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私の大切な人は魔術の師匠  作者: 佐伯 怜
第一部 前半
107/117

107.路地裏と舞台



私の胸の辺りにテーブルがある。うん、これは食べにくいな。


どうしようか、と思っていると、カルメが椅子を持って来てくれた。


「ありがとう」


うん、使える高さになったな。その間に今度はリグネウスが飲み物を買って来てくれた。



護衛のお仕事はカルメとリグネウスで交代して行っているようだ。


ルクスの護衛は基本的にはリグネウスなのだが、ここはマギシアの街中でもあることだし、そこまで厳しくしっかりと護衛にあたらねばならない、ということではないのだろう。



リグネウスが買って来てくれたホットレモンを受け取り、私たちはピタパンを食べる。


うん、色々な具材がたっぷりと入っていて、一つだけでも十分に満足感がある。


マヨネーズソースも旨味が詰まっていて、美味しい。

少しの酸味がベーコンの味をさっぱりとさせてくれている。


そしてホットレモンはカップからもその温かさが伝わって来て、飲んでみると内側から温まるような、ほっと一息つけるような、優しい甘さがある。


うん、美味しいな。


私たちはピタパンと飲み物を完食した。


カルメが椅子を片付けて、リグネウスがカップや包み紙を捨てて来てくれた。




私たちは屋台や露店を眺めながら、広場を目指して歩き出した。


ルクスは時々、胸ポケットから何かを取り出して、中身を確認して、何かを書いている。


恐らく、居残って指揮を執っているジュネたちと連絡を取っているのだろう。




その時も、私たちは通りの陰になるような細い路地に入って、ルクスがジュネたちと連絡を取るのを待っていた。


書き物に集中しているルクスと、それを見守っていた私が反応に遅れたのは仕方のないことだろう。


「っ!何者だ!?」


リグネウスが上げた険しい声に、私たちははっとして、リグネウスの方を見る。


そこには即座に剣を抜いて構えているリグネウスがいた。

足元には幾つかの短剣が散らばっている。


恐らく障壁を展開して、防いだのだろう。

その障壁はまだ展開されたままだ。


「あっ!」


今度は後ろから声が上がった。

慌ててそちらを振り向くと、カルメが見知らぬ男に腕を掴まれていた。


正面に意識が向いている間に、背後から更に人質を取るような真似をするとは。


障壁ではなく結界であれば、カルメへの攻撃も防げていたかもしれない。

あぁでも、結界の方が展開に時間がかかるから、それだと短剣は防げなかったのか。


そんな意味のないことを考えてしまった。


私は現実逃避を止めて、どうするのだろうかとルクスを窺い見る。

既に周囲は囲まれているし、カルメが囚われている。


だが、ルクスは全く焦っていなかった。

それどころか、危機感も抱いていないような、普段通りの冷静さを保っている。


「二人とも、目の前の敵を捕縛しなさい」


ルクスが冷徹な声音で指示を出す。

リグネウスは即座に障壁を消して、男たちに切りかかり、カルメはくるりと身を翻して、拘束をすり抜け、至近距離から魔術を放つ。


「セレペ」


そしてルクスは建物の上にも潜んでいた男たちを、一言で眠らせた。


あっという間に、危なげもなく片が付き、やはり皆は凄いんだなと思いながら、そう言えば私は何もしていないなと思い至る。


「カルメ、大丈夫?」

「はい。腕や肩を痛めるような拘束はされていませんから。オデット様こそ、ご無事ですね?」

「うん。何もされていないし、何もしていない」

「良かったです」


良かったのだろうか。と首を傾げていると、繋いだままの手をルクスに引かれた。


「オデット様。怖い思いをさせてしまい、申し訳ありません」

「大丈夫。怖くなかった」

「そうなのですか?」

「ルクスが全然焦ってなかったし、あの人たちに負けるとも思わなかったから」

「そうですか」

「でも私は何もしていない」

「それで良いのですよ。オデット様がもし混乱してしまっていたら、私たちも手数が削られてしまいますし、オデット様がもし魔術を発動させてしまっていたら、場が混乱することになっていたかもしれません。落ち着いて、周囲の人を信頼する、ということも大事なことです」


