第七話 欠落
月子を失った翌日。結局一也は一晩中1層の横穴で泣き明かした。月子の死を施設の人たちに伝えるのが辛くて、一也は帰ることなくそのまま学校に来た。
「じゃあ、今日は俺も学校にいる。何かあったら教室に来い」
「分かった」
昇太はそう言うとまたそそくさと旧校舎の方へ向かって行った。一也は一晩中泣いていたが、昇太もそれに黙ってついていてくれた。感謝を言うと「俺も同じだったから」と短く答えた。昇太も大事な人を失った経験があるのかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると、一也は自分の教室の前にたどりついた。大きな深呼吸を一度して、一也はその扉を開けた。
*
誰もいない教室の、たった一つだけ置いてある椅子に座って昇太は昨日のことを考える。鹿島月子の遺言、最期の願いをどう叶えるか。
おそらく今頃は鹿島一也も鹿島月子のことを忘れているだろう。説明が面倒くさそうで、昇太は大きなため息をついた。
机に体を預けて考え事をしていると、滅多に使わないスマートフォンの電話が鳴った。画面には「ばぁさん」と出ている。大方昨日塔に入ったことについてだろう。面倒だがこの電話に出ないともっと面倒なことになる。しぶしぶ昇太は電話に出た。
「はい」
『お久しぶりですね昇太。要件は分かっていますね』
「分かってるよ。昨日塔に行ったことについてだろ?」
『ええ。ここ何年もあなたは塔へ行ってはいませんでしたから。何かありましたか?』
ばぁさんは齢のわりに滑舌がよく、その言葉は聞き取りやすい。聞き取りの面倒がなくていいのだが今はその滑らかな口調が不思議と気に障った。
「変な奴にあった。そいつが実力もわきまえずに塔に挑んだ。俺はそれを助けた。それだけだ」
『変な奴、ですか。それは性格的な意味で?それとも能力的な意味で?』
ばぁさんの口調がかすかに変わる。昇太から少しでも多くの情報を抜き取ろうとしているようだ。
「性格的な意味で、だ。けど能力的にもどことなくおかしいな。いびつだ」
『その人間の名前は?』
「…鹿島一也。この学校の生徒だ」
ばぁさんに名前を言うかどうか迷ったが、彼女の立場であればその程度の情報は片手間で集められる。なら言ってしまった方が楽だ。
パラパラと資料をめくる音が聞こえる。それがピタリと止まり、ふむふむと言う声が聞こえてくる。
『分かりやすい劣等生ですね。【三級】が塔に挑むなんて無謀です』
「ああ俺も同じことを言ったが止まらなかったな」
『ですが、これだけ内包霊力があるにも関わらず使えるのが『防壁』だけとはおかしいですね。力技で『射撃』はできるはずでしょうに』
ばぁさんは的確に昇太と同じところをついてくる。
「それでな、その塔に行ったのが一人ではなくて⋯⋯」
『鹿島月子ですね。そちらは報告が上がっています。優れた生徒だったようですが…残念です』
「なら卒業まで塔へ行くのを禁止すればいい。それで万事解決だろ?」
『それはできない相談ですね。自分の実力を正しく見極められるのも実力の内です。無謀に挑んで勝手に死ぬような輩に用はありません』
ばぁさんの声は冷たい。昇太はかすかに鳥肌が立つのを感じた。ばぁさんは塔が絡まなければ善人だが、塔がからむと途端に効率主義でシビアな人間になる。
『死人の名前を出したということはまた『遺言』ですか?』
ばぁさんの言葉に呆れの色が混じる。昇太も笑って返した。
「そうそう。俺のルールってやつだ。俺が人であるための、な」
『昇太…』
彼を阿るようなばぁさんの声。そんなばぁさんを茶化すように昇太は言う。
「あんたも作っておかないと妖怪呼ばわりされることになるぜ」
『馬鹿おっしゃい!もうとっくに呼ばれてます!』
「そりゃ失礼。なんせ御年…」
『それ以上言ったら呪いますよ』
ばぁさんが呪うといえばそれは洒落にならない。慌てて謝る。
「まぁそういうことで、もしかしたら編入とか、偽の紋章とか頼むかもしれんからよろしく」
『はぁ分かりました。必要ならば手配しておきます。それから鹿島一也についてですが』
「ああ、あんたに『視て』もらうのが一番早いけど、忙しいんだろ?」
『ええとても。今こうして話しながら仕事をしているのですよ?』
「分かった。しばらく俺の方で調べてみる。後もしイレギュラーなことがあったら…」
その時、廊下を誰かが走る音が聞こえてきた。バンと大きな音を立てて扉を開いたのは、さきほどまで会話に出ていた鹿島一也だ。一也は余裕を失った顏で昇太にすがるような目を向けている。
「月子、月子が…」
昇太は目を大きく開いた。今目の前の青年はありえないことを言った。
「月子がどこにもいないんだ。皆の中に、いないんだ…」
『ちょっと、何かありましたか?』
一也の声が聞こえたのだろう。ばぁさんの少し焦った声が聞こえてくる。
「さっそくイレギュラーなことがあった。また後で連絡する」
『昇太!?』
ブツンと電話を切って昇太は一也と対峙する。そして聞いた。
