↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒いモノクロな世界と白いカラフルな世界 長文版  作者: ちぇしゃ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/26

021「栗とお芋が似てるわけないよ!」

 朝、何とも言えない匂いがして目が覚めた。何の匂いだろうかと眉を寄せ窓を開けると飛び込んでくる焦げ臭さに鼻を押さえた。臭いかと言われると首を横に振りたくなるが、特有のこの匂いはまるで何かを焼いているようだ。

 窓の向こう側には銀鼠と消炭色、そして鉛白の煙が視界を覆っていた。


「煙?」


 煙と言われて真っ先に思い浮かぶものは火事だろう。この窓からでは視界全部が煙に覆われており、何が燃えているのか分からない。枯葉を燃やしているのならば良い。けれども仮にこれが建物だった場合無事ではいられないだろう。

 部屋を飛び出ると扉の前に待機していた霙と白鴎は驚いたように私を受け止めた。


「どうした」

「そんなに慌ててどこ行くの」


 ここにまで煙の匂いが届いているけれど、2人が冷静さを欠いていない事から察するに、この煙は危険な煙ではないのだろう。


「これは何の煙?」

「あぁ、恐らく神楽が外で何かを燃やしているのだろう」

「お兄ちゃんが?」


 この煙が人為的なものであるならば、それは大事に至る事はないだろう。けれども神楽は何故そのような事をしているのだろうか。落ちた葉を集めて燃やしているのだろうか。不要な紙を燃やしているのだろうか。


「行ってみるといい」

「うん」


 霙と白鴎は顔が変わった。表情が以前よりも柔らかくなった。まるで私の事を大事に思っているかのような接し方だった。冷静な言葉と裏腹にその言葉にも優しさが載せられるようになった。まるで父親のようで母親のようだった。

 その優しさに、時に苦しさを感じる事がある。それと同時にここに存在しないはずの両親に思いを馳せるような夢を見る事がある。けれど、夢と言って良いのか分からない。ふと、意識が飛ぶだけだ。






 あそこへの行き方は覚えている。いや、覚えているというよりも、なんとなく見覚えがあるというべきだろうか。意識を飛ばしていたが、歩いていたとしても頭の片隅にはその光景がしっかりと写真のように残されている。

 中庭にポツンとあるベンチの場所も、咲いている鈴蘭の場所も。思い出に残したいものこそ記憶は薄れ、そして新しく覚えたものが頭の中心部に居座る。

 そして新しく覚えたものも、必要がなくなればすぐに消えてしまう。何の記憶を残すか。それは私の脳ではなく、私の心が決めるものだ。


「ついた」


 中庭に着き、昨日途中やめではあったがピクニックをしたベンチまでたどり着いた。昨日と何ら変わりのない、ただの綺麗な風景。けれども、ただただ眩しい。


「でもここじゃない」


 火が出ているのは、さらに奥の方だ。一筋の天柱のように、空へと続く白い煙はなぜかこの国の人達を連想させた。空に届く煙に羨ましさを覚えた。

 火と煙の匂いの方に近づいていくと、花畑の向こうの床は煉瓦が敷き詰められている。赤香と伽羅色に固められた煉瓦の真ん中に座り込んでる天使は煙を空へと送っていた。


「お兄ちゃん何してるの?」

「んぁ?……んだよ。お前か」


 私を見た途端面倒そうな表情を浮かべた神楽は、胡座をかいている足に肘をつき頬杖をする。


「お部屋から煙が見えたからどうしたのかなって」

「ああ……。見に来た訳ね。コレ焼いてんだよ」

 

 紙と炭と木と火に埋もれているのは、二藍の丸いもの。


「じゃがいも?」

「なんでだよ。どう見てもさつまいもだろうが」

「あ、そっか」


 確か、サツマイモを焼いたら、焼き芋というものになるはずだ。神楽は、1本の長い木枝を持ち、木や葉を動かす。その途端、炎が強くなり、火花が辺りに飛び交う。小さな蛍のように舞う花に、今が夜だったならば、どれほど美しかっただろうかと思いを馳せる。

   

「……食べるの?」

「食う為に焼いてんだよ。まぁ、飯っつーよりおやつだがな」

「お芋がおやつなの?」

「おやつと思って食えばおやつだ」

「なにその暴論」

 

 まるで、「満腹だが、デザートは別腹」という理論のようだ。そもそも料理とは外でするものではなく調理場でするものではないのか。なぜわざわざこのような所で調理をするのだろうか。


「緑弥さんに焼いてもらわないの?」 

「この時期しかこういう風に焼いて食えねぇからな」

「ふぅん?」


 分かるようで分からない。この時期でなければ外で焼かないのか。私とは異なる考えの人はまだまだ大勢いるようだ。冷静に考えれば暑い夏に焚き火をしようとする人も、寒い冬にわざわざ外に出て焚き火をしようとする人もいないだろう。


 さすがに胡座をかくような真似はしないが、神楽の横に同じように座り込んで火を眺める。木は少しずつ黒茶混じりになり、葉は跡形もなく消えさる。火は穏やかに、消え去る事なく燃え続ける。他のもの全て消え去るまで火は消えない。何かに既視感を感じながら空に昇りゆく煙を眺める。


「お前暇なの?」

「うん」


 この世界で私に忙しい時間などない。好きなように過ごすだけだ。流れ行く煙の先を眺めながら答える。私があらぬ方向を向いていても気にならない様で、神楽は炎だけを見つめる。

 

「なんかそれ、大変だな」

「………………」


 神楽の言い分がが分からない訳でもない。時折感じる焦燥感。それはこういった暇な時間から来ているのだろう。何もしなくて良いと言われているが、だからこそ自分が何をすればいいのか分からなくて苦しくなるのだ。何もしなくていいというのは時間の使い方が分からず気がつけば時が経ち、気がつけば死んでいた。そして気がつけば違う場所で生まれ変わっていた。そういった非現実的な事が起ころうとしている。


