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第二十二話 『不死』

 ややグロ描写があります。ご注意ください。

 ピチャリと何かが血だまりの中を動く。その音を聞いた全員が沈黙し、視線を血だまりの方へ、死んだ昇太の方へ向ける。そこでさらなる疑問が頭に浮かぶ。

「ねぇ、どうして小鳥遊の死体は消えないの?」


 塔で死ねばそれは怪物、人間問わず塵になって消えるのが常だ。怪物であれば死んですぐ、人間でも死後数分で塵に変わる。だというのに昇太の死体は依然としてそこにある。否。


 ピクリと、昇太の指が動いた。右手の中指が持ちあがって、落ちる。二度、三度。その度にパチャン、パチャンと血だまりに波紋が広がる。その様子を全員が唖然として見ていた。

「小鳥遊…?」

 吐息のような一也のつぶやき。それに呼応するように昇太は起き上がった。ゆっくりと、しかし確かな筋肉の動きを伴って、床に座った状態になる。顔はうつむいた状態で見えない。


「ありえない」

 ジリと武者小路が一歩後ずさりした。人は死んだら蘇らない。それは絶対不変の真理だ。心臓と脳に穴が空いて、あんなに血が流れて生きていられるはずがない。


 昇太の周りに広がる血だまりが塵になった。血だけが消滅した。昇太は消滅しない。昇太は立ち上がる。うつむいていた顔を上げる。武者小路は短く息を吸った。額にあった傷がなくなっている。胸にあった傷もだ。まるで全てが幻であったかのようだ。だが制服の胸の紋章部分には確かに穴が空いており、確かに胸に傷が存在していたことを証明している。


「死んだのは、久しぶりだ」

 瞳に暗い光を見せて昇太が言った。



「ああああああ!」

 昇太と目が合った瞬間、武者小路は絶叫しながら『銃』を取り、昇太に向ける。『銃』は表面に魔法陣を浮かべてバチリ、と雷を纏った後、パァンと乾いた音を鳴らす。だがそこから放たれるのは雷を纏い、魔法で加速された致死の弾丸。その弾丸は狙いを誤ることなく昇太の心臓を再度穿つ、はずだった。


「種はばれてる。ならそんな攻撃二度も効くわけがないだろうが」

「あ、あぁ…」

 武者小路の放った弾丸は昇太の生み出した水の玉の中で止められている。いや、黒い弾丸は水の中でひしゃげ、曲がり、空に手を伸ばすように上に伸びていっている。異様な形へと転じて銃弾は消滅する。その現象は水属性ではありえない。

その不可解さに恐れを抱き、武者小路はまた『銃』を撃つ。しかしその弾丸も水の盾に阻まれ昇太を害することができない。弾丸はあるものはグルリと円を描き、あるものは自らをねじり異形の形へと姿を変える。昇太が水の守りを解除した。同時に捕らわれていた弾丸の残骸は消滅する。


