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私の大切な人は魔術の師匠  作者: 佐伯 怜
第一部 前半
103/116

103.音楽と実用化



翌日。朝食を終えた私は、ルクスたちと分かれて、カルメに別の部屋に案内された。


「ここは?」

「多目的室です。本日の午前中はこちらでお教えいたします」


来たこともなく、見知らぬ部屋は、広間のようで、何も無い。


端には机と椅子があるが、中央には何も無いただの部屋だ。




そして隣の部屋に向かうと、そこには赤茶色の木材で作られた何かがあった。


随分と大きな家具だな。何に使うのだろう。


そう思って不思議そうな目をしていると、カルメはその家具の一部を開けた。


どうやら、蓋になっていたようで、その下には白と黒の模様のようなものがあった。


「こちらはピアノという楽器です」

「楽器?大きい」

「はい」


カルメは椅子に座って、楽器だというその家具のような物の一部を押した。


そこ、押せるんだ。それに音が出るんだ。へぇ。


「この音がそれぞれ、楽譜に対応しています」


カルメに一つひとつ、音を教えてもらった。


楽譜に対応していると言っていた通りに、以前、教えてもらった通りの内容だった。


なるほど。仕組みは簡単だな。


カルメは書見台のようなところに楽譜を置いて、私に席を譲った。




私はそこに座って、楽譜に書かれている通りに、楽器を押してみる。


少々、拙い感じはあるが、きちんと音楽として聞こえる。


「はい。良くできています」


指を動かして、楽器を押す、ということは慣れない作業だったが、やるべきことは分かっているので簡単に思えた。


私が弾けていることに頷いて、カルメは次の楽譜を取り出して、並べる。


色々と弾いてみて、ただの音が繋がると音楽になるのが、少し面白かった。




午前の授業を終えて、昼食を食べている間も、先程まで弾いていた音楽が頭の中で演奏されているような感覚に、私は何だか楽しくなる。


ルクスたちには微笑まし気な目で見られたが、仕方ない。


だって、頭の中で勝手に流れてくるのだから。


それは初めて、音楽を知った日だった。




昼食を終えて、ルクスの実験室に籠った。ルクスは棚から、幾つかの薬品を取り出して来た。


「まずは濾過障壁を結界にしましょう」

「うん」


色々な薬品を通したり通さなかったりする障壁は、無詠唱でできるようになっていた。


けれど、今回は結界だ。初回はきちんと詠唱をしておこう。


そうして私とルクスは濾過結界がきちんと無詠唱でもできることを確認した。


「それでは実用化のために、実験をしましょう」

「実用化?」

「はい。通常であれば、実験用の小動物あたりから試すのですが、今ここにはないので、睡眠薬あたりで私が試してみましょう」

「ルクス?」

「ルクス様!?」


私がそれは大丈夫なのだろうか、と問うよりも早く、ルクスの護衛であるリグネウスが声を上げた。


「いけません。ルクス様」

「私であれば、ある程度の毒には慣れていますし、自分で解毒もできます」

「だからと言って、主が毒を口にすることを許せるわけではありません」

「何も問題はないと思いますが?」

「万が一、ということも有り得ます」

「しかし、それでは濾過障壁の実用化ができません」

「でしたら、私が実験台になります」

「いえ、リグネウス。貴方は」

「私も毒には慣れていますし、解毒の魔術も行使できます」

「…………」


あらら。お互いに平行線だぞ。


二人とも同じ理由で、お互いに毒を飲んで欲しくないようだ。




「じゃあ、私がする?」

「「っ!?」」


私が三つ目の案を提示すると、これまで成り行きを見守っていたカルメも驚きに目を見開いている。


「毒に慣れる?って、やってみたい」


私の言葉に、三者三様に黙り込んでしまった。


カルメは青褪めてしまっているし、リグネウスは何かを考え込んでいる。


そしてルクスが険しい表情をしているのが、一番怖い。


普段、穏やかな表情をしていることが多い所為か、こうして冷徹な表情をしていると、より一層怖く見えるのだ。


「オデット様はお止めになられた方が宜しいかと」

「…………いえ、この機会に毒を知っておく、というのも良いかもしれません」

「リグネウス?」

「リグネウス様!?」


リグネウスが私の案に賛成するようなことを告げると、ルクスは不可解そうに、カルメは悲し気に、声を上げた。


そんな二人をリグネウスは冷静に見返す。


「貴族の子女では当たり前のことですし、オデット様は既にご自身で解毒する魔術も身に付けておられます。この機会に毒の種類を覚えて頂き、効果的な解毒の魔術と、濾過障壁の実験を行うのが良いと思います。我々も付いておりますから、問題はないかと」


リグネウスの言葉に、ルクスの表情の険しさが幾分か和らいだ。


お?これはルクスが説得されているのか?


