第二十一話 武者小路剣
プツリと、霊的なつながりが切れた。
「ふぅむ。どうやら殺せたようですねぇ」
武者小路の目を通じて状況を見ていた神父は、〈動物園〉の壁にもたれて残念そうに言った。特異な才覚と技術を見せるカテゴリーエラー持ちの若い魔法使い。本当に優秀ならば子羊程度に殺されることはないだろうと思っていたが、心臓と頭を撃ち抜かれれば大抵の魔法使いは死ぬ。例外は高位の命魔法使いくらいのものだ。期待外れだ。
しかし神父と武者小路のつながりが切れたということは武者小路が神父のお願いを聞き届け、彼の願いもまた果たされたということだ。子羊は試練を乗り越え本懐を達した。そのことは素直に喜ばしい。
「優れた魔法使いを勧誘できなかったことは非常に残念ですが、これもまた巡り合わせ。…では仮面の皆さん!怪物たちの誘導お疲れ様でした。後は数日間ここで遺物探しでもして撤退するとしましょう!」
パンパンと手を叩き、神父は仮面と呼ばれた者たちに呼びかける。仮面、と言われてはいるが、実際に仮面をつけているわけではない。だがどこか無個性な印象を受ける10人ほどの男たちは黙ったままうなずき、いくつかのグループに分かれて散って行った。
「さて、私も行くとしましょうかねぇ」
ニタリと気味の悪い笑みを浮かべ、神父も数人の仮面を連れて〈動物園〉の怪物を退治しに行った。
*
パァンという銃声のような音が二回。一也たちはその音からどうしようもなく不吉なものを感じた。顔を見合わせ昇太のもとへ急ぐ。
「小鳥遊!…と武者小路!?」
そこで彼らが見たのは頭と胸から血を流して倒れた昇太の姿と涙をこぼしながらしきりに人の名前を言い続ける武者小路の姿だった。そして彼の手には銃のようなものが握られている。
「あんた…何したの」
呆然とした様子で萌が武者小路に問いかけるが、武者小路がそれに気づくことはない。ただただ人の名前を言うばかりだ。聞き覚えのない名前。しかしどこか懐かしい気もする名前を彼は呼び続ける。
こころは倒れた昇太の姿を見る。額と胸に空いた穴の周りはねっとりとした血で覆われているが、すでにその流出は終わっている。全てを出しきってしまったかのように、後はただ乾燥するのを待つばかりだ。
血だまりの真ん中で昇太の目は虚ろに開かれている。しかしその目はもう光を映していない。死んでいる。あれだけ頼もしく、一人で胴長ライオンを倒してしまうような男が、小鳥遊昇太が死んでしまった。
叫び声をあげなかったのはこころが何度も塔に昇っていたからだ。叫び声を上げるということは自分がここにいると怪物たちに教えるということ。しかしこころは叫び声を上げたい気持ちでいっぱいだった。
「××!××!…あぁ俺は、俺はやっと思い出せた。あいつのことを、俺はもう忘れない。二度と奪われてたまるものか」
その言葉の意味が分かったのはこの場では一也だけだ。武者小路も何らかの手段で島の認識阻害で忘れてしまった誰かのことを思い出したのだ。だが今の武者小路の様子はその喜びを含めても、とてもではないがまともには見えない。狂人と言った方がしっくりくる。そもそもどうやって認識阻害を破ったというのか。
こんな時頼りになるのは昇太だった。会ってからまだ日は浅いが、一也は今まで何度も昇太に助けられてきた。しかしその昇太は武者小路に殺された。
「武者小路!?」
その時だ。一也たちの後ろから武者小路に呼びかける声が聞こえた。大田と涌井だ。二人は狂ったような武者小路に驚き、床に転がる昇太の死体になお驚いた。
「なんだよこれは!」
「あぁ、大田。涌井」
二人の登場で武者小路はようやく誰かの名前を呼びのを止める。その目が太田と涌井に向くが、血走りこぼれんばかりに開かれた目から感じるのは狂気だけだ。
「俺はやっと思い出した。俺たちは3人だったんじゃない。4人だったんだ」
「は?3人?4人?なに言ってんだお前…」
「思い出してくれ。俺たちはだまされていた。忘れさせられていたんだよ。この島に!塔に!」
「あんた何を言って…」
狂気を身にまといながらもあまりに必死な様子に萌たちは逃げ出すことができない。ただ一人一也だけが武者小路の言動に戸惑うのではなく、これからどうするかを考えている。一人だけ違う表情をしていることに武者小路が気づいた。一也を凝視し、唾を飛ばしながらまくしたてる。
「鹿島ぁ!お前ももしかして何か知っているんじゃないのか!?気づいているんじゃないのか!?この欺瞞に!大事な人間を忘れさせるイカレた魔法を!」
「イカレているのはどっちよ…。でも鹿島、あんたも何か知ってんの?」
「…俺は」
一也は何かを言いかけて口ごもる。月子のことが頭から滑り落ちる恐怖はまだ一也の中に残っている。