「暇なら、俺と遊びたくなるのも仕方がないか」

「……別に暇だから遊びたい訳じゃないけど」


 先日、この世界の年齢層が一気に分からなくなった。彼は大人の部類に入るのだろうか、それとも子どもの部類だろうか。どちらにせよ私とは大きくかけ離れている事に変わりはない。元の私の年齢ならば分からないが。けれどもこの世界の15歳と私の世界の15歳とでは同じ年を生きていたとしてもその中身は全く違うだろう。この世界でいう15歳というのは幼子の事であり元の世界でも今の私よりさらに小さい年齢層の事を言うのだろう。つまりは時間の流れは同じでも成長速度に大きな違いがある。


「お兄ちゃんは友達がいないの?」

「いないんじゃなくて作らねえの」

「いない人は皆そう言うんだよ」

「はっ倒すぞ」


 目の前の人の年齢は一体いくつなのだろうか。恐らく私の世界ではおじいちゃんよりも長生きをしているのだろうけれど、見た目で言うと霙達と比べてもずっと若い。恐らく見た目はまだ10代ではないだろうか。元の私と近い年齢なのかもしれない。

 10代という事は母親を求める年齢ではないか。しかしながら、彼は親に捨てられたと言っていた。母親の話はしていなかったが、母親というものは存在しているのだろうか。以前、この世界は女性が少ないと言っていたが、家族構成はどうなっているのだろうか。

 分からない事だらけだが、彼の地雷は踏みたくない。

 そして、見た目=精神年齢と捉えても良いのだろうか。そうでは無いのならば、彼はもっと大人びていても良いはずだ。そう思うが、周りの成長速度も彼と同じである為、結局はそれほどの変化は訪れない。彼の年齢が霙たちと比べて下である以上、彼に年下のものが出来るまで、彼が大人びる事はないのかもしれない。

 

 神楽が木の棒で芋を動かす度になれないような独特の匂いが香りを鼻まで届ける。


「あったかいね」

「むしろ暑いだろ」

 

 パチパチと思い続ける炎の中に浮かぶ偽紫は所々茄子紺のようになり、焦げ付いている。


「まだ食べれないの?」

「今食ったら生焼けだ」

「でももう焦げてるよ?」

「もうちょっと焼いた方が甘くなる」

「ふぅん?」


 料理をしない身からすると、焼き加減というものがよく分からない。だいたい、ただ焼いただけの芋がそこまで甘くなるという意味も分からない。焼き芋を甘くする為にはバター等を混ぜ込まなければ甘くなる訳もない。


「……」


 暇だ。ここに来てから私はずっと暇だし、する事もないから、暇でも全然構わないが、それでもただ芋が焼ける姿を見ているだけというのも退屈なものだ。

 

「お兄ちゃーん」

「……んだよ」


 とうとう暇になり神楽に声をかける。彼は芋から一切目は離さずに、私の呼びかけに答える。

 

「お空のお散歩したい!」

「お前、それしかしたい事ないのか」


 やはり彼は芋から一切目を離さない。

 

「あるけどぉ」

「けどなんだよ」

「お空飛ぶの楽しいから」

「空飛ぶなんて、そんなに良い事か?」


 そうか、ここの人たちは息をするように飛ぶ。つまり、空を飛ぶという事は、彼らにとって「歩く」と同義なのかもしれない。今まで彼らが飛ぶ姿を見た事がなかったのは、「お店の中は走らない」という暗黙の了解のようなものと同様に飛ばなかっただけの可能性もある。

 

「……そもそも何でお前は空を飛びてぇんだ」


 何故と聞かれると答えが難しい。空を飛びたい理由というのはしいて言うならば、飛んだ事がなかったから。

 

「私は空を飛べないから」


 地の生き物が海に憧れるように。

 月が太陽に憧れるように。

 星が地上に憧れるように。

 私は空に憧れた。

 

「そーじゃなくて、あぁ、クソッ説明が難しい!」


 彼は頭をかきながら、漸く私の方を見た。

 

「要するに空を飛んで何がしたいかって事だ」


 空を飛んで何がしたいか。そんな事は考えた事もなかった。私にとっては空を飛ぶという事自体が目標だったから。その先の事なんて考えた事がなかった。けれども敢えて言うならば。

 

「違う所に行く為?」

「どこに行きたいんだ」

「…………」

 

 明確な答えは持ち合わせているものの、それを正確に言葉にする事は出来ない。


「まあいいや」


 彼は再び興味をなくしたように視線を芋へと移す。


「空を飛ぶなんて、奇跡でもなんでもないしな」

「…………」


 ここの人からするとそうかもしれないが私にとってそれは十分奇跡となり得るものだ。

  

「お前が叶えたい奇跡は何だ?」


 彼らしくない唐突な質問に言葉が詰まる。私の思い描く奇跡。私の理想。それはすでにもう叶っている。私にとっての奇跡はもう神様がもたらしてくれた。

  

「私の奇跡はもう起きたよ。これ以上なんて望めない」


 いつかの「幸せ」という言葉が頭に浮かぶ。幸せと奇跡はとても近いような気がする。奇跡が起きたから私は幸せになれた。幸せになる為に奇跡を起こす。

 

「いいから、言葉にしてみろ」


 もう起きたと言っているのに、それでも私に発言を強要する。それが彼の残酷さであり優しさなのだろう。

 

「…………私の叶えたい奇跡は、…………空を飛びたい」


 それでも私が本当に起こしたい奇跡を起こす為には、それが一番の近道なのだ。本当に起こしたい奇跡であり絶対に起きて欲しくない奇跡でもある。私は奇跡を起こさない為に奇跡を起こす。


