第二十話 胴長ライオン②
二日ほど空いてしましました。申し訳ないです。
「転移。転移。対象。炎。中央。拡散。破壊。再生。阻害。人物。女。属性。魔法。炎。距離。獅子。目標。腹部。中央。…鹿島、やれ」
「おう」
昇太が『ドワーフの遊び札』を操作し、転移の魔法陣を構築する。この魔法陣は昇太が維持している間は転移の性質をもつが、操作を手放せばすぐにまた雑多な魔法の要素に戻ってしまう不確かなものだ。
一也は宙のある一点に固定されたその『ドワーフの遊び札』を両手で包み込むようにしして抱きかかえる。そして自分の中にある霊力とは別の何かを引き出そうとする。
「くぅ…」
一也は『ドワーフの遊び札』を両手で包み込んでうなる。そんな一也に昇太は声をかける。
「鹿島。お前のカテゴリーエラーはお前自身の強い感情で発動している。力はあり余ってるだろう?ならその力を目一杯吐きだせ」
「感情、か」
「そうだ」
一也の一番強い感情。それは月子に対するもの。月子がいてくれたことの喜びと、月子がいないことへの悲しみ。いなくなる存在を「引き留めたい」という想い。「そのままでいてほしい」と願う想い。
昇太は一也の放つ霊力の質が変わったことが分かった。ただ蓄積された霊力の放出ではない、鹿島一也だけがもつ彼だけの輝き。萌とこころにもそれがおぼろげながらに分かるのか、息を飲む音が聞こえる。
昇太は転移の性質をもった『ドワーフの遊び札』が安定したことに気づいた。そっと維持するのを止める。そうしてもカードがばらけることはなかった。
「成功だな」
「そうか。良かった」
緊張から解放されて一也はほっとする。一也のもつ未知のカテゴリーエラーによる『ドワーフの遊び札』の安定。これが作戦を実行するための足りない一手を埋めるピースだった。それが成功したことで、ようやく勝ちの目が見えてきた。
「じゃあ、作戦を始めるぞ」
そう言って昇太は横穴から足を踏み出した。
*
微細な振動。胴長ライオンは探している人間の場所を見つけた。やはり怪しいと思っていた場所だ。ここからはそうは遠くない。同じく気づいているであろう番と目を合わせて祖の方向へ向かう。
胴長ライオンにとって「庭」に侵入してくる人間と呼ばれる二足歩行の生物は明確な敵だった。仲間を殺されたとか、親の敵だとかいう理由はない。そもそも胴長ライオンを始めとして彼らに親はいない。だから子をなすこともない。強いて言えば彼らの親は塔だ。怪物は塔の意志によって生み出され、塔の指示するままに外敵を喰らう。そこには何の疑問も抱かない。それこそが怪物たちにとっての存在理由であり、意義だ。彼らは自らの命など顧みることなく敵を殺すために存在する。
『グルゥ』
見つけた。遠くに一人の人間が立っているのが見える。頭が黒い一番強い奴。最も警戒すべき敵だ。自分も番もあの男の魔法によって痛い目を見た。どことなく親近感を覚える人間だが、攻撃してくるのだから躊躇はしない。
胴長ライオンは無鉄砲に飛びこんでいくようなことはしない。胴長ライオンは自分たちの強みを知っている。それは誰も追いつけない速さであり、例えぶつ切りにされても生き残ることのできる再生力だ。前の戦闘では速さを生かすことができずに逃走を許したが、今度はそうはいかない。速さを生かした特攻で確実に仕留める。
胴長ライオンは胴体の横にある蠢く腕に力を込める。胴長ライオンの最高速度は音を超える。気づく間もなく轢き殺してみせる。
いやらしい笑みを浮かべ、二匹の胴長ライオンは黒髪の男に突撃する。他にも数人の人間が潜んでいることは分かっているが、それらが使う透明な壁も、炎も、水も速さを身にまとった胴長ライオンの敵ではない。一番厄介な敵を殺してから、ゆっくりといたぶればいい。
加速は一瞬。胴長ライオンと男の距離が縮まった。片方は上から押し潰そうと、片方は下から打ち上げてやろうと、その身を空に浮かせる。その時だ。
