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第十七話 探索

 一也と昇太が塔の中に入ると、他のクラスメイトたちは広間に横になって負荷の慣らしをしていた。彼らが塔に入って10分あまり。まだ慣れるには時間がかかるだろう。

 対する一也は塔に踏み入れたにも関わらず、前回ほど負荷を感じていないことに気がついた。というよりも負荷をほとんど感じていない。せいぜい空気が重苦しいものに変わったくらいのものだ。


 昇太は『ドワーフの遊び札』をクラスメイト全員にこっそり付与してから、負荷を感じさえない足取りで計画の確認をしている武者小路と萌たちのところに向かう。

「あら、あんたは負荷大丈夫なの?」

「ああ。環境の変化には強いんだ」

 萌の言葉に軽く答えてから、昇太もさりげなく計画の確認に参加する。


 今は夕方の五時。探索を始めるのが六時からとして、三時間ほど1層を巡る予定のようだ。道筋は武者小路のグループが作った地図を見ながら選ぶということだ。初めて塔に来る者が大半なのだから、この計画は妥当だと言える。

「前を俺と廣崎が守るから、後ろは大田、涌井と安藤に任せていいか?それと小鳥遊もできれば前の方で俺たちと一緒に見張りをしてほしいが…」

「構わん」

 武者小路の頼みを昇太は受け入れた。要注意人物の武者小路と近い方が何かとやりやすいだろう。


「助かる」

 武者小路はそれだけ言ってさらに詳しく計画を立て始めた。


 *


 生徒たちが塔の負荷に慣れてきた夕方6時、彼らは行動を開始した。玄関口と言われる広間の一番広い道から3人×7列になって進む。危険の多い最前列と最後列は塔に慣れている武者小路、萌、昇太と大田、涌井、こころが務める。一也は中央の真ん中だ。最も実力が低い一也はそれなりの布陣に、ということだろう。

 広間では雑談に興じていた生徒たちだが、いざ広間から道に入ると皆黙り込んでしまった。薄暗い塔の雰囲気と油断なく当たりを見渡す萌達の姿に当てられたらしい。


 列と列はいざ戦闘になった時に動きやすいように、2メートル程開いている。一也の位置から昇太の姿はよく見えないが、それでもあちらこちらに目を配っていることは分かった。



「ねぇ小鳥遊、あんた何の魔法使ってんの?それって闇魔法、よね?」

 長い一本道に入った時、昇太は一つの魔法を展開し続けていた。それが萌には気になったらしい。

「索敵…というほどでもないが、怪物がどこにいるかが何となく分かる魔法だな」

「すごいな。闇魔法ってそんなこともできるのか?確か性質は精神干渉だろ?」

 嫌味な様子もなく、武者小路が言う。


「そうだな。これは怪物の存在ではなく、怪物の意識の有無を読み取る魔法だ。どこかに何かを考えている存在がいる。そいつはどこにいて、何に意識を向けているのか。分かるのはそのくらいだな」

「それって…」

「十分すぎるくらいだ」

 1層に出てくる怪物たちは獣ではあるから意志を持っている。だから昇太の闇魔法の探知に引っかかる。この魔法から逃れられるのは意識を完全に殺せるほどの達人か、心をもたぬ人形位だ。


「そうでもない。負担がかからないように展開するなら範囲は50メートルほど。遮蔽物も関係ないから、壁に遮られているのかどうかも分からない。気休め程度の小技だよ」

 50メートルだと距離の空いた後ろの方の索敵は大して意味をなさない。昇太が認識した時には後ろの3人が視認している距離だ。本音を言えば『ドワーフの遊び札』なり、他の遺物を使うなりすればもっと精度の高い索敵はできるのだが、『ドワーフの遊び札』はすでに生徒たちの保護で全てのリソースを使いきってしまっているし、他の遺物も大っぴらに使うわけにはいかない。


