112.万能と図書室
ルクスがこれほど毒慣れを急いでいるのは、そもそもの出発点が違うかららしい。
貴族は子どもが生まれてから、乳離れをする頃までには、毒慣れの計画を立て始めるらしい。
入手できる毒、慣れさせておきたい毒を列挙して、選定して、在庫を確認する。
専属の医師や薬師、魔術師と話し合い、組み合わせや順番などを決めていく。
まぁ貴族の間では、ある程度、定石というか、定番の種類と流れがあるそうなので、全てを一から計画しているわけではないそうだ。
そんな風に長い時間をかけて、準備をしてから、また長い時間をかけて、こなしていくのが普通の毒慣れらしい。
けれど、私はもう直ぐ八歳になるが、そのような準備は全くしていない。まぁ当然のことだけれど。
しかし、幸いにも、ルクスは医師と薬師の資格を持っているし、貴族でもあるし、魔術師でもあるので、知識と経験がある。
もし、ルクスがいなければ、私は専属の医師や薬師、魔術師の選出と採用から始めなければならなかったのだ。
うん、本当にルクス様様だね。ルクスって、ある意味、万能だ。
よって、私の毒慣れについては、ほぼ全てをルクスにお任せすることになった。
毒の列挙から選出、組み合わせや計画立てまでを、ほぼ一人でやってくれたことにはとても感謝しているが、逆に凄過ぎて、引いてしまっている部分もある。というか、心配でもある。
だって、それらを二、三日で行ってしまったのだから。
何だか、もはや全知全能なのか、時間の流れが違うのか、とまで思ってしまった。
私の諸々の学習がそれなりに進んでいること。
魔術を安定して行使できる状態であったこと。
そして、ルクスが人間離れした速さで、準備をすることができてしまった結果、私の毒慣れは直ぐに始まり、直ぐに終わらせる、という予定になってしまったのだった。
私が毒慣れに専念できるし、自分で解毒できてしまうから、というだけでなく、ルクスは毒慣れに使用するような毒を所持していたし、ルクスが医師と薬師と魔術師を兼任できるから、という色々な有り得ないことが重なった結果のようだ。
「オデット様。オデット様も結構、ヤバイですからね?」
ジュネは呆れたような表情で、私を見る。
「そうかな?」
「オデット様の年齢で全状態異常回復魔術を使えて、それを複数回も行使できて、どの毒であっても魔力不足にならない、なんて、普通は有り得ないですから」
「…………」
あぁ、そうなんだ。まぁ、できるんだから、いいじゃん。
と口には出さなかったものの、ありありと表情に出てしまった私を見て、ジュネは溜息を吐いた。
「オデット様。ルクス様に似て来ましたね」
「…………」
その評価に、今度は普通に閉口してしまった。
全知全能の神に近いと称されたのであれば、嬉しいが、魔術馬鹿の研究馬鹿の人外に近付いていると言われているのであれば、嬉しくない。
褒め言葉なら、他に言い方があるだろう。
つまり、褒めていないんだね?私のことも、ルクスのことも。
私はジト目で不貞腐れたようにジュネを見てしまった。
すると、どうやら、ルクスも同じ表情でジュネを見ていたらしく、ジュネは吹き出して、爆笑していた。
そのような色々な事情が重なって、私の毒慣れは爆速で進んでいるらしい。
それでも私の記憶は、まだ一か月弱分しかないので、その三倍以上の三か月という期間は、とても長いものに思える。
毒慣れを終えて、貴族の教養なども身に付ければ、同年代の貴族の子女には追い付くそうなので、このまま無事に毒慣れと勉強を終えたいと思っている。
「魔術のお勉強は知識面では基礎から応用まで、ほぼ身に付いていると言えるでしょう。後は実践と経験を重ねて、必要であれば、各分野の詳細な研究を知っていく、という段階です」
爆速の毒慣れとカルメからの授業によって、大変な三か月になるであろうことは、予想できているのだが、その三か月という期間ですら、長くて、何だかじれったいという気持ちになるのは、今日のようなお休みの日が設けられているからだ。
急いでいるのに、そうではなかったのか、と思わせる、このお休みの日には、このような焦燥感を抱くことが多い。
ルクスの気遣いなのか、本当に必要だからなのか、どうなのかはよく分からないのだが、三日連続で毒慣れをした後は、一日のお休みを挟む、ということが決められている。
ルクスに理由を聞いたこともある。
だが、その答えは、私の身体への負担を考えて、というものだった。
毒慣れをしているのに、身体への負担とは?