「鹿島。教えて。あいつの言っていることは…」
***
「誰かを導くことのできる人になりなさい」
それが武者小路に残っている最も古い記憶だ。武者小路家は本土にある古くからの名門で、学問、政治、あらゆる分野で活躍する人物を輩出してきた名家だった。その武者小路家3男に生まれた武者小路剣は、厳格な父と優しい母の間で幼少期を過ごした。だがその時期はあまりに短い。
剣には生まれた時から魔法の才があることが分かっていた。魔法使いとしての才能は遺伝するものであるが、今まで全く魔法使いを生み出さなかった家系が突然魔法使いを生むことは珍しくない。その逆もしかりだ。
人望に厚い長男とスポーツに天賦の才が与えられた長女、学問に並々ならぬ理解を示す長男。ならば剣も一流の魔法使いになれるに違いない。だが武者小路家には魔法使いを育成するノウハウがない。そういう理由で剣は寮があり、魔法使い育成で最も優秀だと言われている国立塔魔法学校に入学することになった。
結果から言えば剣には才能があった。剣は人よりも魔法が上手で、頭もよかった。運動も得意で人をまとめる力もあった。
ただ一番ではなかった。
剣は自分が名門武者小路家の一員であることに誇りを持ち、かくあるべしと思う己のあり方を目指した。それは優秀であること。魔法も、勉強も、運動も、人望も、剣は何でも一番でなければ気が済まなかった。もし彼の隣に父が、母が、あるいは兄弟の誰かがいればそんなことはないのだと諭すこともできただろう。しかし彼の隣には家族がいなかった。
人を導くことのできる人間は誰よりも優秀でなければならないと思いこんだ剣は、次第に傲慢な面を持ち合わせるようになった。それは自分の弱さを認めることのできない弱さが生んだ性格だ。それでも傲慢なだけでなく、仲間を想う心を持ち合わせていたのが幸いだったのだろう、彼のもとには彼を慕ってくれる仲間とも、友人とも言える人たちが集まった。
そんな彼にとって、塔という存在は自分を証明するのに都合が良かった。魔法で言えば廣崎萌の方が優秀だった。勉強で言えば安藤こころの方が優秀だった。運動だって彼以上にできる人間がいる。だから同い年の誰にも負けたくなかった剣は塔を昇ることを目指した。誰よりも速く2層へ、それすら突破して3層へ。中層へ。
危ういといえば危うい彼についてきてくれる者もいた。剣が指揮を取り、先陣切って戦うことで仲間を守ることができた。逆に助けられることもあった。剣はそんな環境にいることに満足していた。だから自分よりもできる人間がいても、初めて苛立つことはなくなった。
そんな彼の調和が崩れたのは××が死んでから。ピースが欠ければ調和は崩れる。しかしそのことを自覚できない彼の精神は不安定になった。心に隙ができる。
そして自分よりも圧倒的に劣ると思っていた鹿島一也の帰還。防壁しか使えない彼がたった一人で塔へ行き、帰ってきた。その事実は彼の自尊心を大きく傷つけた。
極めつけは小鳥遊昇太の転校だ。剣が使えない上位魔法である闇魔法が使うことができ、位階も学生唯一の【準一級】。知識も剣よりはるかに持っている。編纂機も扱いが難しい「00年式」だ。
だから剣は授業で小鳥遊昇太に勝負を挑んだ。位階は低くとも自分の方が優秀だと、あるいは自分の勝る面があるのだと証明したかった。
だができなかった。結果は剣の完全敗北。おまけに反則手を使ってそれすら防がれる始末だ。クラスメイトからの冷たい視線。教師からの失跡、失望。剣のプライドは崩壊した。後に残ったのは惨めな自分だけ。剣の精神はズタボロだった。
ゆえにそこを付け込まれた。かりそめの自信と目標を与えられ、彼は行動を開始する。クラスを扇動し塔へ行かせる。そして小鳥遊昇太を戦わせる。殺害する。それは成功した。剣の目の前には小鳥遊昇太の死体が転がり、剣は全ての記憶を取り戻す。
なのにどうしてだろう。剣は大田と涌井の自分を見る目に恐怖が混じっていることが気がついていた。剣と二人は仲間で、××も仲間。だというのにそのことを言っても二人は困惑を浮かべるばかり。当然だ。二人は××のことを忘れてしまっている。剣がいくら言っても分かってくれないのは当たり前だ。なら剣と同じように…。
そこでようやく剣は自分の思考のおかしさに気づく。剣は「お願い」を聞いて小鳥遊昇太を殺害した。だがその「お願い」をした人物のことを思い出せない。
「俺は?」
頭に疑問符が満ちる。先ほどまでの興奮が嘘のように剣は沈黙した。『銃』を取り落とす。そもそもこの『銃』はなんだ?いつ、誰にもらった?
萌が何かを一也に言っているようだが、その言葉は耳に入らない。剣は落とした『銃』に目を向けて固まるばかり。
その時だ。
ピチャリと、血だまりで何かが動いた。




