16・観光地巡り
「ちゅん、ちゅん」
小鳥のさえずりが聞こえてくる。
カーテンの隙間から薄明るい光が漏れている。
「あ、そっか。旅館に泊まったんだ」
視界に飛び込んできた格子造りの天井が、自分の日常じゃないことを僕に教えてくれた。それにしても、なぜだか下半身がひどくスースーしている。肌寒ささえ感じていた。
「うーん、どうしたんだぁ?」
身体を起こすと僕の浴衣がはだけていた。そして、パンツを穿いていない下半身がむき出しになっていた。更にその下半身を素っ裸の優衣がもてあそんでいた。
「うふふん。お・は・よ、誠さん」
ニッコリと笑いながらも優しく撫で続けている優衣。
「お、おい! 朝っぱらから!」
僕は驚きと羞恥心でサッと浴衣で前を隠して身を引いた。妖艶なポーズで悩殺しながら、僕の様子を優しい表情で見守る優衣。
「優衣、頑張ったのよ」
そう言いながら、僕に近づき、更に顔を近づけて僕にキスをした。
「ほら、よく見て」
優衣が僕の浴衣の前を開く。
「あ!」
僕は思わず叫んでしまった。
あそこが今までに経験したことのない事態になっていた。
初めてそそり立つ自分のモノを見て、僕の心にちょっとした感動の嵐が起こっていた。
「わぉ。凄いな、これ!」
僕は素直に喜んだ、この初めての体験を。むせるような感動と共に。
「ありがとう、優衣」
僕は優衣を思い切り抱きしめて頬擦りをした。
「あぁ、ぐぐぐ……い、息が、で、出来ないわ」
「あ、すまない」
僕は手を緩めて苦しがる優衣を放すと、優衣がもう一度キスをした。唇を離した優衣は少し悲しそうな表情をした。
「まだまだよ。優衣はもっと誠さんを解放しなきゃいけないの」
そして、再び僕の下半身を撫でた。
「ほら、もうこの通りなんだもの」
先までいきり立っていたモノは既に力無く、ダラリと横たわっていた。
「それでも、勃起しただけでも凄いと思うけど」
僕の褒め言葉は、優衣にとっては慰めにもなっていない様子だった。
「こんなに『相転移』と『次元断絶』が複雑に絡んでいるとはちょっと想定外だったわ。根気強くやるしかないわね」
決意を新たにした優衣のようだったが、僕には何のことなのか、さっぱり解らなかった。
だが、あえて尋ね返すことはしなかった。優衣が僕に向けてくれた笑顔があまりにも優しかったから。
浴衣をちゃんと着直した僕と優衣は、やまのなか旅館のメインダイニングへと向かった。そこは、昼間は外部にも開放している旅館のレストランで、昨夜は到着が遅かったので部屋での夕食になったのだが、通常はここで宿泊客のディナーが供される。
部屋のキーを見せてダイニングの中へと足を踏み入れると、給仕係が笑顔で案内をしてくれた。
「お席は自由席になっております。バイキングスタイルですので、お料理はご自由にお取りくださいませ」
僕と優衣はぞれぞれにトレイを持ち、料理を盛ってから窓際の席に腰を下ろした。
カリカリベーコンと生ハムにソーセージ、僕はスクランブルエッグだったが優衣はオムレツ、僕がハッシュドポテトで優衣がフライドポテト、パンは僕がバターロールで優衣がクロワッサン、そしてオレンジジュースに果物とコーヒーだった。
偶然だろうか、僕と優衣がチョイスした料理はほとんど同じものだった。
「ほぼ一緒じゃん」
「あら、殆ど同じね」
僕と優衣は顔を見合わせて笑った。
「今日の予定は?」
クロワッサンをパクッと口に入れて、優衣が僕に尋ねる。
「今日は観光をしようと思ってる」
ソーセージを切りながら僕が答える。
「そうなの?」
優衣はフライドポテトを一本、口の中に入れた。
「優衣は部屋でずーっと抱き合っててもいいわ。その方が優衣は都合がいいのだけれど」
もう一本、フライドポテトを口に入れる優衣。
