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私の大切な人は魔術の師匠  作者: 佐伯 怜
第一部 前半
104/116

104.ルクスの毒慣れ(閑話)

今回は閑話です。



俺はリグネウス。


レデブ公爵家に騎士見習いとしてお仕えしている。


雇用主は公爵閣下だが、今お仕えしているのは、ルクス様だ。



ルクス様は公爵閣下のご令息で、長男、つまりはお世継ぎだ。普通に考えれば。



しかし、ルクス様とルクス様を取り巻く状況は普通ではなかった。


ルクス様は白みのある黄色、プレ・ヨーレ階位の色を持ってお生まれになったのだ。



貴族は平民よりも高階位の者が生まれやすく、高階位の者が多いとは言え、流石にここまで階位の高い方はそうそういない。


ルクス様は生まれた時から、この国で最も魔術階位が高い、という地位を持つお方なのだ。




その所為で、ルクス様の母君、公爵夫人はお亡くなりになられてしまったが。


いや、ルクス様の所為、というのは良くない言い方だ。


公爵閣下も公爵夫人も、ルクス様を愛し、慈しんでおられるのだから。




これは公爵家で騎士としてお仕えしている父から聞いていた話だが、公爵閣下と公爵夫人には、身籠られた時から、お腹の子が高階位であることが分かっていたそうだ。公爵夫人の先が長くないことも。



そこで公爵夫人は精一杯、公爵閣下と最後の思い出を作り、ルクス様のための本や服、玩具を用意し、その時に備えていたそうだ。



俺が公爵家に騎士見習いとして仕えることになったのにも、その影響がある。


公爵閣下は、生まれて来る子に備えて、領内から貴賤を問わず、高階位の人間を集め、将来、従者として、騎士として、お仕えできる者を掻き集め、選別し、教育した。


元々、俺はただの騎士見習いとして公爵家に仕える予定だったのだが、俺の主は公爵閣下ではなく、ルクス様になった。


勿論、次代の公爵であるルクス様にお仕えするのは吝かではない。




しかし、実際にルクス様がお生まれになり、公爵夫人が亡くなり、ルクス様の階位が判明したことで、状況は更に変化した。


公爵閣下は第二夫人を迎えることにしたのだ。


それはルクス様の階位があまりにも高かったため、らしい。


正直、公爵閣下がどこまで先を見据えて、その選択をしたのか、俺には考えもつかない。




公爵閣下のお考えは兎も角、ルクス様のことを愛しておられるのは良く伝わって来る。


父親というだけでなく、まるで母親にまでもなろうというのか、という程の溺愛っぷりだ。


お陰で、公爵家の本邸には魔術侵食を治せる魔術医が常駐することになっている。




ルクス様の周囲の人間は、公爵閣下が掻き集め、厳選された階位の高い、そして忠誠心の篤い者たちだけで固められている。


まず高階位の人間でなければ、お名前もお呼びできず、お体に触れることも叶わない。


まぁ、お名前については洗礼が終わるまでは、公爵夫人が名付けた幼名でお呼びすることになっていたので、問題はなかった。


そして、お体に触れないことについても、公爵閣下が大量に作らせた遮魔布があるので、今のところは問題ないと言える。



遮魔布の手袋と、中級の結界の魔術具、そして、いざという時の中級の状態異常回復薬。


これらの三点が、ルクス様にお仕えする俺たちの必須装備だ。


状態異常回復薬については、常駐の魔術医がいるので、これまでに使用したことは少ない。




しかし、階位が高くない者だと、もしルクス様が魔力を流してしまった場合や、必須装備に不具合があった時に、最悪死ぬことになる。それなりに危険な職場なのだ。



被害を抑えるために、被害が出ないように、公爵閣下は出来る限り高階位の人間を用意した。


死者などが出てしまえば、ルクス様と公爵家の風聞が悪くなる。


それ以上に、ルクス様が傷付いてしまう。


だから、そんなことにならないように、十分に注意してルクス様と接するように。


ルクス様にお仕えすることになった時、公爵閣下は悲しそうな表情で、俺たちにそう言い含めた。




そういう訳で、俺は、本来であれば、騎士団に見習いとして励むところ、ルクス様の騎士見習いとして、お仕えすることになった。



朝、騎士団の寮で目覚め、騎士団の雑用をこなし、午前か午後をルクス様にお仕えし、もう半分を騎士団の訓練に参加する。そして寮に戻って眠る。


これがここに来てからの俺の生活だ。



ルクス様にお仕えしている者は少ないので、交替で休みを取ってはいるが、他の職場よりは少ない。


騎士見習いであれば、本来先輩に付いて、仕事を学んだり、雑用をしたり、訓練をしたりするものなのだが、俺はルクス様にお仕えしている分、普通の騎士団の仕事はあまり学んでいない。


騎士としての仕事はルクス様にお仕えしている先輩騎士から学んでいるのだが、集団戦闘だとか、騎士団としての動きだとか、そう言った部分からは外れてしまっている。


個人の護衛騎士とはそういうものなのだ。



つまり、俺の将来も騎士団に正式な騎士として入団し、公爵領で活躍するのではなく、ルクス様の護衛騎士となることになったのだ。


ルクス様とは年齢が近い方なので、護衛騎士見習いとして、同時期に学院に入学し、校内での護衛任務に就くことになるのだろう。


先日まではそう思っていた。



「え、毒慣れ、ですか?あ、申し訳ありません」

「いや、大丈夫だ。これは公爵閣下がルクス様のご様子を見て、お決めになられたことだ」


騎士見習いと従者見習いの俺たちを集めて、そう説明するルクス様の執事の言葉を思わず遮ってしまい、俺は慌てて謝罪する。


それに執事の男性は苦笑して許してくれた。



毒慣れ、というのは主に貴族の子どもが、体内魔術が安定した頃に行うもので、俺も少し前に終えたばかりだった。


それを俺より年下のルクス様がもう始められるというのは、明らかに早い。


「理由は幾つかある。まず、ルクス様の魔術の習得が早いこと。体内魔術が安定し、落ち着いて魔術を行使できていれば、毒慣れには問題ない」


確かに、ルクス様の普段のご様子を思い浮かべると、その通りだった。


俺より年下であられるのに、俺より上手く魔術を使い、俺より知識が豊富だ。


あれ?俺、ヤバくないか?

