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第九話 転校生

『…というわけだ』

「分かりました。そうですか。あなたの補助があったとはいえ、島の認識阻害を破りますか…」


 昇太の言う「ばぁさん」こと、-塔ノ守冴子は昇太の報告を聞いてため息をつきたくなった。冴子の机には山積みの書類。国立塔魔法学校の理事長であり、塔に関して大きな権限を持っている冴子にはやらなくてはならない仕事がそれこそ山ほどあるのだ。

 そんな中塔攻略の裏の根幹となっている認識阻害に不備があった。認識阻害の術士である冴子にとってそれは決して無関係な問題ではない。むしろ彼女にとって最重要とも言える問題だ。


 それが鹿島一也特有のカテゴリーエラーならいいが、誰にでも可能な手段で破っていた場合、情報漏えいを防ぐために鹿島一也を「処理」しないといけない。

「昇太。あなたに鹿島一也の監視を命じます」

『分かってる。俺もそのつもりだ。後そのために…』

「高等部2年7組への編入ですね?」

『ああ。頼んだ』

「幸運なことに貴方の顔は鹿島一也を除く生徒の誰からも認識されていません。転校生ということで処理しましょう」


 冴子はチラリと書類の山に目を向けた。転校生を一人生み出すためにどれだけの労力が必要になるのだろうか。そしてそれは書類の山の高さを増すことにつながる。つまり仕事が増える。

 むくむくと冴子の中にちょっとした悪戯心が芽生えてきた。

「ならばあなたの偽装の紋章も新しく作り直さないといけませんね」

『は?いやそれは前もらったやつがあるから…』

「いえいえ。知っていますか?数年前魔法の取り扱いに関する法律が改訂されましてね、闇魔法の所有者に対する紋章偽装が厳罰化されたのですよ」


 昇太は二枚の紋章を持っている。片方は彼の「本当」の位階を示したもので、もう一枚は表向きの彼の位階を示したものだ。そしてそれは冴子の記憶が正しければそれは水魔法が使える【準一級魔法士】のものだ。

「ああ大変ですねぇ。闇魔法使いへの社会の風当たりは冷たいものがありますからねぇ。厳罰化されてしまったのでしょうが、昇太はよく闇魔法を使いますからねぇ紋章にもそれを示しておかないと」

 くすくすと冴子は笑みをこぼした。傍から見ればその様子はまさしく魔女だ。


『待て!待ってくれ!俺が行くのは高等部だぞ。高校生が上位魔法である闇魔法が使える紋章を見せびらかすのはどう考えても面倒事にしかつながらん!』

 属性魔法は9つの種類があり、それは下位魔法と上位魔法に分類される。闇魔法は下位魔法である水魔法か土魔法に熟練した者が手に入れることのできる上位魔法だ。そして精神に干渉する闇魔法の取り扱いは他2つの上位魔法に比べて厳しく制限させることが多い。


「と言っても鹿島一也には自分が闇魔法を使えるところを見せてしまったのでしょう?」

 昇太はぐうの音がでないという風に電話越しにうなった。

「あなたの位階は水魔法と闇魔法が使える【準一級魔法士】ということにします。高等部2年生に【準一級】の者はいませんが、上位魔法が使えるのです。【二級】では不自然ですね。使えるようになってまだ日の浅い闇魔法使い。そういう『設定』でどうですか?」

『…了解した』

 ブツンと電話が切れる。良いストレス発散になった。冴子は鼻歌を歌いながら書類の山に向かって行った。


   *


 月子の遺言に従い昇太に鍛えてもらうという約束をして一週間。10月も終わりに近づき、武者小路たちの機嫌はますます悪くなっていった。得体の知れない焦燥感か恐怖が彼らを襲っているのだろう。しかしそれを一也は言うことができないし、言っても理解されない。右から左に言葉が通り抜けていくだけだ。

 窓際の席で一也は頬杖をついていた。秋も深まり窓から感じる朝の空気も冷たい。憂鬱な気分のまましばらくそうしていると、担任が教室に入ってきた。


「全員、席をつけ」

 担任の号令のもと、生徒たちはガタガタと音を立てながら席につく。一也が教師の方に目を向けると教師の向こうに見える扉の裏に誰かの人影が見えた。

(なんだ?)

