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第十八話 分断

 戦闘の終わった〈動物園〉の通路に、グスグスと涙を流す声が聞こえてくる。棘ネズミにやられた一人の女子が泣く声だ。襲われた恐怖と背中を棘で刺された痛み、その二つがごちゃまぜになって涙を生んでいる。


「誰だよ。塔に行こうなんて言いだした奴はよ」

 生徒たちの空気は重々しい。塔行きを提案した武者小路を非難する声を上がっているが、当の本人はどこ吹く風だ。その様子を大田と涌井が不安そうに見ている。

 それを横目に萌とこころ、それに昇太と一也が話をしていた。


「ねぇおかしくない?」

「うん…。変だよね」

 萌とこころが言っているのはさっきの襲撃についてだ。塔の怪物たちが群れを成して挑戦者を襲うことは当然のこと。しかしその構成が問題だった。怪物たちは群れを作るときは同種の怪物同士ということが原則だ。尻尾狼なら尻尾狼同士、安楽ネズミなら安楽ネズミ同士。尻尾狼と安楽ネズミが一緒になって襲い掛かってくるなんて聞いたことがない。双頭猫と角猪と鉄鋼犀と棘ネズミなんて組み合わせは言わずもがなだ。

「そういうことって全くないのか?」

 一也の疑問。萌は少し考えてから答えた。


「ここの怪物って怪物同士では争わないからね。偶然近くにいたところに人間が近寄ったら、もしかしたら」

「でも4種類が近くにいたことって今まであった?不自然だよ」

「不自然だとするなら」

 昇太が口を開いた。3人の目線が昇太に集中する。


「誰かがわざと怪物どもを集めて俺たちにけしかけたってことになるな」

「そんなことって…」

 昇太の言葉を萌は否定しようとして口ごもる。彼女自身その可能性が一番高いことに気がついたのだろう。ブツブツつぶやきながら真剣な顔で思案している。

「そうね。でもだとしても棘ネズミが妙に弱かったことの説明ができないわ。あの棘は人の体なんて軽く貫いちゃうくらいの威力があるはずよ。なのに…」

 負傷者が死んでいないのが不思議だと言いたいのだろう。昇太はチラリと武者小路の方に目を向けた。


「それは心配しなくていい」

「どうして?あんたが何かやったの?」

「そんなところだ」

「どうやって…」

「廣崎、それ以上の追及は」

「そうだよ萌ちゃん。魔法使いに手の内を聞くのはマナー違反だよ」


 一也とこころの仲裁に、萌はしぶしぶ追及の刃を収める。だがまだ気になっている様子だ。そこから話題を逸らすためにこころが手を叩く。

「そういえば、鹿島君すごかったね。皆パニックになってたのに怪物を防壁だけで閉じ込めて」

「あ、ああ。でもあれは俺の力というより…」

「そうよね。あんた編纂機がへぼの奴じゃないじゃない。新しいの買うお金あったの?」

 無事萌の注意を逸らせたことに、こころはほっと息をつく。


「これは」

「俺が買った。そんでこいつにやった。それだけだ」

「はぁ?なんで小鳥遊が鹿島にプレゼントしてんの?…はっ!まさかあんたら」

 萌は手で口を押さえて顔を赤くしている。最近そういうネタでも流行っているのか?昇太は額に青筋を浮かべながら拳を握る。それを見て萌がごまかすような笑みを浮かべた。

「あぁ、ごめん。冗談よ冗談。でもそうだよね。鹿島君と小鳥遊君、妙に仲がいい感じ。もしかして前から知り合いだったり?」


 そう言ってこころは小首をかしげる。その目に浮かんでいるのは一也への懐疑。こころは未だに昇太に対する警戒心を失っていない。

「それは、そうだな」

 一也はそっと昇太に目を向ける。昇太は勝手にしろと言わんばかりの表情だ。

「前からってわけじゃない。俺が前塔に入ってピンチになった時、小鳥遊に助けてもらったんだよ」

