105.襟巻と暴走
翌朝。いつも通りに身支度を終えて、カルメが持って来てくれた服に着替えた私は、カルメが手に持っている物に首を傾げた。
「カルメ。それは何?」
「襟巻です。今日は冬至ですから」
「冬至?」
「後ほど、ルクス様からご説明があると思います」
「分かった」
私は首元にもこもことした襟をもう一つ、カルメに着けられた。
協会の内部や協会で用意されている服には、寒さを遮断する機能が備わっているので、別に寒くはないのだが、襟巻を着けてもらったことで、何だかいつもよりも暖かく感じる。
食堂に向かうと、ルクスたちも襟巻を着けていた。
しかし、それ以外はいつも通りの恰好なので、あまり違和感はない。
朝食のスープには、丸と光の模様を組み合わせたようなものが描かれていた。
これにも何か意味があるのだろうな、と思ってルクスの方を見ると、彼は笑みを浮かべて教えてくれた。
「これは太陽を意味する模様です。本日は冬至ですからね」
説明はそれだけだった。
再び登場した冬至、という言葉に私は首を傾げつつ、朝食を食べ終えた。
隣の談話室で食後のお茶を頂いている時、ルクスは漸く冬至について、説明してくれた。
「冬至は一年で一番、寒い日だと言われています。実際に気温が最低になるのも、冬至辺りの日です。ですので、冬至の日は、普段よりも服を着込むことが慣習としてあります。こうして襟巻を着けるのは、それが簡略化された形ですね。我々は冷気を遮断する屋内に居ますし、そのような付与がされた服を着ていますから。そして今日は冬至という日になります。12月22日は明日で、今日は冬至、ですね」
「ふーん」
「今日は冬至祭があるので、原則として全員が休日になります。例外は祭の主催、運営をする側ですね」
「ルクスも?」
「はい。私も協会長として、冬至祭に関するお仕事があります。オデット様はお祭りを楽しんできてください」
ルクスは微笑みを浮かべて、そう言ってくれたのだが、私には祭というものがよく分からない。
「お祭りって何?何をするの?」
「冬至祭は、春に向かう喜びを、冬を無事に乗り越えた喜びを、分かち合うお祭りです。街では通りには屋台が立ち並び、広場では演劇が行われます。貴族の間では、パーティーをすることが多いですね」
「ルクスはパーティーに参加するの?」
「いえ、私は今年は不参加ですよ。協会でのお仕事がありますから」
「今年も、ですよね。協会長になられてから、二度目の冬至だというのに、忙しいからとお断りするなんて」
ジュネがそんなことをぼやいている。その表情は呆れも混じっているが、心配も含まれている不安そうなものだった。
「欠席できるものなのですから、出席する必要はないでしょう」
ルクスの反論というか、言い訳に、ジュネは溜息を吐いて、返事をした。
「今日は授業する?」
「いえ、授業はお休みです。オデット様はお祭りを楽しんできてください」
「ルクスは一日中、お仕事?」
「はい。協会の魔術師たちを監督しなければなりませんから」
「分かった」
そうか。今日は自由なのか。
まぁルクスに勧められた屋台や演劇とやらに行ってみようか。
そう納得して、私は席を立った。
ルクスたちとは分かれて、部屋に戻り、外出着に着替えた。
カルメの外套の端を掴ませてもらい、私はカルメと共に、あの転移用の小さな家に転移した。
先導する彼女に付いて行く。
大通りは色と音の洪水だと前々から思っていたが、今日はその比ではないくらいに、賑わっている。
カルメは歩みの遅い私に合わせて、ゆっくりと歩いてくれた。
それに加え、私が色々と質問することにも丁寧に答えてくれた。
しかし、その所為で広場とやらには、一向に到着しない。
「カルメ、あれは何?」
「飴細工です。砂糖を溶かして、固めた物を飴と呼びます。それを色々な形に加工しています」
「ふーん。あっちは?」
「あちらは、ホットワインです。ワインと呼ばれるお酒を温めて、香辛料などで風味付けをしたものです。子供向けに酒精を飛ばした物も売られています」
「お酒…………」
少し気になるな。
うん、色々なものがあって、見るだけでも楽しい。
ゆっくりと見て回りながら、広場を目指し、目的地が見えて来たところで、後ろから悲鳴が上がった。
振り返ると、通行人が慌てて道を開けている。
私はどうしたのだろうか、と首を傾げつつも、皆に習って端に寄ろうとする。
だが、周りには人が多く、避ける場所がない。
そうこうしているうちに悲鳴の元凶がこちらにやってきた。
物凄い速さでこちらにやってくるそれを避けようと、尻もちをついている人もいる。
「ベル・ソリヒ?」
「オデット様!」
カルメが焦ったような声で私の名を呼び、私を庇うように前に出ようとする。
それよりも早く、私は前に出て、右手を翳した。
「ウキャ!?キッ、キ?」
ベル・ソリヒは、私の前で立ち止まり、首を傾げる。
