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第十三話 悪夢

 人死にの描写があるます。苦手な方はご注意ください。

 最近よく悪夢を見る。塔に行って仲間が死ぬ夢だ。しかしそれは何かがおかしい。彼の仲間は自分を含めて3人だけ。4人目はいない。


「よし!負荷にはもう慣れたな!そろそろ行くぞ」

「おうよ!リーダー」

「うっせぇよ××」

「とっとと行こうぜ」


 武者小路の言葉に4人目が答える。彼らのリーダーは属性魔法が使える武者小路だ。塔の中を進むにおいて、彼の雷魔法と適切な指示は仲間たちにとって何よりも頼りになる。しかしメンバーのムードメーカーはこの4人目だった。いつもやかましく騒ぎ立てるが、そんな彼のことを誰もが好いていた。空気の重くなる塔の攻略の中で、彼のような存在は必要だ。気位の高い武者小路も口の悪い大田も万事適当な涌井も、口では彼のことを悪く言っても本当に悪く思っているわけではない。


「おいおい!何か扱い軽くねえかよ」

「そんなことねぇよ」

「ちょ…おいてくなよぉ」

 4人目は先を進む3人を情けなく追いかけるが、誰もが口元に笑みを浮かべていた。彼らが塔に昇るのはこれでもう8回目だ。1層の環境にも慣れてきて少しは余裕が出てくるころだ。


 1層〈動物園〉は2層へと続く階段の場所こそ変わるが、迷路の構造自体は変わらない。過去7回の探索で階段が発生する広間はいくつも発見している。そこに行くための地図も作っている。階段は迷路の奥にある広間の方が発生しやすいとはいえ浅いところに階段が発生する可能性もゼロではない。その日は地図に書いた広間を回りながら遺物を探したり、怪物たちを倒したりするつもりだった。その中で階段を見つけたら幸運だ。

 今高等部2年生の中で2層に到達した者はいない。武者小路たちが2層に行くことができれば、それはつまり快挙だ。周囲に自慢でき、評価される。それに武者小路は少しだけ焦っていた。塔に何度も昇っている同学年の生徒たちで最も探索が進んでいるのは同じクラスの廣崎萌と安藤心のペアだ。彼女たちは武者小路たち以上に何度も塔に昇り、経験を積んでいる。人数で言えば武者小路たちの方が倍いるが、あの二人は二人とも属性魔法を使うことができる。塔を昇る中で属性魔法が使えるかどうかは大きい。二人でも探索ができているのはあの二人が属性魔法の使い手だからだろう。


 クラスにはもう一人属性魔法が使える生徒がいたが、彼女は落ちこぼれといつもつるんでいるから気にかける必要はない。以前勧誘したが断られた。だから用はない。

 いつものように4人は迷路の道を進む。中央に武者小路がいて、その後ろに大田と涌井。前方に××だ。背後を太田と涌井が警戒し、前方を××が警戒する。武者小路は中央で道の指示だ。それに加えて戦いに備えて体力の温存。いざ怪物たちと戦うとなればメインに戦うのは武者小路だ。この布陣は当然のものと言える。

 潜ったのは土曜日の朝。4人は休みの日の2日間を使って塔の攻略に挑んでいた。広間から広間に渡り、その途中で4足歩行の怪物と出くわせばよほど危険な相手出ない限りは討伐し、偶に発生する遺物を回収する。光の射さない塔の中では時間の感覚が鈍る。だから定期的に休みを取る必要がある。休みを取る場所は広間の真ん中だ。交代で見張りをしながら短い睡眠をとる。塔の中に安全地帯はない。少なくとも武者小路たちはそう勘違いしていた。休みがとれたらまた探索に戻る。


 土曜の朝から探索を始めて日曜の夕方になった。そろそろ撤退の頃合いだ。

「次の広間を回って出口に戻ろう」

 武者小路の号令に各々返事をするが、その声には隠しきれない疲労がにじんでいる。たった二日間とはいえ休むことのできない行程だ。どうあがいても疲労は溜まる。しかしこの苦行もそろそろ終わりだ。仲間の中に活気が満ちる。