「そうなの?て言うか、その頃小鳥遊転校してなかったじゃん」

「その頃にはもう島にいたんだよ。それで塔に行ってみたらあんまりにも情けないこいつがいる。それが見てられなくてな。こうして手を貸してやってるわけだ」

「小鳥遊、それはあんまりじゃねえ?」

「事実だろ?」


 何がおかしいと昇太は鼻を鳴らす。確かに昇太は嘘を一つも言っていないが、本当のことを言っているわけでもない。

「とはいえ、鹿島の秘められた才能ってやつに興味があるのは事実だな」

「秘められた才能?」

「ああ。内包霊力量は並外れて多いし、不確定だがカテゴリーエラー持ちって可能性も高い。俺は学者気質だからな。そういうのには詳しいんだ」


「カテゴリーエラーって本当?」

 こころが一也に問いかけるが、一也自身そんなものが本当にあるのか分かっていない。あくまで状況証拠がそうだと示しているだけで、実は違いましたという可能性もゼロではない。

 一也はあいまいに首を振った。

「わかんね。小鳥遊がそう言ってるだけだよ」

 なのでひとまず一也はそう答えることにしておいた。


 *


 また一つ記憶が解放された。武者小路が聞いたお願いは3つ。一つは小鳥遊昇太を塔に連れてくること。二つ目は小鳥遊昇太を戦わせること。そして三つ目。

(後はあいつを…)

 武者小路が手に入れたのは××とともに階段の近くまで来たことと××との思い出の記憶だ。××とバカ話をした記憶、××を助け、助けられた記憶。残る条件は一つ。お願いをした彼も手伝ってくれると言ってくれた。なぜ××がいないのか、そして××の名前。それを知るためなら武者小路はなんだってやってみせる。


「おい。武者小路!」

「…なんだい?大田」

「お前大丈夫か?ちょっと変だぞ」

 大田は本気で武者小路を心配していた。今朝からの武者小路はまるで誰かに操られているみたいだ。元気になったのはいいが、むしろ不安になる。


「変か?」

「変だろ。…何かあったら言えよ。俺ら3人の約束だろ?」

 涌井の言葉に、武者小路はさみしそうにうなずいた。

(違う。違うんだ俺たちは3人じゃない。4人なんだ。だけどそれを言っても大田も涌井も分かってくれない。俺がまず全ての記憶を取り戻さなくては。だからそのために)

 ゆがんだ決意を武者小路は固めた。


 *


 怪我人の手当てが終わって、もう塔から出ようという意見が強くなってきた。塔の怖さはよくわかった。だからもうこんなところからは出て行きたいということだろう。塔では死人が出るのも珍しくないのではという考えが、生徒たちの頭の中には浮かんでいる。


「武者小路」

「…そうだな。撤退するか?廣崎、どう思う?」

「そうね。私もそうした方がいいと思うけど」

 萌も他の生徒と同意見だ。人数がいれば危険は分散できると武者小路は言ったが、さっきの襲撃でその考えが間違っていることは証明された。頭数がいても逃げまどうだけならただの足手まといだ。


 怪我人もいる。撤退することが決まり、生徒たちの目に希望が戻る。

 その時だ。昇太はそういえばといった様子で索敵代わりに使っていた闇魔法を展開する。そして昇太は自分たちを狙っている存在がいることに気がついた。

「こいつは…」

「どうしたの小鳥遊」

 数は二体。向けられる意志は狡猾で濃密な殺意。殺意自体は獣のそれだが気配の殺し方が尋常ではない。


 正体が知りたい。昇太は武者小路、萌、こころから『ドワーフの遊び札』の防御を外し、透明なままのカードを無言で手早く操作。相手を探る索敵の魔法にして起動させる。そして自分たちを伺うものの正体を知り、舌打ちしたい気持ちを必死にこらえる。

