められた。
「オデット様。本日のお勉強の前に、こちらをお受け取り下さい」
「これ、昨日の」
「はい。あのペンもお好きな時に、ご自由にお使いください」
「ありがとう」
私は昨日、コレティオの店で選んだインクと紙を、ルクスから受け取った。と言っても、全部カルメが持ってくれているのだけれど。
カルメはあの深い赤色のペンも持って来てくれていたようで、早速お使いになられますか?と聞いて来た。
私はそれに一も二もなく頷いた。
これまでは小会議室に備え付けられている物を使っていたので、筆記具を持ち歩く、というのは新鮮な感覚だ。
まぁ持ち歩いているのはカルメだけれど。私は覚書を挟んだファイルしか持っていない。
小会議室に入って、早速、筆記具を並べ、いつも通りに準備をする。
今日の一冊目の本は『魔獣図鑑』だ。
この国に生息しているものを中心に書かれているが、西や南の群島、中央大陸、東大陸にしかいないものも書かれている。
図鑑は初めて知ることが多いので、その中で気になった部分だけを書き写した。
一度では全てを覚えられないし、知っておくという程度で大丈夫だろう。
さらりと読み終えて、二冊目は、とカルメに視線を向けると、三冊目と合わせて、二冊渡された。
それぞれの題名は『サタロナ王国生物図鑑 動物篇』と『サタロナ王国生物図鑑 植物篇』だ。
これは風邪を引いた時に読んでいた本だな。内容は何となく、覚えている。
私は忘れていた部分や大事だと思われる部分を書き留めて、こちらもさらりと読み終えた。
三冊目を読み終えた私は、休憩のためにルクスの執務室に戻った。
応接用のソファには既にルクスが休憩していた。
「オデット様。今日の午後は、図鑑に載っている動植物の素材を、実物を見ながら解説いたしますね」
「うん」
「とは言っても、障壁の実験の際に、大体の物はお見せしたのですが」
「名前と薬効を簡単にね」
「そうですね。組み合わせや使用する際の注意点などはまだお教えしていません」
「うん」
休憩を終えて、私は小会議室に戻った。
後半は何をするのだろうか。
カルメの方を窺うと、彼女は何も持っていなかった。
何も無くても出来ることなのだろうか。
「本日は、文字の練習とお手紙の書き方などをお教えいたします」
「手紙?」
「はい。まずは文字ですが…………オデット様の文字は、とても美しいですね」
「うーん。頭に浮かんだ通りに書いているだけ」
「その通りに書けるということは、手先が器用なのでしょう。それではお手紙の書き方を学びましょう」
「うん」
それから、カルメに手紙の書き方を教わった。
最初の挨拶、本題、最後の挨拶、署名、という順番があるようだ。
それに挨拶に使われる言葉も、季節によって決まっているらしい。
それは春夏秋冬の四つどころではなく、30種類以上もあるそうだ。
うーん、直ぐに覚えるのは無理かな。
それに相手によっては言い回しにも気を付けなければいけないようだし。
「このような言い回しは時代や自分と相手の立場、関係性、年齢などによって変化します。ですから、言葉遣いを纏めた本もありますが、あまり参考にはなりません。本が書かれた当時に流行っていた言い方ですから、出版される頃には、そして実際に使おうと思った時には、やや流行から遅れたものになってしまうからです。しかし、流行に左右されない定型文もありますから、そちらは覚えておきましょう」
「分かった」
そこからは、手紙の言い回しだけでなく、貴族らしい言葉遣いの授業にも発展した。
正直に言うと、疲れる。
こんな会話ばかりしているのだろうか。
貴族って大変だな、と思ってしまった。
けれど、貴族だというカルメやルクスを見ていると、そんな話し方をしているのは見たことがないので、まぁあまり上達しなくとも大丈夫だろう。
カルメの授業と昼食を終えた私は、ルクスの実験室に向かった。
「それでは、この図鑑に掲載されている順に、やりましょうか」
「うん」
「まず、基本的に動物は爪、牙、嘴、体毛や羽、皮膚、内臓、骨、魔石、血液、これらが素材になり得ます。植物は葉、根、茎、花弁、種子、樹液、絞り汁、実、花粉、これらが素材になり得ます。中には新芽や蕾、枯れ葉というように状態を指定するものまであります。薬効が強くとも弱くとも、使い方次第ですから、基本的にどのような物であっても、素材になります」
「うん」
「また、爪が使えなければ歯や骨、牙で代用する、ということもありますので、その組み合わせはかなりの数になります。それぞれがどのような効果を持っているのかは、少しずつ把握していきましょう。そして、例の障壁の発展に寄与しましょう」
何だか、大変そうだな。と他人事のような感想を抱いてしまう。うーん、現実逃避だろうか。
「うん…………あ、そう言えば、その物だけを通さない障壁を作れば、不純物を取り除ける?」
「す、素晴らしいです!それが出来れば、高純度の薬品が生成できますね!…………そろそろ、あの障壁にも名前を付けますか」
「うーん。濾す障壁」
「濾す…………濾過障壁というのは如何でしょう」
「うん。いいと思う。濾過結界も作りたい」
「はい。障壁ができているので簡単だと思います」
「そうだね」
まぁ障壁と結界の違いは、然程大きくないからなぁ。私たちは確信を持って頷き合った。
「まずは素材からですね」
私は図鑑に載っている生物の素材を片っ端から、解説を聞いて、紙に書き留めていった。
触ったり、匂いを嗅いだりして、覚えていく。
うん。想像以上に大変な作業だ。
「このくらいですかね」
そう言って、ルクスが解説を止めたのを見て、私はほっと息を吐いた。
ルクスの実験室や他の部屋にもある素材を掻き集めて、色々と解説をしてもらった。
休憩もせずにぶっ通しでやっていたので、結構疲れている。
ちょうど夕食の時間になったので、私たちは食堂に移動して、夕食を頂いた。
食後は早めに自室に戻って、少しだけ日記を書いて、覚書の整理をしてから、直ぐに眠った。
次話は閑話となります。