「それでも助かるわ」

「ああ」

 萌の言葉を聞き流しながら、昇太は武者小路を伺う。今のところおかしなことをする様子は見えない。だが武者小路の目的は分からないが、彼が何かされているのは確実だ。

 塔にクラス全員が入る時、そして塔の小道に入った時、武者小路の霊力は不自然に揺らいだ。霊力に引っかけた魔法が少なくとも仕掛けられている。現代魔法に相手の霊力そのものを媒介とする魔法は存在しないから、おそらく古式魔法の何か。もしかしたらその上に闇魔法もかかっている可能性もある。


 理論と合理性を追求して全うな合理性をもつ現代魔法と、経験の蓄積と非合理性を極めて合理性を獲得した古式魔法群。現代魔法だけを使う者は多いが、古式魔法と現代魔法を組み合わせて魔法をなす者も少なからずいる。昇太の周りだとばぁさんがそれに当たる。いい齢して新しい技術を取り込むことに、彼女は躊躇しない。

 それはともかくとして、古式魔法が術式に組み込まれているなら魔法の解除は難しい。闇魔法だけなら強引にやれないこともないが、古式魔法は専門外だ。

 そんなことを考えていると、前方で自分たちに意識を向けている何かがいることが分かった。数は一。感情は敵意だ。


「前に敵がいる。数は一匹だがどうする?」

 それを聞いた武者小路と萌の空気がより一層引き締まる。そして二人は編纂機を待機状態スタンバイモードから起動状態に切り替える。その様子に異変を感じた生徒たちの間に不安が走る。


「安心して。敵が来ただけだから。落ち着いて私たちの指示を聞いてね」

 生徒たちに萌が笑みを見せながら呼びかける。その自信に満ちた姿を見て安心感が漂った。もちろん萌の言葉には虚勢が多く含まれている。〈動物園〉において楽な敵というものは存在しない。それでも強い自分を見せることで、クラスメイトが恐怖にかられないようにしたのだ。

 そんなことを言っている間にも、怪物は数を増しながらこちらへ走り寄ってくる。

「増えたぞ。数は3…5匹。先頭の奴はもう来る!」

『ニャァァァァァァ!』

「双頭猫だ!」


 暗がりから襲い掛かってきたのは人間の膝ほどの高さほどある巨大な三毛猫だ。頭が二つついているのが特徴で、赤い目と長く伸びた牙が特徴的だ。

 異形の怪物を目にしたことでそれを見てしまった生徒たちに恐怖の感情がわく。浮足立った彼らを落ち着かせたのは武者小路の雷撃だ。

「穿て!」


 雷の魔法陣を展開し、放たれるのは闇を切り裂く白雷。雷は間違うことなく猫の額を貫き、肉を焼いたような臭いが広がる。

『ニィィィィィ!』

 しかし双頭猫の頭は二つ。片方潰してもまだもう一つ残っている。それを破壊したのは萌の炎だ。猫の頭を包み込むような火球が放たれ、首から上を丸焦げにする。両方の頭を潰された猫はまだ動こうとしたが、その心臓に武者小路が射撃の弾丸を撃ちこむことで猫を塵に変えた。

 その見事なコンビネーションにここが塔の中であることも忘れて、生徒から歓声が沸き起こる。


「油断するな!まだ敵は残っている!」

 武者小路の鋭い声が生徒たちを再び緊張状態に引き戻す。

「数は残り4。増援はなさそうだが…」

「小鳥遊も戦闘に参加して」

「分かった」

 萌の言葉を聞いて、昇太は索敵代わりに使っていた魔法を解除。別の魔法陣を展開する。属性は水。生み出したのは流水の鞭だ。


「来たぞ!双頭猫がもう一匹と…鉄鋼犀!大物だな。それに角猪と棘ネズミだ!」

 鉄鋼犀は文字通り鋼のように固い皮膚を持つサイだ。凶暴で死ぬ瞬間まで人間を押しつぶそうとする性質がある。頑丈で倒しにくく、危険度はケルベロスなどに次ぐと言われている。

 その鉄鋼犀に向かって、昇太の鞭がユラリと傾き、一瞬掻き消えた。次の瞬間ドゴンと固いものが砕ける音がする。見れば鉄鋼犀は背中から高い装甲ごと真っ二つにたたき割られていた。だがその隙間を縫って他の獣たちが生徒に襲い掛かる。

