第十一話 魔法の授業②
前半の授業が終わり、一也たちは制服のまま運動場に移動していた。魔法学校の制服は男女ともに明るい色のブレザーだ。そしてこの制服は見かけこそただの制服だが、非常に丈夫かつ動きやすい素材でできており、塔に行く時もこの制服を着て行く者が多い。
魔法実技の授業とあって、前半で静まり返っていたくらすたちも活気を取り戻していった。
昇太もクラスメイトたちの流れに任せて、のんびりと運動場へと移動している。そこに一也が声をかけてきた。
「小鳥遊。お前なんで俺のクラスに転校?なんてしてんだよ。大体お前…」
「ああ、うるさいうるさい。俺にも色々あんだよ。それにお前のクラスに編入したのはお前との約束、厳密には鹿島月子の遺言を果たすためだ。以上。これ以上の質問は受け付けない。いいな」
昇太はいかにも俺は面倒くさいですという顏をして見せる。一也ははぁとため息をついた。
「そうだ。ところでこれからどういう授業をやるんだ?」
「お前、それくらいクラスの奴に聞けばよかっただろ?」
「嫌だよ面倒くさい。仲良くなったと勘違いされても困る」
「お前な…」
一也が昇太にこれからある授業の説明をしようとした時、二人の背後から萌が声をかけてきた。
「あれ?あんたら仲よくなったの?初対面だよね?」
「ん?ああいや、たまたま小鳥遊に授業のことを聞かれたんだよ」
そう言って一也はごまかす。萌はふぅんとやや疑わし気だ。萌の背後からこころが不安そうに一也を見ている。
「ま、いいや。小鳥遊、そいつ頭悪いから聞いても参考にならないと思うな」
「廣崎!おま…」
「そうか。覚えておくよ」
昇太は一也を見て、わざとらしく鼻で笑った。それに萌はクスリと笑う。
「それで?小鳥遊は何が知りたいの?」
「ああ、これからどんな授業があるのか知りたくてな」
「次の時間は基礎3種だけを使った模擬戦だよ。一対一で戦うの。小鳥遊は前にいた学校でやったことない?」
「あー、いや。俺は独学で魔法は学んだから…」
昇太は頭をガリガリと掻きながらどこかばつの悪そうな顔だ。
「そうなの?誰にも師事せずに上位魔法まで使えるように?」
これには萌だけでなく、一也やこころも驚きの表情を見せる。体系化されているとはいえ魔法は教本を読めば理解できるというものではない。魔法使い一人ひとりが師匠の手を借りて、肌感覚で霊力を掴むことから始めて、師匠から適切な助言を受けながらではないと魔法はなかなか上達しない。
だから魔法学校というものがあり、生徒は教師から学び、互いに教え合いながら魔法というものを少しずつ習得していくのだ。
「いや、魔法の基礎は独学で、上位魔法とかは後から師事を受けて習得した。⋯⋯すまんが俺の個人的な話になるから深くは聞かないでくれ」
魔法使いは時に複雑な事情をかかえているものだ。苦々しい顔でそう言われてしまえば、3人はそれ以上追及することはできなかった。
「よし!全員揃ったな!おぉ!そこにいるのが今日転校してきたっていう小鳥遊かな!」
運動場に行くと、そこには日焼けした筋肉質な体を惜しげもなくさらすタンクトップ姿の男がいた。
「もう秋だぞ…。寒くはないのか?」
昇太がつぶやくが、周りの者は苦笑するばかりだ。男はあっはっはと高らかに笑いながら昇太に向けてスッと手を差し出してきた。
「初めまして!俺はこのクラスの魔法実技を担当している大川だ!よろしくな!小鳥遊!」
暑苦しい。大川はニコニコと笑いながら手を差し出し続けている。昇太が中々手を出せないでいると、大川はますます笑顔に威圧感を込めて手を差し出してきた。
(そこまで握手をしたいのか?こいつ…)
握手をしなければこの場が収まりそうになかったので、昇太は嫌々大川と握手をした。瞬間、大川はピクリと眉を動かした。
「君は…」
「どうかしましたか?」
「い、いや!?なんでもないさ。あっはっは!」
大川は手を離しにこやかに生徒たちの前に戻って行った。寒空の中でも大川は筋肉を見せびらかしていて非常に暑苦しい。
