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私の大切な人は魔術の師匠  作者: 佐伯 怜
第一部 前半
113/116

113.研究員と弟子



これまでの行動範囲内では、私のことを知っている人たちばかりなので、普通にすれ違うだけで済むのだが、図書室となると、そうはいかない。



図書室への道のりでは、私の体感で、知っている人が半分、知らない人が半分、といったところだろうか。


これまでの行動範囲内では、知っている人が九割、知らない人が一割、というくらいだったので、かなり知らない人が多いのだな、と思う。


しかも、通い慣れれば、回数を重ねれば、知らない人の割合が減っていくということもなく、毎回、半分くらいの人には、戸惑ったような表情をされるのだ。



その違和感をカルメに伝え、理由に心当たりがないかを聞いてみると、彼女は少し考え込んでから、答えた。


「オデット様が普段、ご使用されている区画は、協会内では裏側と呼ばれる範囲です。裏側を利用するのは、協会本部の職員や研究者です。ですので、裏側の人たちの間では、オデット様は知られている存在なので、然程驚かれないのでしょう。逆に、表側と呼ばれる部分では、部外者が出入りすることが多く、オデット様の存在が知られていませんから、不思議に思われるのでしょう」

「図書室は表側なの?」

「いえ、図書室は中間、ですね。裏側には協会長の執務室、各研究員の研究室などがあります。表側には掲示板や窓口、受付などがあります。そして、中間には食堂、転移の間、聖堂、図書室といった、両方の人間が利用する部屋が集められています」

「なるほど。図書室は外部の人たちも利用するから、驚かれるんだね」


外部の人たちも多く利用する図書室では、好奇や興味、或いは訝しむような、疑問に満ち溢れた視線を向けられる。


「こんな子どもが、図書室に?」

「お使いなんじゃないか?」

「あぁ、そうだろう。あんな本、読めるわけがない」

「そうだな。有り得ないな」


そんなことを囁かれているのを、私はしっかりと聞いていた。


どうやら、気付かれていないと思って、普通の声量で話していたのだ。



だが、そうした外部の人間は半分程度で、残りの半分は私のことを知っている人たちなのだ。


そんな彼らは私が手に取っている本を見て、驚き、そして感心する。


「ルクス様の使いか?いやでも、ルクス様があの本を使うことはないと思うが」

「え、じゃあ、あの子が読むのか?その本を?」

「流石は、ルクス様が保護している子どもだな。その年頃で、あんな本を読むなんて」


そんなことを囁き合っている内部の人たちは、感心や好奇、興奮の目を向けて来る。




図書室に通い始めてから、暫く経った。


今では、裏側、内部の人たちは、私に話しかけてくれるようになっていた。


声をかけて来るのは、職員や従者たちではなく、研究者や魔術師たちだ。


そして、何故か、彼らはとても優しい。


素っ気ない態度の人もいるが、それでも皆が、我が子や弟妹を見るような、親戚の子どもを見るような目で、兎に角優しく接してくれる。


「前にこの本を読んでいたよね?どうだった?」

「面白かったよ。でも、体内魔術の消費魔力量の推移が分からなかった」

「なるほど。それなら、この本がおすすめだよ。この研究は本部だと…………あ、あっちの彼が詳しいよ。おーい!」

「ん?どうしたの?」

「あぁ。この本の体内魔術の消費魔力量の推移が分からなかったんだって。それでこっちの本をおすすめしたんだけど」

「あぁ。確かに、体内魔術が気になるなら、その本がおすすめだね。あとは、これと、これとかも」

「ありがとう」

「いや、感想とか、疑問とかあったら、聞かせてね」

「うん」

「それなら、こっちの本も読んでほしいな。君と話すのは楽しいし、発想力もあるし、色々と刺激があって、嬉しいからね」

「わかった」


このような感じで、可愛がられている、のだと思う。




これまでの私は、本当に限られた人たちとしか、関わりがなかった。


そんな私にとって、この図書室で話す人たちのような存在は貴重だ。


友人というには烏滸がましく、知人というほどに素っ気ないものではない。


先輩、先生、先達、という感じだろうか。


「ルクス。図書室で研究員の皆とお話ししてるんだけど、大丈夫かな?」

「はい。寧ろ、彼らはそれぞれの研究の第一人者ですから、色々と教えて頂けるのは、良いことですよ」

「そうなんだ」

「それに私一人からの視点でお話ししていると、どうしても偏りが出てしまいますから、色々な人の意見を聞くのは良いことです。そして、そのような縁、人脈も貴重なものですからね」

「なるほど」


ルクスの言うことは分かったけれど、それでも情報漏洩は心配だ。特に王国や神殿はまずい。


私がそんな不安そうな表情をしていると、ルクスは大丈夫だと頷いた。


「協会の研究者は、他人を利用したり、利益を得ようとしたり、誰かに買収されたり、政略に関わったり、ということはないので、安心して頂いて大丈夫ですよ。彼らに気に入れられ、教授してもらえるのは喜ばしいことです」


