17・二晩目の夕食
テーブルの食前酒の小さなグラスを手に取って、僕は優衣と目の高さで傾ける。
「乾杯」
「カンパイッ!」
優衣のグラスとぶつかり「チーン」と鳴ってからグラスを口に運んだ。甘めのシェリー酒が空腹の胃袋へと落ちていった。
優衣はクイッとグラスを傾けて一気に飲み干した。
「さぁ、ドンドン食べて次の『戦闘』に備えなきゃ!」
先程までの妖艶さがどこかに消えてしまっている優衣だった。
「あ、いや、そのぉ、もっとゆっくりとさぁ、『やまのなか旅館』ご自慢のフランス料理を楽しもうよ。ね、優衣?」
僕は顔を引きつらせながら優衣に進言した。それを聞いた優衣は嬉々としていた表情から一転して物悲しいそれへと変化した。
「だって、優衣に残された時間はもう二十時間を切ったから……」
優衣の言葉に僕は息を呑んだ。
僕の中では優衣のことが単なる『浮気相手』とは思えない何かを感じ始めていた。だから優衣と一緒に居るこの時間を大切にしたいと思うようになっていた。とは言え、優衣の言うことも解からないでもなかった。
「でもね、僕は休憩時間が欲しいんだ。そんなに求められても僕の身体がもたないよ」
僕の言葉に、優衣はムスッとして声を荒げる。
「だって誠さんはまだ、優衣の中に入ってないんですもの!」
優衣の言葉に僕は赤くなって慌てた。
「お、おい、おい! 声が大きいってば」
仲居の山本が居なくなってすぐに服を脱がされ、優衣と一緒に露天風呂に入った時、確かに少々エレクトはしていた。優衣の「効果」で多少は固くなったけれども、藪を突いている間に萎えてしまう。それを数回も繰り返していたら、温泉の湯で僕がのぼてせてフラフラになってしまったのだった。
「全ての『相転移』と『次元断絶』を解消していないということなのだろうか? まだ何かが足りないのかもしれない。それとも、まだ気付いていない何かがあるのか……?」
僕の話を聞いていない様子で、食前酒と一緒に並べられた前菜をつまみながら、優衣は首を傾げながらブツブツと一人で何かを呟いていた。
前菜は、オマール海老をメインとして季節の野菜を一緒にゼリー寄せにした、鮮やかな色が美しいテリーヌだった。緑色の野菜たちには軽く歯応えがあり、それと対照的にオマール海老には多少の弾力はあるものの柔らかく調理されていて、ゼリーにはわずかにコンソメの風味が感じられて、料理人の手間惜しまない愛情が充分に感じられる一品だった。
「美味しいね」
一口食べた僕が感想を述べながら優衣を見ると、四等分したテリーヌの最後の一切れをこぼれそうになりながらフォークですくい、口に運ぼうとしているところだった。
「えぇ、とっても」
優衣はそう言い終ると同時にテリーヌをガツガツと口の中へ放り込んだ。僕は優衣のその食べる早さにしばらく凍り付いてしまった。
前菜も二品目が出てきた。さすがはお宿ご自慢のフランス料理だ、オードブルが二品とは。出てきた二品目は、ポロネギとベーコンのキッシュだった。もちろん、十二等分した小さな一切れだが。チーズと生クリームがタップリ入った生地はフワフワのアツアツで、ポロネギの甘さとベーコンの塩辛さのバランスが妙にマッチしていた。
それを優衣はまた二口で平らげていた。優衣を見ていた僕に気付いて、優衣はニッコリと微笑んだ。それも、口許に生地を付けて。
「ここに付いてるよ」
僕が自分の口許を指差して指摘する。
「あら?」
優衣はナフキンを口許に当てて、もう一度笑って誤魔化した。
「そんなに慌てて食べな……」
僕の言葉を優衣はさえぎった。
「誠さんもちゃんと食べないとダメよ。この後、誠さんは優衣とシッカリ、ミッチリ、ガッチリと合体しなくちゃいけないんだから」
優衣は言い終えてから僕にウインクをした。
「が、合体って」
そんな言葉で照れる歳でもないのだが、なぜか赤くなってしまう僕だった。
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