 ふわりと身体が浮かぶ。まるで、身体に翼でも生えたかのように体が軽い。神楽の能力だという事は分かっているが。宙でくるりと一回転する。先ほどまで座った神楽と立った私とでは同じ目線にいたが、今は神楽よりもはるかに高い目線にいる。

 

「これは俺達にとっての「普通」だ。だから、お前の奇跡も叶えてやれる」


 彼は芋の存在なんて忘れたかのように真剣な顔で私を見る。私の存在を無視していた時とは全く異なる態度に本当に彼は神楽なのかと分からなくなる。

 

「奇跡は叶わないから、奇跡というんじゃないの?」


 叶わないと知っているからこそ、私にとっての奇跡は空を飛ぶ事だったのだけれども、彼の力で私は空を飛ぶ事が出来た。それでも空を飛ぶ事が私にとっての奇跡だった。

 

「じゃあ、もう一つ奇跡を考えればいい」 

「奇跡ってそんな簡単に叶う訳じゃないから、奇跡っていうんだよ」


 今回の奇跡は本当ならば叶わないはずの奇跡だった。空を飛ぶという非現実的な奇跡が叶ったのは、きっとこの世界だったからだろう。もしかすると神様は私の奇跡を叶える為に私をこの世界に送ったのかもしれない。

 

「奇跡は願っちゃいけないって誰が決めたんだ。奇跡なんていくら思い描いたっていい。さっきみたいに言葉にすれば叶えられる奇跡だってあるんだ」

「……叶わないから奇跡って言うんじゃないの?」

「……ならお前の願った奇跡は奇跡じゃなかったって事だな」


 彼の顔は何処となくなく優しかった。

 

「奇跡は叶わないから、奇跡じゃない。奇跡を思い描くからこそ、そうなりたいと動ける。それに、奇跡なんて、ありふれている」

「…………ありふれてる?」


 平凡とは程遠い言葉である奇跡。それが、日常にありふれているというのは些か誇張が過ぎる。


「そうだ」

「例えば?」


「俺がここに居る事」


 自意識過剰な発言に聞こえるが、彼の表情を見れば、そういった意図で言っている訳ではないと分かる。

  

「お前がここに来た事も俺達にとったら奇跡だ」

「……」 

「そして、お前が空を飛べない事も奇跡」

「……飛べない事が奇跡なの?」

「……お前が飛べたら、俺の能力は何の役にも立たねぇだろ」

「なるほど?」


 胸のあたりがムズムズする。彼からも、私がここにいて良いという証明をもらえたかのようだ。

 

「ちょっとスケッチブック取ってくる!」

「は? おい!」


 この胸の複雑な動揺をどう言葉に出せばいいのか分からない。神楽の声を振り切りまっすぐと部屋の方に向かって足を進めた。

 部屋までの道を走れば走るほど遠のいているかのようだ。足元がふわふわとして浮き立つ。途中で誰か知り合いにすれ違ったような気もするがそれも気にならないほど夢中で走る。

 通り過ぎた白い景色がまるで赤にも青にも黄色にも緑にも見える。それだけではない。橙、茶色、紫、桃など全ての色が見える。


「世界って……」


 どうしてこのようにカラフルに色づいているのだろう。



 私の知っている世界とは違う。白ですらカラフルだ。目元から雫が二粒こぼれ落ちたが、それは走る過程で床に吸い込まれた。

 ここにいたい。帰りたくない。ずっとそばにいたい。もうモノクロの世界に戻りたくない。ゆっくりと立ち止まり空を見上げる。今日もいつものように輝く勿忘草色の空には桜色の雲がのぞいている。

 

 歩いて建物の中にゆっくりと足を踏み入れると、先ほどまでとは違った空気感に心が踊る。ゆっくりと部屋まで歩き、白い廊下を突き進む。

 廊下はこんなに長かっただろうか。そしてこんなにも短かっただろうか。歩いている感覚も走ってる感覚も全くない。進んでいる感覚も全くない。それでも漸く部屋にたどり着いた。どれくらいの時間がたったのかも全く分からない。行きよりも長い時間がかかったようにも感じるし、あっという間に着いたような気もする。


 部屋に入りスケッチブックを取る過程で姿見を覗き込み、自身の姿を確認する事が出来た。


「あっ、」 


 そして自分が寝巻きである事にも気がついた。慌てて私専用のクローゼットに向かって足を進め、1着の服を取り出す。先ほどまで寝間着だった事に気付かれると恥ずかしいから、先ほどまでと同じ刈安色に所々あしらわれている藤紫。まるで焼かれていた芋のような色合い。今日にぴったりな組み合わせだ。


「よし」


 スケッチブックと色鉛筆を持ってもう一度朝と同じように部屋を飛び出た。

 今度は不思議と足が浮き立つような感覚はしなかった。しっかりと地に足を踏みしめながら先ほどまでいた場所へと向かっていく。









 



「お兄ちゃんお芋もう焼けちゃった?!」 

「まだだけど。お前急にどこ行ったんだよ」

「これ取りに行ったの!」

 

 両手に抱えたスケッチブックを神楽に見せる。けれども神楽は「ふーん」と興味がなさそうだった。


「つーか、服変わってねえか?」

「さっきまでパジャマだったの」

「ふーん」


 神楽は、また興味がなさげに視線を芋に戻す。その隣に腰掛けると一瞬私の方に目線を向けるが、その後はすぐに視線を戻す。もう少し私に興味を持ってほしいとも思うが、私が彼にそこまでの興味を持っていない為、それは贅沢というものだろう。


