第八話 認識阻害
「鹿島一也。お前のクラスには今何人いる?」
「は?なに言って…」
「いいから答えろ」
有無を言わさぬ調子におされ、一也は不承不承といった様子で答えた。
「俺のいる2年7組は…21人だ」
月子を加え、担任を抜いた人数だ。昇太は「そうか」とだけ言った。
「なら他のクラスの数と人数はどうだ?」
「それはクラスの数は九つで…1組は30人、2組は25人、3組は大体20人くらいで、それで」
一也には昇太の意図が分からなかった。だから次の質問の意味も分からなかった。
「分かったもういい。次の質問だ。この学校は小学校から高校まで一貫だな?」
「ああ」
「お前が小学生の時、つまりまだ誰も塔に行ったことがない時期だ。クラスはいくつでそれぞれ何人いたか?」
「確か…9クラスで人数はどのクラスも30人くらい。それがどうしたんだよ」
「おかしいとは思わないのか?」
「…何がだよ」
「クラスの数は変わっていない。だというのにお前のクラスや3組のクラスは20人ほどしかいない。なら差分の10人はどこへ行った?」
空白。一也は言葉を詰まらせた後、こう答えた。
「それの何がおかしいって言うんだ?」
おかしい。小学校の時は9クラス30人で合計270人いた。それが高校になって今は9クラス合計220人くらいか。何もおかしくない。おかしなところは一つもない。
「…あれ?」
ガツンと一也はハンマーで叩かれたような痛みを感じた。幻の痛みだ。だけどそのおかげで一也は自分の言っていることのおかしさの一端を掴む。しかし誰かがそこに目を向けないように優しい手つきで顏を固定されているような感覚がする。
「う…」
一也はつかみどころのないそれを掴もうとして、こめかみに強く手を当てていた。額には汗が浮かび、呼吸は荒くなる。
「待ってるのも面倒だな」
昇太はそんな一也の様子を見てから魔法陣を展開した。
「闇魔法。干渉の阻害⋯⋯入るか?」
一度失敗した闇魔法だが、今度は上手く一也に作用した。精神干渉の魔法でもって島全体にかかっている魔法を中和する。今の一也相手ならそれで十分なはずだ。
魔法の干渉を受けた一也はこめかみから手を外し、大きく目を見開いた。荒い息のまま自分の手の平を眺め、昇太に視線を向ける。
「小鳥遊。どうなってんだ?どうして俺は」
「魔法だよ。魔法。そういう魔法が島全体にかかってんだ」
驚きを隠しきれない一也に、昇太は息を一つ吐いて答えを述べた。
「魔法って…」
一也は現状を把握することに必死だった。一度気づいてしまえばどうして今まで何もおかしく思わなかったのかと思う程に、一也の認識は歪んでいる。いや、一也だけではない。この島に住む人間全ての認識が狂っていた。
「塔の中で死んだ人間のことを認識できない。認識したとしてもそれが感情に反映されないし、すぐに認識から滑り落ちてしまう」
「いつから」
「最初から。俺やお前が生まれるずっと前からこの魔法はかかっている。だがここまで違和感なく魔法が維持されているのはすごいことらしいな。魔法を維持しているばぁさんがそれだけ優秀ってことなんだろう」
昇太は何でもないことのように言っているが、一也にとっては何より恐ろしいことのように思えた。今年に入って何人ものクラスメイトが死に、その事実に誰も気づかない。気づいても気にしない。武者小路たちが妙に殺気立っていたのもきっとそのせいだ。彼らは元々5人組だった。それが一人欠け、二人欠け、認識できなくてもおかしいと心のどこかで感じていたのだ。
居ても立っても居られなくなり一也は教室を飛び出そうとした。それを昇太が引き留める。
「待て待て。何をする気だ」
「このことクラスの奴らに知らせてくる」
「無駄だ」
ピシャリと昇太は意見をはねのける。
「言っても認識できねぇよ。元々お前が認識阻害を破ったこと自体異例なんだ。そもそもお前どうなってんだよ。今まで認識阻害の影響ばっちり受けてたくせに、鹿島月子のことについては阻害を受けない。俺の闇魔法も効いたり効かなかったり。訳がわからん」
「わけがわかんねぇのは俺だっての。…お前は手伝ってくれねぇんだな?」
「当然だろ。んな面倒そうなこと誰がやるか」
吐き捨てるように昇太は言った。
「…お前は気持ち悪くねぇのかよ?」
「は?何が?」
一也はドカッと床に座り込んで昇太をにらみつける。人が死んでも何も思わせず、塔を昇ることを強要する。塔に一度は行った一也には分かる。塔の中では人の命はあまりに軽い。なのに塔を管理する人々や学校は塔についての情報を最低限しか伝えない。それはつまり島の人間は命を使い捨てにしているということではないのか?