そう思って、首を傾げていると、ルクスは詳しく説明してくれた。
「毒を続けて服用すると、身体が異常があることを普通の状態だと認識してしまうのです。この異常が続くと、体内魔術や魔力が不安定になります。そもそも、毒と呼ばれるものには、体内魔術や魔力を乱す作用があります。そうして乱れた結果、眠気や痺れといった諸症状が出るのです。それを乱し過ぎると、正常な体内魔術や魔力の安定が失われて、魔術や魔力が暴走してしまうのです」
「それって、結構危ない?」
「はい。まぁそこまで酷い状態になることは稀ですが、そうでなくとも身体には負荷がかかっています。特にオデット様の毒慣れはペースが速いですから、こまめに休息を挟みましょう」
「うん」
そして、こまめな休息に加えて、体内魔術や魔力を正常に保つために、毒慣れの期間中は魔術や魔力の使用、激しい運動は禁止だと言われた。
疲労や消耗があるところに毒を使用するのも、毒で身体に負担がかかっているところに疲労や消耗を重ねるのも、良いことではない、と言われれば、その通りだなと納得した。
しかし、魔術や運動の禁止令については、受け入れたのだが、納得できないことがあった。
それは毒慣れがお休みの日は、授業までもがお休みになることだ。
保護者たちは私の毒慣れについて、納得してくれているはずなのだが、それでも心配のようだ。
つまり、今日のようなお休みの日は本当に、暇になる。
先程も言ったように、じれったいような焦燥感が現れるので、お休みの日であっても、何かをしたいのだが、今のところ、読書か雑談、黄昏ることしか、許してもらえていない。
もう少し毒慣れをすることに慣れて来て、私に余裕があることが伝わって、保護者達の心にも余裕ができてくれれば、授業を許してくれるようになるだろう。
今はただ、その時が来ることを願って、暇を潰すしかない。
最初は勿論、抵抗した。せめて、本を読むか、授業くらいはして欲しいとせがんだ。
「本を読むとか、授業をするとか。そのくらいは大丈夫でしょ?」
「いえ、もう少し、この生活に慣れてからにしましょう」
ルクスの長の一声、というか決定に、カルメやジュネたちも当然だと言うように頷いているのを見て、私は諦めた。
それでも、何とか、暇だからという理由で、ルクスに話しかけたり、本を要求したりした。
それから少しずつ、制限が緩くなり、今は協会の図書室に行って、読書をするくらいの自由を得て、それを満喫している。
ルクスの蔵書については、協会にある分は、ほぼ読み終えてしまったので、最近は専ら、協会の図書室で、未読の本を探して読んでいる。
そう言えば、この図書室を初めて訪れたのも、今日のような毒慣れのお休みの日だった。
毒慣れ中もディグセの使用は大丈夫なのだろうか、と疑問に思ったのだが、これは消費魔力量が少なく、自動的に消費されるので、魔力操作、術式操作ではないから問題ない、らしい。
問題無いと分かっているはずなのに、過保護な保護者たちは、最初は私に、ディグセの使用禁止と、自室での謹慎のような療養をさせた。
だから、こうして図書室まで通えるようになった現状は、達成感を覚えてしまうくらいに感動的な進歩だ。
最初の頃は、図書室から本を借りて来てもらって、それを自室で読む、という形だった。
私があまりにも普段と変わらない様子で過ごしているからなのか。
暇である分、普段以上のペースで読書しているからなのか。
私の読書速度に合わせて、本の貸出と返却をする手間が負担になったからなのか。
色々と理由は思い付くが、割と直ぐに、図書室への移動許可は下りた。
ここで必然的に、毒慣れ中のディグセの使用についての許可も下りた。
うん、ディグセが毒慣れに関係のない魔術具で良かったな。
という訳で、食堂、多目的室、ルクスの執務室と研究室、という私の行動範囲に、図書室が追加された。
協会内で完結している上に、その一部のみという狭い範囲ではあるのだが、着実に制限は緩くなっているので、このまま制限が緩和していくことを望んで、内心でほくそ笑んでいる。
実際には、図書室という新たな行き先が追加されたものの、訓練場や協会外という広い範囲には行けなくなってしまったので、行動範囲は狭くなっている。
だが、その事実は地味に悲しいので、今はそこから目を背けて、新天地、図書室の開拓に勤しむことにしている。
いつものようにカルメの監視というか、付き添いで、図書室への道のりを歩いていると、やはり見知らぬ人たちとすれ違うことが多い。
実は協会内で、ルクスの執務室や研究室、食堂などを行き来する時には、見かけない人とすれ違うことはほぼないのだ。
どうして、それが分かるのか、というと、私を見たことがある人は、慣れたようにお辞儀をして、すれ違うからだ。
そうではない人たちは、私とルクスを見比べて、驚いた表情をする。
私の存在は、協会内では完璧に隠せている訳ではない。
知っている人は知っている、という程度だ。
ただ、召喚魔術とか、白階位とかの詳細までもは知られないようにしているらしい。
皆からは協会長が保護した子ども、と思われている。
最初は協会本部に、こんな子どもが何故?という目を向けられていた。
けれど、協会長に近しい立場のカルメが付き添っているし、協会長の執務室や研究室、専用食堂を行き来しているので、その視線は直ぐに、あぁ協会長が保護した子どもだな、というものに変わった。