「よーいしょっと」


 三角座りをした膝の上にスケッチブックを広げ、乗せる。描くのは目の前の芋だ。


 黄色の色鉛筆を持ち、大まかな構図を描いていく。一番下には木と枯れ葉。そしてその中に芋。

 黄色の色鉛筆は薄くて見にくい。濃く描いても一番目立たない。けれども、黒では描きたくない。


「よし」


 構図は出来た。最初は何の色を塗ろうか。赤香と伽羅色の煉瓦が良い。けれども、煉瓦ひとつひとつを塗り分けるのも面倒だ。光の加減だけいれれば、全部同じ色で良いだろう。まずは黄色で地面全体を塗る。先ほどの下書きよりも濃く、しっかりと塗る。出来上がった黄色い地面に橙を薄く塗り重ねていく。橙が強すぎて黄色の要素が全くない。上から赤と茶を更に塗り重ねていく。


「……」


 何が悪かったのだろうか。茶色入れた事だろうか。それとも赤が濃すぎたのだろうか。私の予想に反して、足元の煉瓦とは全く異なる色の煉瓦がスケッチブックに映し出された。だからといってどうする事も出来ない為、何事もなかったかのように次を塗ろうと考える。次は何を塗ろうか。


「木と葉にしろ」


 スケッチブックを覗き込んだ神楽は私が次に何を塗ろうか迷っていたのを察したのか、次に塗るものを指定してきた。


「はーい」


 私にも特にこだわりはなかった為木や枯れ葉を塗る為に茶の色鉛筆を持つ。本来ならば鮮やかな色の枯れ葉もあるのだろうが、今は葉を燃やしている為、黄や橙、緑などの鮮やかな枯れ葉はない。けれども茶と黒で覆われている葉もよく見ると単色ではない。どの葉も全く違う色をしており、同じ茶色でも場所によって濃さが全く違う。今の近くにある葉は小さく黒く墨になっているようだ。茶色で塗っていく度に時間が経つ為、先ほどまで茶だった葉は黒く墨のようになっている。燃える事で最終的に行き着く色が黒というのは感慨深い。白いものも燃やせば黒になるというのだろうか。けれども燃やした時に材質によっては白になるものもあった気がする。


「いいんじゃねえの? 後はこれ」


 神楽は私に黒の色鉛筆を持たせた。墨になっている木や葉を黒で塗りつぶしていく。


「お前ちゃんと見てんだな」


 感心したような神楽の声に思わず神楽の顔を見つめる。馬鹿にしたような表情でもなく蔑んでいる表情でもない。ただ不思議そうな顔で私の顔を見ていた。


「ちゃんと見てるって?」

「いやお前くらいの年齢はこういう風に物を見ながら絵をかけんだなぁと」

「なるほど?」

「まあ正直、お前がスケッチブックを持ってきた時点で下手な落書きをして終わるものだと思っていた」


 神楽の言いたい事は分かる。子どもが近くにいなければ、どのくらいの年齢からどのような絵をかけるのかという事が分からないだろう。私の場合は元の年齢が15歳という事で、ある程度は絵が描けるが、だからと言って15歳のレベルで絵をかけるかと言われるとそうでもない。私が書いている絵は子どもにしてはうまいというレベルの絵だ。

 

「でも私上手じゃないよ?」

「別に上手じゃなくてもいいんじゃねえの? 描くのが楽しいんだろ? それでいいじゃねえか」

「…………」


 目の前の人は本当に神楽だろうか。今日の神楽はどこかおかしい。神楽らしい冷たい言動は見られるものの何処となく優しい。それとも冷たい言動と裏腹に本当は優しい人なのだろうか。確かこういう人をツンデ……、いややめておこう。この言葉を口に出した場合、神楽の反応が怖い。けれども、彼をそう認識すると、彼の冷たい言葉も本質は優しい心が隠れていると思い込む事が出来る。


「あとは芋か」

「うん」


 悩まず紫の色鉛筆を手に取る。濃い紫はまるで地獄への入り口だ。禍々しい紫を、敢え円を書くように塗りつぶす。カグラを見るともう興味が失せたのか視線を再び芋に戻した。なぜだか先ほどよりも甘い香りが漂ってきているようだ。

 紫で芋を塗れた。後は黒や茶色で焦げ付いた部分を上から塗り重ねるだけだ。本来の芋よりも随分と明るい紫になってしまったが、色鉛筆の力ではこれが限界だろう。


「ホレ、芋」

「えっ? あっ、あっつい!」


 私の手に、先程まで火の中にいた芋が紙に包まれた状態で放り込まれた。突然の事に持っていた色鉛筆を地面に落とす。

 

「わ、私も食べていいの?」


 正直もらえると思っていなかった為、神楽の優しさに驚く。放り投げられた芋は紙に包まれているとはいえ、その温かさは十分に手まで伝わってくる。

 

「いらねぇのか?」

「いる!」


 もくもくと漂う湯気は、いつしか空まで届きそうなほどに優しく、か細く揺れている。手の違う場所を温めようと袋を持ち直した時に鳴るカサリという音が心地よい。


 食べ方が分からず神楽を眺めると、どうやら剥いて食べるらしい事が分かった。中も紫だろうという私の予想に反して、皮を剥けば雌黄のホクホクとした実が幸せそうに詰まっていた。


「皮をむくのが面倒だったらそのまま食ってもいいが、多分苦ぇぞ」


 苦いと宣告されてわざわざそれを味わおうというものがいるだろうか。熱さを覚悟しながら紫の皮に手をつけると、中の実と完全にくっついていなかった部分の皮があっさりと破れた。出来た小さな窓から見える雌黄はまるでアメトリン。神楽を見習い、剥いた皮は日に焚べる。