男がニタリと笑った。瞬間、胴長ライオンに得も知れぬ感情がよぎる。人間が「恐怖」と呼ぶ感情。しかし常に捕食者であった胴長ライオンにとっては未知の感情がその全身を覆った。
何だこれは。まずい。何がとは分からないがこのままではいけない。
逃げないと。胴長ライオンは男を避けるようにして身をよじる。その回避運動はかろうじて間にあった。しかし胴長ライオンが回避した先には番の胴長ライオン。
二匹は大きな音を立ててぶつかり、壁にその身を強く打ち付けた。
*
昇太は計画が上手く行ったことにほくそ笑んだ。闇魔法を解除し、攻撃用の水魔法の魔法陣を展開する。
昇太が使ったのは「恐怖」の闇魔法。効果は相手に強い恐怖を与えるだけというシンプルなものだ。だがそれ故に強力な効果を発揮する。
胴長ライオンが遠くから最高速度で突っ込んでくることは予想がついていた。そして胴長ライオンが自身の最高速度を完全に支配していることも、ばぁさんから聞いていた。
常に襲う側だったはずの胴長ライオンにとって、恐怖とは縁のない感情だったに違いない。それを利用して相手の初手を切り崩すつもりだったが上手く行って良かった。
「やるぞ!」
横穴に隠れたままの3人に声をかけて昇太は水魔法を発動させる。生み出すのは4本の巨大な錨。それを折り重なって倒れたままの胴長ライオンの一匹に打ち込む。
『グルゥルゥルゥルゥルゥ!』
痛みか怒りか、胴長ライオンが絶叫する。昇太はそれに構わず錨につないだ胴長ライオンを投げ飛ばす。胴長ライオンは道の天上にガリガリ削られながら来た道へ送り返されていった。
「任せたぞ!」
昇太はその胴長ライオンにとどめを刺すべく、その後を追って闇に消えていった。
やるぞ、という昇太の合図と同時に3人は横穴から飛び出した。こころはまずその場に『集霊針』を突き刺した。『集霊針』は周囲の霊力を引き寄せて魔法を使いやすくする遺物だ。塔の外でも大きな効果を発揮するが、その真価は霊気に満ちた塔の中でこそ発揮される。
周囲の萌が魔法陣を展開し、炎の魔法のイメージを固め始める。霊界とつながり、そこから強力で破壊の権化のような炎を召喚する。そのために萌は自身の炎の概念を思い浮かべる。そして周囲に集まってきた霊力を霊界とつながっている魔法陣に注ぎ込んでいく。
「任せたぞ!」
昇太が胴長ライオンの一匹を水魔法で投げ飛ばした。残る胴長ライオンは一匹。そいつは壁と番にサンドイッチされた衝撃のせいかまだ動きだす気配はない。好機だ。
一也は魔法陣を展開、防壁を発動した。逃げ出す勢いがつかないように範囲を狭く。胴長ライオンを包み込むような防壁を。その防壁に大量の霊力を流し込む。
『ガァアァァアァァアァア!!』
そこでようやく動き出した胴長ライオンはその場から動くべく身をよじるが、一也の防壁を抜けることができない。一也は胴長ライオンの必死の抵抗を押さえこむべく全身全霊を傾ける。自分の中の霊力を防壁に注ぎ込み、周囲に集まる霊力を防壁にたたきつける。
胴長ライオンの胴体が防壁にぶつかり、破片が散る。すぐさま霊力が補充されて亀裂が塞がる。胴長ライオンの爪が防壁を貫通する。しかしそれも防壁がうねって穴を塞ぐ。
「ぐぅ…安藤!廣崎!」
「こころ!行くよ!」
「うん!」
こころは手に持つ『ドワーフの遊び札』に意識を集中させる。昇太が設定し、一也が固定させた戦いに勝つための切り札。それを使うのはこころだ。
転移の性質をもったこの水晶製のカードは魔法陣を展開した編纂機と同じだ。ただ使うだけではいけない。こころ自身が魔法をイメージし、魔法を御さないといけない。
転移とはつまり高度な空間干渉の魔法だ。その上転送先は目に見えない胴長ライオンの腹の中。そして送り込むのは未だに形を為していない萌の炎の魔法だ。
転移を担当するこころの役回りは胴長ライオンを抑える一也よりも、炎を作る萌よりもはるかに難しく、重要だ。失敗の許されない一発勝負。しかしこころは失敗する気がしなかった。