「今日はお前たちに嬉しい知らせがある。このクラスに転校生が来ることになった。入って来てくれ」

「…はい」


「は?」

 そんな間の抜けた声はクラスメイトたちのざわめきでかき消された。扉から入ってきた男、それは。

「皆さん初めまして、小鳥遊昇太です。位階は水魔法と闇魔法が使える【準一級魔法士】。と言っても闇魔法は扱い始めたばかりでまだまだ【準一級】としての実力がついているとは言えません。どうぞよろしくお願いします」

 ボサボサの黒髪に不機嫌そうな顔。胸に【準一級魔法士】の紋章をつけ、真新しい制服に身を包んだ男は紛れもなく。一也の知っている小鳥遊昇太の姿だった。



「前はどこにいたの?」

「魔法って得意?」

「どうやって上位魔法が使えるようになったの?」

 その日の昼休み。昇太はクラスメイトたちに囲まれて質問攻めにあっていた。転校生に一々騒ぐほどの年齢ではないが、島の学校に転校してくる者は珍しく、またその転校生が同学年では誰にも使えない上位魔法が使えるため、このようなことになっていた。


 昇太は止まることのない質問の嵐にかなり辟易しているようだ。その様子を一也は遠目から眺めている。あの輪の中に入りたくなかったし、クラスメイトの目がある中で昇太と話す気持ちにもなれなかった。

「鹿島君もあの人が気になるの?」

「安藤か。珍しいな。俺に声をかけるなんて」

 昼食を一人食べ終わり、ぼーっとしたまま昇太を眺めていた一也に声をかけてきたのは安藤こころ。学級委員長の廣崎萌の友人だ。


「うん。でも萌ちゃんも小鳥遊君のところに行っちゃったし、あの中に入るのはちょっと…」

「そうか」

 こころは眼鏡の位置を整えながら苦笑する。確かに気の弱いこころがあそこに行くのは苦痛だろう。活発な萌と内気なこころは正反対の性格をしているが、互いが互いを補いあういい関係を築いている。とはいえいつも一緒にいるわけではないらしい。

 ふと一也は萌とこころの関係は一也と月子の関係と似ているなと思った。萌が一也でこころが月子だ。どちらが上ということもない対等の関係。だが月子はもういない。一也は拳を強く握りしめた。


「鹿島君?」

 こころがそんな一也の様子に気づいたのか、心配そうに声をかける。一也はごまかすように拳を開いて手をひらひらと振った。

「わりぃ。ちょっと考え事してた」

「そうなの。悩みがあるなら…萌ちゃんに言うといいよ。きっと相談に乗ってくれる」

「廣崎がぁ?『そんなの知らないわよ!』って言いそうだけどな」

「そんなことないよ…多分」


 こころの言動から一也は違和感を覚えた。島にかかっているという認識阻害のせいだ。月子が生きていたのならこころは萌に相談事をするようには言わなかっただろう。迷うことなく月子の方を勧めたはずだ。気をつけていなければ見逃してしまいそうな齟齬だが、確かに認識阻害の効果は発揮されている。

 実際、一也自身月子のことや認識阻害の存在は忘れなかったが、それ以外のこと、例えばクラスメイトは最初何人いたかなどは記憶にかすみがかかったようになって思い出せない。