 そしてそういう時こそ人は最も無防備になる。


「おい!剣」

 ××が前方を指さして大声を上げた。

「なんだよ。大声を出すなって…」

「いやちが、いいからあれを見ろよ」

 ××はしきりに遠くを指さしている。武者小路はしぶしぶといった様子で強化の魔法で視力を高める。そして××と同じように驚きの声を上げた。


「階段!?」

「そうだよ!階段だ!」

 階段の言葉を聞いて大田と涌井も前方を確認する。そして武者小路と同じように驚きの表情を見せる。

 彼らの進行方向にある広間の中央には上へ上へと続く螺旋階段があった。階段は黒塗りの細い板でできた段と鈍く金色に輝く手すりで作られている。

 紛れもなく2層への入り口となる階段だ。だがその階段は明滅し、今にも消えそうになっている。

「お、おいあれおかしくないか!?」

「まずい!階段が移動を始めている」


 〈動物園〉に発生する階段は定期的に迷路の中を移動する。そしてそれは突然姿を消すのではなく、数分間かけて明滅し、それから次の場所に出現するのだ。目の前に見える階段は消滅しかけだ。見逃すか、急いで行って昇るか。武者小路に選択が迫られる。

 本音を言えば昇りたい。階段は例え消えかけでも誰かが触れればその人間が昇り切るまで階段は存在し続ける。走れば間に合う可能性は高い。

 しかし〈動物園〉でその行為は果てしなく危険だ。怪物はどこにいるかも分からず、迂闊な行動は死を招く。しかし目の前の誘惑は捨てがたい。しかし仲間の命を預かるリーダーとして不用意な行動は避けたい。それに階段の周りには強力な怪物が出やすいと聞く。


 冷静に考えればここは涙を呑んで階段を見逃すのが正解だ。だが溜まった疲労の中に長年望んだ階段が手の届く「かもしれない」場所にあるという誘惑。迷いが生まれるのも当然だ。


「行こうぜ!」

 そんな武者小路の迷いを切り裂いたのは××のその一言だった。夢が目の前にある。ならば無理を承知で手を伸ばすことの何が悪いのか。××の目はそう告げていた。武者小路は決意する。

「分かった!走るぞ!」

 階段はますます明滅する。4人はそれに間に合うように走り出した。



 もし、この場に塔に詳しい魔法使いがいれば、この階段が明滅するという機能は悪趣味だと言っただろう。行くな、とも。

 塔は迂闊な者を逃しはしない。塔が求めるのは慎重さと高い技量を兼ね備えた者。どちらが欠けてもいけない。

 だが武者小路たちは走りだした。走りだしてしまった。そんな迂闊な者たちを塔が逃すことはない。


 ××は誰よりも前にいて、しかも強化が誰よりも得意だったから広間に真っ先に入ることができた。××は素早くそして足を止めることなく広間の様子を確認した。広間は薄暗く閑散としていて魔法使いの姿も怪物たちの姿も見ることはなかった。


「誰もいない!」

 ××は後ろを走る武者小路たちに言って、今にも消えそうな階段のもとへ急いだ。風のように駆けて階段に手を伸ばす。

「届け!」

 ××の手が階段に届く。その瞬間。

「あれ?」

 バツン。そんな音がして××の手は空を切った。階段が消えた?違う。階段はまだ存在している。


「××…?」

 涌井の声は震えていた。大田はカチカチと歯を鳴らし、武者小路も手で口を押さえていた。

「皆?」

 しかし××はどうして仲間たちがそんな反応をしているのか分からない。××の手は階段に触れなかったが、まだ間に合う。早く階段に手を。


 手を?


「…!?」

 ザザザ。××はそこでようやく自分が階段に触れることができなかったのかが分かった。ほおを引きつらせて××は自分の手を見る。手首の先から食いちぎられた自分の手を見る。


 ザザザ。3人が止まるのも当然だろう。××は思った。ザザザ。バツン。ガクンと、××の視線が低くなる。××は目線を下に向ける。腿の肉が大きく削られていた。これでもう立てない。

 ビチャンという音とともに××は床に倒れ伏した。彼の目は先ほどからザザザと音を立てながら床を動き回るある怪物をとらえた。


「『安楽ネズミ』…」

 ××の周囲を取り囲むように灰色の毛に赤く輝く目をしたネズミの群れがいた。体長はどれも10センチほどで細長い尻尾と大きな前歯が特徴的だ。そのうちの二匹はむしゃむしゃと××の肉を喰らっていた。


 〈動物園〉には数多くの危険な怪物が生息しているが、その中でも特に危険だと言われている怪物がいる。『ケルベロス』『胴長ライオン』そして『安楽ネズミ』。『安楽ネズミ』は〈動物園〉の中でも最小の大きさだ。その動きは素早くはあるが、戦闘慣れした魔法使いなら楽に仕留めることのできる怪物だ。