「はぁ。塔内部への不審なものの持ち込み。挑戦者に害を及ぼす。結果は死。…嫌な話だがお前は処理対象だ。生きてここから出られると思うな」

「な、はぁ?お、俺は…」

「ちょっと待ってくれ小鳥遊!」


 怒気と不快感をにじませる昇太に、勇敢にも声をかけたのは大田だ。だが昇太はギロリと後ろをにらみつけただけで、特に何かを言う素振りはない。

「ここから出られたとしてもろくな目には会わないだろうな。ばぁさん、学校の理事長は塔を昇る者を害するような輩に容赦はしない。まともな死に方ができると思うな」

「無視するな!」

「お前は何も知らないから!島にはおかしな魔法が…」

「知ってる」


 武者小路の言い訳じみた言葉を昇太は一蹴する。島の認識阻害のことは武者小路以上によく知っている。

「なんで…だったら」

 武者小路は目の前の存在が理解できないというように一歩、また一歩と後ずさる。その分昇太は歩を詰める。


「だから小鳥遊!」

 無視させたことへの怒りか、それとも武者小路を守ろうとする思いか、太田は昇太のもとに歩み寄りその肩を掴む。

「少しは俺の話を…」

「その手を離せ」

「だから!」

「死にたいのか?」

 瞬間、異常は起こった。


「え?あ…ひぁ、あ…あぁぁぁぁ!」

 グニャリと昇太の肩を掴んでいた大田の手がゆがむ。肉と骨を掻き混ぜる音とともに大田の手の骨と皮が裏返る。大田の手は乳白色の骨に包まれた奇怪なオブジェに変わる。やがてその手の色は白から黒へ。黒ずみ崩壊を始める。そしてその異変は手を伝って彼の肘から肩に浸食しようとしている。

「い、いやぁ…」

 目に涙を浮かべる大田の腕を昇太は水の刃で切断する。切り離された大田の腕はたちまち異形の何かへと変貌し、消滅した。


「あ、あんた」

 その様子を見た萌は絶句する。こころは吐き気を催したようで、口に手を当てている。

「話は後だ。全部終わってから説明してやるよ」

 腕を斬り落とされた痛みで床の上をのたうち回る大田に一瞥をくれた後、昇太は武者小路に最後の宣告をする。


「最期だ。何か言い残すことはあるか?」

「ひっ!」

 大田の惨劇を見て武者小路の恐怖は頂点に達した。歯をガチガチと震わせる。股間を温かいものが濡らした。

「おま、お前は一体、なん、何なんだ!」


 そんな中で吐きだした言葉は、理解の及ばない昇太の正体を尋ねるものだった。理解不能な未知への恐怖から逃れたい、そんな気持ちなのだろう。

「俺か」

 武者小路の言葉を聞いて、昇太は『収納袋』から紋章を取り出した。胸につけているものとは別の、昇太の本当の位階を示す紋章だ。

 青と紫の4本線。その下地の色はカテゴリーエラーを持つことを示す深い蒼。そしてその上には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「なんだ、よそれ」

 4本線は【特一級魔法士】であることを示すものだ。だがその上に傘の意匠が施された紋章なんて、武者小路は知らない。

「使える魔法は水と闇。カテゴリーエラーは『不死』と『雨』」

「ふ…し?」

「あめ?」


 武者小路の頬が引きつる。昇太の言葉に一也はどこか納得した気持ちになった。

(あの時の魔法。あれは…)

 死んだ月子を一時的に蘇らせた魔法。あれこそが『不死』のカテゴリーエラーによる魔法だった。そして。


「死んだ人間は蘇らない。生の世界に住む人間が死の世界に足を踏み入れてしまえば、もう生の世界の住人には戻れない。一方通行だ」

 だけどな、と昇太は続ける。

「俺はその狭間を超えることができない。死んでも生と死の狭間の上に立つだけでその境を超えることができない。頭がもげようが、体全部が塵になろうが俺は死ねない」

 皮肉気に昇太は笑う。


「俺は()()の人間なんだよ。【()()()()】小鳥遊昇太。それが俺だ」


 安藤、と昇太はこころに呼びかける。

「な、なに?」

「『ドワーフの遊び札』を返してくれ」


 そう言って昇太はこころの手に握られていた『ドワーフの遊び札』を回収する。ついでとばかりに大田と涌井に付与されていた札も回収する。これで全ての『ドワーフの遊び札』が帰ってきた。

「加速。加速。加速」

 その遺物を使って昇太は魔法陣を編纂する。効果はシンプルな加速のみ。地を蹴る。昇太は武者小路を捕まえて道の奥へ行って消えた。


「鹿島、知ってたの?」

 萌の問いに一也は力なく首を振る。聞いたことのない位階に初めて聞いたカテゴリーエラーの属性名。つくづく一也は昇太のことを何も知らないのだと思い知らされる。

「【準英霊級】ってのは…」

「調べれば誰でも知ってることなんだけど…」

 一也の疑問にこころが答える。


「【特一級魔法士】の上。それが【準英霊級】。条件は人間には使えないような魔法が使えること。人を超えた存在を英霊って呼ぶんだけど、その領域に足を踏み入れている人が【準英霊級】って呼ばれるの」

