第十六話 リトライ
「…説明は以上になります。ではいってらっしゃいませ」
クラスメイトたちが受付で説明を聞いている間、昇太は転校前に一度昇ったことがあるからと言って一行から離れ、塔の近くにある編纂機の店を冷やかしていた。そして複数ある店の中から最も栄えてなさそうな店に目をつけた。
「なんだよ。冷やかしか?」
「いんや。ちょっとプレゼントを探しにな」
塔の周りの店は島の中でも一等地だ。だからここに立っているだけで客は寄ってくるはずなのだが、その古びた外見のせいか店の周りに人影はない。
傾いた看板、狭くて薄暗い店内、店の前は雑草がボーボーに生えているし、何より店の前で客を威圧するようにいかにも頑固そうな店主が居座っている。「てめぇに売る編纂機はねぇ」とその特徴全てが語っている。
「はん!お前みたいなガキが一丁前に…ん?お前さん本当にガキか?」
始めは昇太を追い払おうとしていた店主だったが、いきなり店主は目を細め、得体の知れない化け物を見極めようとするように目をこらす。昇太は苦笑した。
「生憎とわけありでね。外見と実年齢が一致しないなんて魔法使いじゃよくあることだろ」
「【準一級】の紋章つけてるやつがよく言うぜ。それはまーいいや、女に編纂機をプレゼントするなんて無粋って話じゃねぇぞ?」
「残念ながら相手は女じゃねぇんだよなぁ」
「おっとなら男か?お前そういう趣味か?」
「男にも女にも興味はねぇ。変なこと言うなよ。気持ち悪いな」
「おいおい。人様の趣味嗜好に気持ち悪いなんざ、このご時世じゃご法度だろ?いやぁ住みにくい世の中になったもんだな」
店主はそう言ってニヒルに笑う。彼も魔法使いの紋章をつけているが、わざとそうしているのか紋章のラインの数は見えない。
「それで?なんで他のきらびやかで若者の目を奪わんばかりの店じゃなくて、こんな薄汚いところに来たんだ?コミュ障か?」
「それもある。だがここの店が一番いい編纂機を売ってるってことは分かった」
「ほう」
店主の目がキラリと輝いた。昇太は店に置いてある編纂機の数々を見る。優れた年式のものだけを選んで置いてある上にその全てがカスタム済みだ。
カスタムとは編纂機を工場から出荷されたままの状態ではなく、それに使いやすいように手が加えられたものだ。ここの商品は全て既製品の編纂機の性能をそのまま向上させたうえで、さらに個人に合わせたカスタムができるようにされてある。その分値段も相応だがそれだけの価値がある。
「中々いい目をしてるじゃねぇか。さすがは『00年式』を使っているだけあるな。しかもガチガチにカスタムしてやがる」
編纂機の店主らしく、目敏く昇太のつけている編纂機を分析している。
「そりゃぁな。『00年式』なんてカスタムしないと使えたもんじゃないだろ」
「はっはっは!ちげぇねぇや。それで買ってくのかい?」
「そうだな…」
昇太はいくつかの編纂機を比べた後、一つの編纂機を手に取った。リストバンド型で金色に鈍く輝く大型のものだ。
「『32年式汎用型編纂機オーバーカスタム』か。えぐいやつ選ぶんだな。それはある意味『00年式』よりも人を選ぶんじゃねぇのか?」
「だろうな。だがあいつにはこれくらいがちょうどいい」
『32年式』は編纂機が最も発展したと言われる30年代の異端児と言われている。2031年に彗星のように現れた天才技術者によって作られたその機体は霊力の大量消費による高威力を目的に設計され、それを高い技術で作り上げたものだ。
霊力の消耗が激しいため塔内部でも内包霊力が多くなければ使うことはできず、その出力の高さに魅入られて無謀に挑戦して霊力切れを起こした者を多く生んだ一品。
そしてこの『32年式汎用型編纂機オーバーカスタム』は霊力のロスを抑えつつも、ただでさえ吸い上げが激しい霊力出力を限界まで高められている。無論学生レベルで使えるものではない。
しかし昇太は一也にはこれくらいのものがちょうどいいと見込んだ。一也は内包霊力だけなら【特一級魔法士】並だ。一也ならこれを扱えるし、現状防壁しか使えないとしても1層で身を守るには十分すぎる。できれば霊力操作くらいは編纂機を介さずに行ってほしいが、それは後回しだ。
「ところで、この機体20万はするんだが、払えるのかい?」
編纂機は高い。科学技術と魔法技術の神秘が詰まっているうえに魔法使いが命を預けるものでもある。高いのは当然だ。
「当然だろ」
昇太は腰につけている『収納袋』から財布を取り出し、諭吉を20枚数えてポンと出した。
「…学生が軽く出していい額じゃねぇだろ」
「別にいいだろ。いい品にはいい値段がする。良い腕があればそこに金は集まる。それだけのことだ」
「そうかい、まぁいいか。あいよ確かに受け取った。その編纂機はお前のもんだ。自分で使うなり売るなり好きにしてくれ」
「最初からそのつもりだよ」
店主から編纂機を受け取り、昇太は店を後にした。店主がその後ろ姿を眺めていると彼に近づいていく者がいる。昇太は彼に編纂機を押し付けて何か説明を始めた。茶色の髪を天に突き立てるような形にした青年は、なるほど確かに『32年式汎用型編纂機オーバーカスタム』を使えるほどの霊力を有していた。あれが先天的なものなら大した才能だ。
「面白いやつじゃねぇの」