「落ち着いて聞け。とっておきの化け物が俺たちを伺っている」

 雑談に興じているという様子のまま、昇太は声を抑える。相手に気づかれたと気づかれたくない。その意図が伝わったのか、萌達も声を抑える。


「とっておきの化け物、ね。何なのそれ?」

「胴長ライオン」

 昇太の言葉に萌の表情が固まった。こころもさっと顔の血の気が引いた。それが何なのか知らない一也だけがポカンとしている。

「なんだよその間抜けな名前」

「名前通り間抜けだったらよかったんだがな」

「本当にね。…それってマジ?」

「残念ながら。しかも2匹だ」

 萌が乾いた笑いを浮かべた。こころは今にも倒れそうにしている。


「だからなんだよ。その胴長ライオンってのは」

「ケルベロス。安楽ネズミ。1層〈動物園〉には特に危険な怪物が3種いる。そのうちの一つが胴長ライオンだ」

 いずれも塔中層クラスの怪物だ。ケルベロスは破壊力に秀で、安楽ネズミは数とその悪質さから恐れられている。


「胴長ライオンにあった奴は逃げられないと言われているの。私は直接見たことはないんだけど、全長10メートルくらいで外見はライオンの頭に蛇の胴体をくっつけたみたいなものらしいって聞いたことがある」

「その上蛇の胴体には百足みたくライオンの足がくっついている気色悪い見ためらしいけどね。胴長ライオンの怖いところは速さと再生力。体をぶつ切りにしても蘇ってくる。その上滅茶苦茶速い。殺しきることができないと殺される。そういう怪物らしいわ」

「そんな奴が二体も?」

「ああ。百足みたいだから番なんじゃないか?」


 昇太が軽口をたたくが、それに笑うものはいない。昇太の言うことが事実だとしたら、誰かの犠牲なしでは切り抜けられないと萌とこころは悟った。

「ともかく、今はまだ俺たちが気づいていることに気づかれていない。多分俺らが引き返したところを後ろから狙うつもりなんだろう。…二匹だとさすがに対処が難しいから、不意打ちで俺が一匹潰す。そのうちにお前らは他の生徒を連れてここから逃げろ」

「あんた…!犠牲になるつもり!?」

 声を押さえながら萌は叫び声を上げるという器用なことをやってのける。

「心配すんな。俺は死ぬつもりなんてさらさらない。…俺は()()()()()。危なくなったら逃げるから安心しろ」


 ここで変に遠慮する方が面倒だ。それに誰も見ていない状態なら昇太も「手加減抜き」で戦うことができる。

「よし!なら撤退するか!」

 不安そうな萌たちに気づかぬまま、武者小路が生徒たちに声をかける。生徒たちは各々立ち上がって『収納袋』を背負う。

「ん?」


 その時だ。武者小路が道の奥に視線を向けた。それは丁度胴長ライオンのいる方向で、昇太には武者小路の目と胴長ライオンの目があったように見えた。おそらくこれは偶然だ。しかし警戒心が強く、狡猾な怪物たちにとってそれは合図にも等しいものだった。


『グオオォォォォォッ!!』

 胴長ライオンの雄叫び。相手を屈服させる力のある声を聞いて、生徒たちは腰を抜かした。中には失禁した者すらいる。萌達ですら身がすくんだ。

 動けたのは昇太と一也の二人だけだった。昇太は一也が動けていることに驚きの表情を見せた後、わずかに口元に笑みを作った。

「鹿島!防壁だ!」

「了解!」


 昇太は魔法陣を展開。闇の中から胴長ライオンが出てくると同時に水魔法を放つ。一也は自分たちと胴長ライオンを遮るように大きな防壁を張る。

 現れた胴長ライオンは一言で言えば真っ白なキメラだった。勇猛な顔に凶悪な牙、猛々しい鬣の全てが病的なまでの白で、目だけが血のように赤い。首から下は聞いていた通り蛇のそれだ。滑らかでヌルリとした表面にはビッチリと鱗が敷き詰められており、長い間見ていると目が痛くなりそうだ。そしてそんな胴体の横には、これまた白いライオンの短い腕がついており、小さな爪が小刻みに蠢いている。


 今まで見てきた塔の怪物の中でもひときわグロテスクな外見。これを「胴長ライオン」と名付けた人間の気が知れない。「白蛇百足ライオン」とでも名付けた方がよさそうだ。そのライオンの片方は昇太の作りだした何本もの水の杭で体を壁に打ち付けられている。それに怒ったようにもう片方は昇太に襲い掛かるが、一也の出した防壁に阻まれて届かない。だがたった一度のタックルで防壁は大きく軋んだ。

