第十九話 胴長ライオン①
「はぁ…はぁ」
異形の怪物『胴長ライオン』からの逃走には成功した。昇太の指示で横穴に入り、ようやくの思いで一息つく。
「ねぇ、あいつ追ってくるかな?」
萌の疑問に昇太はうなずく。
「ほぼ確実にな。あれに最後に攻撃したのは俺たちだ。胴長ライオンはしつこい。最低誰か一人が犠牲にならないと諦めることはないだろ」
その言葉にこころはうつむく。4人の中に重い現実がのしかかった。
「あのライオンもどきのこともそうだけどさ。その前に聞きたいことがあるの」
意を決したように萌が言った。
「なんだ?」
「胴長ライオンの習性。私たちが全然知らなかった横穴の意味。それだけじゃなくて他にも色々。小鳥遊あなた何者なの?さっきだって霊力操作と魔法同時に使ってたわよね。それに魔法展開時なのに魔法陣を変更してたし」
よく見ている。萌は昇太の手に握られたままの懐中時計を指さした。
「後その時計。ピンチの時に使おうとしたってことは多分戦いのための道具よね?遺物、だと思うけど、私は懐中時計の形をした遺物なんて聞いたことがない。…今は生きるか死ぬかの瀬戸際なの。そんな中で素性の知れない人と私は一緒にいたくない」
「…」
昇太は無言のまま萌を見つめる。その目は萌の全てを見透かすような冷たいものだ。しかし萌はひるむことなく、昇太と目を合わせたままにする。二人の間に張りつめた沈黙が漂う。やがて根負けしたように昇太がため息をついた。
「はぁ。強情な奴だな。言わなきゃ駄目か?」
「駄目」
「俺も知りたいな。小鳥遊のこと」
「私も…」
倒れていた一也も起きあがる。3人の視線が昇太に集中する。昇太は頭をガリガリと掻いた。
「分かったよ。言えばいいんだろ。言えば。何が聞きたい」
昇太は不機嫌極まりないと言った様子だが、逃げるつもりはないらしい。
「そうね。…じゃあ手始めにその遺物のことを聞こうかしら」
「これか。これはS級遺物の『刻まぬ懐中時計』だ。時間を止める効果がある」
昇太の言った言葉に3人は騒然とする。
「S級遺物…すごい効果ね。それ」
S級遺物は現代の技術で再現不可能な上に再現できる見込みすらない物のことを言う。だがその全てが貴重というわけではない。挑戦者が一人に一つは持っている『収納袋』や『集霊針』もカテゴリ―的にはS級だ。
しかし貴重ではないといってもその二つは例外だ。他のS級遺物は高層まで昇ることのできる挑戦者しか持っていないことが普通だ。上の層に行くほど強力な遺物が手に入りやすい傾向にあるから、それも当然のことではある。
「そんなもんあんなら最初から使えばよかっただろ」
時間停止と聞くと、いかにも強力な効果に思える。一也がそう言うと昇太は首を振った。
「『刻まぬ懐中時計』は強力な遺物じゃあるが、あんまり使いたくない」
「どうして?」
「体にかかる負担が大きいんだよ。数秒止めるだけで全身が張り裂けそうになるし、1分も止めれば死ぬ」
「それは…」
安易に使えとは言えない。一也は納得した様子で矛を収める。
「あなたの目的は何?」
入れ替わるようにこころが切り込んだ。
「目的、か」
昇太は自分に言い聞かせるようにその言葉を繰り返す。
「それはどういう意味の目的だ?短期的?それとももっと別の意味か?」
「どっちも、かな。小鳥遊君って面倒くさがりじゃない。こういうことって上手いこと言って逃げるイメージがあったけど、そんなことしないで一緒に来てたし。それに小鳥遊君くらい強いんなら学校なんて行く必要ないんじゃない?」
「強い、か」
「違うの?」
昇太は内心苦笑する。小鳥遊昇太は強いのか。昇太のことをあまりよく知らない人間からはよく強い、と言われるが、彼の二人の師匠には昇太は弱いという。自分では、よくわからない。
「さぁな。ここに来た目的はばぁさん…理事長の指示で、武者小路を見張るためだ」
自分が強いかどうかはわきに置いておいて、目的のことを話す。萌の顔に険が混じる。
「武者小路?それに理事長って…」
「武者小路は誰かに操られている可能性が高い。俺の師匠の一人はばぁさんだ。そのつながりであいつのことを見張ることになった」
必要ならば武者小路を『処理』することは言わない。言ってもしょうがないことであるし、言ったとしても認識阻害ですぐ忘れてしまうだろう。一也がどうなるかは分からないが。
「操られているって、どうして?」
「分からん。それが知りたいから来たってのもあるが…。おかしな怪物どもの群れといい、胴長ライオンといい、裏で誰かが手を引いてんだろうな」
肩をすくめる。武者小路のことはこれ以上考えてもしょうがないことだろう。