店主はクツクツと笑う。風にふかれて彼の紋章が明らかになる。その紋章に引かれたラインの数は【特一級魔法士】を示す4本だった。
*
「いいのかよ。こんなのもらって。大体俺金が」
「別に構わん。金に困ってない。お前が塔でのたれ死ぬほうがよほど困る。気になるなら出世払いだ」
一也は編纂機を渡され、その性能について説明を受ける。その説明だけでこの鈍く金色に輝く編纂機が高価なものであることが知れた。突き返そうにもいらないからと断られ、金を払うといってもお前には払えないと金額すら教えてくれない。そうなると使わないのも無駄になるので『27年式』を外して『32年式』をつけるしかない。新しい編纂機は『27年式』よりもずっと重く、その重さが頼もしかった。
「ようやく受け取ったか。それで?他の奴らはもう中で慣らしをしてんのか?」
「ああ。広間にもう皆入ってるよ」
「了解した」
二人は塔の目前まで来た。そこで昇太は突然編纂機で魔法陣を展開させる。
「小鳥遊?」
何をするものかと、一也が見とがめるが昇太はお構いなしだ。
「お前たちの命を守るための対処だよ。…闇魔法。認識阻害」
使われたのは昇太のことが認識しにくくなる闇魔法だ。魔法が使われる前から昇太のことを認識していた一也以外の意識から昇太の存在が消える。それを確認して昇太は『収納袋』から一枚のカードを取り出した。朝昇太がいじっていた水晶でできたカードだ。
「『ドワーフの遊び札』、起動」
「なんだこれ」
昇太の合図を受けて水晶のカードが空に浮き、カードが二枚、三枚と増えていく。そしてそれは瞬く間に百枚近い枚数に変わる。薄い青色に煌めくカードが夕日を浴びて美しく輝く。
「防御。対象。外敵。治癒。対象。負傷。反応。自動。隠蔽。認識。色彩。透過。…複製。複製。複製」
それらのカードは昇太の合図に従い、彼の周りをグルグル回りながらカシャカシャと数枚のカードに束ねられていく。最終的にそれは20枚のカードにまとめられた。
「んじゃ入るか」
「いやだからそれなんだよ」
一也の突っ込みに昇太は面倒そうな顔を向ける。それからしぶしぶと言った様子で話し始めた。
「A級遺物『ドワーフの遊び札』。言わば未来型の編纂機だ。このカードは不規則に分裂し、多様な魔法の要素を具現化する機能を持つ。それを一枚一枚定義して、何枚も重ねることで一つの魔法を作ることができるんだよ。もちろん指示できる上限はあるし、複雑な魔法を組めばそれなりに霊力も喰う。それでも万能に近い遺物だから重宝してる」
『ドワーフの遊び札』がA級なのは、この遺物をもとに編纂機が作られたからだ。A級となる条件は現在の技術では再現不可能だが、再現できる可能性のあるもの。編纂機という存在があるから『ドワーフの遊び札』は限りなくSに近いA級に分類される。
もちろん『ドワーフの遊び札』が編纂機のもとだということは一也には言わない。
「そんなのあんのか」
一也は疑問を残しつつも納得したというようにうなずいた。昇太は『ドワーフの遊び札』の一枚を一也に貼り付けた。カードは一也の体に触れると同時に色が一也の服と同化する。
「これで塔にいる怪物からの攻撃の大半は防げるはずだ。攻撃を受けるとこのカードが自動的に防壁を張ったり、傷を癒してくれたりする。同じものをクラスの他の連中にも貼り付けておく」
「これが命を守るための対処か?」
「そうだ。つっても当然致命傷を治せるだけの威力はないし、〈動物園〉に出てくるケルベロスやら胴長ライオンやらの攻撃までは防ぎきれん。それに一度壊れたらしばらくは使いものにもならん。クラスがまとまって動いてくれるといいんだがな。さて鹿島。お前は塔を前にして新しい編纂機と『ドワーフの遊び札』という保護を受けた。それでも塔は怖いか」
塔の入り口で立ち止まり、昇太は一也に問いかける。一也は少しの間考えた後うなずいた。
「怖い。怖いに決まってんだろ。いくら道具で身を守ったところで死ぬときは死ぬんだ」
一也はその答えに昇太が失望するのではと思った。しかし昇太は満足そうにうなずいて答えた。
「ならいい。お前の言う通り、道具は所詮道具でしかないからな。その程度で塔への恐怖が揺らいでいたら殴っていたところだ」
「なぁ小鳥遊。前から聞きたかったんだけどさ、お前は塔に詳しいのか?」
一也は今までずっと気になっていたことを口にした。最初一也と月子を助けた時も1層の横穴の意味を知っていたし、聞いたこともない塔の遺物を持っている。魔法の腕もいい。昇太が島に来たばかりの転校生でないことは知っているが、それ以外のことについては全く知らない。
「そうだな。少なくともお前よりは詳しいが、俺の知識はほとんどが受け売りだよ。両親や師匠にあたる人達のな。俺が本当の意味で詳しいのは…層だけ」
最後の一言だけが聞き取れなかった。聞き返そうかとも思ったが、昇太はあえてその部分をぼかしていたようにも思えた。
「よし、じゃあ行くぞ。お前の課題は塔への恐怖を乗り越えることだ。怖がるな、とは言わん。むしろ盛大に怖がれ。だが恐怖に怯えることはするな。怯えて足がすくめば失うのは自分の命か、隣にいる誰かの命だ。それを胸に刻んでおけ」
「分かってるよ」
昇太の叱咤激励に力強く答え、一也は二度目の塔に足を踏み入れた。
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