そう言ったことを昇太に伝える。それを聞いた昇太はトントンと、数度指先で机をたたいた後にヘラリと笑った。
「まぁ鹿島の言いたいことは分かる。鹿島は塔に昇ることを気持ちが悪い、それを取り巻く環境も同じように気持ちが悪いと思ってんだな」
「そうだよ。そこまでして塔に昇る必要があんのか?あんなもん封鎖しちまえばいいだろ」
それは一也の偽りなき本音だ。塔には二度と昇りたくない。あんな場所見るのも嫌だ。昇太は塔についてどう思っているのだろうか。彼は机に頬杖をついてあくびをする。
「俺はそうは思わんな。お前が気づいているかは知らんが塔に昇るかどうかは完全に自己責任だ。その上で魔法使いたちは塔に昇り、遺物を見つけ、それを売って生活している。塔で見つかる『収納袋』を欲しがる奴はいくらでもいるし、『吸霊針』も戦争してる国やら傭兵やらに高値で売れる。一週間に一度昇れば魔法使いたちは生活できるくらいの収入を得ているんだ」
「そんなことは知ってる。だけどそのため命を投げ捨てるみたいなこと…」
「だから自己責任だって話だよ」
聞き分けのない子どもに言い聞かせるように昇太は語る。
「塔には価値がある。厳密には塔で手に入れられる遺物だな。お国は遺物の価値をよく分かっているから、島のやり方を否定しない。と言うよりも島に強く出られないんだ。そしてその島の上にいる人間たちは塔へ行くこと自体に恐怖しないように、何百年と昔から認識阻害の魔法をかけて色んなことをごまかしている。全ては利益のため。島とそこに住む一部の魔法使いが幸せに暮らすための方策だ。100の石の内、90の無価値な石を放り捨てて10の宝石を大事に育て、支援する。それが最も効率がいいと踏んだんだ。3流がのさばっても利益は分散するからな」
露悪的な言い方に、気づけば一也は拳を強く握りしめていた。価値。利益。無価値な石。決して豊かとは言えない環境の中でも一也たちは必死になって生きていた。それをそんな血の通わない理由で無為にされてもいいのか。
「俺は…」
「というのが表向きの話。島の上の連中。『塔ノ御三家』って呼ばれている奴らだが、実のところ考えはちょっと違う」
渾身の力をこめた拳を空振りさせられた気分だ。昇太は人の悪い笑顔を浮かべる。一也は脱力した。
「『塔ノ御三家』の願い。それは塔の完全攻略だ。あいつらにとっては塔から生まれる金銭的な利益なんて大して価値ものじゃない。現在塔は公式だと、5層まで攻略されているが、それを10層まで押し広げる。塔とは何か。なぜ塔が存在し、誰が塔を作ったのか。それを知るためにあいつらは塔に魔法使いを送り込んでる。あいつらが求めているのは量産された二流の魔法使いじゃない。塔の上層でも生き延びて、上を目指すことのできる一流を超えた人外の魔法使いだ。…なぁ鹿島。塔を昇る魔法使いには二種類あるんだが、分かるか?」
「二種類?」
「そうだ」
昇太から与えられる情報の数々を未だに消化できていないが、ひとまず問われたことについて考える。だが答えは思いつかず一也は降参した。首を横に振る。
「正解は塔の中層辺りで生きるために遺物を探す奴と、塔の最前線で攻略を目指している奴だよ。『塔ノ御三家』が求めているのは後者の方だがその数は如何せん少ない。なんでか分かるか?」
「⋯⋯死ぬ、からか?」
