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私の大切な人は魔術の師匠  作者: 佐伯 怜
第一部 前半
114/117

114.初めての終始祭(閑話)

今回は閑話です。



カーテンの隙間から射し込む朝日に、ぱちりと目を覚ました私は、少し緩慢な動作で起き上がる。



いつだったか、カルメに声をかけられて、驚いて身を起こし、少し頭が痛くなったことがあった。


その時に初めて知ったのだ。


寝起きの身体で急に飛び起きると、少し眩暈と頭痛がするということを。


その時は寝過ごしたのか、また体調が悪くなってしまったのか、と焦った気持ちで身を起こしてしまった。


それ以降は、飛び起きるということはしていない。




寝起きの頭でそんなことを思い出しながら、私は寝台から降りて、洗面に向かう。



随分と昔のことのように思えるが、それがまだまだ短い時間であることは知識として知っている。


しかし、記憶のない私からすれば、かなり前のことのように感じられるのだ。


そして今は、段々と昔のことを忘れていってしまうのが恐ろしく感じる。


大切な記憶が掌から砂のように零れ落ちていってしまっているように感じるのだ。


大切なのに、大切にしているのに、どうして?




朝からこんな感傷的な気分になるのは、先日、ここに来て一か月が経過したということを知ったからだった。


カルメから暦や時間の単位については教わったし、今が何月何日なのかも教えてもらっている。


しかし、だからどうした、ということにまでは考えが至っていなかった。



昼食後のお茶を飲んでいる時に、ルクスにさらりと言われたのだ。


「そう言えば、オデット様がいらっしゃってから、もう一か月になるんですね」



一か月。


ここに来たばかりの時、カルメに時間の単位を教わった。


しかし、それが実際にどれ程の長さの時間なのかは分かっていなかった。



そうか。これが一か月なのか。



正直に言うと、少し怖かった。


ここに来たばかりの時は、何も覚えていない過去よりも、不透明な未来の方が怖かった。


でも今は、大切な大切にしている記憶が薄れていく、過去を忘れていくことが怖い。


でも、言い方を変えれば、これ以上過去を忘れたくないという未来への恐れでもある。


やっぱり、未来が怖いんだな。



一か月でこんなに色々なことがあって、大切なものができて、大切な思い出がある。


それでは一年後はどうなるのだろう。十年後は?


これほどまでに大切なものばかりだと、抱えきれないかもしれない。重過ぎて持てないかもしれない。


うーん。どうしよう。



そこではっと、思い出した。私には日記や覚書があるではないか、と。


そうだ。今までの大切なこともそうではないことも、色々なことを日記と覚書に書いて来た。


うん、これからも日記と覚書は続けよう。




そう決意したところで、身支度を終えた私は書斎に向かった。


覚書を読み直して、日記を書き足して、と集中していると、扉がノックされた。


それに返事をするとカルメが部屋に入って来た。


「おはようございます、オデット様」

「おはよう、カルメ」

「こちらに御着替えください」

「うん」


カルメが持って来てくれた服に着替え、ディグセを合わせる。


最近は大体、青系統の服だ。やっぱり、階位が高いと入手しにくいのかな。



そんなことを考えつつ、食堂に向かい、ルクスたちと一緒に朝食を食べる。


食後のお茶と一緒に出されたのはクッキーだった。しかし、いつもと形が違う。


大抵は丸いか四角いのに、今日は複雑な形だ。


光の模様に似たギザギザのついた丸っぽい形だったり、チョコレートが入った緑っぽい生地と普通の生地で渦巻のような模様が作られていたり。


「ルクス。このクッキーには意味があるの?」

「はい。光と渦巻の模様です。それぞれの意味はご存知ですよね?この二つを合わせると、健康が長続きしますように、だとか、この先も幸せでありますように、と言う意味になります。祝福と半永久を合わせた意味であれば、幅広く考えられます」

