42. 戒斗とアヤノ
時は少し遡る。
教皇派と法皇派のアルカナ戦争時。
騎士団長と、桃色の髪をした少女は対峙していた。
「さあ早く剣を交えましょう、騎士団長」
「私は言ったはずですが……貴方を斬ることは出来ないと」
騎士団長は、彼自身のルールで『女性は斬らない』と定めていた。
彼は騎士として、それはあるまじき行為だと考えていたからである。
しかしこれは決して、男卑女尊という訳ではない。
そんな事にはお構いなく、少女は騎士団長に斬りかかる。
彼女の剣筋は、騎士団長から見ても悪くは無かった。
騎士団長は彼女の一撃一撃を、丁寧に剣で弾いていく。
「ひどく舐められてる気分ね…」
「諦めてお帰り頂けないだろうか」
「無理な話よ!!」
彼らの剣戟は、もはや素人の目には見えないだろう。
しかし、騎士団長は一度も自ら攻撃はしていない。
少女の攻撃をひたすら全て受け流す。
「……まさか一度も攻撃が通らないとは……」
「確かに貴女の剣技は美しい。ですが、私から言わせれば足りない点が多い。どうですか?我々騎士団に入り、女騎士として活動するというのは」
少女は剣を鞘へ納刀した。
そして騎士団長へ背中を向けた。
それは、彼女にとって戦闘の意志はもう無いという合図。
騎士団長はそれを悟った。
彼もまた、剣を納刀する。
「……お断りよ。けど、私はもっともっと強くなる。こんな所じゃ終わらない…!」
「それではまた、貴女が強くなれば剣を交えましょう」
こうして、二人の剣戟は終焉を迎えた。
しかし、事件はここから始まる。
アルカナ戦争の終わりが宣言され、少女が帰ろうとしたその時。
目の前に、真っ黒なローブを着た男が突然現れる。
「!?……貴方は…『隠者』…?」
「ヤア。少し話を良いかな?」
初めは機械音のようだったその声が、徐々に肉声へと変わってゆく。
そして、真っ黒なローブのフードを取った。
「……!!」
その顔は痛々しい、火傷の跡が顔の左半分を蝕んでいた。
目は曇りを見せており、少女にとってはそれが恐怖ですらもあった。
「まあまあ、そう怖がらないでくれよ。少し話がしたいだけだからさ」
――――――――――――
戦宮司アヤノは、廊下を歩いていた。
彼女の脳内にあるのは、『焦燥』。
(愚者派…どんどんと力を伸ばしてる。それなのに私は…)
彼女は、言わばこの学園では価値をなさない。
それは、役職を与えられていない者だからだ。
曲がり角にさしかかろうとした、その時だった。
「やあ、アヤノ。そこで止まれ」
「その声は……兄様!?」
アヤノは、その声の主の顔を見ようと1歩踏み出そうとする。
「止まれ、と言ったはずだ」
「……!!すみません、兄様…」
紅色の瞳、綺麗な金髪。
兄の彼は役職を持たないアヤノとは違う。
それゆえ、彼は接触を避けていた。
「一度しか言わない、よく聞け。『節制派』が動きを見せている。私が直接手を下すまでも無いだろう。アヤノ、お前が何とかするんだ」
「節制派……ですか」
今のアヤノには、それをどうにかできる自信は無かった。
「無理ならば構わないが」
しかし、兄の冷静な一言が彼女を更に焦らせる。
「い、いえ!出来ます、やらせて下さい!」
「なら頼むよ、アヤノ。……期待している」
兄の気配は消える。
曲がり角の向こうを見ても、そこにはもう誰もいない。
彼の最後言葉は、まるで嘘で塗り固められたようだった。
一ミリも期待なんてしていない。
兄様も……叔父様も。
しかしこの時、アヤノの中にはある考えが浮かんでいた。
だがそれは彼女のプライドを、自尊心を大きく傷つけることになりかねなかった。
だからこそ、彼女はその手を使うことが出来ないのだ。
「分かっているのに…その方が確実なことなんて……ッ!」
「随分とお困りのご様子だね」
突如、背後から声が聞こえる。
驚いたアヤノは、動揺しながらも答える。
「アンタは…転入生の…。一体何の用よ?」
そう、そこに居たのは『黒崎 戒斗』だった。
「僕はただ、貴女が困っていそうだったから声をかけただけだよ」
「余計なお世話よ!」
アヤノはその場を立ち去ろうとする。
しかし、黒崎の一言がその進行を止めた。
「……君にどうにか出来るのかい?」
アヤノはぴたり、と歩みを止めた。
「聞いてたのね、さっきの話」
「そこを通りたかったんだけど、先客が居たみたいでね」
「……アンタ、転入生でしょ?この学園の事情なんて…」
「まあそう思うのも仕方がないね。けれど、実はある人物からずっと報告は受けていたんだ」
黒崎はアヤノの言葉を遮って話す。
「ある人物?誰のことよ」
「僕の仲間になってくれるのなら、教えてあげても構わないよ」
黒崎はそう言って、アヤノを抜かして歩き出す。
「ちょっ…!待ちなさいよ!どこ行くつもり?」
「言ったよね。僕はここを通りたかったって」
「そうだけど…」
黒崎は少し歩いて足を止める。
そこは使われていない、空き教室だった。
「こんな所に何が…?」
黒崎がドアを開けると、そこにはまるで誰かが住んでいるかのような、整えられた部屋があった。
「ここは……!?」
「僕に与えられた部屋だよ」
「与えられた……?……!!アンタまさか……!?」
「派閥には『部屋』が与えられる…だっけ。この学園の特徴的なルール」
そう。
それはアヤノにとって受け入れ難い現実。
そして、彼の発した言葉。
それらが全て繋がって、アヤノは一つの結論を出す。
「アンタ……大アルカナだったのね」
「正解。よく出来ました」