そして瞬きを繰り返し、その場に座り込んだ。
そのまま、嘴を羽に埋めて、眠る。
私が右手を降ろすと、いつの間にか、しんと静まり返っていた周囲がわぁっと歓声を上げた。
そこにベル・ソリヒの飼い主がやってきた。
「申し訳ありません。ベルちゃんを傷つけることなく、止めて頂きありがとうございます」
「ううん」
へー、あの鳥、ベルちゃんっていう名前なんだ。
そんなどうでも良い感想を抱いていると、ふと周囲の視線が私に集まっていることに気付く。
私はそっとカルメの陰に隠れようとするが、全方位を人に囲まれているため、逃げ場がない。
視線が痛い。歓声が怖い。
「素晴らしいわ!」
「障壁を多重展開するか、強力な結界を張らないと止められないソリヒを、こんな子どもが一人で止めるなんて!」
「あぁ、それに互いに無傷だと言うのも、信じられない」
「まさか、青階位のソリヒの突進を簡単に止めるとは…………」
私がカルメの陰に何とか隠れられないかと、試行錯誤していると、一人の魔術師が慌てた様子で、こちらに駆け寄って来た。
「ソリヒが暴走したと報告を受けて、救援に来た!ソリヒはどこに…………あれ?」
「あぁ、魔術師様!この女の子が止めて下さったのです」
「何!?ベル・ソリヒを?どれだけ頑強な結界を使えるのだ」
「いえ、それが、女の子の前で立ち止まって…………」
何か、飼い主と魔術師が私のことを話している。
いや、この二人だけではないな。周囲の人々も、私のことを噂している。
どうしよう、と困惑していると、魔術師がこちらにやってきた。
「君がベル・ソリヒを止めてくれた少女か?」
「…………うん」
「なるほど。緑青階位か。それに緑階位のお姉さんもいる。二人でかかれば、何とか、止めることができるだろうか」
魔術師の言葉に私は首を傾げる。
そう言えば、私は今、緑青階位に変装しているのだった。
そして、隣にいるカルメが姉だと思われている。
「いえ、私はこの方の姉ではありません」
「そうでしたか。それはすみません。しかし、お二人で協力されて」
「いえいえ、魔術師様。我々はただ見ていただけです。本当にそちらの女の子だけで、ベルちゃんを止めてくれたのです」
「…………それは本当か?」
カルメは姉ではない、という部分だけを否定して、何とか事を収めたかったようだが、飼い主が口を挟んだことによって、事が大きくなってしまった。
訝し気に飼い主を見る魔術師の態度に、周囲の皆までもが、私一人でやったのだと声を上げている。
そんな周囲の反応を見て、魔術師は今度は私を不審な目で見ている。
まぁ、この場合、周囲が嘘を吐いているのか、私がおかしいかの二択だろうからね。
ここまで騒ぎになってしまったのだ。誤魔化しは難しいだろう。と私は諦めて、口を開いた。
「うん。私が止めた」
「…………どのように?」
「幻影と傾眠。あとは一応、結界」
「は?そ、それは…………」
信じられない、というように呆けて、口を開けている魔術師に、周囲の皆も同感だというように頷いている。
「い、一度、本部で詳しくお話を聞かせて頂けませんか?」
魔術師の言葉に、私は悩み、考え込む。
私って協会で保護されているんだけれど、その本部とかいう別組織の拠点に行っても良いのだろうか。
そもそも、協会内でも存在を大っぴらにしていないのに、更に別組織と関わることになると、面倒ではないだろうか。
どうすれば良いのだろう。と隣にいるカルメを窺い見ると、彼女は任せてください、というように頷いて、一歩前に出た。
「恐れながら、これ以上、お話しすることはないと思います」
「…………このような祭の最中に申し訳ありませんが、私が虚偽の報告をしたと思われないために、そして貴女方のためにも、どうか、本部までお越し願います」
説得して来る魔術師を見て、カルメはこちらを振り返った。
目線を合わせるように膝をついて、こちらを見る。
「オデット様。これ以上、拒むと逆に怪しまれる可能性がございます。如何致しましょうか」
声を潜めて、そう告げるカルメに私は首を傾げる。
やはり、これだけ注目されていて、魔術師の言い分も正しければ、逃げられないか。
怪しまれる、と言っても、私自身がそもそも怪しい存在なのだけれど。
まぁカルメが選択肢を持たせてくれている、ということは問題ないのかな。
「分かった。行く」
「申し訳ございません」
「カルメが謝ることじゃないよ」
「いえ、最初にあのソリヒを避けるべきでした」
「ふふふ。そこから?」
私の意思を確認したカルメは、立ち上がって魔術師と向き合った。
「ご迷惑をお掛けするだけかと思いますが、一緒に本部に伺わせて頂きます」
「ご協力に感謝します」
私は飼い主にとても感謝され、周囲の人たちに褒められながら、その場を後にした。
去り際に傾眠の魔術は解除しておいたので、暫くすれば自然に目覚めるだろう。




