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私の大切な人は魔術の師匠  作者: 佐伯 怜
第一部 前半
111/116

111.舞踏と遅れ



眠気が出るまでは、先程と同じように、ルクスと話をしたり、図鑑を見たりして、過ごした。


青階位ではない、他の色のラビタにも、別の効果があることを知ったり、この毒の飲み合わせを詳しく説明してもらったり。


「…………オデット様?オデット様!」

「ん、ん?」


どうやら、いつの間にか、眠ってしまっていたようだ。ルクスは私の肩に手を置いて、こちらを覗き込んでいる。


私は薄く目を開けて、唸るように返事をした。


「オデット様、解毒できますか?」


不安そうな目で私を観察しているルクスに、私はこっくりと船を漕ぐように頷いて、術式操作に集中する。


「ん-、できた」


私が眠ってしまったのか、とルクスは心配そうな表情をしていたが、私が魔術を行使したことが分かったのか、ほっと息を吐いている。


私を見守るルクスをぼんやりと見ながら、何とか魔術を発動させた私は、頭や身体がすっきりしたことで、姿勢を正して、きちんと座り直した。


集中するために、少し唸ってしまったが、魔術を発動させるためだったので、あまり気にしないでほしいな。



ルクスは私の手を取って、再び針を腕に刺した。


眠気が尾を引いているのか、いつもよりは違和感が小さかった。


「はい。解毒できていますね。大丈夫ですか?」

「うん」


無理をしていないか。他に不調が出ていないか。


そんな心配そうな表情でこちらを窺うルクスに、私は元気よく頷いた。



その後も、二つほど、眠気が出る薬を飲んだ私は、二つとも、無事に解毒を成功させた。


その時にふと、眠りの状態異常回復魔術は、毒の種類に関係なく、等しく効果を発揮するのだな、と思ったのだが、ルクスに聞いてみるとそうではないらしい。


「今回はその症状に対する、状態異常回復の魔術を行使していますから、等しく効果を発揮しているように見えるのですよ。全状態異常回復魔術を使用すれば、どのような毒でも解毒できるように、今回は全ての眠りの症状に対する、回復魔術を使用しているのです」

「じゃあ、個別に、その毒に対する回復魔術を使うこともできるってこと?」

「はい。火球や水球を出現させて、それを消すことができますよね。その時は、全ての火球を消す魔術を使っているのではなく、特定の火球を消す魔術を使っているのです。同じように解毒であっても、今身体に眠気を齎している毒に対して、回復魔術を使用すれば良いのです」

「なるほど」

「ただ、その毒がどのようなものなのかを知らないと、対象の指定ができません。ですので、初回では症状に対する回復魔術を使用しているのです。それに初回でなくとも、複数の毒が混合されている場合がありますから、やはり症状に対する回復魔術を使うという手段も有用なのです」

「ふーん」


確かに、単一の毒であれば、その毒に対する回復魔術を使用した方が効率的だ。


しかし、そうではない場合は、症状に対して、それら全てを解毒する回復魔術を使用した方が確実、ということだろう。


「また回復系の魔術は、発動の際に込める魔力量によって、効果の強弱が決まります。オデット様は十分な量の魔力を込めて発動できていましたから、解毒しきれていないということはなく、一度の魔術行使で完全に解毒できていました」

「魔力を込め過ぎてたのかな?」

「慣れている毒でなければ、ギリギリを目指さずに、完全に解毒するということを優先した方が良いと思います。魔力を温存しなければならない場面では、それは難しいでしょうから、ギリギリを目指すべきですが」

「ちょうど良い魔力量って、経験しないと分からないの?」

「基本的には、そうです。医薬学の書籍には、目安の魔力量が記載されていますが、人や状況によって、変化しますからね。過敏であったり、耐性があったり、というその人の体質によるものと、術式操作が得意か否か、という技術力によって、必要な魔力量は変化します」

「確かに」

「ですので、一つずつ、症状の強さや消費された魔力量の感覚を、知って、把握していけば良いのですよ。段々と身に付いて行きますから」

「うん」


こうして、毒慣れの初日は無事に終えることができた。



慣れないことをした所為か、少し疲れているような気がしたのだが、昼間に眠気が出る毒を飲んだ所為で、眠気は中々、訪れてくれなかった。



うーん、どうしよう。今こそ、サリヴァの花蜜を入れた牛乳があれば良いのに。



そんなことを寝台で悶々と考えているうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。


気が付くと朝だったので、やはり疲れがあったのだろう。




翌日の午前中は多目的室で、カルメから舞踊の基本を教わっていた。


これも貴族の嗜み、礼儀作法の一つらしい。


平民でも踊ることはあるらしいが、それは皆で集まり、わいわいと騒ぎながら、酒に酔った足で縺れながら、思いのままに踊る、ということが普通らしい。


逆に貴族の踊り、舞踊では、足運びや型、姿勢や視線といったことが意味を持つ。


嗜みというよりも、教養や礼儀作法に近いもののようだ。


いつ、誰と、何を、どのように踊るか。それによって、意味合いも変化するらしい。


場合分けに事欠かないという点は、いつぞやの礼儀作法の授業を彷彿とさせる。


国によって、時代によっても、舞踊は変化するというのだから、やはり貴族の礼儀作法は複雑だ。




午前中を前半と後半に分けず、午前中いっぱいがカルメの授業になったのは、毒慣れが始まってからだ。


午後はどうしてもルクスが一緒でなければならないし、確実に時間を取るのであれば、そして毒慣れをしながら、ルクスと雑談という名の授業をするのであれば、午前中はお互いにそれぞれの仕事や授業を済ませた方が良いだろう、ということになった。


