90.頭を撫でる手(閑話)
今回は閑話です。
僕がその人に出会ったのは、まだ学院に通っていた頃だった。
周囲が腫れ物のように僕を扱う中、僕自身を見てくれた人。
「お前が、噂の少年だな?」
「協会長…………」
協会長と呼ばれたその男は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。
野蛮さすら感じさせる自信に満ちた笑みを、僕は不思議に思って首を傾げた。
彼の側近が躊躇いがちに、僕の表情を窺いながら、協会長を止めようとするが、彼は構わず話を続けた。
「依頼にない魔獣の討伐、素晴らしい戦果だ」
「ありがとうございます」
これは素直に称賛と受け取って良いのだろうか。
しかし、この男の表情からは称賛以外の思いが透けて見える。
これは、期待と興味か?
「聞くところによると、お前は協会の魔術師志望だそうだな?」
「はい」
「理由は?」
「…………魔術に興味があるからです」
「へぇ?」
一拍遅れて答えた僕を、その男は興味深そうに見つめた。
「何で、魔術に興味を?」
その問いは予想していたものだったが、男の表情は予想していないものだった。
僕の本当の答えが分かっているような表情を見て、僕は考え込む。
これは、建前を答えても、本音を口にするまで、問い詰められそうだな。
そう思った僕は、大人しく本音を口にした。
「自分を守りたいからです」
端から聞いただけでは臆病者のように見えるだろう。
実際、僕は臆病だ。しかし、それだけではない、つもりだ。
「勇気はちゃんとあるようだな。それに意志もしっかりしている」
僕の答えと表情に、男は安心したように頷いた。
何故、この男の方が安心しているのだろう。
何か、嫌な予感がする。
「よし。決めた。次の協会長はお前な。学院を卒業して、見習いを終えたら、お前がなれ」
「ちょ、協会長!?何を勝手に決めてるんですか!?」
「あ?俺にも任命権があんだろうが」
「あることと、実際に使うかどうかは別ですよ!」
「はぁ?何も問題ねぇだろうが。それにもう決めた」
「はぁー。分かりましたよ。こうして、いつもいつも、周りが苦労することになるんですよね」
二人の言い争いを呆然として、僕は見つめていた。どうやら、協会長は本気のようだ。
「協会と王国を近づけることになります」
「あ?んなことは分かってんだよ」
僕の言葉に男は当然のように頷いた。
では何故?
何故、僕を協会長に据えようとするのか。
僕の考えを読み切ったように、男は口を開いた。
「お前が、人を助けられる人間だからだ」
「はい?」
「人を助けられる力と勇気と意志がある。あとは地位だな。協会長の立場を利用すれば良い」
「僕に人助けをしろと?」
「あぁ。だが、最初に言っておく。助ける人間は選べよ。唯一は決めておけ」
「唯一?」
「お前にもいつか、見つかるだろうさ」
そうして、学院に通っているうちに、卒業後の進路が内々に決定してしまった僕は、協会長として相応しい魔術師になるためにも、更に魔術に傾倒することになる。
「じゃあな。また顔見せに来るわ」
そう言って去り際に、僕の頭を撫でていった無骨な男の手に、僕は言いようもない温かさを感じた。
また。
僕にそう言った人は数少ない。それに僕に触れた人間も。
僕は男が撫でていった頭に触れ、髪の毛を整えた。
乱暴な言葉遣いを体現したかのような撫で方は、その言葉に含まれる優しさまで現していた。