そのような野心があって、器用な人はいない。


朗らかにそんなことを断言したルクスに、私はそれでいいのか、と思ってしまう。


まぁでも、それなら安心して、お話しできるな。


納得して頷いていると、ふと、ジュネが、それはルクス様もですよね?とツッコんでいた。



研究者たちは気難しいというか、懐に入れたものには甘く、親切になるというので、私がそうして気に入られていることは、得難い幸運らしい。


「ですが、助手や弟子になるように勧められたら、お断りしてくださいね」

「ん?」

「オデット様は私の弟子ですから」

「うん、分かった」


少し寂し気で、少し拗ねているような、嫉妬を宿したルクスを見て、私は何だか、嬉しくなってしまう。


「大丈夫だよ。ルクスがずっと一番だから」

「は、はい。ありがとうございます」


安心しつつも、照れているルクスに、内心でにやにやしながら、私は研究員たちとの交流を認めて貰えたのだった。




私の立場は、いつの間にか、協会長に保護された子ども、秘密のお客様、というものから、ルクス様の弟子、研究者の卵、というものに変化していた。


私はルクスのお手付き、というものらしく、あからさまに、しつこく勧誘してくる人はいなかったが、大半の人は、ルクス様の元での勉強を終えたら、いつでもうちに来ていいからね、というようなことを言っていた。


そして、私の存在だけでなく、私が読んでいる本や、研究員たちとの会話も、協会の裏側で広まっているらしい。


その所為で、最近は私を見るために、図書室に来る人まで出て来た。


どうやら、柔軟で発想力豊な子どもと話すのは楽しい、と思っているらしい。



表側の人たちには相変わらず、奇異の目で見られるが、裏側の人たちには好意的な目で見られる。そして話しかけられる。


その所為で読書は中々進まないのだが、悪いことではないので受け入れている。


どうやら、図書室は本を収集して、保管して、閲覧して、貸し出して、というだけの場所ではないようだ。


意見交換や交流の場、何なら、共同研究の打ち合わせのようなものまで行われているらしく、それほどに自由な場所のようだ。


一人でゆっくりじっくり静かに、本を読みたい時には、本を借りて、自室で読むのが基本で、図書室で本を読むのは寧ろ、話しかけても良いですよ、という意志表示にもなるそうだ。



うん、通りで皆が積極的に話しかけて来るわけだ。


私は単純に読書速度と貸出の手間を考えて、図書室で本を読んでいるのだけれど。


まぁでも確かに、話しかけられるのが嫌なら、自室で読んでいろという主張は分からなくもない。


私は話しかけられるのは嫌ではないし、貸出と持ち運びの手間を考えると、やはり図書室での読書が良いと思う。


だから、これはこのままで良いのだろう。




図書室に行くのは、毒慣れがお休みの日だけだ。


セヴェの日は、ルクスたちと一緒に過ごしているから。


毒慣れがお休みの日は、私はお休みでも、ルクスたちには通常通りのお仕事があるのだ。


だからこそ、ルクスのお仕事の邪魔はしたくないし、暇潰しも兼ねて、図書室に通っている。


そして、今では図書室に行く目的の一部にもなっている研究員たちとの会話の内容は、多岐に渡る。




研究員たちはきっちりしている部分もあれば、大雑把な部分もあるという、よく分からない人が多い。


次はいつ来るのか、と尋ねられ、それに答えても、聞いた本人は忘れていたり、他のことに夢中になっていたり、平気で別の予定を入れたりする。


予定を聞いて来たのはそちらなのに、という思いもあったが、実際には予定を聞かれて答えただけで、約束をしたわけではないのだ。


まぁ会えたらいいな、という程度なのだろう。


そう思って気にしないようにしている。彼らは大雑把な部分もあるから。


そうして、私が研究員たちから話しかけられることを気にしないようにしていても、やはり研究員たちの方は、私の来訪が気になるようだった。


懲りずに私の予定を聞きに来ては、当の本人が来ず、別の人が、誰々から今日、オデットさんが来るって聞いて、と話しかけて来る。


そんなことを繰り返している。


どうやら、私の予定は、研究員たちの間で、共有されているらしい。


当の本人にも来るつもりがないのに、聞くだけ聞いておいた、ということではないようなので、まぁ良しとしよう。


情報共有についても、悪口をあからさまに言われるのでなければ、良いだろう。


数人に予定を話せば、大半の研究員には伝わっているようなので、意外と皆は仲が良いのかもしれない。


「ルクス。研究員の皆にお休みの日を教えるのは大丈夫かな?」

「はい。毒慣れをしている、ということを言わなければ問題ありませんよ」


あっさりと頷いてくれたルクスを、不思議そうな目で見ると、ルクスは微笑みを浮かべた。


「毒慣れは貴族らしい風習ですし、その期間は弱点にもなりますから、広めない方が良いでしょう」

「分かった」

「それと、記憶喪失、召喚魔術、魔術災害難民など、オデット様の階位に繋がるような情報も伏せておいた方が良いでしょうね」

「そうだね」


毒慣れがお休みの日はルクスとのお勉強がお休みの日だということにしよう。


ただまぁ、階位については少し、察されているような気がする。だって、ディグセを着けるまではそのままだったから。


それにこれだけの魔術の知識があるのに、常識に疎いなんて、これまでどういう生活をしてきたのだろうか、と思われている。


一部では、ルクス様の弟子だから、そうなったのだろう、という協会長に対して、少々不敬ではないか、という評価までついているらしい。




今のところ、私の存在については、裏側の研究員たちであれば、知っているという程度だ。


研究員たちも無闇矢鱈にぺらぺらと、誰彼構わず、私のことを言い触らして回るような人たちではないし。


私の存在は裏側でのちょっとした有名人という認識らしい。通な人だけが理解できる存在だって。



うん、何それ。



次話は閑話となります。

また閑話が五話、続きます。

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