第十話 魔法の授業①
国立塔魔法学校はいわば魔法の専門高校だ。この学校の生徒たちは高校生としての学問を学ぶ傍ら、魔法についても学習する。午前中は国語や数学をして、午後からは魔法に関する授業をする。
昼休みの包囲網を何とかかいくぐった昇太は、疲労感ただよう顔で授業を聞いていた。午後の2コマの授業は前半が魔法の歴史について、後半が実技となっているようだ。
「…では今までの授業の復習だ。魔法は時代の変化によって大きく3つに分けることができる。それは何だ。…大田、答えろ」
「はい」
武者小路の取り巻きの一人の大田騎士は焦ったように教科書をパラパラとめくる。
「えーと。はい。魔法は大きく3つに分類されます」
「それはもう言った。それが何かと聞いているんだ」
クラスに笑いが起こる。大田は羞恥で顔を真っ赤にして答えた。
「くっ…。魔法の3種類。順番に原始魔法、古式魔法群そして現代魔法です」
「正解だ。座っていいぞ。後、それくらいは暗記しとけ」
再び教室に笑いが起きる。太田はガタンと大きな音を立てて席についた。
「大田の言う通り、魔法は原始魔法、古式魔法群、現代魔法に分類される。後は時代によらず塔から産出した遺物を使う遺物魔法というものもあるがな。では廣崎。原始魔法についての説明をしてみろ」
「はい」
萌は立ち上がり、よどみなく話し始めた。
「原始魔法とは魔法という概念がまだ根付いていない頃に存在した、奇跡の類です。偶然霊力のある人間が、偶然魔法の法則に則った行動をした結果、偶然魔法に似た何かが発生したという、偶然性が極めて高く体系化もされていないものです」
「素晴らしい。座っていいぞ」
萌は自慢げな表情を浮かべながら席についた。
「廣崎の言う通り、原始魔法は偶然によるものが大きく、ペテン師呼ばわりされることも少なくなかったそうだ。それでも原始魔法を扱う者は祈祷師や呪い師と呼ばれ、一部からは頼りにされていたと聞く。そしてこの原始魔法を体系化したのが古式魔法群だ。なぜ『群』という言葉がつくのか。武者小路説明しろ」
担任に言われ、武者小路は嫌そうな顏で説明を始めた。
「はい。古式魔法と呼ばれるものは一子相伝のものや一部の集落だけに伝わっているものが多く、また地域によって魔法に扱うものが違うため『群』と呼ばれています」
「そうだな。札を扱うもの、魔法陣を扱うもの、釜で触媒を茹でて扱うもの。一口に古式魔法というには用いる法則が違い過ぎるために『群』という言葉が使われている。ではこの古式魔法は現在でも有用か?涌井」
「え?俺…」
武者小路の取り巻きの一人、涌井狼が目を少し泳がせてから答える。
「あー。確か有効でした。ここの理事長がそのすごい使い手…なんでしたっけ?」
ばぁさんの顔が頭に浮かび、昇太はわずかに顔をしかめる。現代魔法が生まれるずっと前から生きているのだから、彼女が古式魔法群の使い手であることは当然といえば当然だ。
「そうだな。理事長は日本有数の魔法使いだ。純粋な技術で言えば日本一と言ってもいい。位階も…まぁ最高位の【特一級魔法士】を越していると言われている。あの方が得意なのは札を用いた古式魔法だ。具体的にはどう有用なのか、それは今日説明するのはやめておこう。では鹿島一也、古式魔法群と現代魔法の違いとはなんだ」
一也は当てられると思っていなかったのか、慌てている。うつらうつらとしていたところを当てられたので隣のクラスメイトから急いで質問を聞いている。
「昼寝をしているからいけないんだぞ」
「すみません。えーと、現代魔法と古式魔法群の違い…は編纂機を使うかどうかです」
「ふん。正解だ。古式魔法群では魔法の触媒は多種多様だが、現在魔法は2000年に開発された『小鳥遊式霊力変換魔法編纂機』を使って行う。昼寝をしていた罰にもう一つ質問だ。現代魔法を二つに分類してみろ」
「あー、基礎3種と属性魔法です」
一也の答えに担任はため息をついた。よくある間違いだがそれは以前説明していたはずだ。
「違う。それは現代魔法の中の戦闘魔法における分類だ。正しくは戦闘魔法と生活魔法だな。この違いを安藤言ってみろ」
「分かりました。えと…どちらも編纂機を使って魔法を使うことは変わりませんが、戦闘魔法は魔法の素質がある人だけが使えます。しかし生活魔法は魔法が使えない人でも使うことができます」
「そうだな。ではそれはなぜだ?」
「本来魔法は霊力を操作することで現象を発現させますが、生活魔法は編纂機内部に霊力が込められた結晶があるので、使う人は編纂機に指示を打ち込むだけで魔法が使えます」
担任は満足そうにうなずいた。
「その通りだ。この生活魔法は戦闘用の編纂機が発明されてから30年後に生まれたが、今や生活になくてはならないものとなっている。インフラも今は生活魔法で置き換えられているところもある。生活魔法は戦闘魔法ほどの火力はないが環境にいいからな。需要も高い。…さて、そんな生活魔法と対をなすのが戦闘魔法だ。これは鹿島が言ったように基礎3種と属性魔法に分かれる。この2つの違い…斎藤答えてみろ」
