30.不確かな気付き
隠者は相手を追い詰めていた。
目の前でうずくまる相手を見て、彼は手を差し伸べた。
「無駄ナ犠牲を出す必要はナイ」
「敵を前にして……そんな甘いことをよく言いよるわい……」
隠者は静かに相手へと詰め寄る。
そのゆっくりとした一歩は、確実に相手へと恐怖の感情を与えていただろう。
「殺すなら殺せ……覚悟はできておる…」
そんな相手の言い分を無視して、静かに隠者は通り過ぎていった。
「ワシを………殺さんと言うのか?」
ゆっくりと振り返って相手を見つめる。
無論、黒いローブから隠者の表情はおろか、顔は見えない。
「言ッタハズダ。無駄な犠牲を出す必要はない、ト」
「ワシは…………お前さんに殺しても……もらえんわけか……」
相手は小さく、かすれそうな声で最後に言い放った。
「…………この悪魔めが…………」
静かに倒れ込む。
恐らく、意識を失ったのだろう。
役割を終えた隠者は、闇と同化するかのように消えていった。
――――――――――――
愚者は考えていた。
(この男…身体能力がバケモンみたいに高い。普通の学生とは思えない……というより本当にこの学園の生徒なのか?)
突如愚者の前に現れた、クラウドという男。
彼は臆することなく愚者へと殴り掛かってくる。
愚者の推測ではあるが、彼は愚者の能力を把握しているはずだ。
それなのにどうして、闇雲にも真正面から殴って来れる?
……何がコイツを動かしている?
ただひたすらに攻撃を避け続ける愚者に対し、クラウドは攻撃の手を止めない。
校舎の屋上から飛び降りてもなお、無傷のこの男。
愚者の中には、二通りの考えがあった。
(コイツのスタミナ切れを狙って反撃するのが一番良さそうだが…、それは望めない。動きのキレが落ちない所からも、相当に闘い慣れしてることが分かる)
事実、クラウドは既にかなり愚者を攻撃している。
(だとすれば……俺の『魔術』を使うしか無いのか?)
愚者の魔術。
それは、死神との戦争の時にほんの少しだけ見せたもの。
……そしてそれは何より、愚者本人が忌み嫌うもの。
「どうしたァ!?随分と余裕だな!!」
クラウドは一度大きくしゃがみ込んだ。
それは愚者の意識を大きく誘導し、そして。
愚者の下あごを、クラウドは勢いよく宙返りをしながら大きく蹴り上げた。
その恐ろしいまでの身体能力が、学園で初めて愚者と言う男に決定的な一打を与えたのだった。
愚者は何とか体制を立て直そうとする。
だが、クラウドの攻撃は止まらない。
すかさず愚者の顔面を目掛けてパンチを繰り出すが、ここは愚者が後方へと跳んで躱す。
「クソ……痛いな……」
「フン、まだ立ってられるとは…意外とタフなんだな。お前は」
クラウドは余裕の笑みを浮かべている。
だが油断の色は見せていない。常に相手を観察し、隙を見逃そうとしない。
(思ったよりも手強い敵だ……。さて……どうするか)
愚者は大きく息を吐いた。
「クラウド、お前に見せてやろう。愚かな者の闘い方を」
――――――――――――
時は少しだけ遡り、校舎内。
七支刀を手にした法皇は、ただひたすらに斬撃を飛ばし続けていた。
もちろん、彼は分かっている。
攻め続ける事だけでは勝てはしないと。
だが、彼には思惑があった。
(縄張りはその強力さ故、維持するのには恐らくかなりの体力を消耗するだろう。それに比べ、こちらの七支刀はすでに霊装を加えてある為、無限と言っていい程に斬撃を飛ばせる。いつか必ずボロを出すはずだ……。そこを徹底的に叩く!!)
法皇の考えは、大方正しい。
実際、教皇の表情には徐々に笑みが消え始めていた。
しかし、教皇にも当然考えはある。
(こちらの消耗を狙ってきてるのか……厄介だ。だけど、彼はまだ気付いてないんじゃないかな?)
教皇の思惑、それは――
「縄張りは攻撃にも応用できるのさ」
教皇が一歩大きく前へ右足を出す。
すると、透明な立体の空間が凄まじい勢いで法皇の方へと迫ってゆく。
法皇は、その立体にぶつかって初めて、それを認識する。
「何だこれは……!?」
校舎の端へと押し出されそうになる所を、間一髪で法皇は七支刀を振る事で回避した。
だがその時、彼は一つの事に気が付いてしまった。
「…………まさか」
それは、今後の展開を大きく左右する気付きであり、そして何よりも。
教皇の絶体絶命を意味していた。
――――――――
「法皇、気が付きましたか……」
審判はにやりと笑う。
「さて……どちらが強いかで、あの方の方向性は決まってしまうのでしょうねえ」
その声は、誰の耳にも届いてはいなかった。
隠者の話し方ですが、基本的には最初と最後をカタカナにしています。
確かこのアルカナ戦争が始まる前、私は『機械音的な声』とそう表現しました。
ですので、少しでもそのような雰囲気を出すためにそうしています。
(例)「今日ハ良い天気ダ」
このように、漢字の後に続く助詞や送り仮名がカタカナになります。
誤字ではないのでご安心ください。