私に目線を合わせて、そう告げるルクスに、私はその通りだなと納得する。


確かに、私が混乱したり、錯乱したりしていれば、ルクスたちは敵の排除と私を宥めるという二つのことをしなければならなくなるのだ。


それに私が魔術を勝手に使用したり、魔力が暴走してしまったりすれば、敵の排除が簡単ではなくなる。


そうか。落ち着いて、周囲の状況を把握して、冷静に行動する、ということが大事なのだな。



「ルクス様。この者たちは如何致しましょう」

「憲兵に引き渡します。無作為の人攫いのようですし」

「畏まりました。カルメ、ここを頼めるか」

「はい。リグネウス様」

「それでは見回りの憲兵を呼んで参ります」


幸いにも人目に付かない路地にいたため、野次馬や他の被害者はいない。

カルメが周囲の警戒にあたり、リグネウスが憲兵を呼びに行った。


暫くして、思ったよりも多い人数の憲兵を連れたリグネウスが戻って来た。

憲兵とは同じような制服を着るものなのだな。


今、捕えている者たちは七人ほどいるので、全員を捕縛して、連行するには、これほどの人数が必要になるのだろう。


憲兵に軽く事情聴取を受けて、捕えた者たちを引き渡した私たちは、再び大通りに戻った。




もう広場が見えてきているな。大きな舞台が設営されているのが見える。


舞台の前には沢山の人が集まっていて、その周囲に柵があり、柵の周りを更に大勢の人が取り囲んでいた。


柵の中にある席に座るには、チケットを買う必要があるようだ。


「オデット様。演目は、冬の旅人と春の乙女のようです。ご覧になりますか?」

「うん。見てみたい」


私が頷くと、ルクスは微笑みを浮かべて、頷き返してくれた。私たちは入り口にある行列に並ぶ。


「はーい。いらっしゃい。何名様ですか?」

「四人です。前方の席は空いていますか?」

「それだと、一人銀貨二枚だよ」

「はい」

「はーい。確かに。はい、チケット四枚。前席だよー」

「ありがとうございます」

「楽しんで行ってね。次の人―!」


料金を支払って、チケットを受け取ったルクスは、私の手を引いて、すたすたと迷いなく歩いた。


この辺りですかね、と言って席に着いたルクスは、私たちにチケットを配ってくれた。


リグネウスとカルメはルクスに代金を支払おうとしたが、ルクスは微笑んで首を横に振っていた。


二人の申し訳なさそうな表情に、あれ、この光景は…………と既視感を覚えてしまった。



渡されたチケットは、薄い茶色の紙に黒い文字で印刷がされていた。


文字には煌めきがあって、そのようなインクが使われているらしい。


『冬の旅人と春の乙女』と綺麗な書体で書かれたチケットには、前席であることや今日の日付、公演の時間帯などが書かれている。


「この数字は何?」

「これはチケットの通し番号です。何枚売れたのか、という記録や、偽物を見分けるために書かれています」

「へー」



公演が始まるまでの間、私はあれはこれはとルクスに質問していた。


茶色の紙や煌めくインクはコレティオのお店にもあるだろうか。

この公演はどのようなお話をするのだろうか。

あの幕は何のためにあるのか。

どのような仕組みで動いているのか。



そんなことを話していると、いよいよ舞台が始まる時間になったようだ。


辺りが静かになり、皆が舞台上に注目している。


そして、舞台の幕の陰から、落ち着いた雰囲気の服を着た青年が出て来た。


「これより始まるは、冬の旅人と春の乙女。冬の無事と春の出会いを寿ぐ物語。皆様にも、良き春の出会いが訪れますよう」


青年は朗々と声を響かせて挨拶のようなものを告げ、深く礼をした。


同時に舞台の大きな幕がゆっくりと上がる。




その国にはとある旅人がいた。


その旅人は、春は西に、夏は北に、秋は東に、冬は南に、と毎年毎年、旅をしていた。


旅人は冬の世界を渡り歩いているのだ。


そうしていつか、旅人は冬に現れる、冬の旅人と呼ばれるようになった。


その旅人がやって来ると、冬になる。

それはある土地では喜ばれ、ある土地では疎まれた。


「あぁ。もう、ここにはいられないな」


旅人はぽつりと呟いて、とある村を去った。


旅人が村を去ると春が来る。

とある村では旅人との別れを惜しみ、とある村では旅人の旅立ちを待ち望んだ。


そんな喜ばれているような、疎まれているような旅人が、何故、冬を巡っているのか。




時は遡る。旅人がまだ成人したばかりの頃。


青年は最果ての森の北部に、魔獣討伐に来ていた。


そこで出会ったのは知性を持つ魔獣。

その魔獣は出会った者に絶望を与えると言う。


青年もその魔獣に出会ったしまった。

だが、直ぐにそれが噂の魔獣だと気付けず、逃げることなく戦ってしまう。


仲間が死に、残った者たちで撤退しようとするが、一人、また一人と減っていく。


そんな中、青年はそれが噂の魔獣だと気付いた。


だが、気付くのが遅かった。逃げ切れず、決死の覚悟をする青年に、魔獣は呪いをかけた。


「寒さからは逃れられぬ。其方が温もりを得る時は死ぬ時だ」



魔獣の呪いによって、温もりを奪われた青年は、冬と共に旅を始めた。


旅人は春が近付くと、その温もりに、春の暖かさに眠ってしまいそうになる。


けれど、そうして眠ってしまえば、それで最後。二度と目覚めることはない。ということを旅人は理解していた。


だから、旅人は春から逃げるように旅を続けているのだ。




その日も村人は、冬と共にとある村を訪れた。


そこで青年は一人の女性と恋に落ちる。


お互いに一目惚れだった。


青年は春が来るまでの短い時間を、その女性と共に過ごした。


けれど、時は止まらず、冬は永遠ではない。


春が近付いていることを感じた青年は、悲しみを湛えた表情で、静かに村を立ち去っていった。


春の訪れに村人たちが喜びの声を上げる中、その女性は一人、涙を流していた。



お読み頂いている皆様、いつも、ありがとうございます。

先日、2026年5月19日(火)に、この作品が累計7,000pvを達成しました。

誠にありがとうございます。大変嬉しく思います。

活動報告と、番外編を投稿しましたので、宜しければご覧ください。

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