 萌が双頭猫の全身を焼き尽くすような炎を放ち、武者小路は巨大な角を突っ込んでくる角猪の足を狙って雷撃を放つ。手が足りない。小柄な棘ネズミが萌と武者小路の隙間を抜けて他の生徒たちに襲い掛かる。


「チッ!」

 それを見た昇太は鞭をネズミに振るおうとしたが、射線に萌がいる。属性魔法の水と火は反発属性だ。触れ合うとお互いに消滅してしまう。今ネズミを潰せば、焼き尽くされている最中の双頭猫も息を吹き返してしまう。

 やむなく昇太は雷撃で足を潰された猪に鞭を叩きつけた。


 その間にもネズミは生徒の中に躍り出る。昇太たちの活躍のせいで気が緩んでいた生徒たちは突如として現れたネズミに攻撃などできるはずもなく、背を向けて逃げまどうばかりだ。そんな生徒の背中に向けてネズミは全身に生やしている棘を撃った。

「いってぇ!」

「ぎゃああああ!」

 棘ネズミの棘は生徒たちの背中に突き刺さり、彼らは悲鳴を上げる。しかし彼らは知らない。本来の棘ネズミの威力であれば棘は生徒たちの背中を突き抜けて、その奥の生徒すら貫いたことだろう。そうならなかったのは昇太の仕込んでおいた『ドワーフの遊び札』の効果だ。


 生徒の中に今度こそパニックが起こる。頼りになる3人は他の怪物がいるから助けに来られない。後ろを守る3人も遠い。背中を撃たれた生徒は床に転がりもだえる。それを見て他の生徒も余計にパニックになる。

 逃げることすらままならない最悪の心理状態。そんな中一人の生徒が動いた。

「落ち着けお前らぁ!」

 一也だ。一也は生徒をかき分けネズミの前に躍り出る。恐怖で足が震える。目の前のネズミは月子を殺したあの狼と同じ存在だ。人を殺す。躊躇なく殺す。そんな奴の前に一也は立っている。怖くて怖くて仕方がない。


「だけど!」

 ネズミの赤い目が一也をとらえた。すくむ足で踏ん張って魔法陣を展開する。どうしようもなく怖い敵に初めて使う編纂機。今の一也が使える魔法は一つだけ。魔法使いが始めに覚える防壁だけ。

『ジュゥ』

 ネズミの棘が一也の方を向いた。棘が発射される。一也は防壁を使った。今までとは全く違う感覚。一也の中にある霊力がごっそり持っていかれる。しかしそれだけの価値はあった。一也の出した防壁は飛んできた棘を全て受け止めた。


 やった、と思う暇はない。まだネズミを倒したわけじゃない。ただ一度攻撃を防いだだけ。

(俺だけで倒せるか?)

 無理だ。即座に判断を下す。一也は防壁を武器にするような荒業はできない。せいぜい防壁を何枚も出すことができるくらい。ならば。

「ふぅい!」

 一也は大量の霊力を消費して防壁を4枚作る。ネズミは棘を撃った後の反動か、足が止まっている。あの日一也がやったように防壁だけで押しつぶすような真似はできない。それでも逃がさないようにすることはできる。


 三角形の防壁でネズミの周囲をピラミッド型に囲む。ネズミの困惑が伝わってくる。棘を放った。ゴンゴンと重い音が響く。だが一也の防壁はこゆるぎともしない。

「きつ…」

 昇太にもらった『32年式』の性能は強力だ。だが体内から急激に霊力が減ったせいで体がふらつく。

(駄目だ。防壁は維持、意地でも維持だ)

 ネズミは焦ったように何度も防壁に棘を飛ばす。その様子をにらみつけるようにしながら一也は防壁の維持を続ける。ぐにゃりと視界がゆがんだ。防壁が揺らぐ。まずい、と思ったその時だ。

「ナイスだ。鹿島」

 ドゴンと音がして、昇太が一也の鞭が防壁ごと棘ネズミを叩き潰した。

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