胴長ライオンは一也が押さえてくれている。転移させるのは誰よりも信頼している萌の魔法だ。そして計画を立てたのは未だに謎の多い昇太。彼のことを完全に信頼したわけではないが、豊かな魔法の知識と技術をもつ彼ができると踏んだのだ。ならばできない方がおかしい。
こころと萌は交互にカウントを始める。
「三!」
「二!」
「一!」
「「ゼロ!」」
萌の持つ銃型の編纂機の銃口の前方が揺らぎ、消える。その揺らぎはどこに行ったのか。それは言うまでもあるまい。
『グロアァァァァァァァァァァ!!!!』
胴長ライオンの悲鳴と一也の防壁が激しく軋む音がないまぜになって聞こえてくる。胴長ライオンの姿は無残なものだった。胴体の中央部分が焼けこげたようにしてえぐれ、真っ白な体は炭化して真っ黒になっている。内側から放たれた衝撃は胴長ライオンの肉体を通って外側へ。だが外側に逃げた衝撃は一也の防壁に阻まれて内側に戻る。紅蓮の劫火と鉄壁の守りにやられて、胴長ライオンはすでに虫の息だ。
暴れることをやめ、ピクリピクリと足先を動かすばかりである。力尽きたように一也は防壁を解除した。額には大粒の汗が浮かんでくる。
「まだ!」
その上さらに萌とこころは止めとばかりに射撃で胴長ライオンの顔面を穿った。それは胴長ライオンが塵になるまで続けられ、その姿が消えるのを見てようやく射撃を撃つのを止めた。
「向こうもそろそろ終わりそうね」
遠くからひっきりなしに聞こえてくるもう一匹の胴長ライオンの声も次第に小さくなっていく。それで3人は昇太の勝利を確信して、3人は仲よさげにハイタッチをした。
*
昇太は胴長ライオンを道の奥に投げ飛ばした。胴長ライオンは数度バウンドした後、地面にたたきつけられる。反撃する間も与えずに昇太は続けざまに魔法陣を変更。水の錨の形を解いて、ライオンの体の肉をかきわけながら巡らせる。
『グルォォォォォォォ!!』
「うるせぇよ」
魔法を解除。ライオンの体内を掻き混ぜていた水は消滅する。後に残ったのはグチャグチャになった肉だけ。しかしそれで終わらせるつもりはない。昇太は水の槍を作り、胴長ライオンに突き刺した。槍は水の巡りで柔らかくなったライオンの体を貫通する。すぐさまそれも解除。今度は水で作られた球をいくつも作りだす。
「圧縮」
昇太はその水球を押し固めた。空気とは異なり、ほとんど押し縮められないはずの水を力技で小さくして、バスケットボールサイズのものをピンポン玉サイズにまでする。それを胴長ライオンの体に放り込んだ。
「解放」
『ゴベラァァァァァァ!!』
極限まで圧縮された水球が解放される。それはさながら水の爆弾だ。ミンチになった肉が汚い色を見せながら床に、壁に、天井に、まき散らされる。胴長ライオンは皮膚の内側まで不気味な白色だった。
抵抗する力も残っていない胴長ライオンに再度水の槍と球のコンビネーション。それを三度も繰り返せば、胴長ライオンが原型をとどめない状態から塵へと還っていった。
それを見届けて昇太が3人は無事だろうかと後ろを向いたその瞬間。
「あ?」
パンと乾いた音がした。熱い。胸が熱い。昇太は目線を自分の胸に向けた。
赤い。ドクドクととめどなく昇太の胸から血が流れていた。ゴプリと昇太の口からも血があふれ出る。
(まさか…)
「やった。やったぞ」
乾いた音のした方を見る。そこにいたのは武者小路だった。その手には銃のようなものが握られているが、ただの銃ではない。銃の表面には魔法陣が張り付いたようになっており、銃自体がバチバチと帯電していた。
遺物ではなく、ただの銃でも、編纂機でもない。昇太にとって未知の武器。それが胴長ライオンを倒してわずかに油断した昇太の心臓を撃ち抜いた。
「やられたな…」
「これで、これで俺は…!」
冷淡に昇太は呟く。血が流れて止まらない。体が冷えて寒い。視界が暗くなる。死の間際、昇太が最後に見たのは、昇太の頭に照準を合わせ、口角を吊り上げて笑う武者小路の顔だった。
銃声が響く。