「お前は鹿島月子のことを認識しているのか?」
「あ、鹿島生きてたんだ」
「萌ちゃん言い方が…」
教室に入ると学級委員長の廣崎萌が声をかけてきた。隣にいる女子はおどおどしながらも注意している。語尾に行くにしたがって声は小さくなっていったが。
「ああ、それで…」
「ちっ。んだよ死ななかったのかよお前」
勘に障ることを言うのは一昨日一也を煽った武者小路剣だ。後ろの取り巻きの二人も同じように残念そうな顔をしている。
そんなに一也が死ななかったことが悔しかったのか?だがそこで一也は違和感を覚えた。それが何なのかすぐに行き当たる。月子だ。一也と月子が同じ施設に住んでいて、いつも一緒に登校していることは学年の全員が知っていることだ。そして昨日月子が一也と一緒に塔に行ったこともクラスの全員が知っている。
だというのに誰も月子の無事を聞かない。一也はチラリと教室の月子の席を見た。ちゃんとある。机の上に花が置いてあるということもなく、昨日と同じように月子の机は存在している。
「あのな、月子のことなんだが」
「ん?月子ちゃん?月子ちゃんがどうかしたの?」
恐る恐る月子の名前を出すと、萌は当たり前のように返してきた。
(そうだよな。俺は何をおかしなことを…)
月子が死んでしまって精神が参ってしまっているのだろう。おかしな考えに取りつかれてしまっている。決心を固めて一也は月子が死んだことを伝えた。
「実は月子は、その…死んだんだ」
勇気のいる告白。しかし萌の一言で、一也は足元から這い上がってくるような恐怖を覚えた。
「そう。それで鹿島は塔どうだった?」
「…は?なぁ廣崎」
「何?何をそんな怖い顔してんの?」
萌はいたって不思議そうに一也を見ている。他の生徒たちも同様だ。月子が死んだと一也ははっきり口にした。なのに誰もろくに反応を示さない。
「月子が死んだ。狼に喰われて死んだ。俺の言っている意味がわかるか?」
「はぁ?バカにしてんの?月子ちゃんが死んだんでしょ。それで私は鹿島の話をしているんだけど?」
会話がかみ合っていない。いや、まるで不透明な壁ごしに話をしている気分だ。一也は眉をひそめるクラスメイトたちを横目に月子の机の前に行き、バンバンと机をたたいた。
「お前ら!月子が死んだってのに何の興味もないのかよ!月子はいただろ!ここに!この椅子に座って!机にノート広げて!いつも俺たちと一緒に生活をしていたじゃないか!」
一也の叫びはもはや懇願のようになっていた。だがそれでもクラスメイトたちの態度は変わらない。首をかしげて問いかける。
「ちょっと鹿島どうしたの?何があんたをそんなに…」
萌が伸ばした手が恐ろしく見えて、一也はその手を払った。萌の驚く顏。周囲の一也を攻める顏。一也はその場にいられなくなり教室を飛び出した。
「はぁ!はぁ!何がどうなってんだ!?どうなってんだよぉ!」
逃げ出すように廊下を走る。何度も足をもつれさせながら目指す先は旧校舎。昇太は今日一日あの教室にいると言っていた。昇太ならきっと分かってくれる。月子がまだ月子として認められている。そう思いたい一心でコンクリートの廊下を走る。
今度は迷わなかった。『2年11組』の教室の扉を力まかせに開け、昇太は驚いた顏の昇太に向けて月子の存在を問うた。
*
「お前は鹿島月子のことを認識しているのか?」
その言葉を聞いて一也の胸に浮かんだのは安心と怒りだった。月子のことがまだ残っている安心と、何かを知っていて放置したのかという怒り。感情に任せて一也は昇太の胸倉をつかみあげる。
「てめぇ!知ってることを全部言え!」
「知ってること、ね。まずはその手を離せ。苦しいだろうが」
フラットな調子を崩さない昇太の態度は一也の怒りに油を注ぐだけだった。一也はますます強く昇太の胸倉をつかみあげる。
「いいから…」
「ちっ。落ち着け」
駄目だ。一也は完全に冷静さを失っている。舌打ちをして昇太は編纂機を起動させた。使うのは闇魔法。精神干渉で一也を落ち着かせる。
「…あ?」
だが闇魔法が一也の中に入って行かない。何等かの手段で一也は魔法の干渉から逃れている。ならば手荒な真似はしたくはなかったが実力行使に頼るしかない。昇太は編纂機を使わずに大気中の霊気を掌握して操る。塔の中ではないから空気に含まれる霊気の量は少ないが、本土よりは濃い。今はそれで十分だ。
霊気を圧縮して実体をもたせ、それで一也の体を包み込み、力む一也を強引に引きはがす。
「てめぇ!」
「落ち着けって言ってるだろうが!説明はする。だから頭の血を下げろ!」
じたばたと暴れる一也を霊気の操作で押さえながら強めの口調で言いつける。一也はしばらくの間怒り狂っていたが、やがて落ち着いたのか抵抗を止めた。それを見て昇太も霊気で縛りつけることを止める。
「小鳥遊、何がどうなってる?俺がおかしいのか?」
さっきまでとは一転、一也の声はひどく弱々しい。昇太はため息を一つついて一也に一つの質問を投げかけた。
「鹿島一也。お前のクラスには今何人いる?」




