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第二話 ものぐさな男

 昇太の居眠りのごとき惰眠は、カラカラという安っぽい音で破られた。くぁと、大きくあくびをしてから音のした方を向くと、そこには一組の男女がいた。

 一人は茶色に染めた短い髪をそりたてたような男。胸の紋章は黒ラインが一本だけ。もう一人は長い黒髪の少女だ。道行く人に聞けば10人の内9人は美少女だと答えるであろう外見の女の方は青のラインが二本。制服は二人とも高等部のものだ。


「…」

「あーと、ちょっといいか?」

 面倒事そうだ。内心うんざりした昇太が黙ってその二人組を見ていると、男の方が困った様子で口を開いた。ふと外を見ると外はもう暗い。下校時刻はとっくに過ぎているだろう。

そんな時刻に男女が一組。昇太はふむと考えて、一つの答えに至った。


「あぁなるほど。つまりあんたらはここでよろしくやるから出て行けと?」

「は?よろしく?」

 男はぽかんとしている。どうやら違ったらしい。というかよろしくやるの意味を理解していない。だが女の方も「よろしくやる」の意味に行きあたったようで、顏を真っ赤にした。


「私とかずちゃんはそんなんじゃないから!」

「月子!?」

 男―かずちゃんは、わけがわからずとも傷ついた様子だった。女―月子はそんなかずちゃんに必死で弁明している。昇太の一言で面倒くさいことになってしまったらしい。もしこの流れが昇太に飛び火してしまうとなおさら面倒だが、どうしようか。このまま帰るか。

 二人は何やら痴話げんかをしている。こっそり帰ろう。そんなことをつらつらと考えていると、言い争いに疲れ、息を荒くした月子が言った。

 これでは帰れない。


「…はぁはぁ。あの、一つお伺いしたいことがあるんですが!」

「何?」

「ここからどうやって新校舎に帰ればいいか、知ってますか?」

 …どうやらただの迷子だったようだ。高校生にもなって迷子。思わず笑いがこみ上げてきたが、それを表に出すとまた面倒なことになりそうだったので、昇太は神妙な顏を作っておいた。



「⋯⋯そうか。なら俺ももう帰るからあんたらもついてくるといい」

 男は鹿島一也、女は鹿島月子と名乗った。同じ苗字なのは兄弟だからだろうかと思ったが、二人は全く似ていない。そういえば身寄りのない子どもを集める施設の名前に「鹿島」と会った気がする。だとすると彼らはそこの出身か。しかしそれを口に出すとやはり面倒そうなので、何も言わないでおく。

 昇太は立ち上がり、開けていた窓を閉めて電気を消した。廊下には明かりがついていないので、ポーチから明かりとなるものを取り出す。


「それって、『遺物』?」

 昇太の取りだしたものを見て月子は目を丸くした。そんなに珍しいだろうか。昇太はうなずく。

「『三歩先を行く鬼火』。わりとよくあるD級遺物だよ」

 昇太が取りだしたのはビー玉大の白い玉だ。それに霊力をこめると光を発し、使用者の前を進んでくれる。



 遺物。それは塔から産出する原理不明の道具のことだ。塔内部や塔に住んでいる怪物の腹の中から手に入れることができるそれは、人の技術で再現できるかどうかでランク分けがされている。

 遺物は全く役に立たないガラクタ同然のE級から、再現不可能かつその見込みも立っていないS級まで分類されている。昇太が取りだしたのは人の技術で容易に再現可能なD級の遺物だ。

