第十五話 扇動
知っていますかぁ?あなたたちはだまされているんですよぉ。
ねちゃりとした声。武者小路はそれをただ聞いているばかりで、その言葉が正しいのかどうかも分からない。
私は知っていますぅ。君は悪夢を見ている。大事な、大事な仲間が死ぬ夢をぉ。それ、真実ですよぉ。
クスクスと嗤う声。だがその声はすんなりと頭に入って、奥深いところに図々しくも居座ろうとする。抵抗しなくては。でもそのやり方が分からない。
知りたく、ないですか?あなたが誰を失ったのかぁ。どうやって死んだのか、なぜ死んだのかぁ。君はすでにそれを知っているぅ。でも分からない。どぉして?それはねぇ。
愉悦に満ちた声。知りたい、と思った。そう思うだけで抵抗しようとする意欲がそがれる。素直にこの声を聞き入れてしまう。
知りたいですよねぇ。でも教えな~い。
焦らす声。教えてくれ。頼む。知らなくてはならないことなんだ。忘れてはいけないと思っていたことなんだ。もがくように、あがくように、武者小路は声の主に手を伸ばす。
そうですかぁ。そうですかぁ。なら私のお願いを聞いて下さい。一つ叶えてくれるごとに少しずつ。あなたの願いも叶えてあげましょう。私のお願いを全て叶えてくれたのなら、君が知りたいことも全て、ねぇ。
救いの声。武者小路は男の「お願い」を聞き入れた。
*
「相変わらず気色悪いやり方だな。神父」
「そうですかねぇ。私は私のやり方を貫くだけ。迷える子羊を正しい道へ。間違いがあるならそれを正す。例えそれがどんなに辛く苦しいものだったとしても、真実を偽ることは許されませぇん!何もおかしなことはありませぇん!違いますか?戦士」
「…狂人め」
「失敬な!ま、ともかく私は私の仕事を果たしましたよ。後は彼の仕事です。彼がちゃんと私のお願いを聞いてくれるかどうかぁ。あぁ!心配です!」
「一応あいつには『銃』をもたせておいた。対象の実力がいかほどのものか分からないが、あれを使えばある程度のことは分かるだろう」
「そうですかぁ。でもあなたの魔法も中々不便ですねぇ。表層しか見透かせない。底の浅い子羊ならまだしも、迷わない狼ではあまりに力不足だぁ」
「所詮適正の低い古式魔法の一種だからな。相手に気づかれないというのが肝心だ。この魔法も情報を抜き取るよりも、相手にばれないことに特化している」
「ま、あなたは戦士ですからね。斥候ではない、ということですか。では私はそろそろ」
「ああ。もう会うことがないことを願っているよ。神父」
「私はまたあなたに会いたいですねぇ。さようなら」
神父は消え、戦士は戦場へと戻る。後に残ったのは虚ろな目をした子羊のみ。
*
翌日、昇太に示された選択肢への答えを未だに見つけられないまま一也は学校に行くことになった。昨日遅くまで悩んでいたせいか登校時間は遅刻ギリギリだ。カラカラと教室の扉を開く。すると、教室の空気がおかしいことに気づいた。
「あんた…正気?」
「ああ。俺は正気だよ。むしろ今までそうしてこなかったことがおかしかったんだ」
教室の黒板の前で萌と武者小路が言い合っていた。珍しいことだ。魔法に長けており、何度も塔に昇っている二人であるが、気の強い萌と気位の高い武者小路。互いに不干渉を貫いている印象があった。
「確かにあんたの言ってることも間違ってはいないと思う。だけど」
「俺たち魔法使いは魔法から逃げられない。そして魔法使いにとって塔は特別な場所だ。なら一度は行くべきだろう」
「それは、そうだけど。でも今行く必要はあるの?」
「そう言い続けていると一生いつか行こうってことになるかもしれないだろ?大丈夫だ。このクラスには属性魔法が使える奴もいるし、何より上位魔法が使える小鳥遊もいる」
「そうは言っても小鳥遊は闇魔法使いよ。戦闘には向いてない」
「何の話をしてるんだ?」
そんな二人を横目に一也は近くでおろおろしているこころに声をかけた。こころは一也に心底困り果てたという様子で話し始めた。
「うん。今日ね、いきなり武者小路君がクラス全員で塔に昇ってみないかって言いだしたの。魔法使いなら一度は塔に行った方がいい。皆で力を合わせれば安全だからって」
「なんだそりゃ?」
学校の生徒が塔に昇るのは自己責任だ。そして塔に行くことには危険が伴う。そんな記念旅行に行く、というようなものではないのだ。だがあの二人の話を聞いている限り、武者小路の方に意見が傾きつつあるように見える。周囲のクラスメイトたちも乗り気のようだ。塔のある島に生まれた以上、塔に興味はあるのだ。機会があるなら行ってみたいと思う気持ちも当然で、その上安全だと言われたら、その方に気持ちが傾く。
「塔はそんなに安全だなんて言いきれるところじゃないのに…」
眉を八の字にするこころ。一也も同意するように首肯する。視界の端に大田と涌井の姿が入った。こころ同様二人も困惑しているように見える。
(あの二人には相談していないのか?)