「正解だ」
「正気の沙汰じゃない」
「同感だ」
一也は知っている。あそこはとても恐ろしいところだ。少なくとも一也はまたあそこに行きたいとは思わないし、あそこ以上に苦しいであろう環境に自らをおく精神が理解できない。
「だけど俺たちは求め続けている。塔の上を。中層を超えて上層へ。そしてその頂点には何があるのか。俺たちはそれを知りたいし、俺はそれを知らないといけない」
「小鳥遊は…」
「ん?」
昇太は「俺たちは」と言った。ならば彼も塔を昇ることを目指しているのだろうか。語る昇太はけだるげな表情はそのままに、決意のようなものが感じられた。
「小鳥遊は塔の上を目指しているのか?」
一也の質問に昇太は数度瞬きをした後に苦笑する。その笑みはどこか稚気を感じさせるものだ。
「遺言なんだよ。俺は人の最期の願いは聞く主義でね。とある男が死に際に言ったんだよ。塔の最上層を目指してくれってな。…そうじゃなくても塔にはやらなきゃならんこともあるし、いつかは塔の上層に行くつもりだ」
夢追い人。昇太のことを評価するならそういうことになるだろうか。自分には真似できそうにない。一也は怖い。塔に行ってまた誰かを失うことが怖い。
「遺言といえばお前もそうだぞ、鹿島」
「え?」
「鹿島月子の最期の遺言だ。お前のことを助けてくれ、守ってくれと言われた」
「…そう言うのって、言わずにこっそりするもんじゃないのか?」
「やだよ。なんで俺がそんな面倒なことをしないといけないんだ」
「だけど…そうか」
結局月子は最期の最期まで一也のことを考えて死んだのか。そのことに少し胸が熱くなる。
「それで鹿島はどうしたい。お前が望むならそのへっぽこな魔法の腕を鍛えてやってもいい」
月子の願いは一也を守り、助けること。ならば一也自身が強くなれば彼を守り助けることになるだろう。それが昇太の結論だ。もちろん、不明なところのある一也についてもっと知る目的もある。
「俺は…」
塔に行くのは怖い。だが自分が弱いのは嫌だ。一也はもう塔に昇るつもりはない。しかし何かの拍子に昇ることになって、また目の前で誰かを失うことになったらと思うと、それも恐ろしい。
「月子…俺が強かったらお前はいなくならなかったのかな」
その問いに答えてくれる人はもういない。昇太も何も答えない。だが一也は顔を上げ、真っ直ぐな目で昇太に言った。
「分かった。俺を鍛えてくれ」
「あいよ。んじゃ、そういうことで。めんどいから今は教室戻れ。詳しいことは後から追って連絡する」
「…そうか。じゃあな小鳥遊」
「おう鹿島」
そう言うと一也は自分の教室へと戻って行った。一人になった教室で昇太は考えを巡らせる。
(鹿島。お前は島にかかった魔法から逃れたと思っているかもしれんが、そうじゃないんだぞ。お前は自分の半身のように思っていた女が死んだってのに、次の日から当然のように学校に行けている。一晩泣いたからってそれは異常だ。それに鹿島月子が死んだことにお前はもっと怒っていいんだ。若いんだから塔に対して、島に対して、俺に対して怒っていい。そうしないってことはつまり)
島にかかった認識阻害の魔法と一也の中にある何かがせめぎ合って今の一也の精神状態は形作られている。一也の言う通り、この島は異常なんだろうと昇太は思った。