 じゃがいものような食感を期待しつつ、出来た窓から少しずつ雌黄を増やしていく。剥きやすい所もあれば、皮がしっかりと身にくっついている所もあり、どうしても身に皮ががへばりつく。どうしても剥がれない所は諦め、漸く上半分の皮を剥き終えた所で神楽に目をやると、彼はもうすでに三分の一を食べ終えていた。

 

「……美味しい?」

「当たり前だろ」


 彼にとって緑弥の料理が美味しい事と同じように今食べている焼き芋も美味しいのだろう。


「い、……ただきます」


 美味しい事は分かっているのだが、初めてのものはどうにも緊張してしまう。神楽の何処となく緩んでいる頬を信用しながら一口かぶりつく。


「!」


 予想していたじゃがいもの食感とは少々違うものの、柔らかくそして熱い。


「ふぁ、……っつ!」


 熱いと美味しいが交互にやってきて言葉に出しきれない。何も調味料などをかけていないはずなのに、不思議と甘く、そして甘すぎない。熱さで味を感じ取れないと思っていたが時折舌に当たる芋が私に味を伝えてくる。


「んっ、くう。美味しいね!」


 熱さに耐えながら漸く一口を飲み込むと神楽に感想を述べる事が出来た。


「だろ」


 どこか満足げな神楽の顔を見ると、不思議と私の体の力も抜けていく。

 もう一口食べようとするが、今度は先ほどのような失態を犯さない。軽く息を吹きかけ冷まし、そして大きく齧るのではなく少しずつ齧る。


「おいしい!」

 

 今度は迷う事なく味を感じ取る事が出来た。これに砂糖が入ってないという事が信じられない。もしくはバターでも入っているのではなかろうか。むしろ追加でバターを入れても更に美味しくなるだろう。


「所でこの芋はどこから来たの?」

「…………」

「……?」

 

 神楽が言葉に詰まる意味が分からない。非合法的な場所から仕入れてきたのかと予想をつける。


「緑弥さんが、………………聖女様に焼いてやれって」

「…………そぉなの?」  

「あぁ……」


 その言葉が言い訳として出た言葉なのか、事実だからこそ言いにくかったのかは私に分からない。しかし神楽が言った事が本当だったとすれば、私がここに来た事は神楽にとっては願ったり叶ったりという所だろう。神楽は自分からは私の事を誘いにくかったのではないか。偶然とはいえ私がここに来た事で神楽は緑弥の言い付けを守れた事になる。


「はむっ」


 食べ続けていると少し冷えてきたのか、丁度良い温度になり、冷まさなくても温かい状態で食べられる。


 ああ、美味しい。皿に乗っているものを食べれば良いのに、わざわざこの様に焚き火で焼いて食べる理由を少し理解出来た。暖かいからだ。


「おいしいねぇ」

「……お前は向こうの世界で焼き芋を食った事がねぇのか?」

「ないよ」


 芋丸々一つを焚き火で焼いて食べるなどというのは、あまりにも贅沢だ。このような事を頻繁に出来るはずもない。


「そもそもお前、向こうでどんなもの食ってたんだ?」

「えー? 多分食べ物自体はこっちとそんなに変わらないよ?」

「……そうなのか?」

「たぶんね」

「ふーん。なら、ここの世界と向こうの世界の違いって何だ?」


 彼の目を真剣で、頬張ろうとしていた芋を持ち直し、口から下げた。


「…………違いって?」

「こっちが聞いてるんだけど」

「……」 


 違う所が多すぎて、逆に何が同じなのか分からない。


「能力とか、魔法とか、無かった。聖女とかも。大きな建物もなかったし、ここは、色も不思議もいっぱいで、いろんな事が出来る。…………だから、なくなった時が……、ちょっと、怖い」 

「……まぁ、能力が向こうのに世界にはない事は分かった。後は正直よく分からん。つーか、向こうのの世界に聖女がいなかったっつっても、お前がいたじゃねぇか。聖女がいないってどういう事だよ」


 確かに彼からすればそうだ。向こうの世界では聖女という概念が無かった。だからこそ誰も、私も、私が聖女だという事に気がつかない。


「……」


 この世界は特別だという事を実感した。


「まぁ、いいけど。聖女って別に最初から特別な存在って訳じゃないんだな」

「そうだと思う。私向こうでは目立たない人だったし」

 

 焼き芋を食べ終えた神楽は立ち上がり、近くの林へ向かう。


「どこ行くの?」

「食い物探す」


 食べ物を探す為になぜ林の方へ向かっていくのかは理解出来ないが、楽しそうだと感じる。


「私も行きたい!」

「それは構わねえが、まだ焼き芋残ってるじゃねぇか」

「全部食べたいから待ってて!」

「時間かかりそうだからやだ」

「意地悪!」

 

 言葉は冷たいがわざわざ戻ってきて先ほどの場所にあぐらをかいて座る神楽。私の事を気にした様子もなく近くにある木の枝を拾い、火に焚べる。まるで「急かさないからゆっくり食え」とでも言われているようだ。彼の優しさは、分かり辛くて分かりやすい。


「ねぇ、お兄ちゃ」

「黙って食え」

「あむ……」


 やはり優しくはない。優しいままでは居てくれない。それが彼なりの優しさなのだろうか。





 


 