「え? だ、だって、少しは恋人気分になってもいいかなって……」
僕はバターロールにイチゴジャムを塗りたくりながら、焦って応える。
「あぁ、それも一つの手ね。恋人気分を高めることも『呪縛解放』には効果があるかも」
半熟のオムレツにケチャップを付けて頬張る優衣。
「ねぇねぇ、手をつないだり引っ付いたり抱き付いたりして、むっちりと仲良くしてもいい?」
身を乗り出して僕に訊く優衣。
「も、も、もちろんだよ」
僕は勢いでベーコンとポテトを掻っ込む。
「うふふ。楽しみ」
苺を頬張り、オレンジジュースを喉に流し込む優衣。
僕は冷や汗を掻きつつ、パンをコーヒーで流し込んだ。
「いってらっしゃいませ」
レンタカーに乗り込むとドアを閉めてくれた女将と仲居が口をそろえて言った。
旅館の車回りで手を振る女将と仲居に見送られながら、僕と優衣を乗せたレンタカーは旅館を出た。
「最初にどこへ行くの?」
助手席の優衣が訊く。
「黒い玉子が出来る温泉場所」
僕は短く答える。
「一時間ほど掛かるんだけどいい?」
僕がそう訊くと優衣はコクリと首を縦に振った。
「誠さんと一緒なら全然いいわ」
優衣は正面を見て運転する僕の顔を見てから、僕の左肘を掴んだ。
「どこにまで行っても問題ないから」
優衣の意味深な発言に、僕は生唾を飲み込む。
「あまり深く考えないで。誠さんは誠さんのままでいいのよ」
そう言って僕の腕を少し強く掴んだ優衣だった。
お昼の一時間ほど前に到着して駐車場に車を停め、噴煙の上がる場所まで歩く。およそ十分くらいで小さな茶屋まで来た。
「シューシューと蒸気が上がってるわ」
白い噴煙が僕と優衣を覆って、お互いの姿を見失った。
「誠さん、どこ?」
「ここだよ」
真っ白な視界の中で手探り会い、指先が触れる。それを頼りに優衣は僕の腕を掴み、辿り寄せて来て、僕の腕にしがみ付いた。
「嫌よ、誠さん。優衣を離さないでよ」
オドオドとした表情の優衣は本当に恐怖に駆られたようだった。そんな優衣が少し愛おしくなって、僕は握っていた手を強く握り返した。
「そうやって優衣をきつくホールドしてて」
優衣は更に僕へとしな垂れてきたのだった。
駐車場近くの売店まで降りて来て、名物の黒い玉子を二個買った。
「表面が黒いだけなんだわ。なるほど、鉄と硫黄とが玉子の炭酸カルシウムに反応するってことなのね」
殻をむきながら、優衣は玉子そのものから分析しているようだった。
「この黒い玉子を一個食べると寿命が七年、延びるんだって」
僕は訳知り顔で説明した。何のことはない、売店にある看板を読んだだけの受け売りだったのだが。けれども、優衣はそれを聞いて急にうつむいた。
「優衣に残された時間は『あと二十八時間』なんだけど……」
僕は「しまった」と思った。
「食べたら七年も伸びるのかしら? そう、『あの時』のように……」
玉子を食べながら僕を見て、そう言う優衣。
僕は人の目をはばからずに優衣を抱きしめていた。
「ちょっと恥ずかしかったわ」
赤い顔をしながらも嬉しそうな優衣。
既にレンタカーは次の観光地を目指していた。
「切なくなったんだよ、急に!」
僕は真っ赤になって言い訳をしていた。
「あの時の誠さんみたい。嬉しかったわ、とっても」
しみじみとした言葉を吐き出す優衣。
「え?『あの時』って?」
僕の質問に優衣は急に慌てた。
「あ、いえ、な、何でもないわ……えーっと、そうそう、次は何処へ行くの?」
「えーとね、植物園。お猿さんとか小鳥さんとかも居るらしいよ」
優衣に切り返された僕はなぜか追及せずに素直に答えていた。
「ごめんなさい。動物はちょっと苦手なの」
申し訳なさそうにする優衣。
「大丈夫だよ、植物園だけ行けばいいから」
お昼過ぎに駐車場にレンタカーを停めた僕と優衣はメインゲートへと向かった。
