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私の大切な人は魔術の師匠  作者: 佐伯 怜
第一部 前半
105/116

105.襟巻と暴走



翌朝。いつも通りに身支度を終えて、カルメが持って来てくれた服に着替えた私は、カルメが手に持っている物に首を傾げた。


「カルメ。それは何?」

「襟巻です。今日は冬至ですから」

「冬至?」

「後ほど、ルクス様からご説明があると思います」

「分かった」


私は首元にもこもことした襟をもう一つ、カルメに着けられた。



協会の内部や協会で用意されている服には、寒さを遮断する機能が備わっているので、別に寒くはないのだが、襟巻を着けてもらったことで、何だかいつもよりも暖かく感じる。


食堂に向かうと、ルクスたちも襟巻を着けていた。

しかし、それ以外はいつも通りの恰好なので、あまり違和感はない。



朝食のスープには、丸と光の模様を組み合わせたようなものが描かれていた。


これにも何か意味があるのだろうな、と思ってルクスの方を見ると、彼は笑みを浮かべて教えてくれた。


「これは太陽を意味する模様です。本日は冬至ですからね」


説明はそれだけだった。


再び登場した冬至、という言葉に私は首を傾げつつ、朝食を食べ終えた。




隣の談話室で食後のお茶を頂いている時、ルクスは漸く冬至について、説明してくれた。


「冬至は一年で一番、寒い日だと言われています。実際に気温が最低になるのも、冬至辺りの日です。ですので、冬至の日は、普段よりも服を着込むことが慣習としてあります。こうして襟巻を着けるのは、それが簡略化された形ですね。我々は冷気を遮断する屋内に居ますし、そのような付与がされた服を着ていますから。そして今日は冬至という日になります。12月22日は明日で、今日は冬至、ですね」

「ふーん」

「今日は冬至祭があるので、原則として全員が休日になります。例外は祭の主催、運営をする側ですね」

「ルクスも?」

「はい。私も協会長として、冬至祭に関するお仕事があります。オデット様はお祭りを楽しんできてください」


ルクスは微笑みを浮かべて、そう言ってくれたのだが、私には祭というものがよく分からない。


「お祭りって何?何をするの?」

「冬至祭は、春に向かう喜びを、冬を無事に乗り越えた喜びを、分かち合うお祭りです。街では通りには屋台が立ち並び、広場では演劇が行われます。貴族の間では、パーティーをすることが多いですね」

