第三話 塔
小鳥遊昇太と出会った翌日の放課後、月子や彼女から事情を聞いた施設職員の必死の説得にも応じることなく、結局一也は塔の前に来ていた。
「ねぇかずちゃん。今からでも止めるつもりはない?」
「ねぇよ」
一晩経っても一也は頑なだった。学校も一也が塔に挑むことを止めてはくれない。学校の生徒は塔に挑むにあたって「申請書」を出す必要があるが、これは許可を出すものではない。学校は方針として生徒が塔に挑むのを止めることはない。
それは劣等生のラベルを貼られている一也でも同じことだ。現に担任も眉を少しひそめただけで、申請書を受理した。
目の前にある塔は当然だが遠くで見るよりも大きく見える。島の中央の少し高くなった丘の上に建っている塔は直径500メートルで高さは不明、そして破壊は不可能という摩訶不思議な代物だ。飛行機で塔の上層の近くに行こうとしても謎の抵抗があっていくことができず、衛星写真を撮ろうとしても写真がゆがんで見えない。まるで塔について知りたいのなら、中から昇って来いと言わんばかりらしい。
塔の周りには遺物を売る店や逆に産出したての遺物を買い取る店、その他にも編纂機のメンテナンスを請け負う店や携帯食料を売る店などが立ち並んでいる。それらの店には挑戦者と思わしき魔法使いの他に観光目的の人もおり、ほどよくにぎわっている。だが一也はそれらには一切目もくれず、塔の入り口へと向かった。月子も小走りで一也の後を追う。
「挑戦者ですか?」
一也と月子の姿を認めたのか、入り口近くにある受付の若いスーツの女性が声をかけてきた。
「はい。これから一層に挑戦します」
「分かりました。…初めての方ですか?」
「そうだよ」
一也の返事を聞いて受付嬢はわずかに目を伏せた。その様子を月子は怪訝に思う。
「…かしこまりました。初めて塔に挑戦されるという方にはいくつかお話することがあります。少々お時間よろしいですか?」
受付嬢の言葉に二人はうなずく。では、と受付嬢は話し始めた。
「お二人は塔魔法学校の生徒のようですので説明はある程度省略させていただきますが、まず塔は全10層構造です。ですがその中の好きな層に挑戦できるというわけではなく、例え高い実力があったとしても1層からの挑戦となります」
それは学校でも習ったことだ。受付嬢の話は続く。
「塔の中に入られますとそこはもう1層です。我々は『玄関口』と呼んでおりますが、そこは大きな広間となっております。塔に初めて入ると体に強い負荷がかかりますので、そちらで1時間ほどお休みになることをお勧めいたしております」
それも学校で習ったことだ。塔内部は外とは違い、高密度の霊気にあふれている。それがそのまま霊力につながるから、魔法使いは塔内部では魔法が使い放題になるのだけれど、反面濃すぎる霊気は人の心身を病ませる。
具体的に言うと塔内部の環境に慣れていない人は塔に入ると体調を壊す。1層なら全身を覆う圧迫感や疲労感だけで済むらしいが、上に行くにしたがって霊気も濃くなり、かかる負荷も大きくなるらしい。ひどくなると吐いたり、幻覚を見たりすることもあるらしい。
「1層は広大な迷路となっております。詳しい情報は上の方針で話すことができませんが、広間にある階段がゴールです。そこを昇ると2層に行くことができますが、まれに行けない方もおります」
「そうなんですか?」
「はい。自らの力ではなく、誰かの力に依存して到達したり、幸運に恵まれて到達できた方はいくら階段を昇っても2層へ行けないそうです。塔が資格なしと言っているのかもしれません」
それを聞いた一也が顏をしかめる。階段を昇っても2層にいけない自分のことを想像してしまったらしい。
「なお、塔管理局は挑戦に当たり、『収納袋』と『吸霊針』を持っていくことを推奨しておりますが⋯⋯」
「あ、それは持ってます」
それら2つの遺物は学校に申請書を出す時に人数分借り受けた。見た目以上にものが入る『収納袋』と、周囲の霊気を集めて魔法を行使しやすくする『吸霊針』は塔挑戦の必需品だ。ちなみにランクはどちらも最高ランクのSランク。しかしこれら2つに関しては下層でも良く産出するらしい。今の技術では再現できないというだけで珍しいものではないのだ。月子はポーチ、一也はリュック型の『収納袋』を持って来ている。
「分かりました。では説明は以上です。こちらの書類に名前と位階、所属をお書きください」
そう言って受付嬢が渡したのは誓約書だ。一也は文章をろくに読みもせずに書き始めてしまったが、月子は書いてある言葉をちゃんと読む。そして誓約書の最後の文面を読んだ時、月子の背中にゾッと鳥肌が立った。