「つまりあいつは人間をやめてるってことか?」

「少しだけ、かな」


 答えるこころも正確なところは知らないのだろう。疑問交じりだ。

「それで、私たちはこれからどうするの?」

 萌が困り果てたように言った。大田は腕を失い、涌井はその傷の手当てをしている。萌とこころ、一也は昇太の言った言葉をまだ飲みこみきれないでいた。

「放置してたら小鳥遊は多分…」

「武者小路君を殺す、のかな」

 ためらいがちにこころがつぶやく。


「俺は行く」

「鹿島」

 重い空気を振り払うような声で一也が言った。

「ここであいつをそのままにしたら、駄目な気がするんだ」

「ちょ…待って!」

 そういうや否や一也は昇太を追って走り出した。萌は一也と大田に視線を数度向けた後、一也を追って走り出す。こころもその後を追って走り出した。


   *


昇太は加速した勢いのまま武者小路を引っ張っていき、広間に放りだした。

「うっ…」

 床にたたきつけられた武者小路は痛みを感じて喘ぐ。

「なぁ、どうしてお前は塔に昇る?」

 昇太の問いかけ。痛みに苦しみながら武者小路は偽らざる思いを言った。


「一番に、なりたかった。俺が誰よりもすごいんだって、父さんや母さんが認めてくれるような人を導けるようなそんな人に、俺は。だから、そのために」

「そうか」


 塔に昇る理由は様々だ。未知への探求。生活のため。生きるため。金のため。名誉のため。その全てを塔は肯定するだろう。塔は塔に昇ろうとする者を等しく歓迎する。それに後からルールを付けるのは人間の傲慢だ。

 だから塔を昇る魔法使いに、武者小路剣に人間が到達した塔の姿を見せよう。生ぬるい1層などとは程遠い。希望の一切ない地獄を。死と静寂に満ちた世界を見せよう。


 昇太は『収納袋』に手を入れ、一本の傘を取り出した。コンビニで売っているような白くて細いチャチな傘だ。だがこの状況下で取り出したものが、ただの傘を出すはずがない。

「S級遺物『落涙の傘』。能力は天候操作。落ちる涙を隠すために雨を降らせるだけの遺物。ははっ。傘を差したら泣いてるってことはばれるだろうにな」


 クルリと傘を一回転させ、昇太は傘を開いた。武者小路はその動きをただ見ているだけ。だが彼は断頭台の上で持ちあがるギロチンを見ている気分だった。

「『落涙の傘』、起動。よく見ておけ。これが上層8層〈雨の降る街〉の世界だ」

 そして世界が地獄に変わる。




 小鳥遊昇太は【準英霊級】の魔法使いだ。【準英霊級】は日本に3人しかいないと言われているが、昇太はその3人の中に入っていない非公式の魔法使いのため、実質日本には4人の【準英霊級】魔法使いがいることになる。

 そんな【準英霊級】魔法使いが【準英霊級】である所以は彼らの使う魔法にある。【準英霊級】は塔の遺物と自身の魔法を組み合わせて【英霊級】の力の一端を扱う。【準英霊級】の力はすさまじいの一言だ。一人いれば一つの戦争は終わらせることができるし、【準英霊級】同士がぶつかり合えば、その土地は草も生えない不毛の大地へと変わるだろう。


 昇太が【準英霊級】たる理由は『不死』のカテゴリーエラーの魔法による不死身性にはない。昇太のもう一つのカテゴリーエラー『雨』を使った魔法。『落涙の傘』を用いた静寂の街の再現こそが、彼が【準英霊級】であることの証明である。

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