「さて!今日の授業は『基礎3種』を使った対人の模擬戦だ!今日が初めての小鳥遊もいるから改めて説明しようか!」
そう言って大川は移動黒板を運動場の端から持ってきた。
「この島での魔法の利用は塔の攻略ばかりだからな!あまり人に対して魔法を使うということは少ないだろう。しかし魔法使いは時として同じ魔法使いに襲われることがある!そんな時のための訓練だ!学生である君たちはまだまだ属性魔法を使えない者も多い!だからこそ基本である基礎3種だけを使っての戦い方を学んでほしい」
そして大川は黒板に防壁、射撃、強化の3つの言葉を力強くでかでかと書いた。
「基礎3種とはすなわち霊力そのものを操作する魔法のことだ!霊界とつながり、霊界の概念を出現させる属性魔法とは異なり誰にでも使えることのできる魔法だな!基礎3種を用いた基本的な戦法を廣崎!言ってみろ!」
そう言って大川は萌をピッと指さす。
「はい。基礎3種のみによる戦闘は防御のために防壁、攻撃のために射撃、移動のために強化を使います。また操作する霊力は生のままではすぐに拡散するので、防壁も射撃も出し続けることは難しいです。なので強化で動きを早くして互いに射撃の届くギリギリの距離で牽制しあいながら射撃で攻撃、防壁で防御するという形になります」
「その通りだ!だから基礎3種の戦いでは射撃の飛距離が重要になる。相手からは当たらない。だが自分からは当たる。そのアドバンテージはかなり大きい。とはいえこれはあくまで定石だ!戦法はいくらでもある!では7組は小鳥遊を含めて21人だったな。奇数だが二人一組を作ってくれ!残った者は俺と組もう!」
その号令の後、生徒たちは各々ペアを作り始めた。彼らの多くは仲のいい者同士で組んでいる。萌もこころと組んでいた。
「俺はどうしようか…」
以前であれば一也は月子と組んでいた。特に一也は射撃と強化が使えない。訓練が訓練にならないからと人気がない。
「そうだ。なら小鳥遊と…」
と思って一也は昇太のもとへ向かおうとする。しかしそれより先に他の生徒が昇太に声をかけてきた。
「おい転校生。俺と組もうぜ」
「ん?別にいいが」
昇太に声をかけていたのは武者小路だった。見れば彼の取り巻き2人である大田と涌井はその二人で組んでいた。
「珍しいな…」
武者小路があの二人以外とペアを作ることはあまりない。気位の高い武者小路は実力こそあるが、クラスメイトからはあまり好まれていない。そしてその気位の高さ故に自分から誰かに頼みに行くというところをこれまで見たことがなかった。
「おや!鹿島はまだ誰とも組んでいないのか?」
「え…」
大川に言われて周囲を見渡す。武者小路と昇太に気を取られているうちに、クラスメイトたちは皆すでにペアを作っていた。残っているのは一也一人である。
「しょうがない!今日『も』鹿島は俺とペアだな!」
「…そうっすね」
暑苦しく肩を抱く大川に、一也は頬を引きつらせながら答えることになった。
模擬戦は運動場を二つに分けて行われる。その様子を昇太はグラウンドに腰掛けて見ていた。そこではクルクルと円を描くように二人の生徒が強化で速くなった足で走りながら、射撃と防壁を出しあっている。
「使っている魔法陣は3種同時に使うためのものか」
生徒たちが展開している魔法陣を読み取ると、防壁や強化を発動させるための魔法陣ではなく、霊力操作の補助用のもののようだ。全員同じ魔法陣を使っているから学校側が同じ魔法陣を編纂機に入力しているのだろう。
熟練の魔法使いになればそうした補助なしに基礎3種は使いこなせるようになるが、学生には難しいか。
「何見てんだ?」
昇太が生徒たちの動きを観察していると、一也が声をかけてきた。ちなみに一也は真っ先に大川と戦って、ほどほどに動かされた結果、敗北していた。ちなみに勝利条件は相手の体に射撃をぶつけることか相手を場外に出すことだ。一也は例外として10分守り切れば勝ちでいいというルールで行っていたが、駄目だった。
「動きのセオリーを見てる」
「へぇ。お前から見てどうよ」
「…全員動きが悪いし無駄が多い」