まだまだ子どもで、伸び代があるとはいえ、今の段階で年下に負けているなんて。

差が広がる前に何とか追い付かなければ。



思考を逸らしてしまった俺は、はっと我に返り、説明を続ける執事の話に耳を傾ける。


「そして二つ目。こちらの方が大きな理由なのだが、ルクス様は10歳で学院にご入学される」

「え」

「そして、入学先は普通科貴族コースではなく、魔術科魔術師コースの予定だ」

「えぇ」


従者見習いたちも驚いて、声を上げてしまっている。


俺は衝撃で声も出なかった。


下級貴族なら兎も角、公爵家の長男が、貴族コースに入学しないということは、普通なら有り得ない。


それに10歳で入学って、学院の入学規定の最年少じゃないか。


貴族ならば、普通は13歳から16歳の間に入学する。


いや、ルクス様は普通ではないのだった。それならば、アリなのか?



確かに、ルクス様は魔術がお上手だし、知識も豊富で頭も賢く、家庭教師も褒め称えている。


ルクス様ならば、10歳でも入学できそうだし、魔術師コースでも上手くやっていけそうだ。


よく考えれば納得も出来てしまう、公爵閣下の決定に俺は異を唱えることはなかった。



しかし、そうなれば、次に気になるのは、自分の未来についてだった。


「であれば、俺たちの入学はどうなるのですか?」


そう。俺たちは、ルクス様と同年に入学し、校内でそれぞれに騎士と従者としてお仕えすることになっていたはずだった。


従者見習いは普通科一般コースに、俺は武術科騎士コースに入学の予定だった。


入学後は登下校の護衛、お昼休みや放課後の護衛、式典や催事の時の護衛、と授業以外には任務に就く予定だったのだが。


「そちらには変更はない。予定通り、騎士見習いには授業以外での護衛に就いてもらう。従者見習いは予定通り普通科一般コースに入学し、お側にお仕えするのは騎士見習いと同様に授業以外とする」

「授業中は誰がお仕えするのですか?僕たちは魔術師コースに入学しないのでしょうか」


それで大丈夫なのか、と疑問を呈する従者見習いたちに、執事は頷いた。


「知っての通り、我々は学院内には三人まで、教室内には一人まで同行できる。魔術師コースであれば、それで十分だろう。もし人手が足りなければ、呼び出すことになってしまうかもしれないが、その時は協力してほしい」

「それは勿論ですが、やはり誰かが同じコースに入学した方が良いと思います」

「見習いの中で魔術師コースに入学、いや卒業まで出来る者は?」

「…………」

「閣下も、その点を懸念されている。留年や退学では、同じ校内にいることさえ、叶わなくなる。それに今から改めて魔術師コースを目指して勉強し直すのは間に合わないだろう。よって、魔術師コースには、我々とは別にご友人にお声をかけるそうだ。ご友人の入学が叶わなかった際には、予定通り、我々だけでお仕えすることになるが、閣下も対策をされているので、お前たちはまず自分たちの卒業を心配しなさい。公爵家にお仕えする者が留年や退学などは許されません」


執事の言葉に俺たちは気を引き締める。


確かに、国内最難関の学校である学院は、留年や退学も多いと聞く。


俺たちもルクス様の心配だけではいられなかった。


「話を戻すが、以上の理由で、一か月後からルクス様の毒慣れを始める。ルクス様のご予定が日毎に変わるので、注意するように。詳しい日程は、決まり次第、また通達する。以上だ」

「畏まりました」


そうして俺たちはその場を解散し、それぞれの仕事に就いた。




そして一か月後。ルクス様の毒慣れが始まった。


毒慣れが始まって大変だったのは、公爵閣下にお仕えしている者たちの方だった。


何せ、閣下はルクス様が心配で仕事に手が付かず、果ては執務室から抜け出して、ルクス様のお部屋まで、様子を見に行く始末。


当主にいかに仕事をさせるか。いかに逃がさないようにするか。


そしていかに逃げ出した当主を捕まえるか。


これらに苦労している側近や部下、従者、騎士たちを、俺たちは遠い目をして見守っていた。



そして閣下にお仕えしている者たちから、こちらに閣下がいらしていないか、どこに行ったのか、と何度も押しかけられることになった俺たちも被害者だと思った。


そんな閣下の心配と大騒ぎを余所に、ルクス様の毒慣れは順調に、そしてかなりの速さで進み、無事に終わった。


毒慣れが終わったことで一番安心したのは、閣下でもルクス様でもなく、閣下にお仕えしている者たちだったようだ。


ルクス様の毒慣れ終了をお祝いする使用人たちのささやかな宴では、閣下にお仕えしている者たちが、涙を浮かべながら、お互いを労っていた。


それは、いっそ椅子にでも縛り付けようか、などという不穏で不敬なことを相談し合っていたとは思えない、感動的な光景だった。



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