気にはなったが、一也が聞いても答えてはくれまい。一也は塔に最も詳しそうな昇太に声をかけた。
「小鳥遊。お前はどう思う?」
昇太は椅子にもたれかかって萌と武者小路の様子を観察している。その手には透き通った水晶のカードがあった。一也が声をかけるとそのカードをいじりながら、視線だけをこちらに向けてくる。その顔は険しい。
「小鳥遊?」
「…クラスの連中が行くというのなら、俺はそれについて行くだけだ」
面倒だからな、と昇太が言ったのはそれだけだ。昇太は昇太で様子がおかしい。一也はこころと顔を合わせて首をかしげることになった。
*
「皆どうだろう。塔は確かに危険にあふれている。しかし一人では危険でも、二人なら三人なら、それ以上にクラス21人なら!どんな危険も乗り越えられる。危なくなっても誰かが助けてくれる!そうは思わないか!?」
武者小路の声からは最近感じられたどこか調子のおかしさはなく、自信に満ち溢れている。本来武者小路は集団の先頭に立って行動することが得意だ。カリスマ性があると言ってもいい。
その声を聞いて、教室の熱気も少しずつ高まっていく。違うのは一也とこころなど塔に行ったことのある者だけだ。
「行く…か?」
「行けそう、よね」
「武者小路が言うんだ。やれるさ」
クラスはもう皆で塔に行く雰囲気になっていた。それを見て歯がみする萌。こころは心配そうに目を伏せ、一也は自分の腕を抱く。昇太はくるくると手のカードをいじっていた。
『どう見る?ばぁさん』
『不自然でしょうか。割り切れ過ぎといえば割り切れ過ぎ。他の生徒たちは無知ゆえの心理で理解はできますが、唯一武者小路剣だけがおかしいですね』
あらかじめ準備していたのか、武者小路は塔に行くという申請書をクラスに配布していた。生徒たちは興奮をにじませてそれに名前を書いている。それを見た昇太も申請書に名前を書く。
『しかしこの『通話』はいい判断でした昇太。相変わらず便利ですねあなたの『ドワーフの遊び札』は』
『きな臭い流れだったからな。電話するのも不自然だし、何よりここを放置した方が余計に面倒につながりそうだ』
昇太は武者小路と萌が話しだした時点で『ドワーフの遊び札』という遺物を用いて、ばぁさんと通信をつないでいた。受けた指示は「武者小路に同行。必要ならば『処理』すること」だ。面倒だが言われたことはやるしかない。
「ああ、今日はよろしくな」
武者小路が昇太の書いた申請書を受け取りにやってきた。その表情は不自然なほどにこやかで、胡散臭い。
「そうだな」
『そうだ。他の生徒の安全確保もお願いしますね。今回は扇動された形なので一応『保護』してあげませんとね』
『そうかい』
ばぁさんの薄ら笑いが透けて見えるようだ。昇太は不快感が表情に出ないようにこらえる。パタンと、水晶のカードを机に置いて通信を切断した。
悩んだ末に一也も申請書に名前を書いた。不安はある。恐怖もある。しかし人数が多ければ危険を分散できることも事実で、いつかは塔に行かなくてはならないならと決意した。
「大丈夫か?」
「…ああ。俺も行くさ」
昇太の呼びかけに一也はうなずく。だがその顔色はあまり良くない。無理しているのがまるわかりだ。昇太ははぁとため息を一つついた。
「心配するな。今回に限っては大抵のことからお前を守ってやる。他の奴らも同じにな」
そういうお達しだ。面倒そうに言うその態度を見て、一也は少し安心した。
「武者小路。申請書は俺が渡しておく。お前は道具の準備でもしてろ」
「任せていいか?」
「ああ」
武者小路が提示した塔行きの日取りは提案したその日。まるで生徒たちが心変わりしないようにするため、あるいは余計な準備をさせないためにも見える。
「助かるよ。これで…」
その時、武者小路の霊力の一部が不可思議に揺らめいたのを昇太は見た。ほんのわずかな霊力の乱れ。それでいて何かしらの作為を感じさせる。
「…」
申請書の束を受け取って、昇太は黙って立ち上がった。
「どうぞ。クラス全員分の申請書です」
「…分かった」
昇太の出した申請書を時谷は何も言わず受け取った。しかしその目は苦しそうに震え、どこかすがるような色が感じられた。
「はぁ。先生、ばぁさんから何か聞きましたね」
時谷の様子を見れば、時谷がばぁさんから情報を得たことは知れた。時谷は少しバツの悪そうな顔をしてうなずいた。
「ああ。だが詳しいことは教えてはくれなかった」
「でしょうね。あの人にとって俺は…」
その先が口からこぼれることはない。首を振って昇太は続ける。
「ひとまず、ばぁさんからも生徒たちを守るように言われていますから安心してください。死ぬようなことはないはずです」
「そうならいいが」
この人は島の学校に向いていないなと昇太は思う。ばぁさんからの冷酷な指示にも従えるほどには感情を殺せるくせに、目の前の生徒を見るとどうしても感情を殺しきれない。生徒にも冷たくふるまっているようで、その実かなり気を配っていることが分かる。
(大人として正しいのはきっとこういう人だな)
目的のためなら手段を一切選ばない。それは合理的ではあるが人として正しくない。それができるのは人であることを止めてしまったものだけ。
(俺はどっちだろうな)
自嘲をにじませ昇太は時谷の前から退出した。
*
「思い出した。思い出した。そうだよ。やっぱり俺には四人目の仲間がいたんだ」
青年は一人事実を知る。それを青年は頬を紅潮させ、喜びをにじませながら感受する。
まるでゲームの報酬のように情報が与えられていくことのおかしさに、彼は気づかない。そして彼が誰からそれを告げられ、その懐に入っているものの存在のことすら、彼は認識することはできなかった。