「あ…かぁ、ぐ」

 ライオンは何度も何度も頭を防壁に打ち付けている。その度に防壁は軋み、たわみ、ピキピキと亀裂が走る。


「お前たち!何をぼさっとしている!とっとと逃げろ!」

 昇太が番のライオンから目を離さないまま叫んだ。その声でようやく萌達が動けるようになる。それとは対照的に一也が両膝をついた。一也ははるか格上相手の本気の攻撃を、大量の霊力を流し込むことでどうにか持ちこたえている状態なのだ。一也は全身から大量の汗を流し、肩で息をしながらも防壁を維持している。

 やむをえない。昇太は防壁の応用で水の杭で食い止めている方のライオンの周囲を物質化させた霊力で固めて空に浮かせた。水の杭を一度解除。霊力による固定はそのままに防壁を破ろうとしているライオンの横腹に杭を撃ちこんだ。


『グオォオォオォオォオォッッッ!!!』

 胴長ライオンのけたたましい叫び声。霊力を編纂機を介さずに霊力を操ることは息をするようにできるが、暴れようとする怪物を全力で抑えながら同時に編纂機を使ってこれまた全力で魔法を使うのは負担が大きい。その上昇太は『ドワーフの遊び札』も起動させている。彼自身、限界に近い処理を行っている。

 パリンという音がして一也の張った防壁が崩れ落ちるようにして消滅した。一也も同時に床に前のめりになって倒れ込む。


「逃げろ!」

 後ろから武者小路の声が聞こえてきた。バタバタと人が逃げ出す音を昇太は歯を食いしばりながら聞いた。

(くそ…!霊力操りながら魔法使って、その上ガキの子守りもするなんて!俺は超人じゃねぇぞ!)


 霊力で抑えている方のライオンの力が増していく。見れば水の杭で開けられた傷がすでに塞がりつつあった。昇太の霊力操作の技術は高い。だが昇太も人間だ。人外と力比べをして勝てる自信はない。そもそも昇太が得意としているのは精密な魔法制御だ。力技は苦手だ。


 しかしだからと言って霊力による縛りを解けば、昇太達に襲い掛かってくるのは当然。昇太ひとりならまだしも、ここには倒れて動けなくなった一也がいる。二匹同時に水の杭で抑えることができない以上、現状維持かさらに奥の手を使うしかない。

 ひとまず、昇太は杭に打たれたにも関わらず元気に暴れているライオンに目を向けた。

「ビチビチうるせぇ。おとなしくしろ」

 魔法陣の一部変更。水の杭の形に変化を加える。


『グロォロォロォロォ!』

 昇太はライオンの体内に入り込んでいる杭の形を体内で編み目状になるように変化した。杭から杭へ、体内には水の針が張り巡らされたことだろう。ライオンの肉体はもうぐちゃぐちゃなはずだが、塵になる素振りはない。馬鹿げた再生力だ。

(あんまり使いたくねぇな)

 状態を維持しながら昇太は『収納袋』から懐中時計を取りだした。大型で金色に輝くその懐中時計には美しい紋様が刻まれている。昇太は天井についているボタンを押して上蓋を開く。その時計はカチカチと時を刻むことなく、針は止まっていた。無論そんなことは昇太も知っている。昇太は別に時間を見たいわけではない。


 S級遺物『刻まぬ懐中時計』。昇太がその竜頭に手をかけた時、空中で固定されていたライオンが燃え上がった。

『ガァガァガァガァガァガァ!!』

「ごめん待たせた!」

「…おせぇよ」

 誰がやったかは言うまでもあるまい。萌は自身の放てる最大の威力をもってライオンを燃やした。だがそれでも時間稼ぎにしかならなさそうだ。隣で倒れている一也はこころが背負っている。他の生徒たちは全員逃げられたらしい。姿が見えない。


「こころ!」

「うん!」

 萌が炎を解除した。入れ替わるようにして一也を背負ったこころが魔法を使う。焼け焦げた皮膚をえぐるような水のやすり。ライオンが苦痛にあえぐようにのたうち回っている。

「逃げるよ!」

 かたや体内を滅茶苦茶にされ、かたや焼かれて抉られた。さすがに再生しきるまでには時間がかかることだろう。昇太は最後にもう一度水の針でライオンを痛めつけてから、萌達と一緒に撤退した。

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