「ごちそぉさまでした!」

「んじゃあ、行くか」

「あい!」


 食べ終わった後の芋の皮と紙をそのまま火に焚べると、歩き出した神楽についていく。神楽の手には大きな麻の袋が握られていた。


「木がいっぱいあるけど、ここに何があるの?」

「色々ある」


 無言で歩き続ける事数分。畑とまではいかないが、開けた空間に草が茂っていた。


「ここに何があるの?」

「芋」

「?」


 一面を見渡しても先ほどのような二藍があるように思えない。


「お芋、どこ?」

「この辺全部」

「?」


 神楽が指差す先には、やはり草のみ。長いツルに大きな葉が繋がってはいるが、それだけだ。それとも、この草も芋という名前なのだろうか。


 徐に神楽はしゃがみ込み、いつの間にか腰に下げていた小さなナイフで蔓の根本を切る。そしてそのまま素手で土を掘り始めた。


「ここほれわんわん?」

「何くだらねェ事いってんだ。お前もやってみろ」

「う、うん?」


 神楽の隣に座り込み、同じ様に掘る。


「そこじゃねぇ。そこには何もねぇ。ここだ」


 神楽は先程と同じ様に蔓の根本を切り、私にここを掘れと示してくる。 スコップなどを使わないと掘る事が難しいと感じていたが、予想よりも土は柔らかく素手でも十分に掘る事が出来た。一体どれほど掘れば良いかも分からないまま着々と掘り進めていく。途中小さな虫が下から出てきて悲鳴をあげそうにはなったが、なんとか飲み込み、虫を避けながら下へ下へと掘り進めた。


「どこまで掘ればいいの?」

「芋が出てくるまで」

「芋?」


 どうやら私は芋を掘り求めていたようだ。あの紫の芋がこの土の中から出てくるというのだろうか。不思議でたまらない。土の中で眠っていた芋は今私に起こされようとしている。それは芋にとって良い事なのか悪い事なのか。そもそもどうして芋は土の中で眠る事を選んだのだろうか。


「あれ?」


 急に土が硬くなる。無心で掘っていた土の中を覗き込むと、そこには小さな二藍が煤竹色の中から顔を覗かせていた。


「お芋!」


 本当に芋は土の中に住んでいるのだと理解した。芋の周りの土を優しく除けていく。砂埃でも払うかのように、優しく芋を叩く。焼いていない状態の芋は想像よりも硬く、柔らかさの欠片もない。周りの土をどけ続けると、漸く芋の全長が明らかになった。


「おっきぃ!」


 先ほどの芋と比べると約数倍あるのではないか。先ほど食べた芋は私が両手で包み込んで持てるほどの大きさだったが、恐らく今掘り進めている芋は、私が両腕で抱きかかえる必要があるだろう。なんとか芋の半分の土を除ける事が出来たが、それでも引っ張っても芋が取れない。側面の土も掘り進める必要がありそうだ。


「よ、いしょっ、と」



 大きい大きい芋は、いくら土を除けたとしても、次々と土に埋まっていく。


「むぅ」


 これほど大きな芋が食べられたらどれだけ幸せだろう。けれどその為にはこの土たちをどうにかしなければならない。


「……」


 もういっそ思い切り引っ張っても良いのではないか。端の方のとがっている部分を軽く上に持ち上げると、ほんの少しだけ上に浮かんだ。


「動いた!」


 上下に動かし続ければ、自ずと採れるのでは無いだろうか。


「……」


 上下に動かし続けると周りの土も少しずつ落ち始めた。それでもやはり芋は抜けない。引っ張ってみようか。それでもやはり土にしっかり埋まっているのか芋は動かない。


「……疲れた」


 これでするりと抜けてくれるものなら助かるのだが、どうしても成功しない為、疲れも出てしまう。


「お兄ちゃーん」


 自分では無理だと感じた為、神楽を召喚する事にした。

 

「んだよ」

「採れそうで取れないの」


 神楽を見ると驚く事に数本の芋が神楽の傍らに積み上げられていた。


「もう掘れてるじゃないか。………………でかいな?」


 私の堀った穴を覗き込んだ神楽は感心したように言葉を吐きながら芋をつかんで持ち上げた。

 

「……」


 先ほどまで取れなかった芋を片手であっさりと取った神楽に悔しさを覚える。どうやら取れなかった原因は芋や土のせいではなく、私の非力が原因だった。実力に伴わない芋を引き抜こうとした結果だろう。


 不思議な事に私が掘ったひとつの芋は神楽が掘った数本の芋と同じくらいの量になった。それほどまでに私の掘った芋は大きかった。神楽も若干引いていた。


「つぎ!」


 今度こそ自分で掘ろうと思い、神楽に蔓の根元を切ってもらう。


「えいやぁ!」


 まるで犬のように勢いよく土を掘っていく。周りの土が神楽にかかろうと気にしない。


「おい」

「なに?!」

「……はぁ、いや、怪我すんなよ」

「うん!」

 

 今回は比較的浅い所に芋がいたのか、少し掘っただけで固い紫に手が当たった。


「みーっけ!」


 先ほどと同じように芋の上や側面の土を払っていく。柔らかくて優しい土を今からどける事で再び私は引いた。


「……お、おっきいー」


 先ほどよりもはるかに大きい芋は私が自分で芋を取る事を諦めるには十分だった。


「お兄ちゃーん、お芋取ってぇ」

「……はぁ、またかよ」


 掘った芋の上にさらに数本の芋を積み上げた神楽は、ため息をつけながら私の元にやってきて、また口元を引きつらせた。

  

「……今回もでかいな。お前何なんだ? 聖女の力かなんかなのか」 


 私も理由までは分からないが、もし今くじ引きをすれば大当たりを引く自信がある。神楽はまた片手で軽々と芋を引き抜くと、それを私に持たせた。


「お、おもっ」


 その芋は両手でやっと抱える事が出来たが、それを持ったまま歩く事は不可能だ。しっかりと中身が詰まっている重みだ。私が先ほどペロリと食べた芋は、こうやって地面から掘り起こして一つ一つ大切に育ててきたのだ。


「食べ物ってすごいねぇ」


 これほどまでに時間をかけて美味しく育ってきた野菜は私たちの体を作っている。

 