 これら遺物は近隣の町で販売されているが、D級であれば数千円くらいで買うことができる。



「ほら、行くぞ」

 昇太は振り返ることなくさっさと迷路のような廊下を進む。一也と月子も慌てた様子でその後について行った。

 暗い入り組んだ廊下に明かりは人魂のような明かりが一つだけ。季節が夏なら百物語のネタの一つになりそうだ。


「そういえば、あんた名前は何て言うんだ?俺らと同じ高校生だよな?」

 沈黙を嫌ったのか、一也がそんな質問をしてきた。名前を名乗るべきか否か、名乗るとしてフルネームか下の方だけか。数瞬考えてから昇太は答える。

「小鳥遊昇太だ」

「小鳥遊…?」

 月子が首をかしげる。一也は何も思わなかったらしい。優等生は月子だけのようだ。ばれると面倒なので、すぐ話を変える。

「あんたらはどうしてこんなところにまで?普段使ってないだろ?」

「ああ、それは…」

 そうして一也は今朝の出来事を話し、昇太にも一緒に塔に来てくれないかと頼んでみた。



「お前は馬鹿か?」

 事情を話すと、昇太から開口一発そう言われた。その顔に浮かんでいるのは曇りなき呆れ。そのあきれ顔が堂に入り過ぎていて、一也は怒りすらわかない。

「そうですよね!」

 やや意気込んだ調子で月子が言う。昇太はうなずいて続けた。

「未熟な学生が二人で塔に挑むなんて愚の骨頂だ。【準一級】クラスならまだしも【三級】と【二級】じゃ無理だ。ただの自殺にしかならない」


「そ、そんなの分からないだろ!大体お前は塔に入ったことあるのかよ!」

「あるよ。だから言える。行くのはやめとけ。…お前は何ができる?」

 昇太の刃物のような鋭い言葉に、一也はしばし言葉に詰まる。それから苦しそうな口調で答えた。

「⋯⋯『防壁』だけだ」

「は?」

「俺が使える魔法は防壁だけなんだよ」

 遺物の明かりに照らされた昇太の顔に驚きが浮かぶ。


「いくつか確認させてくれ。お前は高校生だよな」

「ああ、高2だよ」

「それで基礎3種どころか『防壁』しか習得してないのか?」

「悪いかよ!」

 事実を並べられただけだが、その事実がグサリと一也の心に突き刺さる。昇太は顎に手を当て考え事をした後、編纂機を見せてくれと頼んできた。


「なんでだ?」

「少し気になることがあるんだ」

 足を止めて頼む昇太に一也はしぶしぶ手に巻いた編纂機を見せる。

「27年式の汎用型か。よりにもよって一番作りの悪い奴を使っているとか、むしろすげぇなお前」

 昇太はそう言って苦笑する。だから見せたくなかったのだ。魔法を使うために必要な編纂機は作られた年代によって性能に差がある。

 最も性能がいいと言われているのがとある天才が技術の粋を集めて作ったという55年式、逆に最も性能が悪いのが編纂機勃興の中で性能と安全性の板挟みの中で生まれた27年式だと言われている。両方を追求した結果、性能が低いゆえに安全になったという逸話のある残念な年式である。


 昇太はしばらく編纂機を眺めた後に「ありがとう」と言って一也に返した。特に何も言うことなく、また歩き始める。

「なんか言わねぇのかよ」

「いや特に言うことはないな。ただ『防壁』しかできない人間が塔に行っても死ぬだけだから行くな、としか」

 その声は侮りも不安もない、感情のない声で、一也はやはり何も言えない。

「ところで小鳥遊さんの位階は何ですか?」

 そんな一也に変わって月子が質問する。

「…お前らのクラスで一番高い位階はどれくらいだ?」

「え?【二級】ですけど」

「なら俺も【二級魔法士】だ」


 「なら」ってなんだ。「なら」って。思わず突っ込みたくなったが、今日初めて会った上に道案内までしてくれている男にそれを言うのはさすがに失礼すぎる。

「えと…」

「ああ、ついたぞ」

 月子の言葉を遮るように昇太は先にしゃべった。月子と一也はようやく新校舎の玄関口まで帰ってくることができた。


「あ、ありがとうございました」

「さっさと帰れよ。後、塔には昇るな」

 一応同い年のはずなのに、昇太と話していると自分がずっと年下のように感じてしまう。自然と敬語になってしまうのもそのせいだろう。月子はペコリと頭を下げて帰ろうとするが、一也は何か決心した顏をしている。


「なぁ昇太。やっぱり明日俺たちと一緒に」

「嫌だ」

 一也の願いを昇太はバッサリと切り捨てる。

「俺は面倒なのが嫌いなんだよ」

 そう言って昇太はさっさと靴を履き替えて玄関から出て行ってしまった。


   *



 夜道を一也と月子は二人して歩く。二人の住んでいる児童福祉施設は学校から徒歩10分ほど行ったところにある。二人はそこで育ち、塔魔法学校にずっと通っている。飽きるほどに通い詰めた通学路を歩きながら、月子はあることを思い出した。