 こころと萌には他に仲間はいただろうか。彼女たちも何度か塔に昇っていたはずだ。一也はかすみをかきわけて記憶を探るが見つからない。

「ねぇ鹿島君。鹿島君はあの小鳥遊君のことどう思う?」

「なんだよ突然」


 一也が自分の考えに沈んでいると、こころは思い詰めたような顔をして聞いてきた。

「どうって、どうだよ」

「何と言うか。…その、怖いの」

 こころは昇太に聞こえないように声を潜めて言う。距離があるし、昇太の周りはにぎやかだから聞こえることはないと思うが、それでも心配なのだろう。

「怖い?あいつが?」

「うん…。鹿島君は怖くないの?」

「そうだな⋯⋯」

 一也は塔のことは怖いと思っているが、昇太のことを怖いと思ったことはなかった。無愛そうではあるが一也の不安を取り除いてくれたこともあるし、何より一也の命を救って月子との最期の時間を作ってくれた。

 得体の知れなさはあるが怖くはない。


「悪い奴じゃねぇと、思うぞ」

「そっか。そうだよね。きっと私の考えすぎ…」

 こころの口調は弱々しい。自分の疑問を払拭しきれていないことが丸わかりだ。

「小鳥遊の編纂機ってどの年式?」


 二人の会話が途切れたところに昇太の周りの声が耳に入ってきた。それを聞いたのは萌だ。昇太は手首に巻いている編纂機を見せようとして、ピタリと固まった。

「お?」

 昇太の顔には焦りが浮かんでいる。だがそれに気づいたのは遠くから見ていた一也とこころだけで、周りにいるクラスメイトたちは気づいていない。


「どうしたんだろう」

 こころが首をかしげている間に、萌が昇太の手首をつかんで編纂機の年式を見た。そして驚きの声を上げる。

「嘘!これって『00年式』じゃないの!?」

「はぁ!?」

 そんな萌の一言に教室は騒然となる。昇太はしまったという顔をしていた。



 編纂機とは魔法を使う補助装置であるが、編纂機はいつ作られたかでその大まかな性能を知ることができる。例えば一也の持つ『27年式』は編纂機史上最も不遇な編纂機だと言われている。当時事故の多かった編纂機から事故を無くそうとした結果、霊力の上限を極端に落とすことで『27年式』は安全性を確保した。つまり事故が起こせないほど出力が低い編纂機だ。ちなみに最新型の『72年式』は高火力な反面、霊力の制御が難しい作りとなっている。


 そして数多く存在する編纂機でも『00年式』は例外的な扱いとなっている。不世出の天才と言われた小鳥遊夫婦の発明した『00年式』は他の編纂機とは作りが異なっている。まず霊力の制御補助がなく、上限設定もない。つまりやろうと思えばどこまでも出力を上げることができるが、魔法陣に乗せる霊力の操作は自力で行わなくてはいけない。しかしその分出力と展開速度は並外れていて、その点に関しては最新型にすら勝っている。

 要するに『00年式』は玄人にしか扱えないのだが、一学生がそれを使っている。しかも稼働できる『00年式』は貴重だ。生徒たちの驚きも当然と言えよう。


 自分が何気なしに使っている『00年式』の特異性をすっかり忘れていた昇太は、質問から追及に変わってきたクラスメイトたちの顔を見て、内心大きなため息をついた。面倒くさい。その一言につきる。

「あれ?そういえば小鳥遊って編纂機を作った人だよね。もしかして⋯⋯」

「そうだよ。編纂機を作った小鳥遊夫婦は俺の親戚だ。その伝手でこの『00年式』はもらったんだ。だが小鳥遊夫婦について詳しく聞くのはやめてくれ。魔法協会の上の方々から口止めされているんだ」


 ポツリとつぶやかれたクラスメイトの一人の言葉を渡りに船と思って昇太は一息に言葉をまくしたてる。どうやらこの説明で納得してくれたらしい。クラスメイトたちは魔法協会の名前が出た時点で静かになった。


「ちっ。んなもん使えんのかよ」

 昇太を囲む輪から離れたところで武者小路がつぶやいた。昇太はこのつぶやきが聞こえてはいたが、何も言うことはなかった。

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