「戻るぞ」

「え、もう?」


 私は2本、神楽はまだ数本しか取っていないにも関わらず、今日の芋掘りは終了のようだ。


「お前がデケェの取ったから袋に入らねぇ」


 確かに袋はいっぱいで私の持っている芋を入れればもう入らないだろう。神楽は私から芋をとると、袋の中に入れ軽々と背負う。やはり私とは力が全く違う。私があれを背負えば潰されるだろう。


 来た道を戻ろうと立ち上がると、先ほどまで座っていた場所を遠目から見る。先ほどまでただの草だと思っていた場所は大きな芋の生息地で、先ほど掘った芋はほんの一部でしかない。掘り返すのは大変だが、これほどあれば一体何日生きていけるのだろうか。


「私、これからもっと食べ物にありがとうって言いながら食べる」

「……まぁ、いいんじゃねぇか?」


 来た道は行きと変わらず緑で溢れている。前の世界でもうちの近くにこのような森があればと切望するが今更どうしようもない。

 



 

   

「ホレこれも」

 

 突如立ち止まった神楽は、木の根元から尖った鶯茶の悪魔を拾い、私の足元に転がした。それを見た瞬間、私はつま先から頭の頂点までが凍りつくような感覚がした。


「ひぅっ!」


 慌てて立ちのき、投げた張本人の後ろに回る。


「な、なにあれ!?」


 神楽が素手で持った事が信じられない。だいたいあれが森にいる事も信じられない。あれは海の生き物だ。本物を見た事も食べた事もないが。


 知らないものほど怖いものはない。知っていたとしても現実が己の知識と異なるものであれば、それもまた恐怖に変わる。

 

「何お前、栗知らねぇの?」

「栗……? ウニじゃなくて?」


 聞き覚えのない言葉に神楽の後ろから悪魔を覗き込む。

 

「なんで栗は知らねぇのにウニは知ってんだよ」

「……う、動かない?」

「あぁ? 動かねぇよ。なんだよ動く栗って」

「……」


 今にも動きそうなその栗というものは、どうやら生き物ではないようだ。

 そしてふと思う。今現在、私たちが行っているのは食物の採取だ。という事はつまり

 

「………………た、食べるの?」

  

 これも食材なのだろうかと恐る恐る神楽に問いかける。


「うめぇぞ」

「いやぁ!」


 あんなものが食べられるはずもない。あれ程までにトゲトゲしたものを口に入れられる訳もないだろうに。

 

「あぁ? 芋とんな変わんねぇよ」


 一体栗と芋のどこが似ていると言うのだろうか。神楽には是非とも視力検査をおすすめしたい。

 

「栗とお芋が似てる訳ないよ!」

「だれも外見が同じだって、言ってねぇだろ。中身が似てんだよ」

「中身?」


 栗も芋と同じように皮をむけば隠された姿が出てくるというのだろうか。

 神楽は私から離れおもむろに悪魔を踏んだ。


「え、え?!」


 そんな事をして悪魔が怒り出したらどうするのか。


「な、何してるの?」

「中身を出してる」


 確かに冷静に考えればあれを素手で向くのは無理があると思う。踏むならば靴がある為、とがった針は素足に刺さる事はないだろう。それにしても先人はなぜあれを食べようと思ったのだろうか。不思議でたまらない。


「ほれ」


 悪魔から飛び出てきた何かを神楽が私に向かって投げた。投げられたものを避ける前に取ろうと手が出てしまうのは人間の性だろう。


「え、あっ。っと」


 両手で挟むように捕まえたそれは、手の中で動き出す事もなく、おとなしく手の中に留まっている。


「なにこれ?」


 私の手に収まっているのは、褐色と胡桃色の光る宝石だ。私の握りこぶしよりも少し小さな雫の宝石。輝くそれは逆に食欲をそそらない。そしてあの尖った悪魔に入っていた事に納得するほど硬い。芋とは似ても似つかない。黙ってその悪魔から出てきた栗を眺めていると、神楽が私の手にもう何個か栗を置いた。


「戻るぞ」


 目の前の栗を手から落とさないように、床に散らばっている悪魔を間違って踏まないように慎重に神楽についていく。 

 

 それほど林の奥まで行った訳ではない為、先ほど焚き火をしていた場所まではすぐに戻る事が出来た。


「あれ、緑弥さん?!」


 先ほど私達が座っていた場所で緑弥が焚き火で温まっていた。


「芋掘りと栗刈りは楽しかったか?」

「どうして知ってるの?」

「見えてるからな」


 緑弥の言った通り、私の手には栗が神楽の背にはさつま芋が見えていた。

 

「緑弥さんはどうしてここに?」

「聖女様の腹の空き具合を確認するのと、差し入れ」


 緑弥が指差した方には大きな釜が一つだけあった。


「あの中に何が入ってるの?」

「白飯」


 白米を持ってきてくれたのはとても嬉しいが、何故釜のまま持ってきたのだろうか。


「神楽も食うだろ?」

「いただきます」


 神楽は私の持っていた栗を取り上げると、そこにあった容器に栗を入れ、近くにある水道で水を入れた。私は先ほどまでこの場所に容器や水道があった事にも気づかなかった。そしてこの場になぜか包丁やまな板などがある事にも今気が付いた。


 水を入れた容器を覗き込むといくつかの栗が浮いてきた。

 

「浮いた!」


 まるで魚のように浮かぶそれに名前をつけたくなる。

 浮き上がったその栗を神楽は掴むと火の中に直接投げ入れた。

  