温室は全部で五つ。中には針状の葉っぱを持つ植物が所狭しと植栽されていた。世界の針状葉っぱの植物が集められているという。丸いカタチや円筒形などもあれば、多肉植物も植えられていた。
「面白いカタチね」
「そうだね」
僕と優衣はずっと一緒に手をシッカリと握ったまま、植物園の温室を周った。
お互いに時々相手を見遣りながら。
時々しな垂れる優衣。
時々肩を抱く僕。
お互いを妙に意識しながら。
植物園だけにレストランでは『グリーン・カレー』を僕も優衣も選んだ。けれども、これがメキシコ料理風で、とても辛かったのだ。
「大丈夫?」
平気で食べている優衣を見ながら、僕は一口食べてむせていた。
「いやぁ、辛いってもんじゃないな」
額からの汗が止まらない僕。
「無理して食べないで。夜になって『やれない』なんて言われても優衣が困るわ」
かなり困った顔をして僕を真剣な顔で見つめる優衣。
「わ、分かったよ」
僕はサンドイッチを追加オーダーした。僕のカレーは優衣が平らげた。
「優衣こそ大丈夫かい?」
僕の質問に優衣は質問で返してきた。
「誠さんこそ、どうなの?」
「僕はサンドイッチを喰ったから大丈夫」
僕の答えに優衣は変な顔をした。
「違うったら! 私と恋人気分になった?」
「え? どういうこと?」
答えに窮する僕を見て優衣が補足する。
「えーと、そのー、何て言うのかしら、『モヤモヤ』とか『押し倒したい』とか『もっこり』とか……」
赤くなってモジモジする優衣。
「あぁ、そっちか。上半身だけじゃなくて下半身、あ、特に下半身に血が巡っているような感じ。その感覚は初めてだったよなぁ」
僕の言葉にフムフムとうなずく優衣。
「この後の予定はどうするの?」
鋭い眼光で僕を睨む優衣。
「でっかい爬虫類が居る所に行こうかと……」
優衣に押されて声が小さくなる僕。
「優衣は動物が苦手なの……もう『やまのなか旅館』に戻りましょうよ」
「えぇ!」
優衣の意外な提案に驚く僕。
「多少の渋滞を考えると、午後二時半過ぎのこの時間から向かった方がいいわ」
「あ、それもそうか」
意外と冷静な判断をしてるなと優衣のことを思い直す僕。
「温泉に入ってゆっくりしたいし」
「結局、それか」
「そう、優衣は誠さんとゆっくりすることだけよ。うふふふ」
不敵に微笑む優衣に僕は苦笑いした。
土曜の夕方だけに、優衣の予想通りに多少の渋滞があって、やまのなか旅館に辿り戻ったのは、午後四時過ぎだった。
「お早いお戻りでしたね」
仲居の山本がニコニコしながら僕と優衣を『藤乃間』まで案内してくれた。部屋には既に、浴衣と帯と半天、そして手ぬぐいとバスタオルが置かれていて、部屋の説明もなく、山本は僕と優衣にお茶を入れてくれただけだった。
「ご連絡は御夕食だけですね。本日はフランス料理のディナーになっていまして、午後七時にメインダイニングでございます。それまでは、ごゆっくりなさってくださいませ」
それだけ言うと山本はさっと部屋を出て行った。
廊下の扉が小さくカタンと閉まった音が響いたと思ったら優衣が立ち上がり、座卓を周って僕の所に来て僕の服を脱がせ始めた。
「おいおい!」
僕の制止も聞かず、優衣は僕の服を脱がせ散らかし、自分の服も脱ぎ散らかした。既に優衣の肢体は白く輝いていて、髪の毛が紅く逆立っていた。
「さぁ、露天風呂に入るわよぉ!」
一糸まとわぬ優衣は、真っ裸の僕の手を引っ張って部屋付きの露天風呂へと誘う。
その時にそれに気付いて、僕は小さく叫んだ。
「あ」
「どうしたの?」
股間を指差す僕を見て、優衣が声を上げる。
「あーん!」
そう、ほんの少しだがエレクトしていたのだ。
嬉しそうな表情で僕を露天風呂へと連れ立つ優衣であった。
お読みいただき、ありがとうございます。