「ルクスはパーティーに参加するの?」

「いえ、私は今年は不参加ですよ。協会でのお仕事がありますから」

「今年も、ですよね。協会長になられてから、二度目の冬至だというのに、忙しいからとお断りするなんて」


ジュネがそんなことをぼやいている。その表情は呆れも混じっているが、心配も含まれている不安そうなものだった。


「欠席できるものなのですから、出席する必要はないでしょう」


ルクスの反論というか、言い訳に、ジュネは溜息を吐いて、返事をした。


「今日は授業する?」

「いえ、授業はお休みです。オデット様はお祭りを楽しんできてください」

「ルクスは一日中、お仕事?」

「はい。協会の魔術師たちを監督しなければなりませんから」

「分かった」


そうか。今日は自由なのか。

まぁルクスに勧められた屋台や演劇とやらに行ってみようか。


そう納得して、私は席を立った。


ルクスたちとは分かれて、部屋に戻り、外出着に着替えた。

カルメの外套の端を掴ませてもらい、私はカルメと共に、あの転移用の小さな家に転移した。




先導する彼女に付いて行く。


大通りは色と音の洪水だと前々から思っていたが、今日はその比ではないくらいに、賑わっている。


カルメは歩みの遅い私に合わせて、ゆっくりと歩いてくれた。

それに加え、私が色々と質問することにも丁寧に答えてくれた。

しかし、その所為で広場とやらには、一向に到着しない。


「カルメ、あれは何?」

「飴細工です。砂糖を溶かして、固めた物を飴と呼びます。それを色々な形に加工しています」

「ふーん。あっちは?」

「あちらは、ホットワインです。ワインと呼ばれるお酒を温めて、香辛料などで風味付けをしたものです。子供向けに酒精を飛ばした物も売られています」

「お酒…………」


少し気になるな。


うん、色々なものがあって、見るだけでも楽しい。




ゆっくりと見て回りながら、広場を目指し、目的地が見えて来たところで、後ろから悲鳴が上がった。


振り返ると、通行人が慌てて道を開けている。


私はどうしたのだろうか、と首を傾げつつも、皆に習って端に寄ろうとする。


だが、周りには人が多く、避ける場所がない。



そうこうしているうちに悲鳴の元凶がこちらにやってきた。


物凄い速さでこちらにやってくるそれを避けようと、尻もちをついている人もいる。


「ベル・ソリヒ?」

「オデット様!」


カルメが焦ったような声で私の名を呼び、私を庇うように前に出ようとする。


それよりも早く、私は前に出て、右手を翳した。


「ウキャ!?キッ、キ?」


ベル・ソリヒは、私の前で立ち止まり、首を傾げる。

そして瞬きを繰り返し、その場に座り込んだ。

そのまま、嘴を羽に埋めて、眠る。


私が右手を降ろすと、いつの間にか、しんと静まり返っていた周囲がわぁっと歓声を上げた。


そこにベル・ソリヒの飼い主がやってきた。


「申し訳ありません。ベルちゃんを傷つけることなく、止めて頂きありがとうございます」

「ううん」


へー、あの鳥、ベルちゃんっていう名前なんだ。

そんなどうでも良い感想を抱いていると、ふと周囲の視線が私に集まっていることに気付く。


私はそっとカルメの陰に隠れようとするが、全方位を人に囲まれているため、逃げ場がない。


視線が痛い。歓声が怖い。


「素晴らしいわ!」

「障壁を多重展開するか、強力な結界を張らないと止められないソリヒを、こんな子どもが一人で止めるなんて!」

「あぁ、それに互いに無傷だと言うのも、信じられない」

「まさか、青階位のソリヒの突進を簡単に止めるとは…………」


私がカルメの陰に何とか隠れられないかと、試行錯誤していると、一人の魔術師が慌てた様子で、こちらに駆け寄って来た。


「ソリヒが暴走したと報告を受けて、救援に来た!ソリヒはどこに…………あれ?」

「あぁ、魔術師様!この女の子が止めて下さったのです」

「何!?ベル・ソリヒを?どれだけ頑強な結界を使えるのだ」

「いえ、それが、女の子の前で立ち止まって…………」


何か、飼い主と魔術師が私のことを話している。


いや、この二人だけではないな。周囲の人々も、私のことを噂している。


どうしよう、と困惑していると、魔術師がこちらにやってきた。


「君がベル・ソリヒを止めてくれた少女か?」

「…………うん」

「なるほど。緑青階位か。それに緑階位のお姉さんもいる。二人でかかれば、何とか、止めることができるだろうか」


魔術師の言葉に私は首を傾げる。


そう言えば、私は今、緑青階位に変装しているのだった。


そして、隣にいるカルメが姉だと思われている。


「いえ、私はこの方の姉ではありません」

「そうでしたか。それはすみません。しかし、お二人で協力されて」

「いえいえ、魔術師様。我々はただ見ていただけです。本当にそちらの女の子だけで、ベルちゃんを止めてくれたのです」

「…………それは本当か?」


カルメは姉ではない、という部分だけを否定して、何とか事を収めたかったようだが、飼い主が口を挟んだことによって、事が大きくなってしまった。


訝し気に飼い主を見る魔術師の態度に、周囲の皆までもが、私一人でやったのだと声を上げている。


そんな周囲の反応を見て、魔術師は今度は私を不審な目で見ている。


まぁ、この場合、周囲が嘘を吐いているのか、私がおかしいかの二択だろうからね。


ここまで騒ぎになってしまったのだ。誤魔化しは難しいだろう。と私は諦めて、口を開いた。


「うん。私が止めた」

「…………どのように?」

「幻影と傾眠。あとは一応、結界」

「は?そ、それは…………」


信じられない、というように呆けて、口を開けている魔術師に、周囲の皆も同感だというように頷いている。


「い、一度、本部で詳しくお話を聞かせて頂けませんか?」


魔術師の言葉に、私は悩み、考え込む。



私って協会で保護されているんだけれど、その本部とかいう別組織の拠点に行っても良いのだろうか。


そもそも、協会内でも存在を大っぴらにしていないのに、更に別組織と関わることになると、面倒ではないだろうか。



どうすれば良いのだろう。と隣にいるカルメを窺い見ると、彼女は任せてください、というように頷いて、一歩前に出た。


「恐れながら、これ以上、お話しすることはないと思います」

「…………このような祭の最中に申し訳ありませんが、私が虚偽の報告をしたと思われないために、そして貴女方のためにも、どうか、本部までお越し願います」


説得して来る魔術師を見て、カルメはこちらを振り返った。


目線を合わせるように膝をついて、こちらを見る。


「オデット様。これ以上、拒むと逆に怪しまれる可能性がございます。如何致しましょうか」


声を潜めて、そう告げるカルメに私は首を傾げる。


やはり、これだけ注目されていて、魔術師の言い分も正しければ、逃げられないか。


怪しまれる、と言っても、私自身がそもそも怪しい存在なのだけれど。


まぁカルメが選択肢を持たせてくれている、ということは問題ないのかな。


「分かった。行く」

「申し訳ございません」

「カルメが謝ることじゃないよ」

「いえ、最初にあのソリヒを避けるべきでした」

「ふふふ。そこから?」


私の意思を確認したカルメは、立ち上がって魔術師と向き合った。


「ご迷惑をお掛けするだけかと思いますが、一緒に本部に伺わせて頂きます」

「ご協力に感謝します」


私は飼い主にとても感謝され、周囲の人たちに褒められながら、その場を後にした。


去り際に傾眠の魔術は解除しておいたので、暫くすれば自然に目覚めるだろう。



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