今習っている舞踊はまだまだ基本的な内容だということを聞いて、私は何だか、午後の毒慣れが待ち遠しくなってしまった。


ルクスとお話しするのは楽しいし、まだ痛いや苦しい、ということが発生するまで進んでいないからだ。


現状、私にとって毒慣れとは、少し疲れるけれど、ルクスと色々なお話をできる楽しい時間、という認識なのだ。



今後は痛いや苦しい、ということも出て来るだろうから、毒慣れも舞踊の授業も幸先は悪い。


舞踊は今後はより高度になるだろうし、厳しくなるだろうからね。



うん、こういうあまり積極的になれないことは、手早く最小限で済ませるのが良いのだ。


必要以上に、熱中しないようにして、必要最低限の基準に達するまで、無心で取り組むのだ。



そんなことを決意して、私は舞踊の授業に真面目に取り組んだ。




カルメの授業を終えて、昼食を食べた後は、ルクスの研究室に向かう。


仮眠室でルクスが準備しているのを待つ。


同じ症状の毒慣れをするうちは、同じ魔術を使うだけなので、気が楽だ。


段々と眠気は強く、早く出るようになってきているが、問題なく解毒できている。


それに眠気に関しては、段々と必要な魔力量が分かって来たのだ。


本当に何となくだけれど、ルクスに見せてもらった医薬学の書籍を参考にしながら、必要な魔力量を予測することができるようになってきた。


うん、着実に毒の服用と回復魔術の行使に慣れていっている気がするな。これも成果だと言えるだろう。



眠気が出るものの毒慣れを始めてから三日で、眠気の項目は完了してしまった。




毒慣れは、毒の種類や量によって、一日に使用できる限度があったり、症状への心構えや回復魔術の練習のために、最速で終わらせるのではなく、少しずつ進めた方が良いものがあったりする。


なので、一日にどれだけ進められるか、ということは、その日その日によって、違うらしい。


コツコツとじっくり進める日もあれば、さくさくとあっさり進める日もあるのだ。


事前にルクスに、使用予定の毒の一覧表を見せてもらっているのだが、今の私では眺めることしかできない。


予定表や確認表なども兼ねた資料なのだが、どのように組み合わせて、どのように進めれば良いのか、なんて分からない。


なので、毒慣れに関することは全て、ルクスにお任せしている。


ただ、項目数なのか、種類の数なのかは分からないが、一覧表に番号が振られていて、その数の多さには呆然としてしまった。


「こんなにあるんだね」

「はい。まぁ三か月ほどで済むと思いますよ」


朗らかにそう告げるルクスに、カルメとリグネウスが物言いたげな視線を向けている。


「カルメ、どうしたの?」

「…………通常であれば、最低でも半年、普通は一年ほどかかるものなのですが」

「あ、そうだっけ?」

「はい」


大真面目に頷くカルメとリグネウスに、私はルクスの方を振り返って、懐疑的な視線を向けてしまう。


そんな私たちの視線を受けたルクスは、そうですね、と頷いた。


「はい、私も半年くらいはかかりましたね」

「え、何で?」

「貴族の子女が行うものですから、毒慣れだけにかかりきりになるわけにはいきません。その間も勉強や社交があるので、それに合わせて進めると、半年以上はかかってしまうのです」

「じゃあ、私は?」

「オデット様は既に諸々のお勉強は進んでいますし、社交をすることもありませんから、毒慣れに専念できます。ですので、三か月、という見込みになっています」

「へぇ」


通常の貴族の子女は、体内魔術が安定してくる六歳から八歳の頃から魔術を習い始め、魔術を安定して行使できるようになってきたら、毒慣れをするらしい。


そして物心がつき、色々と理解できてくる年頃でもあるので、礼儀作法や教養なども同時並行で身に付けることになるらしい。


毒慣れが私の二倍、四倍の時間をかけて行われるのも、他にやらなければならないことの多さを考えれば当然だった。



私の場合は一か月弱で、基礎的な学習と、十分すぎるほどの魔術を身に付けてしまった。


そこで平民として独り立ち、となれば良かったのだが、貴族や陛下と関わることになってしまったので、貴族の子女に相応しい教養などを身に付ける必要が出てきてしまったのだ。


現在は貴族関係の知識や技術をカルメから教わる日々だ。


そんな中で、唯一、他の授業と比較して遅れを取っているのが、毒慣れだった。



活動報告を投稿しました。

内容はちょっとした、今月の振り返りと、来月の予告です。

宜しければ、ご覧ください。

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