それが昇太の偽らざる感想だった。聞けば2年7組の中で塔に入ったことがあるのは萌とこころ、それに武者小路グループ3人を含めた5人だけらしい。
「本当の危機感を味わったことがないから反応が悪いんだよな。鹿島は論外。反応は悪くないが攻撃手段がないのが致命的」
「くっ…分かってるよ」
そう言って一也は歯ぎしりする。
「だが大田と涌井?だったか。あの二人の動きは良かったな」
武者小路の影に隠れているが何度も塔に昇って、その上で生き残っているということもあってか、あの二人の動きは他の生徒とは一線を画していた。
「だろうな。あいつらは態度は悪いけど、実力はあるから。だからクラスカースト上位なんだ」
「ふぅん」
そうしていると萌とこころの模擬戦の番になった。二人が白線に囲まれた場の中に入る。
「ん?廣崎は二台持ちなのか?」
萌は手に持っている銃型の編纂機の他に、腰の後ろのももう一台編纂機を持っていた。
「ああ。あいつってさ、火属性の魔法が使えるだろ。だからこういう授業の時には汎用型使って、塔に行ったりする時は火魔法の特化型を使うらしい」
編纂機には汎用型、特化型、専用型の3つの種類がある。編纂機は使用者の意志を読み取って基礎にある魔法陣に紋様を継ぎ足していって魔法陣を完成させる。汎用型はどんな魔法でも使える代わりに継ぎ足す紋様が多く、発動までに時間がかかる。特化型は特定種類の魔法しか使えない代わりに発動速度が高いのだ。専用型は完成した魔法陣を一つだけ有し、最高速度で魔法を使うことができる。
編纂機を二台同時に使うことは右手で詩を書きながら、左手で絵を描くようなものだ。できる人間などそうそういるものではないが、状況に応じて複数の編纂機を使い分ける者は存在する。
「では次の組始め!」
大川が運動場の中央で号令をかけた。同時に萌がセオリーを無視してこころに突っ込む。遠くからチクチク射撃を撃つのではなく、避けきれない近距離から霊力の弾丸をばらまくつもりなのだろう。それに対してこころは慌てることなく後ろに下がりながら魔法陣を展開し直す。
「へぇ、やるな」
こころは防壁展開の魔法陣を使った。萌は放った射撃ごと防壁に阻まれる。
「ふぎゅぅ…」
萌がひるんだすきにこころは防壁を解除。今度は射撃の魔法陣を広げる。こころの魔法陣を切り替える速度と発動までの時間はこれまで見てきた生徒の中でも段違いに早い。魔法陣の意味をきちんと理解し、魔法のイメージが固まっている証拠だ。
「意外だな。安藤はもっと臆病な奴かと思ってた」
「そうでもないぞ?あいつだってあの塔に何度も昇って帰って来てるんだ。それに魔法座学じゃ学年一位だ」
こころの射撃を萌は飛び退くことでかわした。こころが展開しているのは射撃単式の魔法陣だ。あくまで補助用の魔法陣で展開している萌の防壁では受けきれないと判断したのだろう。萌も魔法陣を展開し直す。張りなおしたのは強化の魔法陣だ。
「だぁらっしゃーー!」
気勢を上げて萌はこころに飛び掛かる。とっさに張られたこころの防壁を萌は殴り壊した。目をこぼれんばかりに見開き、歯を食いしばっている萌の形相はまるで鬼のようだ。こころの張った防壁は厚いコンクリートほどの固さはあったはずだから、殴った萌も相当痛かったのだろう。だがやり遂げた。
防壁を殴り壊されたことに動揺したのか、こころの対処が一歩遅れた。回避する間もなく萌がこころに組み付く。そのまま場外に投げ飛ばした。
「うわぁ」
と生徒の誰かが言った。
「廣崎、安藤ペアここまで!」
こころが場外に尻もちをついた時点で止めがかかった。模擬戦は萌の勝ち。萌は自慢げな顏をしているが、ギャラリーは若干引いていた。
「次は武者小路、小鳥遊ペアだな。二人は場内に入れ!」
「さて、俺もやるかね」
と言って昇太は立ち上がった。そのついでとばかりに一也に声をかける。
「ああそうだ。俺の戦い方をよく見とけよ」
「なんでだよ」
「鹿島は現状防壁しか使えない。だから防壁だけで戦うやり方ってものを見せてやる」