「なんか色々とんでもない情報が出てきまくってる気がするんだけど…」
萌が頭を抱える。やぶをつついて蛇が出たどころか意味不明なロボットが出た気分なのだろう。同情するように昇太が笑うとキッとにらみつけられた。
「それで長期の目的は?」
「それはこいつだ」
昇太は一也を指さした。
「俺は俺の主義に従ってこいつを一人前に魔法使いにすると決めた。学校にいる他の目的は…今のところないな」
「主義、ね。ところであんたの位階って本当は…」
「悪いがおしゃべりはここまでだな」
萌の言葉を手で制し、昇太は唇に手を当てる。全員が黙ると同時にぬっと、横穴を何かが覗きこんだ。
「嘘…」
「意外と早いな」
胴長ライオンだ。傷を完全に癒した胴長ライオンが昇太たちのいる横穴を除きこんで中の様子をじっと見ている。昇太を除く3人は息を殺すように口を両手で抑えるが、ライオンの目に4人の姿は映っていないらしい。入ってくる様子もない。萌たちには数時間にも思える時間、しかし実際は数秒の時間の後、ガサガサと気持ちの悪い動きで胴長ライオンはどこかへ行ってしまった。3人はほっと息をつく。
「見えてなかった、よね?」
「うん。だと思うけど…」
「この横穴は塔の怪物は認識できないし、入ることもできないらしいからな。ここにいる限り安全だが」
「いつかは出て行かないといけない。違うか?」
「鹿島の言う通りだ」
胴長ライオンは横穴の存在を認識できない。しかし臭いや音、空気の動きなどでそこに何かがあるのは分かる。
「連中に確信がないとしても、この位置が特定された以上動かないと駄目だな。…あぁ、朗報があるが聞くか?」
「何よ」
「クラスの奴の何人かは無事塔を出られたらしい」
昇太のもとに10枚ほどの『ドワーフの遊び札』が帰ってきた。この遺物は昇太と霊力のパスがつながっているため、塔をまたいで効果を持続させることができない。カードが破壊されずに帰ってきたということは、それを付与されていた生徒が塔から出て行ったということだ。
そのことを伝えると萌は安心したように笑みを見せた。彼女も分かれたクラスメイトのことが心配だったのだろう。
「壊れた札もないから死んだ奴もいない」
「でもまだ何人かは塔に残っているのね」
「そうだな。配った札は20人分、そのうち武者小路、廣崎、安藤の3人は途中で札を抜いたから残りは17枚。今帰って来ているのが10枚…今11枚になった。後残っているのは6枚、つまりまだ6人は塔にいることになるな」
武者小路が残っていたら7人だ。はぐれてないといいが、と昇太はつぶやく。
「…そいつらのためにも急いであのライオンを倒さないとな」
一也の言葉に全員がうなずいた。
*
「さて、なら胴長ライオンを倒す作戦を立てようか」
無計画に戦っても胴長ライオンに勝てないことは初めの戦いで証明された。昇太が中心となって計画を立てることにする。
「そもそも胴長ライオンって倒せるなの?」
萌の言葉に昇太はうなずく。
「倒せる。あれの怖さは再生力と速度だ。なら動きを止めて、再生するより早く死ぬほどのダメージを与えれば倒せる。」
つまり必要なのは動きを止める役割と高火力だ。
「廣崎。お前は最初の戦いの時の最後に炎を撃っていたな?あれがお前の最大火力か?」
「ええそうよ。足りる?」
「足りないだろうな。内側から爆発させることでもできれば話は別だが…」
「その『ドワーフの遊び札』で転送とかできないのか?」
「可能ではある。だがそれをするとなると俺はそっちの方にかかりきりになるな。片方を潰せてももう片方が残ってる」
「なら、私か鹿島君がその『ドワーフの遊び札』を使うことってできないかな?」
魔法の技術には自信がある。それを考えてのことだったが、昇太の表情は芳しくない。
「そうだな。『ドワーフの遊び札』は使用者を選ぶタイプの遺物ではないから不可能ということはない。他の生徒に付与した札をそのままに残りのリソースを他人に譲渡することもできる」
「じゃあ」
「試した方が早いな」
昇太は帰ってきた水晶のカードをこころに手渡す。
「カードに霊力を込めながら、起動と言ってくれ。それが合図だ」
「うん。…起動」
『ドワーフの遊び札』に霊力がこもり、空に浮く。それが二枚、三枚と増えていくに従って、こころの中にざわざわとした声が流れ込んできた。
「何、これ」
起動。炎。展開。発射。防御。回避。時間。干渉。展開。水。成長。歪曲。切断。赤。隠蔽。麻痺。10。距離。概念。対象。回転…。この声はこころが展開している『ドワーフの遊び札』から聞こえてくる。今こころの目の前には30枚にまで増えたカードがある。それぞれが勝手気ままに声を鳴らす。