「はい。基礎3種は霊力を操作するだけ、属性魔法は霊界から概念を持ち込みます」
「その通りだ。では属性魔法は下位6種と上位3種があるわけだが、実はそれ以外にも属性が存在する。これは授業では教えていないことだが、そうだな…」
担任は教室を見渡し、昇太のところで目を止めた。
「転校生の小鳥遊。それが何かわかるか?」
担任に当てられて、昇太はここで正しく答えるのと、あえて間違えるのとどちらが面倒事が少ないかを考える。だがそもそもこの担任がどれくらい昇太の事情を知っているかは分からない。
ここで悪い印象を与える方が面倒そうだな。そう思って昇太は答えた。
「9種の属性魔法に当てはまらない魔法のことをカテゴリーエラーと言います」
ほう、と担任は感心したような表情を見せる。
「続けろ」
「…カテゴリーエラーは編纂機で発動させることもできますが、その本質は個人の特異な魔法的性質によるもの、言ってしまえば原始魔法にその性質は近いと言われています。そのため同一のカテゴリーエラーを持つ者は少なく、素質のない者はどれほど努力を重ねても得られる物ではありません」
「詳しいな…」
感心したように担任は言った。どうやら担任は昇太のことを本当にただの転校生だと思っているらしい。
「恐縮です」
「他に知っていることはあるか?」
担任の言葉に昇太はうなずき続けた。
「カテゴリーエラーを持つ者は上位魔法を使える者よりも数が少ないです。しかし持っているのであれば、その数は1つ以上であることも珍しくありません」
カテゴリーエラーの属性は属性魔法の練度の有無に関わらず発現する。そして発現者のデータを取ってみても、1つだけ所有する者も2つ所有する者もその数に変わりはない。理事長のように3つ持っている者も存在する。
「カテゴリーエラーは能力が本当に雑多なので詳しく分類はされていません。そのため体質に近いものや技能のようなもの、10個目の属性と言っていいものなどが全てまとめられてカテゴリーエラーと呼ばれています。…知っているのはそのくらいでしょうか」
「十分だ。よく勉強している」
滅多に生徒を褒めることがない担任が昇太を褒めた。そのことに少なからずクラスメイトたちは驚きを表に表す。昇太がただものではないと知っている一也だけは、そういうこともあるだろうとあまり驚いていなかった。
「そうだな。これはテストに出ないが、カテゴリーエラーを所有しているものは魔法使い全体の0.1%ほどだと言われている。だがその分希少で有用なものも多い。【特一級魔法士】になる者もその多くはカテゴリーエラーを所有しているそうだからな。ちなみにカテゴリーエラーを持っている者は自分のラインの下地に白以外の色を付けていい決まりになっている。色はそのカテゴリーエラーに関するものが多いらしいがな。ただこれはつけてもいい、ということであってつけなくてはならないというものではない。これがどうしてか分かるか?」
担任はクラス全体を見回した。昇太は担任の言いたいことが分かったが、何も言わない。ちらほらと何人かが考えを言ったが、担任は首をふった。
「正解はな、カテゴリーエラーを持つ魔法使いを守るためだ」
「守る、ですか?」
萌は不思議そうな顔をしている。
「そうだ。この島にいると分からないことも多いがな、本土では魔法使いは一種の武器のように扱われることがある。編纂機一つであらゆる奇跡を体現する。それに熟練した魔法使いなら編纂機がなくとも基礎3種は使いこなせるからな。文字通り我々は意志を持った武器なんだよ。だから我々魔法使いは紋章を見える位置につけておくことが義務付けられている。それは我々が武器をもっていると周囲に知らしめるためだ」
そう言う担任の表情は暗い。彼にも何か嫌な経験があったのかもしれない。
「そんな魔法使いの中でもカテゴリーエラーは貴重な存在だ。カテゴリーエラーの魔法は時に戦場で多大な戦果を上げ、時に技術の発展に貢献する。実際、生活魔法用の編纂機にある霊力をこめた結晶を作る技術はそういうカテゴリーエラーをもった者の協力があって作られた。だからこそカテゴリーエラーは狙われる。時には監禁され、非人道的な実験が行われたこともあると聞く」
担任は自分の胸の紋章を軽くたたいて見せる。担任のもつ紋章は緑色の3本半のラインが入ったもので下地に色はついていない。木魔法が使える【一級魔法士】の証明だ。
「俺は幸か不幸かカテゴリーエラーなんて大層なものはないし、小鳥遊のように上位魔法が使えるというわけでもない。だが俺はそのことが嫌だと思ったことはないんだ」
担任の視線はクラス全体を見ているようで、それでも昇太に向いているように感じられた。
「力をもつものは力に捕らわれてしまう。できればお前たちにはそんな風に力ばかりに固執するような魔法使いにはなってほしくないと、俺は思っているよ。…話が逸れたな。今日は古式魔法群の東洋での発展についてだが…」
切り替えるように手を叩き、担任は授業に戻っていった。しかしクラスメイトたちはどことなく緊張した面持ちで授業を受けることになった。