「え、あれは食べないの?」

「中が空洞だったり、虫に食われてたりするんだ」


 私の疑問に答えた緑弥は、未だに両手を焚き火の方に寄せ温まっていた。


「緑弥さん寒いの?」

「いや?…………まぁ、さっきまで熱い調理場にいたから、あそ事比べると寒いな」


 たしかに今日は、少し冷える。神楽はしばらく水で栗を浸した後、ナイフで栗に縦の切れ目を入れた。


「何で切るの?」

「んー、まぁ、爆発しねぇように」

「ばくはつ!?」


 この時私の脳裏には辺り一帯が炎に包まれる様子が思い浮かんだ。先ほど火の中に入れた栗を思い出し、数歩後ろに下がった。


「なんで下がってるんだ?」


 火に手をかざすのをやめた緑弥は、手と足を組みながら不思議そうに私に聞いた。


「爆発から体を守ってます」

「……用心するのは良い事だ」

 

 神楽はどこからか取り出した網に栗を乗せて焼き始める。神楽は爆発しない為に切り込みをいれているのだから、今焼いている栗が爆発する事はないだろう。


「いつ焼けるの?」

「今焼き始めただろォが」


 火で温まっている緑弥の隣に座り込む。良い白米の匂いが、隣から漂う。

 火を眺めていると、なぜか少し寂しさを感じる。左右に揺れる炎を見ていると、気がつかないうちに私の前から消えていくようだ。


 網の上で焼かれる栗は、時折ころりと網の上で踊る。その度に身体を震わせるが、幸いな事に、こちらに飛んでくる事はない。

 焼き芋の時とは異なり、不思議と良い匂いはしない。むしろ無臭だ。しいて言うならば炎独特の焼ける匂いがする。


「お前、絵は?」

「あっ」


 神楽の言葉に先ほど描きかけだった絵を思い出す。スケッチブックを取り出し、茶の色鉛筆を手に持つ。今目の前に先ほどまで焼かれた芋がない為、正確な絵は描く事は出来ないが、記憶を頼りに上から重ねていく事にする。


「確かこの辺」


 芋のとがった場所が少し焦げていた。あれは茶色のような黒のような明確な色を持たない。茶色の色鉛筆で紫の上から色を重ねた後に更に黒を重ねる。


「後はこっちも」


 記憶の片隅に芋の真ん中あたりにもほのかに焦げがついていた。他には何か色があっただろうか。恐らくあっただろうがそれを色鉛筆で表現する事は不可能だった。書いているのが色鉛筆である限り、色の数に限りがある為、満足のいく作品を作れたかと聞くと納得しがたい。けれど今回はこれで良いだろう。


「でーきた!」

「ん?」


 隣にいた緑弥が絵を覗き込んでくる。


「おぉ、うめぇじゃん」

「ほんと?」

「ああ」


 あの神楽だけでなく緑弥からも絵の感想をもらえた。自己満足のつもりだが良い感想がもらえたので一層満足した。 

 

「なんつーか、お前は色を認識する能力が高いんだろォな」

「そう?」

「多分な」


 炎の焦げたような匂いが鼻にツンと突き刺さる。


「焼けたぞ」


 長い2本の枝をまるで箸のように使いながら、網から降ろしていく。

 

「お芋と一緒の色……」 


 神楽が入れた切れ目からほんのりと栗の中身が覗く。

 明確に言えば、芋とは少し異なる色だが、それでも似ている。先ほどの悪魔から出てきたとは思えない。


 その栗を緑弥が受け取り、栗の皮をむいていく。熱くないのだろうかと心配したが、分厚い軍手のようなものをつけていて安心した。先ほどの悪魔と同じ形をした刈安色が手の上で包丁に切られていく。手を切らないだろうかとハラハラしつつもその様子を見守る。それをすぐに食べるのだろうかと思っていれば、緑弥はそれを持ってきた白米の中に入れ込んだ。


「えっ?」 

 

 白飯というには少し匂いが濃いような気がした。

 

「本当なら芋や栗を入れて一緒に米を炊く方が味はしみ込むんだが、今日の所は仕方がない」

 

 緑弥は、神楽から受け取った栗を次々と釜の中に入れ込んでいく。


「…………」


 緑弥のご飯についてはとても信用しているが、だからといって知らないものを信じろと言われても難しい。何より美味しいご飯の中に先ほどまで悪魔だったものを入れ込んでいるのだ。躊躇しない方がおかしいと言えよう。

 緑弥は混ぜ込んだそれらを手ですくい、三角のおにぎりにしていった。


「ほれ」


 一番最初に握った小さなおにぎりを私に渡した。


「たまにはこういう飯もいいな」

「……」

「どうしたんだ、さっきから黙って。もしかして栗食った事ねえのか?」

「……ない」

「そっか。まあ食ってみろ。食わず嫌いはもったいねえぞ」


 それはよく理解している。食べられる時に食べられるものを食べない時の方がもったいない。食べなければ後々後悔するのが人生だ。


「い、いただきますっ」


 勢いよく思いっきり大きく齧る。ご飯の甘みと出汁の香り。そして

  

「おいっ、しい!!」 


 さつまいもとよく似た食感の栗。さつまいもよりは少し硬いがそれでもあの尖った皮や硬い皮の何倍も良い。


 「だろ?」


 やはり何度も実感する。緑弥は信頼出来る。何があっても緑弥のご飯にはついて行くと決めた。


「ほら、神楽も」

「いただきます」


 神楽は私の何倍も大きいおにぎりを受け取ると、大きな口でかぶりついた。その表情が少し柔らかくなったのだから分かりやすい。


 



 冷たい風が吹き、熱い火の前で、温いご飯を食べる。




 これもまた一つの幸せな形だろう。 


 


 

 

「なんか、絵の色薄くなってねぇか?」

「そう? こすれちゃったかな?」


 少し薄くなったようだが素敵な絵も描けて満足だ。広げたスケッチブックには、焼かれる途中の美味しい焼き芋が炎に包まれていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。