(そっか小鳥遊って⋯⋯)

 魔法の行使を補助してくれる機械を月子達は「編纂機」と呼んでいるが、それはあくまで略称でしかない。正式名称は「()()()()霊力変換魔法編纂機」という。小鳥遊式。これは偶然の一致だろうか。小鳥遊というのはありふれた苗字ではないし、戦闘魔法を扱える人となるとその数はさらに限られてしまう。

 ちょっとした水を出したり、温めたりといった生活魔法は魔法の才能がなくても専用の編纂機があれば扱えるが、戦闘魔法になると扱える人は多くはない。戦闘魔法の補助をする編纂機を作った人なら、その人も戦闘魔法の才能があったと考えるほうが自然だろう。


(でも考えたってしょうがないよね)

 編纂機は夫婦で作られたらしいが、小鳥遊夫婦自体の情報は不自然なくらいに少ない。それこそ名前が載っているくらいだ。それにもし、あの小鳥遊昇太が編纂機を作った博士の縁者だったとしても月子達には関係のない話だ。


 そうこう考えているうちに月子たちは「家」にたどりついた。玄関口には夜勤の職員の人が心配そうにして立っている。

「あ!月子ちゃん!一也君!門限は守りなさいっていつも言っているでしょ!」

「ごめんなさい」

 月子は幼い頃に両親を亡くして、一也は本土の施設の前に捨てられて、巡りに巡ってここに来た。「鹿島児童福祉施設」は魔法に適性のある身寄りのない子どもたちを集めた場所だ。でも月子たちがそれで何か困ったことはない。

 どうやって一也の暴走を止めようか。プリプリ怒る職員の言葉を聞きながら、月子はそんなことを考えていた。


   *


 夜道を歩いて帰路につく。久しぶりに通るこの道は夜になるとまた印象が変わってしまう。昇太の家は学校から徒歩20分ほどの距離にある独り暮らし用のアパートの一室だ。目の前にやってくる車の光を顏に浴びながら、昇太は鹿島一也という男について想いを巡らせる。


 高校2年生で【三級魔法士】。これは別段おかしなことではないだろう。才能がある人間が同じ時期にどの程度伸びるのかは知らないが、才能がないだけなら見習い位階にいてもおかしくはない。だが『防壁』しか使えないというのはいささか不思議だ。

 戦闘魔法における「基礎3種」とは行ってしまえば霊力そのものを操作する技術だ。大気に拡散しようとする霊力を集めて物理的な性質をもたせる『防壁』。その『防壁』を自分から遠くに飛ばして攻撃手段とする『射撃』。そして霊力を用いて物質に干渉する『強化』。


 系統のやや異なる『強化』で詰まるならともかく、『射撃』で詰まるのはおかしい。極論小さな『防壁』を霊力まかせに遠くに押しやればそれは『射撃』なのだ。それができないほどに周囲から霊力を集める能力と内包する霊力が少ないなら別だが、鹿島一也の内包霊力量は()()()()()()()()()

 下手をすれば、塔攻略の最前線の魔法使いたちにも劣らない。塔に入ったことのない身でその霊力はむしろ異常だ。大気中からいくらでも霊力を集められる塔内部では内包霊力の量は関係ないと言われるが、昇太はそうは思わない。


 彼の異常なほどの技術の低さもそうだが、おかしい点はもう一つ。彼の編纂機は予備の編纂機というわけでもないのに、()()()()の状態だったのだ。技術が低いゆえに使っていないのかとも思ったが、学生ならば授業で使うことがあるだろうし、技術がないならないなりに、編纂機にその痕跡が残っていないとおかしい。


「はぁ、とするとカテゴリーエラーが無意識的に発現でもしてんのかね…」

 言っておこうかとも思ったが、説明が面倒なので止めた。昇太は面倒なことは嫌いだ。

「効率よく、楽に生きていければいいのに」

 魔法使いの一生は長いのだから。つぶやいたその声は誰に届くでもなく、秋の夜空の中に消えていった。

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