「オデット様に毒を口にして欲しい訳ではありませんが、リグネウスの言い分は理解できます。確かに最良の機会であり、いずれ必要になることでもあります」

「そんな…………先程、リグネウス様は、ルクス様に毒を口にして欲しくないと仰っていたではありませんか。私は同じように、オデット様に毒を口にして欲しくありません」


うーん。今度はカルメとリグネウスが対立してしまっているな。


この場は重苦しい空気で満たされている。


「カルメ。貴女の気持ちは理解できますし、当然の感情と言えるでしょう。しかし、オデット様の今後を考えれば、毒慣れは済ませておくべきだと思います。そして、時間がかかるものであれば、より早めに取り掛かるべきだと思います」

「…………ですが、オデット様はまだ七歳でいらっしゃいます」

「そうですね。ですが、体内魔術も、魔術の行使にも問題はありません。それに毒については私がしっかりと選別しますし、オデット様にもきちんとご説明いたします」

「毒慣れの間は、ルクス様に診て頂きたいです」

「はい。そのつもりです」

「分かりました」


うん、どうやら話が決着したようだ。ルクスはこちらを見て、淡く微笑む。


その笑みには悲しみや寂しさが混じっているような気がした。




いつの間にか、立ち上がって口論のようなことをしてしまっていた私たちは、一度、応接室に戻った。


微妙に重苦しい雰囲気を引き摺っている私たちを、ジュネは不思議そうな表情で出迎えてくれた。


そんなジュネはリグネウスとカルメ、ウブラたちと別の部屋に移動して行った。




この部屋には私とルクスだけが残っている。


カルメが用意してくれたお茶はほかほかと湯気を立てている。


私はそれに口をつけず、ただ黙って、ルクスが話してくれるのを待った。


少しして漸く、ルクスはどのように説明するか、考えが纏まったのか、口を開いた。


「貴族の子女は10歳程度の年齢に達すると、毒慣れ、というものを行います。これは毒の種類やその症状、対処法を覚えるためのものです。そうすることで、毒を盛られた際に、どのような毒であるかを素早く特定でき、場合によってはそのまま、自分で直ぐに解毒することができます。ご存知の通り、全状態異常回復の魔術は消費魔力量も多く、難易度も高いものです。ですから、毒の種類を特定することは、効率的に的確に魔術を発動するためにも必要なことなのです。特に毒に侵されている時には、集中して高度な魔術を発動させることは難しくなりますから」


つらつらと説明をしてくれたルクスは、隣に座る私を窺うようにちらりと視線を向ける。


「そして、一部の貴族の間では、毒慣れをしたかどうかで愛情を量る者がいます。愛する子どもには毒慣れをさせ、どうでも良い子どもにはさせない、という親がいるそうです。そのことから、一部の貴族では毒慣れという経験が尊いものであると考える者もいます」

「ルクス?」


何だか、話が逸れている気がする。


ルクスから感じる怯えのような感情は、毒慣れという文化の説明をすることに対して抱いているものではないように思える。


「…………つまり、オデット様を嫌って、毒慣れをさせようとしているわけではない、ということです」

「ルクスは私が好き?」

「はい。好きです」

「うん。それで側に居てくれる、だよね?」

「はい。オデット様がご自分で解毒できない時には、私が必ず、後遺症も残さず、解毒してみせます」

「うん。それなら、大丈夫だよ」


ルクスが好きだと、躊躇いもなく言ってくれた。


私はそれを信じられる。だから、大丈夫だと言えるのだ。


必要なことだというのは分かったし、ルクスが側に居てくれるのだから、寂しくない。



「毒慣れはどのくらいかかる?」

「数はこれから選別して決めますが、同じ毒であっても摂取量によって、症状が変化することもあります。それに複数の毒を摂取する場合もありますから、通常では半年から一年ほどかかります」

「そんなに?毒を飲んで、解毒するだけだよね?」

「いえ、最初は自分では解毒できない場合が多いのです。解毒に関する魔術を実践練習する機会でもありますから。ですが、最初からご自分で解毒できるオデット様であれば、もう少し早く終わらせられるでしょう」

「分かった」


私が頷くと、ルクスも漸く微笑みを浮かべてくれた。




「濾過障壁の実用化はどうする?」

「そうですね…………」


すっかり話が逸れてしまっていたが、元々は濾過障壁の実用化のために、毒を飲んでみるということだった。


「やはり、実験動物から始めて、その後に私とオデット様で試してみるというのは如何でしょうか」

「うん。私は大丈夫」


ルクスが一人で試すと言わなかったので、私はそれに頷いた。


二人でやるのであれば、リグネウスやカルメも止めにくいだろう。




ルクスからの説明を聞き終えた私は、隣室に控えて貰っていたジュネたちを呼び戻した。


ジュネはリグネウスたちから話を聞いたのか、心配そうな表情をしていた。


けれど、集まった全員にルクスが、決まったことだと告げると、皆は渋々と頷いてくれた。


「順番決めや準備もありますから、数日お待ちください」

「分かった」


そうして、私は毒慣れというものをすることになったのだった。




その後は実験をするという雰囲気ではなくなったので、私はルクスと実験室の机に向かって本を読んだ。


ルクスは早速、毒慣れの準備をしているようで、時折、資料を見ながら、何事かを紙に書いていた。


それにしても、毒慣れとはどのような感じなのだろうか。


貴族の間では普通の出来事のようだが、カルメの渋り方を見る限り、普通だけれど嫌なもの、なのだろう。


痛かったり、苦しかったりするのは、確かに嫌だな。


私のこれまでの記憶では、風邪を引いた時にしか苦しみは味わったことがないので、それがどのようなものなのかはよく分かっていないのだ。


だから、あまり不安や危機感、怖さを覚えていない。


それに治る、治せると分かっていれば、余計に怖さを抱くのは難しいのだ。


ルクスが付いていてくれるようだし。



うん。ルクスがいるから大丈夫。

ルクスを信じているから大丈夫。


そう、私は大丈夫なのだ。



次話は閑話となります。

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