 相手が一匹であれば。


 『安楽ネズミ』が恐れられる特徴は3つ。一つは群れを作って行動すること。〈動物園〉の中で群れを作って行動する怪物は多いが、ネズミたちのそれは特に際立っている。

 現に××の周りを囲うように100匹近くのネズミが床を埋め尽くさんとばかりにしている。


 二つ目は痛みがないこと。『安楽ネズミ』の攻撃は蚊に血を吸われるときのように痛みを感じない。痛みがないということは体がその異常を訴えることができないということだ。背後に回り込まれて腹の肉を食いちぎられたら、目で見るまでそこから腸と血と肉が零れ落ちるままだ。

 万が一戦いになったらどこを怪我したのかすら分からない。痛みもなく楽に死ねる。『安楽ネズミ』の名前はそんな皮肉から来ている。××が始め手の欠損に気づけなかったのもそのせいだ。


 そして三つ目。『安楽ネズミ』は狡猾だ。彼らは知っている。塔に入ってくる侵入者は塔から生まれる道具や階段を探しているということを。彼らは知っている。挑戦者たちは目的のものを発見した時最も無防備になるということを。そして彼らは願っている。塔の侵入者を皆殺しにすることを。


 ××は血だまりの中に倒れ伏しながらもまだ食い殺されていない。それはネズミたちが侵入者が仲間を助けようと蛮勇を起こすことを知っているからだ。彼らは知っている。

「あぁ!」

 ××は魔法陣を展開しようとしてできなかった。ネズミの一匹が編纂機をつけた××の肘から先を食いちぎったのだ。ネズミは彼らの多くが手首につけた機械で魔法を使うことを、知っている。ならば使えなくするのは当然のことだ。


「××!」

 武者小路の悲痛な声が広間に響いた。××は涙を流しながらそれを見ているしかない。武者小路は広間の中央に踏み込んで魔法陣を展開する。


「大田!涌井!お前たちは背後から射撃だ!俺はあのバカを助ける!」

「分かった!」

「頼んだ!」

 大田と涌井は射撃の魔法陣を展開。広間にいるネズミたちに霊力の弾丸をばらまく。疲労は蓄積しているが塔の中には霊気が満ちている。魔法を使うのに支障はない。


 弾丸に打ちぬかれ何匹ものネズミが塵と化した。だがネズミは数が多い。射撃だけでは殺しきることはできない。そこに武者小路の雷撃が走る。暗い広間に迸る白線。悲鳴を上げながらネズミは消滅する。

 それでも足りない。雷魔法は下位6種の中で最も攻撃力と速度に秀でた魔法だ。それ故に対人戦や単体で強い怪物と戦うのは得意だが、群れで行動するような怪物には効果は薄かった。武者小路の雷はオーバーキルになるだけで、広範囲の殲滅なら火魔法か水魔法の方がよほど適している。


 しかしそれはないものねだりだ。武者小路は萌のように火魔法が使えるわけではないし、こころのように水魔法が使えるわけではない。使える魔法は雷魔法だけ。それでも射撃よりは多くの敵を殺すことができる。


「どけぇ!」

 武者小路は叫び声をあげながらネズミを薙ぎ払い××の元へと歩み寄る。目を見開き、歯をかみしめて拳を強く握って。彼は大切な仲間のもとへ向かう。

「馬鹿…逃げろよ」

 そんな武者小路の様子を見て、××はつぶやいた。彼には分かっていた。自分はもう助からない。ネズミはいつでも××を殺せる。××はエサだ。武者小路を確実に殺せる場所に誘導するための生餌。


 どうすればいい?××は必死に頭をめぐらせる。このままだと武者小路は死ぬ。××が()()したせいで死ぬ。それは何としてでも避けたかった。自分を犠牲にして武者小路を助ける。そのためには。

「ああああああ!」

 ××は口を大きく開けて叫んだ。両腕は食われ、歩けない。動けない。なら取れる手は一つしかない。


「剣」

「なんだ!」

「生きろ」

「は?」


 そう言って××はニッと笑って自分の舌をかみちぎった。


「××―――!」

 武者小路の叫び声。大田と涌井の絶叫。それを××は遠のく意識の中で聞いていた。もう打てる手はこれしかなかった。武者小路たちは自分という生餌がいるから死地に飛びこんだ。ならその生餌がなくなれば撤退してくれるはず。

 ザザザと音がする。不機嫌そうな音だ。最後に耳元でその音を聞いて、××は死んだ。



 2層へと続く階段がその時、フッと消えた。



 それからのことはよく覚えていない。気づいたら武者小路たちは広間から逃げ出していた。どう動いたのか、どうやってネズミから逃げ出したのか。分かっていることは武者小路は、大田は、涌井は。大切な仲間を失ったということ。

 決して忘れはしない。そんな思いを胸に抱いて3人は塔から脱出した。そして――。

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