「頭、痛い…」
鳴り響く声が頭痛を生む。思わずこころは両手で頭を押さえた。この声から意識を逸らすと、声が消え、同時に『ドワーフの遊び札』も一枚に戻ってパラリと落ちた。
「こころ!大丈夫!?」
「うん。もう平気」
「つまりそういうことだよ」
『ドワーフの遊び札』を扱うには増幅する札と一間一枚が不規則に変化する性質を全て掌握しなければならない。カード一枚一枚の声を聞きわけ、一つ一つに指示を出して性質を固定する。そうしたカードを組み合わせることで初めて『ドワーフの遊び札』は使うことができる。
「ちょっと…渡す前に説明しなさいよね」
「実際に体験してみた方が理解が早い」
だがこれで手詰まりだ。『ドワーフの遊び札』が使えない以上、二匹を同時に倒す手段がない。
「一匹ずつ倒すのは駄目なのか?」
一也の言葉に昇太は首を振った。
「駄目だろうな。あいつらは番で行動している。分断できればいいがそれは難しいだろう。それに奴らは学習する。俺の霊力操作による束縛やお前の防壁の硬さはもう知っているから、警戒しているはず。死人を出さないためにも作戦は万全を期したい。同じ手段は最終手段だ」
「そうか。つーか、その遺物、俺にも使えねぇのかよ」
そう言いながら一也は『ドワーフの遊び札』を拾い上げる。止めはしないが扱うのは無理だろうと昇太は思う。『ドワーフの遊び札』を使うには慣れ以上に複数の声を同時に処理するセンスが必要になる。遊び札、の名前が示すようにこの遺物は本来手慰みに魔法を構成して遊ぶためのもので、戦闘用のものではないのだ。
「えーと。起動」
止められなかったので一也は『ドワーフの遊び札』を起動する。瞬間カードが増殖し、一也の頭に声が重複して響き渡る。
「うわ!気持ち悪…」
流した霊力が多かったからか、カードは増殖をやめず、その数はこころの時を超え、50枚ほどにまで増える。
「おい!鹿島遊び札から手を離せ!」
さすがにまずい。昇太が制止するが、一也の耳には届いていない。一也は濁流のように流れ込んでくる声の海から意識を保つことで必死だ。ざわざわともはや声に思えぬ声を聞きながら、手に残った一枚のカードを握りしめて一也は叫んだ。
「うるせぇ!黙りやがれ!」
その瞬間、一也の頭に流れ込んできた音が変わった。巡る音の変化が止み、同じ音がひたすらに聞こえ続ける。
「なんだと…」
それを見て昇太は絶句した。『ドワーフの遊び札』が同時に安定した。50枚のカードは性質を変化させることを止めて、唯一つの性質を示している。
「小鳥遊?」
状況の読めない萌が心配そうに聞くが、昇太はそれどころではないと言った様子でブツブツと何かを言っている。
「カテゴリーエラー。だとすると、鹿島の性質は一体、いやそれはいい。もしできるのなら…」
「おい小鳥遊。これは一体どうすれば」
「鹿島お手柄だ」
昇太は一也から『ドワーフの遊び札』を取り上げて笑みを浮かべた。
「これであのライオンもどきをやれる」
*
胴長ライオンから逃げ出して、2年7組の生徒たちは恐怖にかられて逃げ出した。数名を除きバラバラにならなかったのは塔に詳しい大田と涌井の力だろう。彼らは協力して生徒たちを出口まで誘導し、はぐれた仲間も無事見つけて塔から出すことができた。途中ほとんど怪物と出くわさなかったのは奇跡に等しいことだろう。
「なぁ、武者小路はどこだよ」
最後のクラスメイトを塔の外に放り投げた後、大田はいつの間にかにいなくなっていた武者小路のことを口にした。様子のおかしかった二人のリーダー。
「死んだ、わけじゃないよな」
「馬鹿言うなよ。あいつがそうそう死ぬわけないだろ」
涌井は大田の不安を一蹴するが、彼自身不安をぬぐえたわけではない。武者小路は強いが、それも学生レベルでの話。塔では如何せん弱者だ。特に胴長ライオンなどというとびきりの怪物が出たのだ。出会ったことのないケルベロスや安楽ネズミといった怪物も出てくるかもしれない。
(あれ?)
涌井の胸に疑問がよぎる。果たして自分はどこかで安楽ネズミと会ったことはなかっただろうか。だがその疑問はすぐに霞がかかったようにして消えてしまった。
「…ともかく武者小路を探そう。どこかで怪我をしているかもしれない」
涌井の言葉にうなずいて、二人は塔の奥へと向かって行った。
*
「俺、俺は…」
武者小路は暗い通路の横穴に入って機会をうかがう。目標はすぐ近くで、それを『銃』で撃てば「お願い」は完遂。武者小路の願いは叶う。
「やるんだ。そして取り戻して…」
そんな妄執にも似た言葉は誰の耳にも入ることなく塔の闇に消えていった。