「確かに。でも何で?」

「今日は終始祭ですから」

「終始祭…………?」


終始祭は冬至祭のように日付の無い日だそうだ。


一年の終わり、一年の始まりの日でもある。


この一年無事に過ごせた、この日を迎えられたことを喜び感謝し、また一年無事に過ごせるように、来年もこの日を迎えられるように祈り願う。


そんな日にぴったりなのが、この祝福と半永久の意味する光と渦巻なのだそうだ。


どちらかだけでも良いのだが、二つ合わせた方が良い、ということらしい。



但し、喪中の人はどちらかだけにした方が良い。あとは病気や風邪を引いている人も。


今日は祝福を取り入れる日だが、喪中や病気である人は祝福に過敏になっているので、取り過ぎは呪いになりやすいらしい。



うん、今日風邪をひいていなくて良かった。

お祭りの日に、一人だけ病人食というのは寂しいからね。



「終始祭は何かある?」

「はい。色々ありますよ。今日は、来年も仲良くしたい人と一緒に過ごす日です。ですので、基本的には皆、家に居たり、恋人と居たりします。ですが、まず午前中はお祭りがあります。屋台や演劇、見世物や露店などがありますので、それを楽しみます。そして、午後からは家に籠って家族や大切な人と過ごすのです」

「ルクスは仕事はないよね?」

「はい。流石に今日は、どこも午前中までしか、やっていませんよ。協会も魔術師の巡回以外には、緊急でなければ、基本的にお休みです」

「じゃあ、一緒にいる」

「はい。是非」


微笑んで頷いてくれたルクスに、私は嬉しくなる。


でも、本当に良いのだろうか。家族と過ごす日であれば、ルクスも…………


「ルクスは家に帰らなくても良いの?」

「私は、そうですね。もう独り立ちしていますし、家には手紙を送りましたから大丈夫ですよ。それに、今日はオデット様のお側に居させてください」

「うん。カルメたちは?」

「俺もこっちにいますよ」

「私もです」

「そうなんだ。分かった」


何と言うか、そこまで厳密に家族と一緒に過ごさないといけない、という訳ではないのかな?


あっさりとした二人の反応に、私は内心で首を傾げつつも、頷く。


「それと、午後にはお楽しみがあるので、楽しみにしていてください」

「お楽しみ?」


それは何だろうと、首を傾げても、ルクスは微笑むばかりで教えてくれなかった。




食後のお茶を終えて、一度部屋に戻り、外出着に着替えて、ルクスの執務室に集合した。


「オデット様。貴女様を転移でお連れすることをお許しいただけますか?」

「うん。許す、よ」

「ありがとうございます」


そうして協会が保有する一軒家に転移した私たちは、巡回を兼ねつつ、お祭りを見に行くことにした。


「オデット様、何か気になるものがあれば、遠慮なく仰って下さいね」

「うん。あ、あれは?」


ルクスに手を引かれながら、人通りの多い道を歩いていると、早速見えて来た屋台に目を止める。


そこには何だか、黒っぽい棒状のものが薄切りにされて売られている。


匂いからするとお菓子だろうか。


「あれは黒ロールケーキです。終始祭の名物の一つですよ」

「黒くて丸いケーキ?」

「はい。黒いのは炭を使っているからです」

「炭?」

「炭は木が燃えてできる物です。そしてケーキの中には木の実を入れます。そうすることで、生命の終わりと始まりを、つまり終始を意味するのです」

「終始祭のお菓子ってこと?」

「はい。あ、炭は色だけで、味は普通ですから安心してください」

「あ、そうなんだ」

「はい。リキュールの入ったクリームが使われているものや、リキュールなしのもの、木の実を砕いてあるもの、薄切りにしてあるもの、そのまま入れてあるもの、と種類がありますし、クリームにもチョコレートが使われていたりと種類があります。生地の味もお店によって違いますから、お好きなものを見つけましょう」

「うーん。リキュールは香り付けなんだよね?」

「はい」

「チョコレートも気になるし、クリームじゃなくてカスタードのやつも良さそう。あ、二つとも入ってるのもある…………ルクスはどれが好きなの?」

「私は、木の実を砕いた、リキュール入りの、クリームがたっぷりのものが好きですね」

「じゃあ、まずそれを食べてみたい」

「はい。私のお気に入りのお店があるのです」


そう言って、連れて来てもらったカフェで、席に着いた私は、早速ルクスが注文してくれた黒ロールケーキを食べた。


少し渋めのお茶と一緒に食べるととても美味しかった。


うん、このお菓子は初めて食べたけど、このお店の物が一番美味しいかもしれない。


その後は、屋台のチョコレートのクリーム入りのものも食べた。


こちらも美味しかったけれど、やはりさっきのお店が一番王道で、一番美味しかったな。



次話は閑話となります。


お読み頂いている皆様、いつも、ありがとうございます。

先日、2026年6月4日(木)頃に、この作品がブクマ10件を達成しました。

誠にありがとうございます。大変嬉しく思います。

活動報告と、番外編を投稿しましたので、宜しければご覧ください。

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