『なお、塔挑戦にあたり挑戦者の一切の不利益は自己責任でお願いします』
塔を挑戦するのはいいが、命の保証はしない。月子は横にそそり立つ塔を見た。子どもの頃から見慣れている、夕日の中でも変わらずあり続けるその姿を見て、初めて月子は塔のことを恐ろしいと感じた。
*
「ではご武運を」
そう言って受付嬢は子どもたちを送り出す。こうして子どもを送りだすのは何回目だろうか。そして何回子どもたちに「お帰りなさいませ」ということができただろうか。受付嬢は若いカップルの挑戦者の後ろ背中を眺めてため息をついた。
塔は魔法使いであればいかなる挑戦者も拒否しない。それが塔を管理する事務局の絶対不変のルールだ。受付嬢が内心どれだけ「やめなさい」と言いたくてもそれを口に出すことを許さないルール。例えそれが自殺じみた行為でしかなくても、受付嬢にそれを止める術も権限もない。
一昨日だってそうだ。4人連れの高校生が塔に挑戦して、そして…。
いや駄目だ。受付嬢は暗い考えを振り払うように頭を振った。いくら考えてもしょうがないことだ。それに変な行動を起こして管理局を首になることは避けたい。職員であれば塔のある島全体にかかっている大規模魔法の制約から少しだけ逃れることができるのだ。一度それを知ってしまった以上、もう一度あの制約を課せられたいとは思わない。
受付嬢はだからただ、彼らの無事を願った。
*
塔の入り口は見上げるほどに大きな両開きの扉だ。それは常に開かれており、中から濃密な霊気があふれ出ている。
「怖いね」
「かもな」
思わずこぼれた言葉に一也はうなずいた。確かに怖い。扉の向こうにあるのは天国か地獄か。どちらにせよ生と死が隣り合わせであることは確かなんだろう。
それでもと、一也は思う。自分たちに親がいないからといって馬鹿にされるのは許せない。一也だけならいいが、それは月子まで馬鹿にする行為だ。そうでなくとも年頃の男の子だ。「腰抜け」と罵られて黙って引き下がれるわけがない。
(本当は月子を連れていくべきじゃないんだけどな)
内心一也は苦笑する。これは一也が解決すべき問題で月子を巻きこむのは得策ではない。しかし月子がいるという安心感には勝てず、つい頼ってしまった。彼女が快く…ではないが引き受けてくれるのが分かっていたからでもある。
ふと一也は塔に入る直前振り返った。塔は丘の上に建っているからか、ここから町の景色はよく見える。中に入ればもう1層。だからここから見える町のことを0層〈塔の町〉と呼ぶ人もいるそうだ。
「かずちゃん?」
「ああ、今行く」
月子に呼ばれて覚悟を決めて。一也は塔の中に足を踏み入れた。
*** ***
さて、これは余談だが塔の入り口付近には塔の全体図を表す地図が貼ってある。これ自体一つの遺物でどんな力でも剥がすことはできず、また傷つけることもできない。円柱状にかかれた塔は10のフロアに分かれており、下から順に1層、2層と呼ばれている。
また塔は10層に分かれているがもっと大雑把に下層、中層、上層と分けるやり方もある。1層、2層、3層が下層。これは3層と4層の間でかかる負荷が多く変わるからである。難易度も上昇するため、4層以上は中層と言われている。
中層は4層から7層。現在の公式踏破階層は5層。現在トップの挑戦者は6層に挑んでいる。5層が突破されて5年あまり。いまだに6層踏破の知らせは届いていない。
そして8層以上は上層と言われている。これは表にある地図の8層以上が黒く塗りつぶされているからだ。理由は分からないが、ここから先はけた違いの危険が待っているという憶測のもと、8層、9層、10層は上層と言われている。
この塔の全体図を表す地図だが、層ごとに解読不能な記号が書かれており、それは8層まで続いている。そして解読不能ながらもそれを目視すると同じ名前が頭に浮かんでくるという。それに従って層には別名がつけられている。
迷路と怪物の巣窟、下層1層〈動物園〉
心壊の暗闇、下層2層〈静寂の間〉
深緑に潜む猛毒、下層3層〈眠りの森〉
紅蓮の鍛冶場、中層4層〈神々の鍛冶場〉
悪趣味な即死部屋、中層5層〈遊技場〉
惑わしの海、中層6層〈望郷の海〉
終わりなき死者との戦い、中層7層〈死者の軍勢〉
そして上層8層、死に満ちた世界〈雨の降る町〉
…塔の管理局は挑戦者がどの層に挑戦し、そして何人帰ってきたかを明確に記録している。それにより初挑戦帰還率というものが作られている。
下層1層〈動物園〉。初挑戦帰還率50%。




